要因*Advent


蓮川司(女子9番)が超高性能情報機の画面をみてにやりと笑い、『運命に感謝』とつぶやいたのは、あるいろいろな要因があったからだ。その要因をあえて今言うのは避けるが、それらの中のひとつに『近くに抹殺すべきユダヤ人たちの1人がいる』というのがあったのは事実だ。彼女は情報機の早すぎる充電切れに気を配りながらも、吉沢春彦(男子17番)関根空(女子5番)を殺害した砂浜から少し離れた場所、I-05エリアに向かって足を進めていた。
途中で見つけた町田睦(女子12番)の遺体が握っていたバッグから発見した超高性能情報機は、超高性能といえど相手の居場所を具体的に示してはくれず、大まかな地図の上に星が表示されるだけだった。大体の辺りにきたはいいものの、これから先は機械に頼らず自分でやれ、ということなのだろう。肝心なときに……と司は苦笑交じりに口元をゆがめた。それから司は自分に活を入れるかのように深呼吸を一度すると、近くにあるいかにも人が隠れそうな場所をしらみつぶしに探した。

――この辺りにいるはずなんだ。逃げられる前に早く見つけなきゃ。飯塚理絵子(女子1番)を――司はそう心の中で反復すると、足を進めた。
彼女にとって、飯塚はそれほど大事な人ではなかった。特に特筆するような特徴もなければ特別可愛いくて目立つわけでもない。飯塚理絵子は普通の少女だった。まぁ、あえて印象に残るとすれば、服部綾香(女子10番)というお嬢様系の高飛車女の後ろをいつも頭を低くして歩いていた、というのがあるが。
――何しろ司は中学2年生のとき父親殺し未遂の罪を少年院で(上辺上)償って、その後この中学へ復帰した頃から自分から誰かに声をかけるようなことは一切しなかったし、飯塚と司は小学校も違えば一度も同じクラスになったことが無い。要するに、殺すにあたって何の未練も躊躇も気兼ねもない、というわけだ。


しかしそれ以上に、司が飯塚にこだわる理由がまだ他にあった。
一つ目は司の身体的状況。まだ少し明るいとはいえもう12時間ほど緊張感が漂う中、動きっぱなしなのだ。疲労と共に疲れが時々司の意識を奪いそうになる。ちゃんとした自我を保っているためには、何かしら行動を展開しなければならない。飯塚を殺害しに行く、という点で行動をしている司は、幾分眠気が取れる気がした。ただし、疲労はかさんでいくばかりだったが。
二つ目はプログラムの進行状況。情報機によるリアルタイムの残り人数は19人。約12時間でクラスメートの13人が死んだということになる。あっけないがこれもまた運命。どのみちユダヤ人には早いところ全滅してもらわないといけない、という司の考えが、クラスメートをなぎ倒していく行動へとつながった。そこには早く優勝してこの殺すか殺されるかの緊張感を解きたいという思いも少しあったのだろう。だが基本的には、やはり司はより知恵を使っていかに手を汚さずに優勝するか、ということよりも、とにかく目の前の敵を多く殺したかった。ユダヤ人を殲滅させるドイツ人の誇りとして。そして自分のあるべき姿、アドルフ・ヒトラーの生まれ変わりとして、第二の歴史を作るために。
また三つ目は飯塚理絵子がより倒しやすい敵であるから。情報機を頼りに調べると彼女の支給武器は編み棒のみ。ということは司の持つキャリコM950があればほとんど無傷でまた一歩優勝へとつながっていくのだ。ここで殺してしまえば早く楽になれる可能性もぐっと高まる。飯塚の持つ編み棒に奇跡が起こらない限り、司は十中八九仕留められる。そんな武器の違いに傲慢さも見え隠れしていた。


この砂浜の海の家が集まる場所では、10ほどの海の家が点在している。どれも立派な建物とは言いがたく、あえて例えるなら山中にある団子屋さん、といった調子だ。少ない数なので動作なく探すことが出来るし、万が一逃げられるようなことがあればすぐに音は伝わる。とにかくも、と司は余計なことを頭から振り切って捜索を続けた。その手にキャリコM950を抱いたまま――。


その後数分間、司はそのエリアでさまよい続けた。1軒、2軒と捜索が終わるにつれてだんだんと苛立ちが生じてくる。情報機で見る限り飯塚の居場所を示す星は動いていない。つまりこの近くにいるはずなのにまだ見つけられていないのだ。そんな自分の不甲斐なさに苛立ちを感じ始め、彼女は眉間にしわを寄せた。
するとそんな時、がたんっ!という何かが倒れるような音がした。地べたが砂の混じった土なものだから、聞こえてくる音も多少違う。すぐに司は音のした方向へと身体を向けると、慌てて走り去っていく白いブレザーの姿が見えた。白ブレザー、灰色のチェックスカート。間違いない、飯塚理絵子だ。
「チッ……」
舌打ちをした時には既に司の腕は条件反射で持ち上がり、自然とあるべき体勢を整え、気がついた頃には目の前で閃光が走っていた。
ダダダダッ……。小刻みに聞こえた連続音は反動と共にまっすぐと飯塚の背中へと向かっていく。次の瞬間息を呑んだ時には既に飯塚が叫び声をあげて倒れたときだった。


――やった。
内心ぐっとこぶしを握ってガッツポーズをした司は、すぐに重い荷物を放り投げ、飯塚が倒れた場所までキャリコと共に走り寄った。飯塚はうつむけに倒れ、どんどん流れてくる血を見て驚いているばかりだった。そしてやっとこさ司が走り寄ってきたことにやっと気付いたようで、彼女は顔だけを司のほうへ向け光の無い眼球を動かし司を見つめた。
きっと彼女にしてみたらかなり驚いたことだろう。突然の来訪者。自分を探すようなそぶり。逃げたくなる気持ちも分からなくは無い。しかし――今の司にはそんな飯塚の気持ちを理解してあげられることが本職ではなく、彼女を早々に葬り去ってあげることが仕事だ。
いつでも準備は万端、とばかりに右腕に抱えられたキャリコの引き金に指をかけた。コンバットモデルなので装着弾数は100発。そのうち今までで大体50発を消費したキャリコに残された弾の数はおよそ50。今ここで飯塚がどんな抵抗を見せようとも、弾の数がなくなることは無い。

「ねえ、生きてる?」
司は今、クラスメートをユダヤ人、そして自分を誇り高いドイツ人と想定しているので、うかつに穢れたユダヤ人の身体は触らない。ローファーであごをこつんと蹴ったところ、目が開いたのでまだ生きているだろうということが分かった。しかし彼女の命のともし火ももうそろそろ吹き消されるようだ。消えかかったそのともし火に、司は周りをぐるっと塀を囲ませ、何とか飯塚の正気を戻そうとした。それでも、飯塚の背中を貫通したであろう9ミリ弾の穴は、ふさがれるはずが無い。そこから流れてくる血は、限りなく止まることを知らなかった。そんな無残な姿を司はじっと見続ける。確実に飯塚の生の天秤が自分の手に支配されているのを見てにやりと笑った。


「あ……蓮川さ……ん」
とにかく会話は出来るくらいの理性は保っているようだ。飯塚はおさげにした黒髪を血の水溜りの中につけながら、じっと能面のような白くて哂うこと以外は変化の乏しい司の顔を見た。その顔に血飛沫が飛び跳ね、見るも耐えないものに変化しているのは、おそらく本人には分かるはずも無いものなのだろう。
「あなたが逃げようとするから、ちょっと足止めに撃っちゃった。ゴメンね」
謝る気など元からさらさら無い、といった気持ちを言葉の裏に秘めながら司はしゃがみこみ、飯塚の顔の近くに寄った。足止めのつもりなら何も撃つことは無いだろう、という甘い考えはここでは通用しない。喰うか、喰われるかの完全サバンナと同じだ。

「ねえ飯塚さん。もし、大切な人が殺されたら、どうする?」


飯塚の光の無い目はきょろきょろと右往左往しながら答えに迷っていた。数秒間考えたのか、小さく口を開けて「え?」と答えた。それが答えなのかは分からないがとにかく――飯塚に敵対心をそぐ前に質問をするなど前代未聞の行為。質問されたのよりも飯塚の中にある痛みとなぜ?という気持ちを先に整理しない限り、彼女は司の質問に答えられそうにもなかった。
「いいわ、待ってる。ただし答えて」
キャリコをすっと降ろし血が付いていないほうの地面に置く。飯塚がまぶたを閉じようとしたので、司はつい力を入れて頬をはたいた。するとスイッチが入ったカラクリ人形のように飯塚の口が開いて
「私の……大切な、人。家族……空ちゃ……ん、かおる……ちゃん」とつぶやき始める。
思ったとおりだ、と司はうなずく。飯塚の家族、そして同じく服部綾香のお付の人として数えられていた関根空。前までは服部の元にいたが今は服部と敵対する遠藤雅美(女子2番)の保護下に逃げ込んだ日高かおる(女子10番)――彼女らの存在を思い出しただけで司は妙に身震いを感じた。関根にいたっては、彼女の吐いた『化け物』という言葉が蘇り、脳裏を小突く。あの恐怖すらなく多大な怒りに満ちた瞳に見つめられた一瞬がはっきりと思い出され、司は更に悪寒が背筋を走るかの思いをした。


「それと……」
あの忌々しい女め、と心の中で舌打ちしていた司は、不意に聞こえた接続語に反応した。
「綾香ちゃん」
はっきりと服部綾香の名前を出した。これは意外なことで、司はてっきり飯塚が服部のことを嫌いだとばかり思いこんでいた。何しろこのプログラムが始まる前日ぐらい。拉致された音楽室で最後に見たとき、服部がピアノを弾いていると、相澤圭祐(男子1番)藤原優真(男子11番)に邪魔されて、怒り狂った彼女が楽譜をつかんで飯塚に八つ当たりしたのを覚えている。そんなイメージが固まっていたため、まさか大切な人の名前の羅列に服部が出てくるとは思わなかったのである。
しかしそんなこと、今更どうだっていい。司の聞きたいことはその先。その人が殺されたらどうする?ということだ。

「その人たちが殺されたらどうする?」


司はもう一度同じ質問を繰りかえした。
「……やめて……」
「え?」
「ころ……さ、な……いで」
半ばまともな答えが返ってくるだろうという期待を見事に裏切って、飯塚はにわかに命乞いを始めた。
「いや……わ……たし、しに……た、く、ない」
司は全身の血の気が一気に頭に上っていくのを感じ、ぎゅっとこぶしを握った。次いで右腕に抱えられているキャリコを思いっきり振り上げる。はじめの殺さないで、という言葉を司は『私の大切な人を殺さないで』という意味合いを持っているのだろうと取っていたが、しかし次の『私死にたくない』という言葉を聴いてつい堪忍袋の緒が切れてしまった。
――所詮、誰も自分が大好き。
ダダダダダ……というまたあの連続した銃声が轟いた。


「そうね、結局人は生きるか死ぬかなのよ。死んだら終わり、誰もかも生きたいって願う……」
9ミリ弾のほとんどは振り上げた拍子に飯塚の身体にドスドス、と穴を開けていく。司は一気に我を忘れて叫び上げた。
「くだらない、やっぱりユダヤ人はユダヤ人。絶望を前にして何があろうともクモの糸にすがって生きようとする……! 下劣で、卑怯で……最低」
その声がその辺り一帯に響き渡ったとき、何羽かの鳥が泣き声をあげてばさばさと飛び立っていくのが聞こえた。そんな音を聞いて司はすかさず我に返り、目の前で二目とも見れなくなった飯塚の身体を思いっきり蹴った。
「万死に値するね、そんな生き方。どこまでもエゴイストで、自分達中心に世界が回ってると勘違いして……迫害されて当たり前よ! 私の築きあげる世界にあなた達はいらない、死んで当然なんだから」
逆上ついでに、司は胸の中でたまっていたもやもやしたものをすべて吐き出した。それがいったい何を意味しているのかまでは、まだ分からないが。


「生意気なの。ユダヤ人ごときがヒトラーに楯突くなんて、100万年早いのよ」
司は空いた左手で頭を抱えながら、節目がちに地面をにらんだ。飯塚の身体の周りに、まるで棺の中に添えられた花のように周囲を取り囲んでいる血の海が、風に吹かれ波紋を描いていた。
「吉沢といい関根といい飯塚といい……ユダヤ人がよってたかって私の存在にケチつけるの?」
司は今だ忘れてはいなかった。吉沢に『悲しい目ぇしてるよな』と言われたこと。関根に『化け物!』と叫ばれたこと。飯塚にいろんな意味で裏切られたということ。書類上クラスメートでは合ったが、心まで通わせていない赤の他人の言葉が、これほど自分の心に突き刺さるなど、司は夢にも思っていなかっただろう。また、高木時雨が最期につぶやいた『化け物』という言葉。そして近所に住んでいて幼馴染の新宮響が、自分に向かって絶望した顔を見せたとき。

――ああ、すべてが自分の中に取り込まれていく。すべてが自分を変えようとしている。

体中の血管を通って冷たい氷の塊のような言葉達が循環する。いずれは脳へと突き刺さるようにしてまわってくるだろう。脈絡の無い記憶がとどめなくあふれ司をいたぶる。

――やめて、冗談じゃない。私は私の中の揺らがない決意を保ち続けなければならないの。こんなところで揺らいでいるなら、今にも首を掻っ切って死んだほうがマシだわ。

司はすぐに顔を上げて、夕焼けを仰いだ。そろそろ夕方6時が刻々と迫ってきている。夜が来るのだ、夜が。
その暗闇に身と決意を飲まれないようにしなければ、司が成り下がるのは一つしかない。


ねえお母さん。私はいったい誰を恨めばいいの?余りに多すぎて検討がつかないの。
彼らが言う大切なことや、正しいことは甘ったれた偽者の正義でしかないんだよね?
そうだよね?
もうそんな仮定は耳にタコが出来るくらいに聞いて、今にも反吐が出そうなの。
ねえお母さん。私は、正しいよね。
私は、有能なるドイツ人だよ。
おかあさん、おそらのうえからみてますか。ね? つかさ、つよいこでしょ?
つかさのやってること、ぜーんぶ、いいことだよね?


司は必死に自問し続けそして自分を肯定しつつ、責め続ける言葉の波たちに抵抗した。そして彼女はもう一度立ち上がって意を決したように情報機を見る。その視界がぼやけていたことはいうまでも無い。
情報機の電源を入れると、運命に感謝する要因の2個目を迎え入れるために、疲労と睡魔と闘いながらも司はまた、歩き出した。



女子1番 飯塚理絵子 死亡

残り18人



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