銃声*No more justis


「第一よぉー、何がプログラムだ! 冗談じゃねぇ! ダメ三十路寸前人間のタバコ親父とただのチビじゃねえか、なんかの冗談だろ!」
藤原優真(男子11番)が罵声を浴びさす。その声があまりにも大きく、あまりにも壁に当たり響きあうために、私―蓮川司(女子9番)―は耳を塞いで、やかましくも未だに続く藤原の独り罵声コンテストを聞いていた。
「ふざけるのもいい加減にしろよ! 大体お前がこっちに来たときから気に食わなかったんだよ! どうせアレだろ? 前の学校で問題起こして飛んできたダメ教師なんだからな!」
がっしりとした体つきをふんだんに使って1人劇をしているかのように、彼は激しく身体を揺らし抵抗する。一方の夏葉翔悟(担当教官)は眉間にシワを寄せながらくわえていたタバコをぎりっと噛み締める。いらいらしているときの証拠だ。それも、イライラメーターは限りなくマックスに近い。




「っるせーんだよクソガキィ……」
負けずと劣らず、口の悪さは天下一品の夏葉が口を開いた。
そして、すばやく夏葉の手が腰に伸び、次の瞬間パシュッと言う軽い音が聞こえた。先ほど青沼聖(副担当教官)の手に握られた拳銃から発射されたものとは違う音である。


……パシュッ?


全員の視線が、夏葉の右手に集中した。黒くて、何か細長い円柱状のものが先についた――拳銃らしき――ものを握っている。そしてその黒いものの先には、白いかすかな煙を立ち上らせているではないか。一瞬だけ、つんと嗅ぎ慣れていない臭いがする。




「うあああああっ!!」
静かな銃声(なのだろうか)とは違い、狂人の叫びにも似た声が上がった。藤原は右腕を押さえ込み、その場所からずり落ち倒れる。その行動にあっけを取られたかのように諸星七海(14番)服部綾香(女子10番)は、ぽっかりと口を開けたまま一歩二歩ほど引き下がる。同時に私も立ち上がりその状況を見た。真っ赤な血が、流れ込んでいる。血、だ。ストローか何かで吹きつけたように、通路となっている席と席の間が放射状に散らばる血で真っ赤になっている。


血?誰の。誰のもの?真っ赤な血、見たことある。どこでみた?わからない。


「優真ぁっ!」
「優真君!」
彼の前後の席に配置している郡司崇弘(男子6番)三浦勇実(男子14番)がそれぞれ立ち上がり、彼に近寄る。当の藤原は痛みに耐え兼ねないようで鳴き声にも似た声を絞り出している。このクラスでのんびり屋といわれた組の中にいる郡司と三浦が、珍しく血相変えてきびきびとした動きをしていた。すべては夏葉の所為か?
次第に地震が伝わるように、回りの人間が彼に集まってきた。だが一瞬、パパパパパパ……というとても速い閃光と音がしたと思うと、天井からコンクリートのかけらが一気に落ちてきた。




「いやあ!」
誰かが叫んだ。声からして日高かおる(女子11番)か。クラスの中でも一番を誇る小心者だったかな。
「うらぁっ! 藤原のヤローの心配なんかしてねぇでさっさと席につけガキが! 蜂の巣にすんぞボケェ!」夏葉が珍しく大声で叫ぶ。
入り口付近にいた一人の迷彩服が大きめの……機関銃だろうか、それを天井に向けて振り回している。だんだんと、下に下がる。あの小さな穴から発射されるのは、とんでもない量の凶器。危ないテレビでしか見たことないが、あれがマシンガン、というものか。あの小さな銃口から鋭利なナイフのようなものと火薬が吹っ飛んでくると思えば、誰だって当たれば死ぬという結論に至るはず。
全員の動きがいったん止まり、頭を抱えて身体を伏せる。気がつけば私一人だけが立っていて、周りは机の下に避難したり、身をかがめていたり、あるものは恐怖のあまりか、誰かの腕などに抱きついていた。
夏葉はそんな私を一目だけ見ると、フン、と笑って銃を持つ兵士を制止させた。
「藤原は天罰が下ったと思え。以後、俺に口答えしたり妙な真似した奴は容赦なく、殺す」
殺す、というところだけを強調した夏葉は、クラス中に冷たい視線を注いだ。





「席についてくださいっす」打って変わって青沼はにっこりと笑う。
人々がゆっくりと、そして怖気づきながらも、いつその銃口が向けられないか心配し、のっそりと席に着き始めた。藤原は、撃たれた腕らしいところを握ると、一人で不器用ながら止血をしていた。もちろん、血は止まっていないが。



「嘘だっ!!」
藤原と同じようにがたんといきなり立ち上がると、その熱血に燃えた瞳をじっと夏葉と青沼のほうへと向ける。彼らは、またか、といわんばかりにあきれた顔をしてハァ、とため息をつく。
「夏葉先生はそんな人じゃない!」
有馬和宏(男子2番)がまたも大声で叫ぶ。彼は一番前の席なので、表情はわからないが声からして泣いているようだ。定かではないが。
「アンタは夏葉先生じゃない!」
ふらっと椅子から離れたかと思うと、いきなりスピードを上げて有馬は夏葉に向かって突進していく。彼の心に何があったかはわからないが、少なくとも第三者から見れば相当狂っているように見えた。
「やれ」夏葉の小声がボソリと聞こえ、手がすっと上がった。



ドンッ……こもった音が聞こえる。
ドンッ……もう一発、有馬の身体に突き刺さる。
ドンッ……突き飛ばされたかのように、野口潤子(女子8番)の机に倒れた。
狂人、有馬が息をつく前に、頭ごと粉砕された。
「うわあああ!!!」
いつもは姉御肌で決して動揺しない頼りがいのあるスポーツマン、野口潤子も、今回ばかりは叫びあげた。その短い髪の毛が赤くコーティングされている。ブラッディレッド、髪の毛を染めたような感じね。
「有馬ぁああああ!!」
一番廊下側の一番後ろの席。今一瞬にして事が起きた場所から一番離れた場所で、有馬の親友、千田亮太(男子10番)が大声を張る。横顔しか見れなかったが、その伊達メガネの下にある美しい顔がゆがんでいる気がした。
今度こそ全員でその場から離れ、一番後ろの席まで一斉に駆け出した。
藤原に続いての被害者、しかし今度は「死んで」いる。




死んで、いる。
あぁ、紛れもなくね、有馬は、死んだ。
死んでないかもって?そんなことない。私が間違うはずもない。
間違いないよ、だってあんなに、ね。




「ほぉーらぁー、皆、怖くない怖くない」
青沼が穏やかに言う。だが有馬を殺した当人がそんなことを言っても、何の説得力もない。
「血が怖いか」
しん、と静けさが帰ってきた。誰かがつばを飲む音も聞こえる。
「女子8番、野口潤子」
唐突に夏葉に名前を呼ばれた野口は、びくりとするとその青白くなった顔をゆっくりとあげ、声にならないものをのどから必死に出そうとしている。
「返事」
「は……はいっ……」
らしくないといえば、らしくはない。イメージ的には太陽とかぶるような彼女が、今では背中に死神でも張り付いているかのようだ。もちろん、死神の鎌は彼女ののどに突き刺さる寸前だが。



「これからお前らにバッグを支給する。さっき説明した奴だ。それをもらってこっから消えろ」
がらごろ、と重そうな音を立てて大きめのカートのようなものが2つ入ってきた。そのカートのようなものの中には幾つもの黒い大きなバッグ。形が多少変だが、まぁ気にしないで置こう。
「2分おきだ。めんどくせーから次は同じ番号の設楽な、んで蓮川。女子、男子、の順だな」
自分の名前が呼ばれたとき、さすがに心臓がドクン、と脈を打った。緊張しているの?まさか。どうして自分の名前を呼ばれるだけで緊張しなければならないのかしらねぇ。そう自嘲しながら左の胸を押し付ける。


ドクン
ドクン
ゆっくりと確実に脈を打つ心臓。今にも破裂しそうな……。とても苦しい。


「野口」
野口はゆっくりと呼ばれたほうへ歩を早めた。そして2人の担当教官の前に立つと、すらりと伸びた背中を伸ばし、あごを引いた。モデル体系、とても陸上運動をしているとは思えない引き締まった体つき。彼女の白いブレザーには真っ赤な血が今も残っている。それだけは、相反した情景だ。
「私たちは殺し合いをする。2回でいい。言え」
夏葉が新しいタバコに火をつけながら命令口調でつぶやく。わざわざ意思確認か、ご苦労様なこと……。
「わ……たしたちは……」
いったん言葉が切れた。動揺しているのか、それはもちろんそうでしょうね。誰が好き好んでそんなことを言えるか、どこにでもいる一般ピープルならそう考える。



「ノグ!」
教室の後ろに固まっている集団の中から、神谷真尋(女子4番)が野口を呼ぶ。彼女は呼ばれて一瞬振り向いたが、夏葉に耳元で何かをつぶやかれると、言葉の続きをいった。
「殺し合いをする。私たちは殺し合いをする」
やけに早口で言うと、脱兎のごとくドアの近くにいる兵士から大きなバッグをつかみ、また走った。
「カミヤマ! 私たち、友達だよ!」
そう言い残すと野口は暗い廊下へと消えていった。



「世は暗闇明日は未知。誰が優勝するかわかんねぇんだから、ちゃんとやれよ、ガキども」



いよいよプログラムが始まる。不思議なことに、私はもう、恐怖を感じていなかった。
そこにあったのは、願望と、あとは何だろう、絶対になれる、といった心構えかな。



私、蓮川司がこの教室を出発するまで――あと4分


男子2番 有馬和宏 死亡
残り31人



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