遊戯*biscoroma


階段を下りて過ぎ左に曲がるとそこに音楽室がある。私―蓮川司(女子9番)―は新宮響(男子9番)に連れられて、階段を半分下りてきたところでも聞こえるくらい、馬鹿騒ぎの音楽室へと向かった。3年生はもう受験も終わったから授業なんてする必要ないのだけど、本来なら下級生は皆授業をしているはず。だけどあのクラスがそんな哀れな下級生のことを思って静かにしているわけがない。何せ担任からしてアホなのだから、生徒もアホになっちゃったのだろう。
この学校に居る教師は、大体他の学校で問題を起こして飛んでくる(もちろん、夏葉翔悟も例に漏れずだ)。誰かがそういったわけではない。昔から伝わる噂だ。そんなダメ教師の元にいるのだから、生徒がよくなるはずがない。だから学年はA組からC組があるけれど、全部クラスがこの3年A組の様にうるさいのだ。どのクラスも授業中にしんとなる時間なんて皆無だと思う。もちろん、下級生もそれを承知なのだろう。


「どうした? 司」
幼馴染の彼は何かとつけて私を心配してくれる。それは、すごく嬉しかったが、耳をふさぎたくなるくらいの大音量で、ベースの音、更にはドラムを叩く音が聞こえると、さすがに不快になるものだ。響は平気なのだろうか?きょとんとした表情でこちらを見る響に対して、私は眉間にしわを寄せた。
「……煩い……」
「あー、たぶん軽音の奴らだろ。めずらしーなー、大輔とタカは注意しないのかな?」
そんなうるささを気にも留めないのか、響は本当にあっさりとしている。

軽音の奴ら、つまり軽音楽部に所属しているのはこのクラスでは数人居るが、そのうちこんな派手にやらかすのは、たかが知れている。私は大体の予想をつけながら、その大音量(これでも防音の壁のはずだ)の音楽室の扉を開けた。その瞬間、かごの扉を開けられたライオンが飛び出してくるように、音の波が私たちを襲った。
そしてしばらくしてドラムの音がピタリと止まる。
「っかー、卒業間近でも夫婦揃ってごらいてーん」
私の予想はよく当たるみたいだ。案の定、音楽室の一番奥の壁側にいる藤原優真(男子11番)が、ドラムのスティックをくるくる回していやらしい眼で私たちを見る。いっぺんその頭についてる白い(それも彼いわく高価なもの)タオルバンド引っぺがして、捨ててやろうかと思ったくらい、腹が立った。そういえば彼はこの前喧嘩沙汰を起こして自宅謹慎を喰らっていたような気がするけれど。1週間ほど姿を見せなかったタオルバンドのほうを向いて不思議に思う。別に不良と言うわけではないのだが、気に入らないことがあるとすぐ手が出るからしょうがない。
「ちょっ、優真!」
その横で藤原よりもすこし小柄な男子学級委員、郡司崇弘(男子6番)が慌てて藤原の口をふさいだ。今日もチャームポイントとしてはやし立てられている寝癖をたたせて彼は、藤原に飛びつき、口を塞いだ。時々このコンビに疑問がわく。学年1位が当たり前の成績を誇る郡司と、問題児の藤原がどうしてこんなに仲がいいのか……。


「おいおい優真、そんな事言ってたらまた奥さんに殺されるぜー?」
けらけらと笑うのは、藤原の隣にいてベースギターを保持している相澤圭祐(男子1番)。黒い髪の毛に所々はいった茶色のメッシュ、ニコニコと笑う彼の姿はこのクラス、また他のクラスでも人気絶頂なのは周知の事実。だがおふざけが過ぎるのでこのクラスでは問題児扱いされている。そう、私をからかうのはいつもこの藤原たちだ。いつか殴ってやると思っている。
「圭祐、お前も殺されるぞ」
音楽室の壁によっかかっているメガネの青年(ここだけオーラが違うと思うのはきっと私だけではない)、森井大輔(男子15番)。中学校1年に入学するのと同時に転校してきた相澤の親友だが、彼と対照的でかなりクール。相澤に負けずと劣らず人気なのは、誰でも知っていることだ。ただし恋色沙汰には興味がないらしい。そのくらい見てわかるし、動向でもすぐ見て取れる。誰かに媚を売るわけでもない。元々なのだろうけど鋭い視線はいつも研ぎ澄まされている。


「まぁまぁ落ち着けって」
クラスでもその存在感だけで威圧感を与えている男子に怖気付いているのか、仲はいいが立場的な権力は弱い。ちょっと苦笑いしながら響は落ち着け、と手で訴えた。
「蓮川が怒るわけねーだろー? 何せ『響大好き☆』だからなぁー。クーッ、許婚が居る男はいいねぇー」
元々この音楽室で響を待っていたのか、入り口付近の椅子から立ち上がった市村翼(男子3番)は、お得意の前髪をさらっとかき上げる仕草をしながら「よっ!」と軽く挨拶しながら近づいてきた。
「翼!」
響はちょっとびっくりした顔をして市村を見る。いつも市村と響は一緒にいて、いわゆる部活仲間であり、たとえなるなら部活のパートナーだそうだ。彼ら2人はサッカー部で、特に市村のほうは中学に上がってからずっとスターティングメンバーだったらしい。響の話を聞くには、地域選抜はおろか、県選抜のお誘いもかかって、挙句の果てにはサッカー推薦で高校を決めたと言うことではないか。よっぽどスカウトマンは市村のサッカー技能だけが欲しいのだろう。私は気が知れない。
確かに、市村は足が速いし、サッカーも上手い(一度球技大会で彼の活躍を見たことがある)。その上、世間の女どもの的を射るような容姿をしている。だが神は二物を与えないという言葉どおり、気が利かないし、軽率だし、ナルシスト。響や周りの人間が言うには「いいやつ」らしいが、私はそう思えない。多分そう思えないのは私だけだろう。それに最近では3学期に転入してきたばかりの柏崎佑恵(女子3番)(そういえば彼女の姿は見えない)に溺愛のご様子だ。まったく彼女のどこに惹かれたのか理解できない。「ゆえ」と言う面白い名前を持っているし、顔立ちはどこかハーフのようだ。他人との交流がないし、愛想がない。……人のことをいえた義理ではないが。
「響より俺のほうがかっこいいのになぁー。佑恵ちゃんもこんな俺にいちころさ!」
やはり戯言ばかりのナルシストだ。
彼の足が一歩一歩近づくに連れ、私の中のどこかにある、イライラを止めるストッパーが外れていく。


「おいおい、翼言い過ぎー。響だってちゃんとイイトコあんだぜ? お前に ないもんあるし!」
音楽室に並べられた椅子に座ってこちらもまたけらけら笑っていたのは上条達也(男子4番)だ。彼もまた同じサッカー部なのだが、どちらかと言うと同じ小学校出身の千田亮太(男子10番)有馬和宏(男子2番)らと仲がいい。ちなみに私は彼も嫌いだ。長く伸ばした襟足を後ろで縛っているのは見ているだけで軽い男。でも中身はそれほどでもなく、ただのカッコつけたがりや、と言うところか。
「あー?! 何か言ったかバカジョー!」
「てめっ! 誰がバカジョーだ誰が!」
市村が言うバカジョーとはバカ+カミジョウのことらしい。バカミジョウを呼びやすくしてバカジョーの出来上がり、と言うが、いかにも単細胞が考えそうなあだ名だ。ふと、何か甘い匂いが漂う。と思ったら目の前で市村と上条が取っ組み合いになった。おそらくこの香りは市村の香水のにおいだろう。おしゃれ好きだから香水も欠かせないと以前彼が言っていた。


「ちょっと! アンタたちうるさいのよ! 私のピアノの音が聞こえないの?!」
突然ヒステリックに叫びあげたのは、グランドピアノで間近に控えた卒業式のときに弾く伴奏を、懸命に練習している服部綾香(女子10番)。彼女は有数のお金持ちの家に生まれたが、高飛車・ヒステリック・傲慢・わがままを掛け合わせた最悪の性格なので、この学年の五大性格ブスというものの一人に任命されているのは周知のこと。よく少女漫画なんかでこんな性格ブスはよく出ているが、その典型的な容姿で、カールのかかった巻き髪に偉そうな視線、化粧でもしているのだろうか?それらはかなり印象的だ。
「まぁまぁ綾香ちゃん、落ち着いて落ち着いて」
そのピアノの横で聞いていたのか、このクラスでの唯一の友達……と言うよりも下僕の関根空(女子5番)が彼女をなだめている。彼女達の親が服部の親の会社の作家らしいので、娘が娘の機嫌をとらなければならないと言うことだ。可哀想に、服部のことだからちょっと嫌なことがあればすぐ親のすねに泣きつくだが服部のヒステリックは終わりを見せるはずがない。
服部は楽譜を大雑把につかみ、八つ当たりするように、近くに居た飯塚理絵子(女子1番)に向かって投げつける。

「拾いなさいよ! 理絵子!」
いかにも使用人を荒く使うように命令する。いくらなんでも、飯塚がかわいそうに思えるが、関根いわく、これも彼女らが同じクラスだった3年間、ずっと行われていたらしい。クラス替えの運でも、神は彼女達にそっぽを向いたと言うわけか。それはちょっと気の毒に感じた。
そういえばこのグループに以前まで日高かおる(女子11番)がいたような気がしたけれど、彼女はどうしたのだろうか?今は服部綾香の天敵である遠藤雅美(女子2番)とその幼馴染の諸星七海(女子14番)のところにいるようだが。
「退廃音楽なんてやってる奴らに、私のピアノの高級さは解らないかしらね!」
楽譜をいそいそと拾う飯塚をにらみながら嫌味のように鼻で笑い、藤原や相澤に向かってやじを飛ばす。


「ふんっ、ホザいてろよブス」
「おめーにゃそのきったねぇピアノの音色が似合ってるぜ!」
そのやじに反応して喧嘩上等、とばかりに口々に相澤たちからも罵声が飛ぶ。私にしてみれば、どちらもそう大して変わりはないと思うのだが……それは言わないでおこう。火の粉がかぶるのは面倒だ。
「これじゃどっちが退廃音楽かわかんないな」
森井もボソリとつぶやいた。


「おぉーうっとぉー、綾香ちゃんが怖いぞぉー♪」
『綾香ちゃんが怖いよー、若菜ー』
「一緒に綾香ちゃんをなだめに行こうか! ローズマリィー」
『そうしようそうしよう!』
妙なBGMを口ずさみ、狐の人形(愛称:ローズマリィー)を連れてピアノに近づいたのは、ストレートヘアと大きな目が目立つ土屋若菜(女子7番)だ。ちなみに言うと、彼女も五大性格ブスの一員である。
『綾香ちゃん怒っちゃやーよ?』
「若菜、泣いちゃう!」
相変わらずそのローズマリィーとの“一人芝居”を笑いながら続ける彼女は、市村翼を見つけるなり、わー!と子供っぽく駆け寄っては「ねぇー翼君、綾香ちゃん怒ったら怖いよねー?」といい、腕に絡みついた。
そう、彼女は極端な男好きで俗に言うぶりっ子、そして多少気違いじみた行動をすることが多い。これが五大性格ブスである由縁だ。どの学校にいっても学年に1人はいそうな人間だが、さすがに人形を手にして一人芝居を繰り出す人間はそう居ないだろう。
抱きつかれた市村は大げさに表情を変え、土屋の腕を振り払った。さすがの市村でも、土屋を彼女にしようなどと思ったことはないだろう。
そういえば彼女といつも一緒に居る柳葉月(女子15番)はどこ行ったのだろう。ピンなどを多用した少し都会的な(良く言えば流行に乗った)髪型とすらっとした体型に関西弁、クラスのムードメーカーである彼女がいないとなると少し静かだ。


「うるさいわよ若菜! 黙ってないさい!」
どうやら服部の怒りに、土屋の行動は拍車をかけたようだ。更に狐のぬいぐるみをうねうねさせて『怒らないでぇー』と言った。
ちょうどそのとき、入り口側の扉ががらっと開いた。キンキン声の飛び交う中(それでも軽音楽部の演奏は服部に反抗するために止まっていた)、いきなり開いた扉だったので、みんなの視線が集中した。

「てめーが黙れよ、ヒステリック女」
扉からはじめに出てきたのは例の遠藤雅美。それに続いて、彼女を探していた望月千鶴(女子13番)、それから遠藤と一緒に居たのであろう諸星七海工藤依月(男子5番)などが続々と音楽室に入ってくる。屋上に残っていたメンバーのようだ。神谷真尋(女子4番)野口潤子(女子8番)がそれに続いてきた。
「そーだそーだ、遠藤のいうとおりだぜ!」
死ね!といわんばかりに相澤がジェスチャーをする。それに続いて藤原も真似をした。相変わらず郡司がそれをやめさせようと必死になっていたが。
散々責められた服部は顔を真っ赤にして「何よ! 敗退音楽と男気取りの不良まがいが私にたてつくの?!」と裏声混じりに叫ぶ。
「あー、始まった……」
響が頭を二、三度かきながら、近くに並べてある椅子に私を連れて行き、座るように促した。
「戦争が起こるぞ」
市村が響を中央にするように私と反対側のほうへと座った。あくまでも傍観を決め込もう、と言うのか。まぁ、それは否定しないが。


毎度のことだが、服部と遠藤はこれでもかというくらいに仲が悪い。どうやらそれは小学校のころから始まっているようだが、小学校が違う私には計り知れない壮絶な維持の張り合いと言う物語があったらしい。これでは犬と猿の関係もビックリだ。そしていまや反・服部派の相澤や藤原、そしてひそかに毒舌の森井がいるときたものだから、これは戦争どころではないだろう。また、その怒りに拍車をかける天然の土屋と狐のローズマリィーがいるから、事態は最悪の結末を迎えることは間違いない。


いつもの光景とはわかっているつもりなのだが、あまりにも中3として惨め過ぎたので、私はそこから一旦避難することにした。避難、といっても隣の音楽準備室に行くだけだが、少なくともこの戦争の火の粉は飛んでこない、中立した場所であることは確かだ。
私は響をそこに置いといて、その音楽準備室に向かった。後ろでは、金切り声と、野太い罵声と、男口調の冷淡な罵声が飛び交っていた。
本当に、これが卒業間近(それもほとんどの人が高校行きが決まっている)の人間達のすることなのだろうか?私はどこかで彼らを軽蔑していたのかもしれない。



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