別人*Suffering


エリア28内の陸地では、禁止エリアがまばらと点在している。いっそ禁止エリア同士がくっつきあってくれればありがたいのだが、これといった目立つものがないために、禁止エリアの要領がうまくつかめない。勘でいくのもいいのだが、それにしても首が吹っ飛ぶかもしれないというリスクは高すぎる。柏崎佑恵(女子3番)は、後ろで足が痛いだとか疲れただとか、お腹すいたなどと文句をたれているわがまま王子・相澤圭祐(男子1番)を連れながら、比較的禁止エリアが少ない砂浜のほうへとやってきた。その海の家がある入り口のG−05に、今彼らは居た。
圭祐と佑恵が出会ってからというものの、圭祐の親友である森井大輔(男子15番)を探すためにあちこちを歩き続けていたから、佑恵も圭祐ほどではないが疲れを感じ取っている。靴もあいにく中学生らしくないローファー(しかし拉致されたときは音楽室にいたはずなのに、なぜ今靴をはいているのかは謎だった)で長時間歩くのは普通考えられないことだ。しかし幸いしているのは今まで敵に誰とも遭遇していないこと。案外思った以上に広いエリア28に感謝した。それは大輔を探すのにてこずっている証拠でもあるが。
足のだるさを抱えながらも佑恵は文句ばかりの圭祐を引っ張っていた。

「ねーねー佑恵ちゃーん。この辺真っ暗じゃん? そろそろどっかに落ち着かないとやばいんじゃない? ていうか疲れたー」
佑恵の表情がぴしりと固まった。彼女のことを『転校生』ではなく『佑恵ちゃん』と呼ぶのは隣の席で万年片思いの名がふさわしい市村翼(男子3番)だけだったが、ここにおいてもう一人増えた。中学3年生のときに転校してきて、態度も無愛想だったために畏れられて付けられたあだ名が転校生。特に佑恵にとっては気に留めるようなものではなかったが、それが慣れてしまえばやはり佑恵ちゃんと呼ばれるのに抵抗がある。転校してくる前に通っていた中国人学校で呼ばれるならまだしも、彼女が嫌っていた大東亜人に呼ばれるのなら。


懐中電灯を持ったままそっと後ろを振り返ってみた。ここは天井に覆いかぶさるものは何もないから、比較的明るい東京の空の下、おそらく懐中電灯を切っていても圭祐の顔が見れただろう。彼の目を細めてにこりと笑う姿が。
佑恵はまた深くため息をついた。
「……別に私は構わない。言っておくけどそのあいだに森井君が死んだって、私のせいじゃないからね」
休憩することに異議はなかったが、いかんせん都会の夜空が明るいとはいえあまりにも危険すぎる。この辺りで休憩をしていてふいを疲れてしまえば元も子もない。永久に休憩できると言ってしまえばそれはそうなのだが。
そんなことにも気を配らない圭祐はまるで幼稚園児のような人間だったので、佑恵もいつの間にか苛立ちを感じ始めていた。だがすぐにその苛立ちも消える。自分に落ち着けと訴えているのと、それから彼が一瞬見せる能面のような冷たい表情を思い出すと、苛立ちもいつの間にか畏怖に代わるからだ。思えば千田亮太に襲われていこう、佑恵はずっとその別人のような表情に怯えてそれほど強く上申できなくなっていた。今まで見たことがないようなあの冷酷な表情。愛らしい中学生とは思えないような表情が、佑恵には怖かった。


「だーかーらー、大輔は絶対死なないよ、俺と会えるまではね」
自信満々に笑顔を見せる圭祐。何を根拠にそう信じ、そうやって笑えるのかが佑恵には理解不能だった。しばらく間を空けた後、佑恵は
「何で笑ってられるの?」と質問した。圭祐は突拍子な事を聞かれてつい「はいっ?」と間抜けた返事を返してしまう。
「だから、何でそんな笑ってられるの? 森井君が生きてるなんて証拠、どこにあるの? 次の放送で名前呼ばれるかもしれないのに」
少し苛立ったのだろうか、佑恵は眉をひそめてもう一度聞いた。

「笑ってられるのって……それは大輔が、圭祐は笑ったほうがいいんじゃないのか? って言ったから。今でも覚えてるよ……俺がこっちに転校してきたときさ、だーれも友達いなくて……2,3日その辺うろついてたんだ。そしたら俺んちの近くの剣道場の前で偶然大輔に会って、俺の名前も確かめないで転校してきたんだろ? 俺の名前は森井大輔。そこの剣道場の息子さ、って言い出したんだ」
目を細めてまたにっ、と無邪気な笑顔を浮かべる。彼の黒髪に入れられた茶色のメッシュが風に揺れ、懐中電灯の光を時々反射する。圭祐は辺りを見回した後、ゆっくりと腰を下ろした。
語る気満々だねえ――佑恵は圭祐が何をしたいのか理解し、そして彼と同じようにゆっくりと道端に腰を下ろした。


「ねえ佑恵ちゃん。ホントの事言うと、俺、前はこんなに笑ってなんかいなかったんだよ。ていうか、笑わない人間だった。前の小学校では暴れたい放題やり放題やって、親呼び出しなんてしょっちゅう。俺、今も前もそんな身長高くないけど、中学生とかとよく喧嘩して血まみれになったことあったなぁ。それが……俺が……」
それまでは流暢に話していたくせに、一旦言葉が切れた。それからしばらく圭祐は黙り込むので、柄にもないと思った佑恵は少し頭を下げて圭祐の顔色をうかがった。
「……名倉……圭祐だったとき」
名倉圭祐――今は彼の母親が2人目の夫と離婚したので旧姓の相澤だが、この『名前』をあの口軽男、上条達也(男子4番)に呼ばれたときは心の奥に隠していたものをすべてえぐり出されそうな気分だった。中学校3年間、ずっと隠し続けてきたもう一人の自分、名倉圭祐。笑顔で必死に隠そうとしていたものの裏には、もう1人の圭祐が潜んでいたのだ。
もう1人の自分の名前を呼ぶのにも圭祐なりの覚悟があった。それはもう1人の凶暴な自分の存在を認めるということ、それは嘘を装飾し隠蔽に努め、笑顔であることを贖罪として認知すること。上条に言われた一言でそれらがすべて崩れたはずだったのに、なぜか今は落ち着きを取り戻している。圭祐自身もそれがなぜそうなったかというのは理解できなかったが、それでもなんとなく心当たりはあった。今一緒に行動している佑恵が、どことなく大輔に似ているから――圭祐が甘えられるその器。また、長い時間掛けて行動していた最中、ずっとこのことを考え続けていたからともいえる。


「こっち転校してから、また友達なんてつくらねえ、暴れてやるって思ってたけど、大輔が俺の始めての『友達』になってくれたんだよ。クールなのになんか優しくて変なやつって思ってたけど、でも少しずつ話せるようになった。気がついたら、俺、人とうまく交流できるようになってた」
「へぇ……変わった理由は森井君に影響されてた、ってワケ」
「うん。それから俺、大輔が言うようにずっと笑顔でいられるようになった。人見知りは少ししたけど、友達って奴はたくさん出来た。嬉しかったね、あん時は。それから俺はずっと大輔に感謝してたし、ずっと大輔と一緒にいた。3年間で作った友情はな、絶対切れないんだよ。だから、俺は大輔のことをよく知ってるし、大輔も俺のことを誰より知ってる。わかるんだよ、大輔が今でも生きてるって」

以心伝心というものなのだろうか。絶対的信頼と友情でつながれた大輔と圭祐の間には、誰一人邪魔をすることは出来ないらしい。大輔にしても、元々小学校の頃は人と積極的に話すことは絶対にしなかったはずなのに、どうして圭祐に話しかけたりしたのかはおそらく2人の間だけの秘密だろうが、それを運命と置き換えてもおかしくはないだろう。皮肉にもその運命的な友情は、プログラムによって引き裂かれようとしているが。
「でもね佑恵ちゃん。俺、大輔にあったらその後どうしようって考えてるんだ。ほら、優勝って1人じゃん?」
沈黙していた佑恵は「そうね」と適当に頷いておいた。心の中では、優勝するのは私一人で十分、と考えている魂胆もあったのだが、とにかく今はそれをなしえるためには他の敵を排除できるだけの人数が必要だった。
彼女が圭祐の話を聞いていくうちに練りたてた構想は、圭祐と大輔を自分と一緒に行動させ、誰か敵が来たら2人に戦わせる。そしてこの3人が最後に残ったなら、2人を殺して自分が優勝するということ。圭祐が寄せた信頼をいとも簡単に裏切られるのは、佑恵がまだ圭祐を警戒している証拠でもあった。

なぜ今頃自分の重苦しい過去をカミングアウトしだすのか、それが一番佑恵の疑っているところだ。いつ動き出すかわからない彼の中の名倉圭祐とやらがあの一瞬垣間見せる冷酷な表情だったというのなら、信用できるかはさらに疑わしい。しかし何よりも、佑恵が信じ続けているのは自分自身だけなのだが。
彼女にとって友達という言葉は信用できるほどの価値はない。

「だからさ、大輔とあったら……あいつ殺して俺も死のうかなぁーって……。でも、そう考えたけど……なんか嫌で……」
そっと銀色の首輪に触れる。死ぬということがあまりにも近くて、意識的な境界線が薄れたこのプログラム。圭祐もどうやら死ぬことは嫌なようだ。当たり前と言ってしまえば当たり前だが。
「一番最初の友達、失くしたくないんだよね」
彼女に向かって白い歯を見せにっこりと笑う圭祐。今が昼間だったらこの輝かしいまでの笑顔を十分に見れて、佑恵の誰も信じないという考えを少しは揺るがしたかもしれないが、残念ながら今は夜。そんな可能性のかけらもなかった。


その言葉を境に2人の会話が途切れた。ただ近くの砂浜からザザーン、ザザーンという波の音がしたたかに聞こえてくるだけで他には音がしない。時々こうやって2人で休憩しているとどこか遠くから銃声が聞こえたものだが、ここ最近は落ち着いてきていた。夜だから寝ようだなんてそんな日常生活的な常識はきっと忘却の彼方に追いやられているだろう。今、この時間に寝ている人間がいるなら顔を拝みたいほどだ。そろそろ時計も11時を回るのであと1時間くらいで次の定時放送が流れる。先の定時放送では7人の死亡が伝えられた――今回は何人が死んだのだろうか。いや、敵はどのくらい減ったのだろうかと現したほうがいいかもしれない。

「同情なんか、しないから」
佑恵がボソリとつぶやいた。所詮他人は他人、友達だなんて、思ったことはなかった。他人との友達ごっこも真っ平ごめん、感動の友情劇とも言わんばかりに肥やされた圭祐の話に正直あきれていた。どうでもいいのだ、優勝するのは自分自身と信じている佑恵にとっては。
しかしそんな彼女の魂胆などまったく知らない圭祐は、しばらく何も言わずに星がちらちらと見える空を見上げてからため息をつき、口を開いた。
「別に同情貰うために話したんじゃないよ。俺が相澤圭祐であるために、話したんだ。せめて佑恵ちゃんの前では、相澤さんちのケースケ君でいたいからさ」
ぼんやりとした光のない目でそう語られても説得力がない、といわんばかりに佑恵も深くため息をついた。こんな男と出会ってしまったがばかりに自分の栄光を邪魔されなきゃいけない、そんな事態に腹が立った。砂浜のほうを見ながら自分に落ち着けと言い聞かせるが、なかなか気持ちが落ち着かない。


「……待って、誰かそこにいんだけど」
急に小声になった圭祐が佑恵の耳元でボソリといった。佑恵はまず圭祐の視線の先を見てから、彼の顔を見た。やはり、笑みなどかき消され、まるで猛獣を狙うライオンのような例の『名倉圭祐』の顔がそこに張り付いていた。佑恵の一番嫌いな、あの冷酷な表情である。
――敵か。しょうがない
佑恵は自分に支給された4分裂多機能ヌンチャク(要は鉄パイプを分解したようなものだ)を取り出し、それから柳葉月(女子15番)と遭遇したときに奪ったコルトD・Sを圭祐に渡す。とりあえず先に銃の取り扱いは不慣れであってもなんとなく理解できたので最悪にも暴発だけは免れるだろう。ぼんやりと影の輪郭だけ見えるその誰かに向かって懐中電灯をむけたがやはり距離が遠すぎる。光はまだ、その誰かに届かなかった。
『誰か』が近づいてくるたびに、心臓の鼓動の数が急激に増加していく――




残り12人


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