挽歌*Dreams over


 卒業式間近の3月中旬。ただでさえ打ち合わせだのどーのこーので職員会議があって、仕事がままならないって言うのに、何でクラスの道徳なんてことになるかねー、いっそ自習にして俺は仕事すりゃぁよかった。第一生徒達はもう高校受験も終わって、あと卒業式まで数日って所だろ?こんなことするくらいだったらいっそ学校休みにして家でゲームやるなり勉強するなり好き勝手やらせたほうが絶対にいいって。実際、このクラスの何人かは休んでいる。
 俺――夏葉翔悟(なつは・しょうご)――はしがない社会(地理)教師。どこにでもいるようで実はいない自称ダメ教師。大好きなものはタバコ、将来は肺がんで死ぬ予定。奥さんとかわいい男と女の子供持ち。今年の4月で30になる。ついに俺も三十路入りだよ、どうしてくれんのよ、俺はまだ若くいたいね。でも最近目元にクマだかシワだか解らないものが出来て困り果ててる。


『夏葉先生、夏葉先生、至急校長室までお越しください。繰り返します――』
 教室であと5分という道徳の授業の真っ最中に、放送の前に鳴らす鐘すらも鳴らさないでいきなり俺の名前が呼ばれた。
「ナッパセンセーオヨバレー」
 めっちゃくちゃカタコトの言葉でニヤニヤと笑いながら言ったのは伊達めがねの千田亮太(男子10番)。クラスでもかなり奇抜な印象が与えられるこいつは、暴露してしまうとハイテンションオタクだ。ていうか事象オタクキングとか名乗ってるしな。馬鹿が、笑いながら手ぇ振ってやがる。
「また不祥事起こしたかー!? 夏葉先生何度目の不祥事ー?」
 そのオタクキング・千田亮太の隣に座っている上条達也(男子4番)が笑いながらはやし立てる。クソッ、これだから生意気盛りの中学生はむかつくんだよな。こいつの伸ばした襟足の結んであるところから切っちまいたい衝動に駆られる。
 悪いけど喫煙以外何もやってない……はずだ……ぜ?うん、多分。
 ああ、でも大体予想はつく。ついに『あれ』が来たんだろうな。まったく、哀れこの上ないって話だ。

「あー、ウルセー。とにかく行ってくっからよ、お前らもう授業終わり! 休み時間! 次の時間は卒業式の練習だから体育館ちゃんと移動しとけよー」
 わぁっと思い思いに散らばる教室を数秒見てから、くわえていたタバコを携帯灰皿で消してから教室を飛び出した。
 ああー、やっべぇ、そういえば朝の職員会議にもここんトコロ出席してねえし、日直の仕事も一日サボったし、ましてや校内でタバコすってたし(職員室とクラスのベランダしか喫煙は許されてないんだよな、ホントは)。あかんわ、バレたな、減給だ。あー、クソ、また奥さんにどやされるぜ?俺。タバコの数も減らさないとなぁ……。あー、情けねぇ!もっとバレないように吸えば良かった!
 頭の中でおいおい思考をめぐらせながら職員室への足取りを速める。薄く茶色に染めた頭を注意されるか、タバコを注意されるか、生徒の模範とならないような服装を注意されるか。これじゃぁいい歳した不良だなぁ、おい。こんな三十路近くの不良なんていやだよ俺は。

 職員室の向こう、校長室への入り口はやけに質素だ。校長、って言っても昔、他の学校で生徒と問題になったらしいし、俺に対しても妙に臆病だから、減給にはされても怒鳴られることはないだろう。校長なんて前ばっかり。実際はただの薄らハゲ男だ。脂臭くて俺は嫌いだ。こんな親父にはなりたくない。
 俺は半分タカくくりながら職員室のドアを開けた。


「ういっす」
 ドアを開けるとそこには接客用の椅子が後ろを向いている。正面にある一人用の椅子に校長が座っていて、俺がドアを開けるなり驚いた様子で立ち上がった。そして引きつった口調で「なっ……夏葉先生!」と俺を呼ぶ。クソ豚が、馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶんじゃねーよってんだ。
 ふと、客用の椅子に誰かが座っているのが見えた。後ろ向きだったので、青いパーカーを着ているのと髪形しかわからないが、校長が焦っていることからしてただ事ではなさそうだ。まぁ、そりゃぁそうだよな。なんたって『あれ』だもんな。今まで見てきたどんな人間も『あれ』があるとすごくビビっている。
「なんか用すか」
 さぁ来い。喫煙問題か?サボり癖か?生徒ほったらかしにしてパソコンでエロサイト開いてたことか?
「きっ……きみっ! そんな……そんな態度はっ!!」
 禿げ上がった頭に光が当たって反射する。見事なまでに禿げた頭。ああ、本当に俺は将来あんなふうにはなりたくない。俺の家系にハゲはいたっけな。
「アッハッハッハ、やぁっぱりあなたは面白い人っすねぇー。いかにもダメ人間って感じで!」
 青いパーカーの男が椅子から立ち上がり、振り向いた。青一色の服の上に目立つ桃色のバッヂ。
 あぁ、やっぱり政府ご用達のこいつか。
 それよりも、どうやら減給処分は免れたようで。


「こんにちは、夏葉翔悟先生。改めてオレのほうから自己紹介させていただきます」
 にっこりと笑ったパーカー男の反対側の席に向かって歩く。そしてふかふかのソファーにどっかりと腰を下ろした。いつになく俺ってば、偉そう。そんな俺の偉そうな態度を見てさらにニコニコ笑うと、まだ若い……そうだ、研修生のような男はもう一度椅子に座った。
「えっと、オレは青沼聖といいま――」
「いいから要件を先に言え」
 青パーカーの男の言葉をさえぎって、俺は口を挟んだ。あおぬまひじり。そんな名前さえも聞き流した。ジャンバーからタバコを取り出す。セブンムーンスーパーマイルド……愛用のタバコだ。ニコチンの量を減らすつもりはまったくない。ここは校長室?そんなの関係ない。一応携帯用の灰皿は持ってるしな。俺はエコ人間。環境は大切にね。
 校長が横で焦ってるのが目に付く。どうやら俺の喫煙に問題があるようだが、なんか文句あんのか?という視線で睨むと、すぐにおとなしくなり、一人掛けの椅子に座った。何事も無かったかのように静寂が訪れ、ライターの火がつく音と、校長の貧乏ゆすりの振動の音だけが広がった。


「では簡潔にそうさせて頂くっす。夏葉先生のクラス、千葉県高原市立高原第五中学校は政府が主となり実施する第68番プログラムの第50号に選ばれたっす」
 第68番プログラム、戦闘実験のことか……とタバコの煙を肺に入れながら考えた。
 地球上でこの国の位置を表すのなら、アジアと太平洋に挟まれた海の上にぽっかりと浮かぶ島国……とでも呼べばいいのだろうか。ともかくこの大東亜共和国と呼ばれる国は、どこの国とも似ても似つかない経済政策を取っていた。そのうちのひとつに準鎖国制度があげられている。要するに基本的には外国との取引はしないのだ。しかし需要がある物(例えば、資源など)はもちろん海外からの輸入である。従ってこの国は必要なものだけを海外から輸入していた。
 しかし独自の政策を国民に疑われてしまえば、今の時代のことなので簡単に国をも揺るがすクーデターが起こりうる可能性もある。よって思想の輸入だけはしなかった。例を挙げれば音楽のロック――退廃音楽と呼ばれ、禁止されている。この国で売っているエレキギターなどにもきちんと退廃音楽への使用禁止を警告してあるシールが張られているほどだ。
 さて、話を戻して第68番プログラムのことを説明しよう。プログラムという存在を社会の時間に習う小学校4年生以上の人間にこの単語を口にすれば誰もが嫌悪感を抱くこれは、国防上必要不可欠とされている“戦闘シュミレーション”のことだ。毎年全国の中学3年生の中から50クラスがランダムで選ばれ、クラスメート同士で最後のひとりになるまで殺しあう……と言うこの戦闘実験、通称「プログラム」。徴兵制のないこの国で、唯一の徴兵制と考えればいい、って言う奴か。こいつのデータを設置された本部が統計を出して、万が一の戦闘の際のデータとして使う。ああ、そういえば教員免許を取るときに死ぬほど勉強した。


「おい、青沼」
 青パーカーの青沼聖に向かってタバコを突きつけた。対敵用に視線も鋭くしてみるが、奴はびくりとも動かない。ただ目を細めてにこやかに笑い続けているだけだ。こんな人間が政府でよく生きていけるな、と思うが、それもまた『こいつの能力』なのだろう。厳しい世の中を生き抜くためには、対応できる力と柔軟性が求められる。どんな環境にも――この客観的に見ればおかしな制度を持つ国でさえも――適応する能力が。

「俺のクラスが殺し合いする、とでも?」
「そうっすね、単純に言うとそういうことになるっす。了解していただけるならこちらにサインを」
 笑顔には感情がこもっているように見えるのに、存外淡々と喋り続けた青沼は一枚の用紙を俺に渡した。そしてサインペンも一緒に。
 チラッと腰の部分を見た。ホルスターに黒光りする……拳銃。断れば撃たれるって寸法なんだろう?成る程、そういうことか――プログラムの了承とやらは実にうまくできていると思う。有無を言わせず選ばれたからには参加しなければならない権利がそこにあるのだ。担任の許可などそんなものはうわべ上のお飾りで、担任が『生徒達がプログラムに参加する権利(義務)』を破棄や拒否しようとした瞬間には、その拳銃が火を噴くと言う寸法なのだろう。


「ふーん。で? プログラムの実施はいつだ」
 サインペンと紙を受け取り、その要項に目を通した。書いてあることは事務的な音ばかりで、とりあえずプログラムをやると言うことだけ書いてあるようだ。長ったらしい文章を要約する能力が欠如している俺には、この文章を読んでも意味は通じないだろう。
「明後日っす」
「明後日っ?!」
 青沼の顔と渡された髪の要項を見比べる。確かにプログラム開始予定時刻は3月13日午前3時ごろと書かれている。
「唐突ですみませんっす」
 青沼は少し頭を下げては平坦と謝った。まぁ、前日に来られるよりは幾分いいだろうと思い、俺はもう少し要項を読み進めることにした。明日が卒業式3日前、と言うことは優勝者ははれて卒業式に出れるというタイミングに終わるか。まぁ、プログラムの実施は最大3日……いつ終わるかわからないから卒業式にいけるかどうかは分からないけれどな。
「俺、非常勤なんだけど元の担任には……」
 元の担任は本庄先生と言う女の先生だ。産休を理由に今年の4月下旬から休みに入り、俺がその代わりにこの高原第五中学校3年A組に飛ばされてきた、と言うわけだ。
「あはっ、先生どうしたんですか? やけに慎重っすね。元の担任の先生にはもうとっくのとうに許可いただいてますよ!」
 青沼は笑顔でうなずいた。少しその言葉が意味深だったのは、俺だけが気付いたわけじゃないだろう。一人崖要の椅子に座っている校長は、脂汗をしきりにハンカチで拭きながら、窓から入り込んでくる春の日差しを背中に受けていた。もう少し日が傾けば、頭に当たっただろうにな……惜しい。


「あ、そう。んで? ここにサインすればいいんだな?」
 キュポンッと音を立ててペンのキャップを抜いた。はげ頭の校長が横ではらはらしながら見ている。かなりうっとうしい。
「そうっす」
 すべて読み終わった要項の髪の最後のところに線が引かれていて、そこにサインをしろと言う話のようだ。
 フン、プログラム……か……。
 まるで小学生の低学年が書くようながさつな字でサインをすると、その紙を持ち上げた。
「これでいいんだろ?」
 サインがよく見えるように突き出した。汚い字だがそれらが夏葉翔悟と言う形を形成しているのだろうと感じた青沼は、「えぇ、それでいいっす。夏葉先生ならきっとやってくれると思いましたよ」とにっこりと青沼が笑いながら言った。


「だけどな青沼。こんなもん必要ねえよ」
 その紙の上の中央部、その部分を両手で持った。ビリっと言う音を立ててその紙は真っ二つに千切れた。その紙を今度は四つに切り、そしてまた重ねてちぎった。
「アレ? 夏葉先生、その紙、そんなことしていいんすか?」
縦真っ二つに切れていく紙を見ながら、割れ目の向こうに見える青沼の顔が再度笑った。


「俺がこの学校に来たときから、あいつらの運命なんて決まりきってたんだよ」


 だから、こんな紙切れは一切必要なかった。



「行くぞ青沼」
 ソファーから立ち上がって青沼にちょいちょいと手招きをする。微笑んで細くなった目を開眼させた青沼は、ソファーにかけていた上着を取るとそれを羽織った。背後では校長がうめき声をあげながらこの様子に戸惑っている。それもそうだろう。担任と政府の人間がなにやら仲親しげに話し、そしてこの校長室から去ろうとしているのだから。

「ああ、校長先生。もう今日付けでこの学校辞めさせてもらいますから。どうせ俺、産休の代わりに入った非常勤だし?」
 辞表などはまったく無しに、俺はそう吐き捨てた。胸元のポケットからタバコを取り出してもう一本火をつける。思いっきり肺に煙を入れ、吐き出した。
「今から地方公務員じゃなくて国家公務員だからさ」
 ズボンのポケットをまさぐり、ピンク色のバッヂを取り出す。改めて付けるような真似はしないがそれでもそのバッヂを校長のいるほうに突き出した。


「今あったこと誰かに話したら、すぐさまてめえの首とてめえの家族の首が漏れなく吹っ飛ぶんで、そこんとこよろしく」
 格式ばった『担任のプログラム了承』を終え、俺は後ろに青沼聖を連れて校長室を出て行った。


 この真相を誰かが知るには、まだ少し早い。
 お楽しみは、これからなのだから。>


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