困惑*Fiato


「嘘だろ……!」
いつも猪突猛進で失敗ばかりしていた。
「クソッ……ホントに……遅かったのか?」
行き当たりばったりで、何も出来やしない。
「何処行ったんだよ……」
辺りは真夜中、月さえもかげっている。
「タカ」
夏葉翔悟(担当教官)に撃たれた右腕を抑えながら、藤原優真(男子11番)はいま自分が犯した失態を悔やんだ。悔やんでも悔やんでも悔やみきれない、このどうしようもない気持ちは、いつか彼自身を侵食し始めることを、彼はまだ知らない。



―――藤原優真の出発は8番目と比較的クラスの中では早いほうにあった。しかし撃たれて血だらけになった腕の痛みが熱を帯びて、身体全身から血を吸い上げているような気がしたのもそうだが、誰一人として自分をかばってくれる人がいなかったという事実が、さらに藤原を苦しめた。冷静に考えれば、他の生徒は動けば兵士たちに撃たれるかもしれないと思っていた、と考えるのが普通だが、彼にはそれが出来なかった。天性に生まれ持った人の事を考えない頭と、冗談抜きで燃え上がるほど熱い闘志がみなぎる腕を持つ彼には、その当時冷静な判断などできるはずがなかったのだ。
だから藤原は自分よりも先に自分以外のクラスメートを恨んだ。どうして誰も助けてくれなかったんだ、と。出発する前にはいつもの野獣のような視線を教室内にいた人間に帯びてきた。

しかしその中で例外が1人だけいた。
それが幼いころからの友人、郡司崇弘(男子6番)だった。


郡司崇弘と藤原優真といえば、まったくの正反対人間であることは事実。しかしそれがまた、お互いを引き寄せた原因かもしれない。
藤原が市内でも不良とか、暴力男などの名声を受けていれば、郡司はいつもぽやんとしていて暴力などは振るったためしもなければ、喧嘩すらしたこともない。また、藤原が学力テストで学年順位を下から数えたほうが早いといえば、郡司は学年1位の座を中学1年のときから守り続けている。身長もお互い10センチは違う。趣味でさえ、軽音楽と写真撮影とこれまた世界の違うものだ。
お互い知らない世界の人間だった。だからこそ2人が掛け合い、世界が広がる。
そしていつしか藤原はこう思い始めたのだ。“郡司崇弘がいなければ、藤原優真は存在しない”と。一度だけ昔にそういった時には軽くあしらわれたが、そのことをいつまでも思い続けていた。

「タカを待たなきゃ」


ご自慢の白いタオルバンドも腕に巻きつけるなりすぐに白から赤く変色してしまうし、それになんだか指先が冷たく感じられた。よく冬場になると手先が冷えるあれと同じようなもので、手を握ったりさすったりしてもなかなか温まらない。だらしなく着た白いブレザーも今では、ところどころ斑点のように赤黒いシミが出来ていて原形を忘れてしまっている。
藤原は教室を出発してからというものの、しばらくは入り口から死角になる草むらで待機していた。分校の窓は金属で目張りしてあるので中の様子はわからない。しかしそうやって待機しているのもいいが、導火線の短い藤原にはどうも同じ場所でじっとしているという行為はなかなか出来そうにも無かったらしく、数分待って、三浦勇実(男子14番)が出てくるころにはもう彼はその場から姿を消していた。何せ藤原が出たあと、郡司が出てくるまで21人の生徒を見送らなければならない。それは時間に換算すると40分強は待たなければならないということだ。(もちろん、藤原がそんな具体的なことを思いつくはずもないが、なんとなく長い時間空くということだけは解っていた)
「ちょっとだけ……周りを見ておこうか」


今考えればその行為こそがおろかな後悔の始まりだった、ということも知らずに、藤原は郡司と渡り歩くため辺りの地理を知っておこうと思ったのだ。この地域は藤原はもちろん、秀才の郡司でさえ知りえない場所なのだ。だから先に知っておく必要があった。何があっても逃げ出せるような道や、隠れる場所等々を。
分校を出ると出入り口の反対側にはコンクリートづめの敷地があり、住宅が立ち並んでいた。あたりの警戒を念入りにしていた上に、こんな真夜中の真っ暗な中、住宅地につくまで大分長い時間(おそらく20分ほどだろうか)をかけてしまった。辺りをうろうろしているのと、コンパスを使い地図が読めないことも重なって、まっすぐに進むことすら不可能に近かったのだ。

しかしついてみて解ったが、その住宅はちょうど自分たちの住んでいた高原市の住宅街にも似通ったところがあった。しかし何かが違った。造られた場所であるから、生活臭がまるで漂っていないのだ。濃淡な色、それに空気。それらがまったくない、無地のキャンバスのような町。
しかしようやく住宅地にたどり着いた。どうやら住宅の鍵は開いているようだ。一軒だけ警戒して入ってみるとそこにはガスコンロやキッチン、テーブル、テレビなどが普通においてあった。だがしかし電気は通っていないようなので、テレビや明かりはもちろんつかない。


数分の詮索の後、ふと思いついたように藤原は支給されたバッグを開けた。
……なんだこれ
バッグから出てきたのは、青沼聖(副担当教官)のいっていたとおり、食料用のパン、水の入ったペットポトル、地図、名簿、鉛筆、コンパス、懐中電灯(早く開けていれば迷わなかったかもしれないと藤原は後悔した)。そしてあとは支給武器が出てくるはずだったのだ。しかし、その場所にあったのは武器とは程遠いもの。明かりを当ててよくよく見れば、藤原に与えられた支給武器はチョコレートだったのだ。
――なめてんのか俺を!


一体全体チョコレートでどう戦えばいいのだろうか。昔よくあったパラソルチョコのように先がとがっていれば少しばかりは頼りになったかもしれない。だが目の前にあるのは至って普通の板チョコが5枚。もしも誰かが襲ってきたときに、どう対処すればいいのかわからなかった。
傷がうずく。この右手はもう使える見込みはない。左手で字を書いたことは一度もないが喧嘩のときの為に腕は鍛えてある。藤原は護身用でもなんでもいいから武器になるようなものを家で探した。
しばらくは懐中電灯を口にくわえて左手で物色した。このころから血は出なくなってきたし、感覚もなくなってきた。しかし藤原にはまだ残っているものが合った。それは根性だ。
並大抵の力と気合じゃ市内で有名になることはまず難しい。そんなところで、持ち前の思い立ったらすぐ行動することと、力任せで相手を押し切ることにかけては天下一品な彼だから、勝ち残ることが出来たのだ。


このプログラムというものにかけても藤原はそう思っていた。万が一なら力では誰にも負けやしない。だがその解見はすぐに消された。もし、あの夏葉のように拳銃を持っていたなら、そしてその拳銃から発せられた弾が当たってしまったものなら、いくら藤原でも女子の中でも一番か弱い諸星七海(女子14番)日高かおる(女子11番)でも勝てやしないだろう。
数分呆然としている時間があった。
頭の中では腕のこと、それからこれからのことがぐるぐる遠いかけっこをしているようでならない。しかしその追いかけっこの中に「死ぬ」ということは入っていなかった。猪突猛進で自信家でもある典型的な自己中人間となると、このクラスの人間ごときに俺が殺されるわけがない、という思考が多かったからだ。


とにかく、タカを見つけなきゃな。
いろんな考えが海の中の海草のように漂っていた。その海草の中で一つだけ、つかむ。それが郡司を見つけ出さなければならないという思考。藤原自身、郡司がいたからという自覚はあるので、自分がこれ以降独りでいればどうなることもわかっていたし、それよりも郡司のほうが心配だった。何せあののんびり屋なら、誰でもひょいひょいと信用して、逆手をつかれるだろう。そんなことさせやしない。俺が守ってやる。どうやら優勝者は1人、という約束は彼にとってはすっかり忘れ去られていたようだ。
帰ろう。
家は淡白な生活臭があったが、特にこれといった武器になるようなものはなかった。たった一つ、台所にあったナイフを入手したがそれはどうやら料理用のナイフのようで、人などおろか紙も切れるかどうかわからないほどだ。それでも持っていないよりは好都合なので、そのナイフを左手に握り、タオルバンドをより強く右腕に結び付けて、家をでた。家から出るとすぐにアスファルトの道路がある。電気の通っていない電柱などがあるが、平然とそこを走るわけにも行かない。暗い辺りに必死に目を凝らしながら周りを挙動不審に警戒し藤原はそっと道出た。
道を出ればすぐに森につながる道路がある。それを突っ切って森を抜ければすぐに分校だ。分校は窓が閉めてあるといえどそっと光が漏れているので、人工的なものがない自然の中ではひときわ目立つと確信していた。武器を持っている、といっても辺りがすこし明るくなってきたこともあって、警戒心がいっそうに高くなってきた。



時間も……。
支給された時計を見る。だが時計の文字盤はなぜか棒の並び(ローマ字)である。藤原には到底理解しがたいような文字が並んでいて、今何時かすらもわからなかった。
――クソッ、俺は馬鹿にされてんのか!
時計を地面に投げつけた。乱暴に扱ったため何度かバウンドして地面に転がったが、どうやら壊れたわけではなさそうだった。相変わらず秒針の動く音が静寂に響く。
時間が読めなかった分、早いところ移動しなければ、ということに思い立った藤原は、時計を拾い上げると当たり構わずがさがさと音を立てて分校へと向かった。
大分歩いただろうか、だがほんの数分だったかもしれない。3分も歩いていない距離なのに藤原には10分以上歩いたように思えた。熱からくる頭のイカれか否かきわどいところだ。
……あった!!
分校の淡い光が見えた。さらに足を早く歩かせ、郡司の番をひたすら待った。
チク……チク……秒針がゆっくり動く。早く2分経ってくれ、どうでもいいけど時間がたってくれ。藤原は半ば祈るような思い出時計と入り口の電灯の光を交互に見た。
チク……チク……チク……。一秒でも早くと祈る藤原の耳には秒針の動く音しか聞こえてこない。それが何よりも煩雑に感じた。

ガサッ

時計の音に紛れて一回だけ、かすかに――だけど確実に――草の動く音がした。何せこの静寂の中で、これから誰かのために死ぬかもしれないという状況で、音に対しては誰もが敏感に反応し始めていた。もちろん、藤原も例外ではない。すぐに神経が隠れなければいけない、と感じ取り草の陰に身を低めた。
そう思った次の瞬間だった。


バンッ!!バンッ!


静寂を割る、悪魔の叫び声。
「……っ!」
一瞬にして夏葉翔悟に撃たれたときのことが脳裏を激しく攻撃した。あのときの音よりももっともっと大きい、それならば確実に攻撃されていることは確かだ。そこまで気持ちを整理をつけると、藤原は地面に這うような姿勢で自分のバッグをぎゅっとつかんだ。
違う、俺は狙われてるんだ、殺されるかもしれない!!
そう思うと握った手からむしょうに脂汗が湧き出てきた。傷口のところがずきんずきんと痛み出してくる。顔から血の気がさーっとひくと、今度こそ血がなくなってしまうのではないかと錯覚するくらい頭がふらふらした。
――このまま隠れとおすか、それとも逃げるか。
バカはバカなりの頭をフル回転させて窮地の選択を選ぶ藤原の頭は、それだけでいっぱいだったようで、他の方角に人が逃げていったことなど、見落としていた。
――隠れとおすしかない。俺はタカを待たなきゃいけないんだ!


歯を食いしばって聴覚を最大限に利用していた。あの銃声から後はまだ音はしない。どこかに逃げたか、それとも俺のことを探しているのか。心臓がドクン、ドクンと鼓動を撃つ音が聞こえる。奥歯を噛み、必死に震えを止めようとした。
怖くない、怖くない、タカがいれば……!
しばらくすると物音ひとつしない静寂が戻り、また時計のチク、チク……という秒針の音が聞こえ始めた。
その音を聞いて藤原は思い立つ。
――そうだ、タカは!!
急いで方向転換をして分校を見た。そこには相変わらず弱い光がともっていた。



がたっ……。
分校の階段を降りきった音か、古い木造の建物のきしむ音がした。そしてちょっとしたあとに、入り口から人が出てくるのが光で見えた。
「うぅ……怖いなぁ……」
静か過ぎるのも時には残酷なものなのか、藤原が見たものは分校から出てきた土屋若菜(女子7番)の姿だった。
オイ……冗談だろ?
土屋の出席番号は女子7番。そっとバッグから地図をだし、開くと、土屋若菜、女子7番のしるしがあって、ということはもう既に郡司崇弘は出て行ってしまった、ということが明らかになった。

――そんなバカな!俺が見逃したのか?タカを?そんな訳ない、十年以上一緒の親友だぞ?ハハは、そうだそうだ、どうかしてるんだ。そうだ、あと2分待てばタカが出てくるかもしれない。そうしたら俺は声をかけるんだ。遅かったじゃねぇか、タカ。俺、めちゃくちゃ待ったんだぜ?って……。


面倒な授業がやけに長く感じるのと同じようなしくみで、絶望のふちにたたされたときは、時間が早く回るようであっという間に次の出発者がこつんこつんと床を叩いた。小柄でちりちり頭の、榊真希人(男子7番)だった。一瞬、立ちくらみに襲われた。頭の中では疑問符ばかりのダンスパーティが行われている。
やぁやぁそちらのお若いお嬢さん、私と一緒に首を傾げませんか?――冗談じゃない!!


「嘘だろ……!」
いつも猪突猛進で失敗ばかりしていた。
「クソッ……ホントに……遅かったのか?」
行き当たりばったりで、何も出来やしない。
「何処行ったんだよ……」
辺りは真夜中、月さえもかげっている。
「タカ」
嘆くは月に、今宵、人は狼となる。


残り30人


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