憂鬱*Verismo


「世界を笑え、この国はすばらしい!!」 「これからお前達には殺し合いをしてもらう!!」
何を言っているのかすらもわからなかった。俺―新宮響(男子9番)―は呆然とし、担任であるはずの夏葉翔悟(担当教官)を穴が開くほど凝視した。しかし見つめていてもまったく状況は変わらず、相も変わらないタバコの煙が彼を取り巻いているだけだ。その横では青沼聖(副担当官)と言う奴が、大量のプリントを重ねて夏葉に手渡す。
「さーてと、よし。お前が説明しろ、青沼」
「えぇ?! そーいうことは担当教官がやる仕事っすよ!」
青沼はその小柄な身体をめいいっぱい使って夏葉にけしかける。当の夏葉は面倒くさそうに青沼をあしらい、タバコの煙を吐き出す。
「命令だ」いかにも、性格の悪い上司の典型的な人だ。
「……自分がめんどいだけでしょう?」煙を手で払いながら、青沼は言う。
「誰がいつそんなこといった? 早くしねぇと蜂の巣だぜー?はっはっは」
けらけらと夏葉が笑う。目の下にあるクマ(もしかしたらシワかもしれない)がなければ若く、幾分いい男に見えるものも、それだけで異様にふけて見える。




「解ったっすよー。じゃー、皆さん。この地図を見てくださいっす!」
そういって俺たちのほうを向きながら大声でいい、大きめの地図らしいものを広げて黒板に磁石で貼り付けた。
それにしても本当に、そのプログラムというものが行われるのだろうか?半ば嘘かドッキリかと思っていた俺には、淡々と事が進むのに対して不安を持ち始めていた。確か、1年に50クラス。たとえてみれば1年にひとつの県で、たくさんある学校のうちのたった1クラスしか選ばれない。大体、どんな強運の持ち主でなければそのランダムには当たらないはずだろう?1年に50回、ゴマンとあるクラスの中のたった50。嘘か真か、このクラスは【それ】に当たってしまった。



「ここは、東京湾の内側にそって立てたれた埋立地の中のひとつ、エリア28というところっす」
青沼が地図を指差して言う。だが俺の思考はそんな説明そっちのけで続いていた。
「ちょっとした事情からここはリサイクルされてるんすよ。経費削減っすね。でもプログラム用だから、水とか、電気とか、ガスなんかは全部止められてるっす。まぁせいぜい水なんていったら農家の家の鯉池とか、井戸とかがあるくらいっすかね。あ、ちなみにこの校舎から出たところの電灯は太陽電池式っすよ、他にもそういうところはあるっす」


殺し合い?そんなこと、できるはずがない。だけどさっき遠藤雅美(女子2番)が言った言葉は……アレは本当なのだろうか。本当にあいつは、服部綾香(女子10番)を殺すつもりなのか?たとえそんな風にして普段の苛立ちが突然切れるようなことがあったとしても、このクラスに限ってそんなことする奴はいないだろう?ましてや好んで人を殺すなんて、出来るはずがない。


「そいで、そのエリア、縦にAからI、横に01から09までふってあるっすね。これ、ひとつ当たり200メートル・200メートルっす。今オレたちがいる場所はここ、C−06にある分校というところっすよ。そこで皆さんには、今からランダムで選ばれた人から順番に、2分おきに出て行ってもらうっす」
初めて黒板を見上げた。そこにはまるで学校の社会のときに使った地図のような大きさの紙が張られていて、どでかくかかれた地図の拡大図が広がっている。半分より左側はほとんど青い。おそらく海という意味だろう。


「ここからは海なんすけど、浮きがあるっす。この浮きからは皆さんがつけている首輪に働くセンサーが壁のようになっていて、このレーザーを抜けた瞬間首がチョンパっすよ。こっちの角っこの陸地もそうっす。いくのは構わないんすけど、一ミリでも越えれば、首輪が爆発するっすよ、気をつけてくださいっす」
この男はどうやらかすかな希望さえもすべて奪おうということを考えているのか。



「皆さんはここで大きめのバッグを配るんで、それを持ってこのプログラムを実施してもらうっす。バッグの中にはこちらで用意した支給武器、食料用のパン、水の入ったペットポトル、地図、名簿、鉛筆、コンパス、懐中電灯が入ってるっすよ」
まだ、つらつらと機械的に説明されていることが鵜呑みに出来ない。上手くいえないが、無性に現実逃避、もしくはうつ病になりたくなっていた。
もしこれが夢だったならば、頬をつねっても痛くない。そう思って頬を軽くつねってみたが、結果は無残にも、痛かった。つねった頬をつかむ指に力を入れ、つめを立てる。痛い。奥歯をかみ締めてみた。ぎりぎりと歯が鳴る。痛い。


夢ではないことが、同様に確からしい。数学の確率か、畜生。こんなところまで来て勉強したくないぞ、俺は。
「また、このエリア28にはこうやっていくつものエリアに区切られているっすけど、禁止エリアというものがあるっす。説明すると、皆がひとつの場所に固まっていたら意味がないって言うわけなんで、ある程度は場所を減らしましょう、というわけっすよ。2時間ごとにひとつのエリアが禁止エリアになるっす。あ、もちろんその禁止エリアはランダムで、こちらから定時的に放送する中で言うっすからね。ちなみに、定時放送って言うのは、12時、6時、つまり6時間ごとっす」
青沼はそこでいったん言葉を切ると、また説明を始めた。




「その禁止エリアっていうところに入ると、皆さんがつけている……そう、その首輪。それが……えぇ、爆発するっす」
爆発、その言葉を疑ったがまんざら嘘ではなさそうだ。たかがハッタリでこんなものに費用をつぎ込むほどこの国は豊かじゃ……いや、豊かか。回りのクラスメートは思い思いにその首輪に振れては引き剥がそうとする。例の服部綾香や、土屋若菜(女子7番)などの性悪女(俗にこれらを五大性格ブスの一味とも呼ぶ)。市村翼(男子3番)上条達也(男子4番)などなど。外見に気を使う思春期の少年少女たちは特にそんな行動を起こしていた。
「あーあーあーあー、だめっすだめっす! 無理に取ろうとなんて思わないでくださいっす! 爆発するっすよ!!」
焦った表情で青沼が叫びあげる。
「もー、ほんっとに本能的っすね、さっきもちょっと説明したのに……さっすが夏葉先生のクラス」その瞬間、夏葉がギロリと青沼をにらんだが、当の本人はまったく気にしていない。また続けて説明を始める。
「ここの学校も、皆さんが出発したあと20分後に禁止エリアになるっす。最低200メートルほどは離れてほしいっすよ」
名前と似合わず赤一色のパーカーを羽織っている青沼はにっこりと笑った。




「あとは、時間制限があるっす。24時間誰も死ななかったら、もしくは3日間で優勝者、つまり最後の1人っすね。それが決まらなかったら、生きている人間の首輪は全部爆発、優勝者は無しで、クラス全員が死ぬっす」
死ぬ。なぜかそんな単語に敏感に反応した。
「なお、優勝すると総統閣下のサイン色紙と、生活保証金が提供されるっす。くーっ、いいっすねぇ、俺一回ももらったこと無いっすよー」
まるで子供が欲しいおもちゃをねだるように、青沼は身振りそぶりでサイン色紙が欲しいと訴えた。だったら俺の代わりにプログラムに出て勝手に優勝してくれ。




「じゃぁ、俺の言う言葉を範唱してくださいっすー。出来ないと夏葉先生の根性焼きの刑っすよー」
急に部屋の中がざわついた気がした。だが部屋の入り口にいた兵士達が一斉にジャキッ、という音を立てて拳銃らしいものを構えたのを見て、皆は口を閉じた。皆、きっとわかっているんだ。殺される、間違いなく、と。
「僕たちは殺し合いをします、はいっ」
始めは誰も口を開くものはいなかった。
バァンッ!!!
唐突に、とんでもない爆音がした。狭い部屋の中でいくつも反響した音の尾がいまだに散らばっている。女子が叫びだす声も同時に部屋に広がった。片手に拳銃を握るのは、間違いなく青沼だ。どこにむけて撃ったのかわからないが(俺は音に驚いて目をつぶっていた)、その手に握られた黒いものからは白い煙が出ている。
「ハァーイ、おとなしくオレのあとに続いて言ってくださぁーい」今度は機械的ににっこりと笑う。





「僕たちは殺し合いをします」
僕たちは……と誰かが続けた。俺も始めの「ぼ」の字はいえなかったが、小さな声で続いた。あいつの持っているものは、紛れもなく本物だ。時々見る映画のビデオなんかで使っている奴と似ている。俺は、これからアレで殺されるのか?アレで一発、脳天をぶち抜かれて死ぬのか?俺は……死ぬ?昔死んだじいちゃんみたいに、冷たくなって、白い箱に収められて、白い花を回りに寄せられて、すごく硬くなって、真っ白な顔をした俺。
市村翼ほどのナルシストじゃぁないけど、そんな姿の俺が、一体全体誰に認められるんだ?
「もういちど」
『僕たちは殺し合いをします』先ほどより声が大きかった。
「まぁいいでしょう。出発する前にもう一度ここに立って大声で言ってもらうので、そのように覚悟しておいてくださいっす」
そういったところで青沼は腰につけてある黒い皮製の袋(これがホルスターと呼ばれるものか?)に拳銃をしまった。




「さて、ここまでに質問はありますか? ある人は手を上げてくださいっす」
質問?質問なんて山ほどあるに決まってるだろ?何故俺たちがやらなければならないんだ。第一それよりもこんなことやっていいと思ってるのか?いやいやそれよりもなぜ担任がこんなアホ面下げて担当教官なんて言っているんだ?担任なら俺たちの事を守ってくれてもいいんじゃないのかよ。
それが今更死ねというか?今までずっとお前は、俺たちがこうなると知っていてうちらの学校に着たのか?いや、プログラムの抽選が、いつやっているかわからないから単なる偶然かもしれない。だけど何故、夏葉はプログラム担当官なんだ?担当官って、国家公務員なのか?



なぁ、何で俺は、いや、俺たちはこんなことをしなきゃならないんだ?
俺は、本当に死ななきゃいけないのか?
誰のために、何のために。
わからない。理解することが出来ない。俺は、バカか?
いいや違う、そんなはずは無い。
人を殺すなんて事はいけない。このクラスの全員がそう思っているはず。
あぁ、遠藤雅美を除いてだ。





「そんなバカな話があるか!」
唐突に立ち上がったのは、藤原優真(男子11番)。一瞬にして現実逃避から開放してくれるくらい力強く、彼の最も得意とするドラムのように存在感がある声が部屋の中に響き渡った。彼はがたんと勢いよく椅子から立ち上がると、叫んだ。
「お前、いい加減にしろよクソ夏葉とパーカー男!」
白いタオルバンドが、ずり落ちそうになっていた。




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