不朽*Lullaby


日も傾いてきた午後6時前。空はオレンジとブルーからなるグラデーションが鮮やかに折り重なっていた。太陽も、かすかに見える地平線の先のビル街に落ちかけている。そのグラデーションにかかるまるでノイズのように、カラスが数羽飛び回ってはかえって雰囲気を壊していた。辺りの色も空の色が変るにつれ、昼間のような明るさが失われつつある。
もうすぐ夜が来る、と同時に例の提示放送がこのエリア28に響き渡る時間が刻々と近づいていることを意味していた。

――やっ!毎度おなじみみんなのヒーロー千田っちでーす!――そんな中、千田亮太(男子10番)だけは意気揚々と鼻歌交じりに何らかの作業をしていた。彼が最後に柏崎佑恵(女子3番)相澤圭祐(男子1番)に遭遇してから、誰の姿も見ていない。
既に小学校来の親友、上条達也(男子4番)をいとも簡単にその手で殺してしまった快感が忘れられず、だけど佑恵たちと遭遇して以来誰とも会っていないということに対して、千田はいらだちも持ち合わせていた。
佑恵と圭祐を追っているとき、千田は何発か彼らに向かって発砲した。しかし撃った弾はことごとく狙いをはずしている。もしかしたら無意識の中でわざとはずした所に狙いを定めて撃っているのかもしれない。――ばかばかしい。単に射撃能力が無いだけだ。込みあがってきた疑問に自分自身で否定する。


だが今は、誰かを追い回している以上に楽しいことを彼は見つけた。というのも、お得意の工作の範囲だが、簡易的なガラクタを開発しているところなのだ。
「ちっきゅーうーはーひーとーつー、わーれーれーばーふーたーつー! おぉーバッチャマァーン、バッチャマァーン!」
彼が子供の頃、少し歳の離れた兄達が歌っていた曲を繰り返して歌ってみた。どうやらアニメの曲らしいが、千田自身が生まれる前のアニメなので内容はよく知らない。その歌を歌っているあいだずっと千田は、途中でふらりと寄った住宅地と農家の倉庫で拝借してきた長いロープと大量の木製鳴子、それから針金と滑車をいじくっていた。
幸いなのはそういう物資が家の中にあったこと。一番はじめの放送のとき「住宅地には役に立つ武器がある」との事だったので、役に立つ武器を期待して向かったが、まさか本当に在るとは思っていなかった千田をいい意味で裏切ってくれた。


動き回ることによってもっと別の誰かに出会うかもしれないということに対しての好奇心とスリル感だけは彼の中にあったかもしれないが、それ以外の思考はすべて、分校の前で胸部をざっくりと切り開かれ死んでいた設楽聖二(男子8番)の死体の衝撃映像に向かいっぱなしだった。
最近流行り始めた大東亜ネットで見る刺殺体画像も、漫画で彩られた流血もリアルでその目に見たものに勝るものはなかった。
ネット、漫画。情報源による暴力描写が人々に教えようとしているのは、一生にわたる道徳的な禁制も人は簡単に投げ捨てられるものであり、平然と罪の意識もなく人を殺せるものだ、ということ。つまり、毒を少しずつ含んでいけば、いつかは多くの毒さえも克服できるような――ともかくそんなものだ。

よって千田はその情報源による暴力描写をありのままに受け、いつしか道徳という言葉か彼の辞書から消え去り、確かに罪の意識もなく上条を殺した。彼は情報社会が生み出した人間性異物の象徴的存在でもあるといえるだろう。
鮮やかな鮮血、つんと鼻腔を付く血のにおい。これは夢じゃなく、紛れも無い現実世界。あぁ、これが夢と割り振ってきた憧れの現実。これが、求めていた最大の欲望。
彼はプログラムに参加したいという意志があったわけではなかったが、ただ純粋に本物の血が流れる場面を見たかった憧れはあった。軽く一般人の趣味の領域を越している千田を、人はオタクと呼び、あまつさえ千田の所望していたことを笑って冗談にさえしてきた。冗談にするだけ彼の表情が真実とは似つかないほど笑っていたからである。しかしそれは彼の中にあった本心で、それはこんな状況になっても理性に阻まれることはなかった。
ただ、誰も知らなかったのだ。彼が情報によって死への意識を薄くしざるを得なかったことを。
そんなことは誰ひとり知らなければ当の本人だって気付くはずが無い。彼はまたその黒目の奥に好奇心をらんらんと輝かせて、鼻歌を口ずさみ始めた。


準備完・了☆――軽く膝を叩いて完成を喜ぶと、彼は今しがた作業し終えたソレを空に掲げた。一見するとそれはなんとも幼稚でくだらないといえるガラクタだが、彼が丹精込めて作ったものだから、彼なりに愛着はあるのだろう。千田はソレについている滑車部分に頬を摺り寄せてにやりと笑った。


ふと彼の物思いを断ち切るかのようにがががっ、といううるさいノイズ音が響いて、その余韻が消えかかるくらいになってやっと『放送の時間だぞーガキどもー』という、いかにもやる気の無い夏葉翔悟(担当教官)の声が聞こえてきた。近くにスピーカーがあるのだろうか、前回や前々回の放送のときと比べると音量が大きくなっている。
ああ、例の放送の時間ね、と楽しみの時間からちょうどタイミングよく引き剥がされて千田は顔を歪ませながらも身近においてあったバッグに手を差し入れ、手際よく地図と鉛筆を取り出した。

『えっと、じゃぁ早速死んだ奴の名前呼ぶから名簿の紙用意しろー。死んだ順から、男子14番三浦勇実男子17番吉沢春彦女子5番関根空女子8番野口潤子女子1番飯塚理絵子男子13番牧野尚喜女子13番望月千鶴って所かー?』
それから、まぁまぁってかんじだなーと夏葉は付け加えた。
千田は器用にくるくるとペン回しをしながら名簿の番号にチェックを付けていく。残り16人……。そう考えつつハァとため息をつきながら彼はまだ自分の欲望が満たされていないことを残念がった。クラスメートが死んだことに対しての悲しみや焦燥類は一切失念していたが。

『次は禁止エリアだぞー。幸いオメーらの中で今のとこ禁止エリアに引っかかって死んだガキはいないみたいだぜ。これからも気ぃつけとけよー! 二度は言わないからよく聞いとけチクショー』
中学3年生となってからの今まで1年間、以前の担任が4月中旬に産休に入ったため非常勤として3年A組に担任として迎えられたあの夏葉翔悟だが、この放送ほど生徒の心配をしたことは一度もなかった。自他共に放置主義を認められるほどの彼の性格くらい、生徒であった千田だって知っている。それと今を比べてのギャップについつい呆れ半分に噴出してしまいそうになった。
――あっれれー?夏葉センセってば、そんなに優しかったっけー?
皮肉交じりに千田は心の中でつぶやく。本当ならいつものように彼に面と面向かって笑いながら言ってやりたかったが、あいにく彼は今禁止エリアになっている分校という名の要塞に閉じこもっている。むやみに特攻よろしく禁止エリアに侵入するわけにもいかない。ともすれば禁止エリア侵入で首輪爆破の栄光なる1人目になってしまう。


『19時からA−09、21時からE−08、23時からI−09だ! ちゃんと地図に書き込んだかー? ……夜になると明かりもなくなってくるから不意打ちとかもできるぞー! 暗闇に負けるなーお前らはそんなガキじゃねーぞー。こっちの期待裏切んなよ。じゃ』
またノイズ音と共に放送は途切れた。千田は頭を上げて空を仰ぐ。いつもならそろそろアニメが始まる時間帯だ。特に今日は愛読している雑誌、ステップに出ている作品のアニメが最終回を迎えているはずだ。毎回欠かさず見てきた千田にとって、最終回をみれないことは今週のステップを読めないことよりも悔しい。だがそれも我慢してこのプログラムに生き残られなければならない。

――ま、いっか。またビデオ借りに行けばいいだけだしっ!!ステップだって友達から譲ってもらえば万事OK☆
また極度なほどのポジティブシンキングに浸った。それは優勝への余裕か、それとも恐怖を紛らわせるためのでまかせか。どちらが正しいのかは、彼の心の中にだけ秘められていることだ。計り知れないほどの人間の心理は数値にしたり性格に読み取ったりすることは出来ない。特に千田ほどの人間の心理を読むのはきわめて難しいだろう。
彼にしては珍しく飽きずに作った(いつもならすぐに飽きて放置するタイプなのだ)ガラクタ、そうお手製の罠を持ち上げると
「アーハーン? 千田ズ サプライズ アンド ショータイムもどきの始まりーってかぁー?」
と口元を怪しくゆがめながら彼は独り言をつぶやいた。

それから眼鏡をかけなおし、支給された銃―ベレッタ84―のセーフティロックがきちんと外れていることをしっかりと確認してから(なにぶん日高かおると遭遇したときのようなヘマは二度としたくないため)、その銃をズボンのベルトに突き刺した。ちなみに、彼が手にかけた上条達也の支給武器はカッターだったので、それは今回罠を作るために活用した。今後の使い道は望めないがとりあえず胸ポケットに入れておくことにする。
千田は近くの適当な木に不器用ながらもよじ登ると、早速先ほど作った罠の一部を木に括りつけ始めた。



残り16人



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