最悪*Te deum


「男子9番、新宮響」
蓮川司(女子9番)が出て行ってから2分。今度は俺の名前が呼ばれた。席をたち、できるだけあんな姿となった有馬和宏(男子2番)のところを通らないように、あえて望月千鶴(女子13番)三浦勇実(男子14番)の椅子の後ろを通って、中央の通路から夏葉翔悟(担当教官)青沼聖(副担当教官)の前に出た。
とにかく今の俺は早くここから出て行かなければならない。だからこんなところでおたおたしている暇もない。
「さぁ、どうぞ」小柄の青沼が笑う。例の私たちは殺し合いをする、という台詞を言わせたいらしい。席に座っていたときは速攻で言ってすぐにここから出て行ってしまおうと思ったが、さすがにこの場所に来て2人の大人ににらまれると、そう簡単には言葉に出来ない。そうやっている間一秒一秒でも、蓮川司はどこかに行ってしまうかもしれないと言うのに。解っていても、なかなか言い出せはしなかった。
「私たち……は……こ……殺し合いを……」
出来るだけ皆に聞こえないようにつぶやくはずだったが、夏葉に「聞こえねーよボケ」といわれると、もう一度やり直しを喰らってしまった。
「私たちは殺し合いをする私たちは殺し合いをする」
棒読みもいいところだ。俺は絶対に演劇には向いていないと思った瞬間。目をぎゅっと瞑ってすぐさま入り口に走り出した。入り口では二人の軍人が両脇を固めていてバッグを持っていた。俺はすぐにバッグを受け取り、暗い廊下を突っ切った。

ごめんな、皆。俺、絶対殺し合いなんてしないから。だからお願いだ。皆、殺し合いなんてしないでくれ。
そう祈った。


階段を下りて突き当たったところにぼんやりとだけど光が見える。その手前側の壁に張り付くように兵士が椅子に座っていた。どうやら見張りだろうか、とにかくここで時間を食っていてもしょうがないので俺は急いでその場を突っ切った。
足の速さに劣りを感じるわけでもなかった。現役のころはサッカー部だったから、それなりに足は速いし、持久力もある。だから司を絶対に捕まえる自身はあった。彼女は無所属だし、お世辞にも持久力があるとはいえなかった(だがスポーツはとりあえず出来る)。確かに出発時間の2分タイムロスはあるが、彼女も俺も状況は一緒、初めてここに来たもの同士だから、そう簡単にうろつけるわけではなかろう。ということで状況は圧倒的に俺が有利。司を捕まえて、何か対策を考えるのが俺のプランだった。
玄関口を出るとすぐそこに大きな時計台と電灯がついていた。時計は3時15分を少しまわっている。だが俺の頭の中では完全に吹っ切れている気分だった。それは何よりも司を捕まえられる、ということがひとつの要因にもある。出てすぐの森を手探りで歩きながら、聴力を総動員させて音を聞いていた。


そんな暁に。
「う……うああああ!!!」
突如声は遠いが確実に聞こえた。その叫び声にすら驚きを覚えた。……設楽聖二(男子8番)だ。1年間同じクラスにいながらもあまり喋ったことない奴だが、いつもこんな声を上げているわけではないというのは確か。声の状況からして窮地に立たされそうな感じだ。
「ま……さか?」
とにかくも全力疾走でその声の場所に走る。神様仏様、ええい、もう誰でもいい。お願いだから俺の予想を当てないでくれよ?鬱蒼とした森を駆け抜け、少しだけ木がない場所までやってきた。

「ぁがああああ!!」
先ほどより大きく、声がした。危ない、設楽が危ない。絶対に危ない。しかし俺も危ない。潜入スパイを敵地で迎えに行くようなものだ。
草木を抜けた。人の影が見える。

―――。

目の前に広がった光景は、たとえて言うなら地獄のようだった。ぼやけた黒いキャンバスの上に、はっきりと写る色素の薄い肌を持つ少女。しかし不釣合いなほど赤い血の付いた長い刀を握っている。その少女の前にいるのは赤い湖を持つ男の体。いまだに痙攣をしている。
さぁこの油絵。高値で売れるだろうか?それとも白く塗りつぶしてやろうか。
今、彼女が刀をもう一度振り上げた。ズブッと鈍い音がして、男の痙攣がおさまる。
「司ぁ!!」
そう叫んだあとでやっと我に返った。無意識のうちに少女の名を叫んでいたのかもしれない。振り向かないでくれ、どうか振り向かないでくれ。人違いであってくれ、ああ神様、どうか、この命ささげますから。


しかし少女は、振り向いた。紛れもなく、探していたはずの蓮川司だ。


「ひびッ……き」彼女の表情はまるで俺の顔を鏡写ししたようになっていた。
「お前……ハハ、何やって……」
コマンド・勇者・新宮響はいまいち状況が飲み込めていないようだ。もういっそ幽体離脱したい気分。幽体離脱のコマンドなんてないぞ?まさか、ハハ、そんな。司が人を殺した?そんなわけないだろよ。司はそんなこと出来る子じゃぁ、ないんだぞ?いっつも泣いてばっかりでな、俺がいっつもいてやらないとダメで、頼りない女の子で。
――だけど俺は彼女の何を知っている?


一時の機会を境に彼女はおおよそ別人のように変化した。以前はもっと明るくて、どこにでもいるような普通の子。泣いたり、怒ったり、普通に笑ったり、喧嘩したり、慰めてくれたりしたけれど、今はもうそんなことは一切ない。
彼女に何があった?俺はそれを知らない。でも俺は、ずっと彼女と一緒にいた。……それだけが彼女とのつながりの支えだったかもしれない。
「さよなら」
俺よりも早く彼女は我に返り、一言だけつぶやくと、設楽の体の近くにあった”何か”をひったくって走り出した。数秒呆然としていた俺は、もう一度自分を取り戻して走り始めた。やっぱり青年期の少年少女、男女差は体育の保健で勉強したさ。男のほうがな、よく伸びるんだぜ。身長も、体力も。
ざざっ、森の中での追いかけっこ。熊と少女じゃないんだから、もうこんなことやめようぜ?なぁ、司。俺、熊役なんて嫌だもん。

「待てよ司ッ!」
目の前およそ2メートル。やっとこさ手が届くか届かないかの距離にある。あと5秒、あと5秒走れば……。
「来ないで!」
司の体がグンと前に遠くなる。あれ?こんなに足、速かったっけ?
「何で逃げるんだよ!」
「こないでって言ってるでしょ!」
司が振り向いた――と思ったら突如銀色に光るものがひゅんっ!と音を立てて颯爽に俺の頬の横際をそれた。
「わわっ!」
突然飛んできた未確認物に俺は驚いて反射的に身体を横に傾けた。するとどうだ、俺ともあろう奴がその拍子にバランスを崩して転んでしまったではないか。
「あぶねっ」
そう言って、飛んできたもの――なんと長刀だ――に視線をやった刹那、すぐに顔を上げた。


すでにその場は司の姿はなかった。
「つ……司?」
ザザザ……と大木の葉が揺れる音がした。空は暗闇、電灯から離れたものだから明かりさえも見つからない。


「司アアアア!!」



腹の底からすべてを出すように叫んだ。
あぁ、このまま今見た奴も全部吐き出してしまえれば。
そしてすべてを忘れられたら。
心の中に喪失を感じる。
唯一の支えだった彼女は、人を殺した。
女子では一番信じていた彼女が、人を殺した。
一番の古株だった彼女が、人を殺した。
曲げられない事実。
避けられない現実。
戻ることの出来ない……。



残り30人


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