仲間*Doxology


「男子6番、郡司崇弘」
「……はい」
教室に残っている生徒も残りわずか。郡司崇弘(男子6番)は空席が目立つ教室を見渡してため息をついた。本当にこの時が来てしまったんだ。手に汗を握りながら郡司は、今まで待ちくたびれるほど長い58分間が、なぜか風のように流れていったことを再確認した。今までのことは本当に早かった。また同様に、死ぬまでの時間も本当に早いようだ。高鳴る鼓動を抑えて郡司は立ち上がった。
「ほい、男子学級委員」
教壇の前に偉そうに座っている夏葉翔悟(担当教官)は、その表情から解るようにあからさまに郡司のことをあざ笑っていた。今までその頭脳とほぼ中立の立場で生きてきた郡司がが、まさか天地がひっくり返ろうとも、殺し合いをさせられるなんて思ってもいないだろうと言う思想からの皮肉か。それとももっと別の期待か。
「僕たちは殺し合いをします」
彼は小声で、だけど始めのほうに出発して行った新宮響(男子9番)のように、やり直しさせられないよう、声を張り詰めた。いずれにせよ、最大の侮辱である。
「僕たちは殺し合いをします」
唇をかんだ。いつもの日常が恋しいくらい非現実的。ほとんど絶望的な生命のともし火に囲いをつけて、郡司はすぐさま歩き出した。だけど、早く歩きすぎて火を消さないよう慎重に。
「グットラァーック」
夏葉が冗談交じりに言う声すらも無視して、兵士から乱暴に渡されたバッグを受け取り教室を出て行った。
――待機していた約1時間の間、もちろん郡司はただその時間を無駄に費やしていたわけではない。これから何をするべきかを決め、この教室から出たらすぐに実行しようと考えていたのだ。教室にいる間にすべてを考えておけばすぐに行動に出ることは出来る、そう思ったからである。


まず、郡司が考えた一番のことは友人である藤原優真(男子11番)を確保することだった。優真とは物心ついたときからの縁だが、彼の粗暴はこの市に住んでいる中学生なら誰でも知っているくらいだ。いつもおとなしいのは郡司が近くにいたからこそである。というわけだから、中学2年の冬、郡司がインフルエンザにかかったときは、誰も彼を止める人がいなくなり学校崩壊寸前までに陥った、ということも周知の事実。だから尚更今の状況では彼を捕まえておかなければ、何をしだすかわからない。
人殺しさえも躊躇しかねない人格なのだ、本来の藤原優真という人間は。


また、もうひとつ考えたことは藤原優真以外にも仲間を集めること。郡司自身もそれなりに頭はいいがそれは基礎基本、本当に学校で教わったことしか頭に入っていない。そういう面から見ると、工藤依月(男子5番)の豊富な知恵や、森井大輔(男子15番)の冷静な判断力、有言実行の精神を持つ市村翼(男子3番)あたりが羨ましいし、これ以降会えることに期待していた。もしもこのメンバーが揃ったならば、郡司は政府(出来なければ元担任の夏葉翔悟)に一泡吹かせてやりたいと思っていたのだ。自分たちをこんな目にあわせた政府を。だがこの『殺さなければ殺される』状況で彼らは暗心暗鬼になっていないだろうか、それだけが心配だった。



郡司は頭がいい代わりに運動がからきしダメだが、自分のできる限りの最大の努力を尽くし、階段を下りてこの建物の入り口まで走った。入り口から出ると一人の老兵士が椅子に座っていたが、どうやらこちらに敵意はなさそうだ。この兵士に構っていても何も損得はないだろうと踏んで、郡司はあえて声をかけなかった。彼に対し会釈だけすると、すぐに前を向きなおす。
太陽電池式の電灯が明るく輝く。時計台の時計は大体4時を15分ほど回っていた。春先の朝はとても冷える。ぶるっと1回身震いをすると、支給されたバッグを抱え辺りを見回した。

「タカ!」

突如時計台の下の草むらからてがひょい、と上がった。
「わあっ!!」
しんとした中での突然の声かけ。心臓が高鳴った。
「俺だよ、工藤依月!」
頭をあげて草むらから出る。だらしなく着飾られた制服、薄い水色のワイシャツと白いブレザー、長く伸びた髪の毛、工藤依月なのは見ても間違いはない。
「いっちゃん!」
いっちゃんのこと工藤は、郡司を手招きすると森の置くまで手を引いた。そして支給された武器等を郡司の足元に放り出すと、両手を挙げてこう言った。
「タカ、俺と組んでくれ!」


この危険地帯の中、大声は張り上げられないのでこんどは身体を低くし小声でつぶやいた。郡司はほっと胸をなでおろしたい気分だった。自分の計画で仲間を集めるのは最低限工藤、森井、市村が必要であり(もちろん、信用できる人なら誰でもいい)、そのうちの1人から仲間になってくれと頼まれたのだ。これ以上に嬉しいことは無い。
それに何よりも工藤は郡司と同じ塾(それも、市内でも一番を誇る進学塾)で、知恵もあるが知識もある。彼は幼いころから外見からは想像も付きやしないほどの能力を秘めていたのだ。
「よかったー、俺もいっちゃんと組みたいと思ってたんだよぉー」
郡司はほんわかと珍しく寝癖の立っていない髪の毛を揺らして首を縦に振る。今まで疑心暗鬼になっていたらどうしようと思っていた不安が一気に解消されたような気がして、肩の荷がやっと軽くなったのだ。


「そうと決まれば……! 走るぞ!」
「え? は、走るの?」
「逃げるんだ!」
工藤は郡司の手を思いっきり引っ張って森を抜けようとした。何処に向かって走っているのかは郡司にはわからないが、忌々しい禁止エリアならぬものはまだ発表されていないから今は何処にいっても構わない。そういったことからだろうか、手を引く工藤はかなり大雑把な道を走っている。うっそうとした木の間をすり抜け、昔ながらのコンクリート一本道を横切る。辺りは真っ暗だったが、空は群青色をしていたので何とか物の影は黒く映っていた。明るい場所から暗いところへ来たのでまだよく目が慣れていない。

バンッ!バンッ!
「わっ!!」
突然遠くから音がした。もちろん、銃声である。テレビなどでよく聞くこの音は、遠くから聞くと爆竹が破裂するような音にも似通っている部分がある。場所は――草を踏んでいる音と紛れて方向は定かではないが確実に、このエリア28のどこかで。
「銃声だよぉいっちゃん!」
「わぁってるって! スピード速めんぞ! 早くここから逃げるんだ!」
もう一度、工藤はスピードを上げた。そのために郡司は足元の石につまずいて転びそうになったが、何とか持ちこたえた。


「ねぇいっちゃん! まぁ君はいいの?」
森の中で極力音を立てないように走って、しばらくした後、郡司が工藤に問いかけた。
「……ああ」
まぁ君、というのは郡司のあだ名で遠藤雅美(女子2番)をさす。昔から男勝りだったものだから君付けなのだ。工藤と遠藤はお互いに仲がよかったが、いつの間にか(といってもこれが中学生の恋において普通なのかもしれないが)お互い違う方向を向いていた。いや、工藤だけが違う方向を向いていたのだ。
「今俺が雅美に会っても……殺されるだけだ」
工藤が蓮川司(女子9番)に対してラブアタックを強烈にしていたことくらい、誰でも知っている常識範囲だが、遠藤との仲をどういった理由で破棄したのかは、誰も知らない。
「そんなことないよ!」
どれくらい走ったのだろうか、郡司は多少息切れを市ながらも工藤の言葉を強く否定した。
「まぁ君はいっちゃんのことが好きだって、いってた!」
「いいんだよ、とにかくも、忘れさせてくれ。全部俺が悪いんだ。時期がきたら話す、きっと」



そのまま数分走っていた。たとえるなら体力テストの持久走類だ。男子は1500メートル。6分か5分で走る人がざらの、地獄の競技。それが嫌で毎回体育の時間になると仮病を使ったり逃亡を図る生徒が多数出てくる。

がさがさ、と荒く音を立てて草むらをわって出る。やがて水田と広めの道路が見えてきた。水田では何も隠すための壁がないのであの道に出れば格好の餌食になることは確かだろう。そう思った郡司は工藤を止めようとしたが、やはり工藤も同じことを考えていたようで、急に足を止めた。

「夏葉を……」
水田を見渡しぼうっとしているのかと思いきや、工藤は郡司の手を強く握ったままつぶやいた。
「夏葉を見返してやろう」
郡司の手を握る工藤の手に力がこもる。
「あいつ、俺たちがこうなるのを知ってて俺らのクラスにきたんだ。ったくよ、癪に障るぜ」
一度道路に向かってつばを吐き出す。

――5月にして突然の来襲。夏葉翔悟は本来、”非常勤務”であった。つまり、元担任の先生が産休で休みに入ったので、代わりに担任になった、ということだ。このプログラムのロシアンルーレットが特別に4月の始めに行われるとしたら(もちろん、その真相は一般人にはわからない)、彼はこのクラスがプログラムに巻き込まれる、32人のうち31人もしくは32人が死ぬということを承知で、何事も無く平和を装い日々平然として授業をしていたのだ。
自分たちの知らないところで、あいつは腹の中で大笑いしていたに違いない。工藤はそう考えるとはらわたが煮え繰る返るような思いをした。――そんな奴のもとで、俺たちは普通に修学旅行に行ったり、普通に運動会に参加したり、文化祭を開いたり、受験したりしていたのだ。そう、まるで結末を知るオーナーの手でもてあそばれる操り人形のように――

しかし工藤がそんな憤怒の念を覚えているのとは裏腹に、郡司は何を思ったかにっこりと笑って、工藤のこぶしを両手で握りやわらかく包み、一回だけ、深くうなずいた。
「俺は、いっちゃんについてくよ」
まだ空は暗いけど、工藤には郡司の顔がはっきりと見えた。笑っている、この状況でも。しかしそれが郡司に出来る最大限のことであることを工藤はまだ知らない。


残り30人


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