兄弟*lost souls


所変わって――千葉の中心都市のひとつ、高原市のすこし片田舎の方角にある大きなお屋敷。ほんの5年程前にはまわりは田んぼばかりのど田舎といっていいほどだったところも、いまや地主の土地売却でマンションや住宅が広がりつつある。そう、農業の不振から土地を売却したのである。そしてそのお屋敷の表札には「蓮川」と書いてあった。
つまり、蓮川司の生家である。



ピーンポーン。夜の7時を少しばかり回ったとき、そのお屋敷全体に古いタイプのインターホンの呼び出し音が鳴り響いた。家の中にいたのはやはり酒におぼれている父、蓮川修造。そして長兄の晴一、次兄の貴正がいた。ちなみに下の2人の弟達、真人洋介は夜の5時から7時半まで小学校の体育館でやっているミニバスの練習にいっていて不在だ。
しかし――呼び鈴は鳴ったものの、反応はまったくといっていいほどない。呼び鈴を押した黒ずくめの男は今一度ボタンを押すために腕を上げた。
ふと、そのとき
「何やってんだよ、人んちのまえでよぉ。客か?」
見事なほど茶色に染め上げた髪の毛を逆立て耳にいくつもピアスをしている、さながらお屋敷とはまったく無関係のような青年が、いかがわしい表情で男に近づく。
「親父なら今頃寝てるぜ。来るなら朝にしときな」
青年は昔ながらの大きな木で出来た門を手で押し開ける。



「蓮川司様のご親族の方で?」
「あぁ? 司だと? それがどうした」
「ご親族でしょうか?」
男は無表情に問い詰める。それに少しだけたじろいだのか、青年は「あ……ああ。兄貴だよ」とつぶやいた。




「彼女は、本年度の第50号第六十八番プログラムに選ばれました」
青年は目を見開いた。黒いスーツをびっしりと決めた男の胸には、あからさまに目立つピンク色のバッヂ。政府関係者である。
「お……おいっ……」
その見開いた目のまま、口元だけ笑うと、開けかけていた扉を強引に押し、
「ちょっとそこで待ってろ!」と叫ぶと石畳で出来た通路を駆け出し、ガラガラっと音を立てて扉を開けた。



「兄貴! 晴一兄!」
入ってすぐの吹き抜けを響かせ、どこの部屋にも充満するような声を上げ、青年は荒々しく靴を脱ぐと、兄・晴一の部屋へと急ぐ。
「晴一兄! せ……政府だ! 政府の野郎がきてるぞ!」
ノックもせずに突如としてドアを開ける青年――三男坊、時哉――は、部屋に入るなりテレビを見ていた長兄に向かって叫んだ。ハァ、ハァ、と息をあえぎ、血相を変えて飛んできたものだから晴一もすこし驚いて
「政府? お前バカだなぁ、ウチんちは悪いことしてないぞ、多分」といった。
しかし時哉はそんな晴一の馬鹿にしたような態度をもろともせず、口早に説明を始める。
「悪いことじゃねぇよ! ホントホント、黒塗りで、胸にピンクのバッヂつけてたんだからよ!」
そこまで聞くと時哉のいうこともまんざら嘘でもなさそうな雰囲気になってきたので、晴一は急いでテレビを消し、時哉の誘導のまま正面玄関へと向かった。
「第一、何で政府なんかが? 親父はいいのか?」
「親父なんて信用できねぇよ!」
時哉はその言葉を一番荒々しく吐き捨てる。


「司が……あのバカがプログラムに……選ばれた……って……!」



走りながら言い難そうな表情をし、コマ切れに言葉をつぶやいた時哉は、一度クソッ、と舌打ちした。
「プログラム……だと……?」
晴一も、絶句する。
追々心の中に絶望を抱えながら、表門にたどり着くと先ほどの男と、もう2人、同じような容姿の男が立っていた。男は走ってきた2人に気付くと、ずんと高い長身を揺らしてゆっくりと歩いてきた。
「さっき言った事……ホントなのか?」
晴一は出来るだけ背筋を伸ばし、その長身に押し負けないように対抗して言った。




「……失礼ですが、お父様でいらっしゃいますか?」
「いや、親父は……病気で寝ている。俺は一番上の兄貴だ」
「ではご親族様ですね。今一度申し上げます。蓮川司様、高原市立第五中学校3年A組はプログラムに選ばれました」
何の謙虚もなく、さらりと言ってのけるこの男に幾分反感を覚えたが、晴一も時哉も決して食ってはかからなかった。
「……そ……か」
2人同時にうつむき、つぶやく。そして半分だけ納得する。
「こちらが書類となります」
桃印がはっきりと示された一枚の紙には、いとも簡潔な文章がつらつらと並べられている。彼らに言わせればたった一枚の紙が、人の命と同類だそうだ。


「了解していただけますね?」するしかないだろう、といった状況だ。男の後ろの2人は、1人は警棒、もう1人は拳銃を所持している。拳銃を所持しているほうの黒い物体から、一瞬だけ光が漏れた気がした。
「……ああ」晴一が苦渋の選択の上につぶやいた。
「そうですか、では我々はこれにて。後ほどまたお伺いに来ますので」
そういって3人の男は、すぐに黒塗りのセダンに乗っていってしまった。ブロロロ……というエンジンの音が少しだけ反響したが、そのあとには何も残らなかった。あっという間に、すべてが終わったような気がして、どうしようもない衝動に駆られる。夜空にさえ、星はない。



「司は、優勝、するよ」


下を向いていた晴一と時哉の後ろから、遅れて登場した次兄の貴正がとぎれとぎれ、晴一と時哉に声をかけた。貴正はいつも部屋に閉じこもっているので、お互い顔を見合わせたのはおよそ3ヶ月ぶり。しかしそれは、今過ぎ去っていたことに比べればあまりにも小さな出来事だ。
「貴正に――」
「あいつ、絶対帰ってくる」貴正は時哉の声をさえぎって、力強く言った。
長く伸びたストレートな漆黒の髪の毛、整った顔立ち、ガリガリにやせた身体。母親譲りの外見は兄弟の中で一番司とよく似ている。世間に出ればそれなりにやっていけそうなのに、己をお屋敷の中に封じ込めた彼は、いつも訳の解らないことを言う癖があったのだ。
「……そうとは限んねぇだろ」
ボソリと時哉がいう。その表情には彼女に対しての後悔の念がこもっているようにも見えた。



「わかる。ぜったいわかる」
天を仰ぐように、春先の夜空を見上げた貴正は、小さく、だけどはっきりと言った。


「司、俺たちを殺しに来る」


兄弟は三人とも、お互いに顔を背けた。あまりにも痛々しい記憶が蘇ってくる。否定は出来ない。だけどありのまま飲み込むことも出来ない。
「ぜったいに」拍車をかけるように貴正がもう一度言った。



"そのとき"が来るまで生き地獄のような生活におびえなければならない。
それがもし自分たちに科せられた罰なら、なんともむごい事だろうか。
すべて、わかっていたはずだ。
彼女はいつか化ける、ということも。



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