御為*Ode


――「女子6番、高木時雨」そうけだるそうに夏葉翔悟(担当教官)に呼ばれてからもう40分ほど経っていた。分校も今や禁止エリアとかいうものになってしまっているだろうし、引き返すにもうかつに引き返せない。何せそのエリアというものは別にラインが引いてあるわけでもないし、それは本人の勘だけでわかるものだ。これまたうかつに行動は出来ない。もし1ミリでもそのエリアに入ってしまえばこの銀色の首輪が爆発して、一瞬にして自分は死んでしまうだろう。
私―高木時雨(女子6番)―は支給されたサバイバルナイフを右手に握り、左手にはバッグを持ってB−08エリアを移動していた。意外に大きく、重たいサバイバルナイフは、手の中でずっしりと重さを引き出していた。これからこれで、誰かを殺すんだ、そう感じると不思議とナイフも軽くなることも、私は知っていた。
やらなきゃ、って、そう思っていたのはずっとだった。あの教室でプログラムといわれて、夏葉翔悟が担当教官だ、なんていって、有馬和宏(男子2番)が殺されて――。
でも結局、人が死ぬっていうことを、知らなかったわけではないってことで。



なんと言っても高木時雨という人間は、表面上は普通の人間、だけど中身は万引き女。外見上は爽やかな中堅派、だけど内面はアングラサイト大好き人間。いつだって私は自由だった。両親は共働きだからほとんど祖母との2人暮し。その祖母はボケも入っているからいくらでもごまかしがきける。そんな私が魅了されたアングラサイトでは、普通の人間なら吐きそうになる写真も難なく見てこれた。その点に関しては少しだけあの千田亮太(男子10番)と気の合うところがあったが、彼とは似て異なる部分が多いので、それ以上のことについてはあまり話したことはない。


だがしかし、ここにいることによって私は己のやりたいことが一番気兼ねなく出来るのだ。
それは――蓮川司(女子9番)への恩返し。
彼女への恩は片時たりとも忘れたことはない。しかし今、自分がクラスメートを殺してまわれば、少なくとも彼女にとって有益であることは確かである。どんなことをしてでも、そして蓮川司が死んでしまう前に、恩返しの邪魔であるクラスメートを殺してまわらなければならない。
もちろん、小学校以来の親友、望月千鶴や町田睦とも合流したかったが、昔からの知り合いで一見弱そうに見える彼女達でも実は強いことを知っている。そんなこともあって、遇った時に再会を喜べばいい、と思っていた。


そう決心を固めた端から、ついうっかり小石につまずき、派手に転んでしまった。そのときがさがさっと言う音がしたのだがそれに反応してどこかに止まっていた鳥が大きな鳴き声をあげて飛び立っていった。
「やばっ……!」
慌てて体勢を整えナイフの絵を逆手に持った。先ほどから人のような気配はしていたので、これを機に逃げられてしまうかもしれない、そう思うと頬がかぁっと赤くなるのが解った。私ってばなんてバカなの!
「わぁああっ!」
明らかに、自分とは違う声がした。すぐに頭を上げて周りを見渡す。背の低い草の多い茂った草むら。暗い夜空に、にわかに見える明かり。そして、土屋若菜(女子7番)の姿。
「土屋……サン?」
「しししし……時雨ちゃん!」
彼女はどてっとしりもちをついてその長くてまっすぐな髪の毛を払った。顔はところどころ泥がついている。ここに来る前にもどこかで転んだのだろうか、そんなことが読み取れた。おっちょこちょいを装って男子の気を引いているのかと思っていたが、案外そうではなさそうだ。これぞ天性の馬鹿、と言う奴なのだろうか?



「わわ、若菜はっ、別に時雨ちゃんのことを殺そうなんて、お……思って……ないよ!」
手を顔の前でブンブンと振る。一瞬彼女が何を言っているのか解せなくて理解に困ったが(何せ答えは2つある。殺そうとしていた上での弁解か、それとも普通に隠れていただけか)、どちらにしろ自分がこれから出す答えはひとつしかなかった。
「そっか」
逆手に持っていたナイフを順手に持ち帰る。土屋若菜はナイフの切っ先と私の顔を交互に見て、薄く笑った。
「え……? し……時雨ちゃん……冗談は……やだなぁ……」アハハッ、と軽く笑う。

高原第五中にはその名前にあやかり五大性格ブスというのがあった。そのうちの一人がこの土屋若菜。属性はぶりっ子で男好き。もう1人は服部綾香(女子10番)。属性は高飛車のクレイジー。あとの3人はB組に2人、属性は仕切り屋で自分一番。もう1人はやけに不良気取りだけど喧嘩はとんでもなく弱く性格も悪い。最後の1人はC組。属性はギャルで色黒で化粧がケバい。
まぁ要するに、全員キモいってわけなのだ。
とんでもない人間ばかりの五大性格ブスは、私にとって見れば社会の底辺でしかなかった。そういう人間はそういう風に生きてればいいし、似合いの死に方で死んでいけばいい。将来苦労するのは自分であって、とても見ているだけ恥だった。だから私はそういう奴らが嫌いだった。今だけ生きて、将来を無駄にする。たった一瞬の快楽のために、一生を無駄にしているバカどもが。


そう、嫌いだった。



「冗談? そんなまさか……ね」
アングラサイトは現実だから、好きだった。流血も切れた腕の生々しさも、えぐられた目も。全部、現実だから。たとえそれが作り物であっても、現実に似通っている。だから好きだった。
未来のない非現実的は、大嫌い。そんな大嫌いを今、目の前で消滅させられるんだ、そう思い始めると、体の置くから続々と不思議な感覚が襲ってきた。今まで感じたこともない、快楽に似て異なるこの感情は、なんと言葉で表せばいいんだろうか。興奮、楽しみ、憂い、嘲笑?どれも違った。私だけが感じることが出来る、私だけのオリジナルな感情。
「大嫌いが、今、消せる」
笑った。私はたった今、笑ったのだ。


「や……やめてよ……」
一歩一歩、座ったままの彼女に近づく。同じように、彼女は後ろに下がる。視線は合わさったまま、1ミリさえもずれやしない。緊張の一瞬、蜘蛛の糸より、細い糸。切れればあの世は、目前に光る。
「いやあああ!!!」
土屋若菜は頭を抱えて叫んだ。と同時にナイフが上げられる。
大嫌いが消せる、私の大嫌いが、消せる!
司さんへの恩恵、そんなことをすっかり忘れていたけれど、どちらにしろ変わらない。運命は確実にこちらに傾いている!!


「やめてええ!!」
突然甲高い声がした。新たな敵か!とすぐにナイフを振りかざすのを止めて辺りを見た。すると30メートルほどにも満たない場所に、バッグを持った神谷真尋(女子4番)の姿を確認できた。
「くそ……」
いい時なのに!せっかく、大嫌いが消せると思ったのに!私は奥歯を噛み締めあらためてぎゅっとナイフを握った。



「カミヤマ!」
土屋が顔を上げて叫んだ。
「ダメだよ時雨! どうして殺し合いなんてしなきゃいけないの!」
あっという間に神谷との距離は近づいた。それもそのはず、彼女は陸上部のエースだ。短距離は野口潤子(女子8番)同様に、そして男子にも負けないくらい早い。そのとんでもない速さでこちらに近づいてきたものだから、私はどう対処していいのか判断に迷った。ここで自分が拳銃を持っていれば、少なくとも彼女を撃ち殺すくらいたやすかっただろう。だが今自分の手に握られているのはナイフ、接近戦用だ。敵は多くては何かと不利になる……!


「うるさい! カミヤマも見たでしょ? 会長を! 死んじゃうんだよ、皆死んじゃうんだよ!」
ナイフを持つ手に力がこもる。会長―有馬和宏―の死に様を見た私は、体の奥から込み上げるものを感じた。幸いそれがこちらの世界に出てくることは無かったが。
神谷のほうを向いている間に土屋が立ち上がっていた。いけない、敵が多すぎる。その上――
「動かないで!」
土屋が何か黒いものを両手にし、構えていた。光の届かなくなった(目がこの暗さに慣れて明かりがわからなくなったのか?)この森の中でも、しっかりと解るくらい、四角くて、黒い、モノ。
「う……動くと……若菜撃っちゃうぞ!」
拳銃の引き金に指を当てて震える足でやっとこさたっている。しかしここで一気に形勢逆転となった。不覚だが、もしも……もしももしも、私が撃たれてしまったら、あっさりと、なおかつ当たり前のように、死ぬだろう。拳銃の弾って……当たると、痛いのかな?そりゃぁそうだよね、死ぬんだもん。でもさ……死ぬって……どんな感じなの?
そして彼女は、本当に撃てるんだろうか?


「時雨ちゃん! ナイフを捨てて……ここからどっかいっちゃってよ!」
さっきのような言葉に震えがない。拳銃を持っていることで、少しは有利な立場に立てたとでも思っているのだろう。いや、それは否定しないが。
「早く!」土屋に催促された。
「嫌だ!」
「時雨!」神谷も同様に叫ぶ。


どうして、どうしてどうして皆邪魔するの。私、ただ、司さんのために奉公しようと思ったのに。自分の大嫌いが消せて、せいせいすると思ったのに!どうして、どうしてもっと早く殺さなかったの?そうすれば、神谷だってここにくることはなかったのに、土屋だってこんな面倒なことにはならなかっただろうに!
「嫌だ……」
はき捨てるようにうつむいていった。どうしてこの言葉がもっと強くいえなかったんだろう。私にも解らない。


バァンッ!!バァンッ!

唐突に、理解しがたい爆音が森に響いた。
「いやぁっ!」
もう一度土屋が頭を抱え自分の視界を塞ぐ。そして足をすくませてしゃがみこんだ。
だから見なかったのだろう、後々彼女も理解しがたい光景を見るだろうに。
あまりにも一瞬のことだったので、あっけに取られてその場に立ちすくんだ。
目の前で、神谷真尋が血を噴出して倒れたのを、私は見た。
えぇ、確実に。


「カミ……ヤ……マ?」
彼女は数秒痙攣していたが、一度痙攣を終えると、それっきり動かなくなった。
血が、赤い血が、どくどくと、彼女の胸から、流れていた……。

「嘘……」
数秒間、頭の中が本当に真っ白になった。
「嘘でしょ……ハハ、どうした? カミヤマ……」
つい先ほどまで血相変えてこっちをにらんでいた人間が、どうしていきなり倒れちゃったのかな?
「ねぇ、どうしたのってば」
座り込み彼女の身体を揺らす。しかし応答はない。今度はその真っ赤な液体が流れている頬を数回叩いた。しかし先ほどと同様に反応はまったくなかった。
「えー、ほんと?」
手に、暖かくて赤黒い液体が、ついている。血……血なの?本当に?偽者じゃないんだよね、本当。周りの明るさで多少黒いものになっていたが、何よりもその液体は暖かくて、鉄のにおいがした。
「カミヤマ、死んでるの?」
もう何もかもが唐突過ぎて笑うしか方法はなくなっていた。


今の状況を整理しよう。私が土屋若菜を殺そうと思ったら、いきなり神谷真尋が飛び出してきて、戦いはやめましょうといった。しかし私は嫌だといった。そうしたらなんと、いきなり銃声がしてカミヤマが倒れた。で、どうよ。死んでるじゃない。
私が、殺したわけじゃないよね。え、じゃぁ、土屋若菜が?
「いやあああ!!!」
甲高い叫び声がした。声の主はわかっている。もちろん土屋だ。私も何がなんだか、わからない。
「カミヤマぁっ、神谷、まぁ……!!」
身体障害者みたいに口調をずらして、まるで馬鹿みたいにボソリと言う。
「アンタが……やったの?!」ナイフを逆手に握り、奥歯を強く噛んだ。



「違う! 若菜じゃないもん!」
彼女は首を大げさに振った。……泣いている。なきたいのはこっちだって同じなのに、どうして、どうして。どうして私よりも先に泣くの。アンタは見てないじゃない、私、目の前でカミヤマが撃たれたのに。泣きたいのは、こっちなのに!!
「だったら……アンタじゃなかったら誰なの?!」
周りは真っ暗、敵の姿も見えない……。天罰じゃあるまい、どうして、誰かがやらなきゃ事は起きないんだから!
「あ……ああ……ああ!!」
土屋が私のほうを指差して目を見開いた。私は本当に混乱していて彼女が何を指差しているのか、何におびえているのかも見当がまったくつかなかった。もう出来事があんまりにも多すぎて整理さえもつかない。



「私よ」
突然、二人の声とはまた違う、トーンの落ち着いた声が聞こえた。



女子4番 神谷真尋 死亡

残り29人


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