何故*Sticky end


黒板に書かれた『第六十八番プログラム:1998年:第50号』という文字に、クラスは騒然としたざわめきを広げた。当然のことながら、私―蓮川司(女子9番)―も同じく黒板に書いてある意味がさっぱりといっていいほど解らなかった。しかし、真っ赤なパーカーを羽織った(けれども胸にはきちんとした証拠が括りつけてある。お決まりのバッヂだ)、小柄でガキみたいな男が『プログラム』という言葉を口にした時点で、一気に思考回路が事の整理をつけ始めた。
あぁ、なるほど。つまりこういうことなのね?私たちは、プログラムに巻き込まれてしまった。へぇ、ふーん、あぁ、そう。
って……冗談じゃない!!


「冗談じゃない!!」



私の心の中の声と、耳から入ってきた音の情報がシンクロする。がたんと乱暴に椅子から立ち上がり、白いタオルバンドが目に付く藤原優真(男子11番)が一気に視線を浴びる的となった。
「何がプログラムだ! 馬鹿なこと言うなよ!」
威勢のいい彼は喧嘩口調で暴言を吐く。そういえば彼、この前喧嘩で謹慎食らってたんだっけね。
「バカなことって……落ち着いてくださいっす。皆は、政府のランダムに当たっただけなんすよ? それも、名誉あることっす。君たちは総統に直接貢献してるんすから」
とにかく落ち着いて、と何度も何度もなだめる姿はどこかしら郡司崇弘(男子6番)を思いうかばせる。だが彼の胸元についている桃色のバッチを見るだけで、そんなくだらない妄想も現実に引き戻された。
「あー、えーっと。とにかく皆落ち着いて聞いてくださいっす」
大声で言うと、もう一度黒板と向き合い、先ほどの第六十八番プログラム、の下に白いチョークと黄色いチョークで飾り付けられた文字を描く。


 青沼    聖  
あおぬま  ひじり

「オレの名前は青沼聖っていうっす。とりあえず、歳は24っすよ」
よく子供に間違えられるんすー、と軽く笑いながら頬を掻く。





「あ、そうだ。このプログラムを始める前に、ひとつ、皆さんにいうことがあります」
青沼、という小柄な男は教壇に両手を突いて意気込むように言った。
「えっと、皆さんの持っていた私物は全部こちらで没収させていただいたっす。これからは、こちらで配るものをもって行動して欲しいっすよ」
さっきからその語尾につく『っす』って言うのがかなり気に食わないが、とにかくも今、私以外の人間がこのことについてはっきりと理解しているのかを確かめたかった。
幼馴染の新宮響(男子9番)。かなり動揺した眼で青沼を見ている。その親友の市村翼(男子3番)。こちらも困惑した表情で視線を落とす。どうやらポケットを探っているようだ。何もないということはのは解っているのだろうか。その隣の席の柏崎佑恵(女子3番)。いつになく鋭い視線で黒板、もしくは青沼をにらんでいる。前のほうを見ると、有馬和宏(男子2番)がまるで汚物を見るような視線を送り続けているではないか。





「あ、ちなみに、町田さん」
名前を呼ばれた町田睦(女子12番)はガリガリの身体を最大限にびくんと動かし、下を向いていた顔を恐る恐る上げた。
「あなたの持っていたCD、あれ、退廃音楽っすよね?」
後ろから見ても解るが、背中が震えていた。町田はぎゅっと握ったこぶしを机の上に出し、青沼の視線から顔を背けた。彼女はいまだ無言を貫いている。
「ダメっすよ。一応法律違反っすからね、没収、ならびに出所をつぶすつもりっす」
一瞬、町田が立ち上がろうとした(おそらく抗議しようとしたのだ)が、度胸がなかったのか、すぐに力なくへなへなと椅子に座りなおした。



「じゃぁ、質問のある人は手を上げてくださいっすー!」
ニコニコと笑う青沼。だがなんだか政府の人間にしてはやけにおどおどとしている。彼はいったい……?
「っ……!! いつまでも冗談ホラ吹きしてるんじゃないわよ!」
がたん、と藤原並みに乱暴に服部綾香(女子10番)が席を立つ。彼女は血相変えて叫びあげた。首輪をつかんでいることからして、己の身体に食い込むようについている銀色の首輪がよほど気に入らないのだろう。私から見れば、猛獣を飼い慣らしているようで見ていて気分は悪くないが。
「プログラムですって?! 冗談じゃない! 何で私がそんなことをやらなきゃいけないのよ!」
キンキンと部屋中に響く金切り声が人々の手を自然に耳に持っていく。そんな彼女の声の力はある意味ではすばらしい。どうやらそんなヒステリックな様子を見るのが初めてなのか、青沼はすこし焦った表情で声をかけようとする。だが言葉が見つからないようだ。
「っるせーんだよクソアマ……お前その口刻んでやろーか? あぁん?」
一番後ろの席で、腕に諸星七海(女子14番)を従えている遠藤雅美(女子2番)が足を組みながら言う。スカートの下に短いスパッツでもはいているのか、やけに堂々とした態度だ。いやいや、それはずっと前からの『当たり前』だが。





「何よ、愚民の分際で私のケチつける気?!」
「何が愚民だよ、てめぇの金切り声のほうがよっぽど迷惑なんだ、その辺わかってるのか? ヒステリッククレイジー女」
左からは諸星が、右からは隣の席の山本真琴(男子15番)が何とか彼女を落ち着かせようと、まるで暴走した馬をなだめるように促す。だが暴走した馬にしては妙に冷静だ。暴れ馬は安楽死にさらされるとわかっていて、すべてを悟っているのか?
「うるさいわね男女! 大体アンタは昔から目障りなのよ!」
「元はといえばてめぇから突っかかってきたんだろ? あぁ?」
「あんたのその態度が気に入らないのよ!」
この先の口げんかを見かねたのか、遠藤は一息おくと、すっと手を上げ、「質問」といった。
それはまさしく、服部に言ったものではなく、青沼に向けてだ。
「ハイ、どうぞ、遠藤さん」



「ここでいうプログラムって言う奴は、こういうめんどくさくって、チャラチャラしてて、ムカつく女を殺してもいいんですか?」



一瞬にして彼女はクラス中の鋭い視線を受け取る。先ほどの町田ぐらいの小心者なら、この視線によって一気に心臓麻痺で倒れてしまうだろうというほどに辛らつで、冷たい視線が集中した。まぁそれも無理もないだろう、こんな非現実的なものに放り込まれて、あっさりとその非現実を認めた人なのだから。
「えぇ、どうぞ」
青沼はまたも、乾いた笑顔で笑った。すでに瞳は、死んだ魚のようだ。



「てめッ……遠藤!」
「雅美、お前正気か?!」
「いや、何言ってるのよ雅美ぃ!!」
「んなばかな事っ……!!」
いっせいに藤原、そして工藤依月(男子5番)、諸星、山本が叫んだ。


「フン、俺はそのクソアマを殺すぜ」
周りから発せられた哀願の声をいとも簡単に撥ね退け、遠藤雅美は黒く染まると宣言した。
「そ……そんなぁ……」
誰かの絞り出したような声が聞こえた。
「おぉ! 遠藤さんのターゲット宣言! 嬉しいっすねぇーがんばってくださいっす!」
青沼は細かくぱちぱちと拍手をする。彼の嬉しさが上がるにつれて、反比例するように服部の顔から血の気が引いてくる。彼女はいまだ、遠藤のほうを振り向いたまま、目を見開いているようだ。





「俺も質問がある!」
そのくらい雰囲気を跳ね除けるかのように、一番前の席の有馬和宏が威勢良く立ち上がった。
「あ、はいどうぞー」なんとも気前のいい男だ、青沼という奴は。
「夏葉先生はどうした!!」
一瞬、部屋の中がざわっとする。そして次第にそのざわめきが大きくなる。私の席の近くでも工藤や響、そして土屋若菜(女子7番)が担任の夏葉翔悟について語り合う。




「あー、もー、ハイハイハイハイ、落ち着いてくださいっす」
あきれたように手を叩く。そしてクラスを集中させようとしているが、おそらくは無理だろう。なんと言っても、あのダメ教師の元で育ったダメ生徒(というのはいい加減かわいそうか)なのだから。もちろん、私もその一員に含まれている。
「そんなに心配っすか? じゃーお呼びするっすよ、なーつはせーんせー!」
自分が入ってきたドアに向かって、まるで子供がショーか何かでヒーローを呼ぶように声がけをする。それと同時に扉が開き、両肩を迷彩服の服を着ている兵士に固められて、あの見るからにダメそうな三十路間近の男、夏葉翔悟が入ってきた。




「よぉ、ガキども」
夏葉は兵士達に支えられて歩いているようだった。アルコールが回っているのか、顔がすこし赤い。だがどうやら機嫌はよさそうだ。彼はいつも教室に入るとき必ずこの台詞を口にする。「よぉ、ガキども」だと機嫌がよく、「おう、ガキども」だと機嫌が悪いのだ。
「夏葉先生!」
感動の再会、といった調子で有馬が涙で目を光らせた。夏葉のお世話係は(何故かずっと)生徒会長の有馬の仕事。この一年ずっと彼を世話してきたのだから、愛着があって当たり前だろう。しかし有馬の行動は本当に不可解だ。一体あの男のどこがいいのだろうか?



「おう、青沼。お前どこまで説明した?」




一瞬、私は夏葉が何を言っているのかわからなかった。


ついにこのダメ教師はヤクにまで手を出し、脳みそがスカスカになってしまったのだろうか?それとも精神安定剤で思考回路に異常を来たしているのだろうか?いやはや、それとも心の底から愛する妻に逃げられて一夜酒びたになった末路だろうか。どれにしても、相当情けないが。
「えっと、まだ全然説明してないッす。俺の名前と町田さんのCDの事ぐらいで……」
「っかー、だからお前はいつまでたっても独立できねーんだよぉー、おせーぞー」
夏葉は薄い青みがかった緑のジャンバーのポケットから、タバコとライターを取り出し、火をつけた。そして中央にある教壇の上にどっかりと偉そうに腰をすえて、ぽっかりとドーナツ状の煙を口から吐き出す。




「3年A組のガキ諸君、このプログラムの担当官は、正真正銘この俺だ」


にやりと笑った。タバコのせいで黄ばんでいる歯がよく見える。しかしこの男はこれまたこっけいな冗談を言うものだ、何がプログラムの担当官、何が正真正銘この俺。




「世界を笑え、この国はすばらしい!!」
そう明言、いや、迷言した夏葉は、両手を広げ、彼にしては珍しく目を輝かしていた。いったい、何があったというのだろうか?




「これからお前らには殺し合いをしてもらう!!」





私たちの担任が何故担当教官とやらに?このプログラムというものを本当に肯定する気か?果たして、この私にそんな実感が起きるとでも言うだろうか?
ありふれた質問が頭の中を爆弾リレーしている。どうやら導火線はあと少しで無くなりそう。
プチン
何かが頭の奥で切れる音がした。



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