再会*Division


人影がどんどん近づいてくる。あれは、誰なんだ……?!
G−05の砂浜付近、暗闇であたりは何も見えないがまず間違いなく遠方に人影が出来ている。相手方はこちらに気付いていないのだろうか?まったく警戒心のかけらもないような動きが確認できる。相澤圭祐(男子1番)柏崎佑恵(女子3番)から受け取ったコルトD・Sのトリガーを起こし、引き金に指をかけた。生まれてこの方モデルガン以外は触ったことない。実銃を持つだけで緊張感が走った。
「まだ撃たないで」
撃たないじゃなくて、撃てないんだよ佑恵ちゃん――その緊張感に押しつぶされそうになりながらも、圭祐は佑恵の指示をおとなしく聞く。こくりとうなずき、銃口を下に向けた。
もし、相手が凶暴な奴だったらどうしよう。圭祐は柄にも無くマイナス思考だった。もし相手が銃を持っていて佑恵を襲うようなことがあれば、圭祐はかろうじて保ち続けていた『相澤圭祐』の仮面を自分自身の手で一気に砕いてしまいそうな気がしたからだ。今までは大親友の森井大輔(男子15番)が冷静に自分をカバーしてくれたけれど、今、彼はここにいない。どことなく似た感じがする佑恵が近くにいてくれたからこそ、今まで正気を保ってこれた。しかし彼女と言う支えを相手方の襲撃により失ってしまったら、もはや『もう1人の自分』に侵食されかねない。必死になって隠し続けてきた、笑顔の裏の凶暴な一面に。


佑恵が懐中電灯をちらつかせて相手にここに人がいることをうかがわせる。もしもここで相手が撃ってきたらそれこそ即戦闘開始だ。2人が出会ったときに千田亮太(男子10番)に襲われてからずっと誰とも刃を交えていないので、ここぞとばかりに心拍数が上がる。
「あ……ねえ佑恵ちゃん、あれって……」
真剣な表情だった圭祐の顔が少しだけ驚きのためにほころんだ。そしてすぐに拳銃を捨て、砂浜を駆け出していく。

「大輔!!」
圭祐がそこに立っている人物、森井大輔の名前を叫んだ。突拍子に大声で叫ばれたために佑恵も驚いて近寄り、懐中電灯をそこに向けると、やはりそこには短眉でめがねを掛けていて、左の前髪だけが軽く目にかかるくらい長い大輔の姿があった。圭祐と比べると身長もすらりと高く、いつも背筋がぴんと伸びていたはずだが、今日はどこか憔悴している面が見受けられれる。表情も比較的どんよりしているし、見るからに疲れている雰囲気だった。
しかし親友の圭祐の姿を見ると、大輔の表情も少しだけ明るくなった。


「圭祐……」
走り寄ってくる圭祐を正面から向かえる。
「馬鹿大輔! お前どこ行ってたんだよ! 俺、佑恵ちゃんと一緒にずっと探してたんだぞ!」
「佑恵ちゃん……? ああ、転校生か……」
大輔がいつに無く野獣的な視線をギロリと佑恵のほうに向けた。ああ、これはたった一人の人間以外信じていない証拠だろうな……とすぐに彼女は大輔の心境を察知する。何があったのかは知らないが、元々人見知りタイプらしい――野口潤子(女子8番)神谷真尋(女子4番)がよくそんなことを言っていたのだ――から、警戒心はさらに強いのだろう。特に、3学期に転校してきて今まで一度も話したことが無かった佑恵に対しては。

「よかった……大輔、マジよかったよ。俺、ホントお前生きててくれて嬉しい」
緊張感が一気に解き放たれたかのように圭祐は大輔の肩に手を置いたままうなだれた。ハァと深くため息を漏らす。今まで何時間も敵に遭遇しなかったため緊張感が張り詰めっぱなしだったからだろうか、疲労感すら(現に疲れたと言う言葉は何回も聞いた)感じていたのだろう。圭祐はようやく本来の笑顔を取り戻した。
「どーしたよ大輔ぇー、お前なんか疲れてね?」
彼は手に持っていた懐中電灯を大輔の顔の前でちらつかせる。よくよく見てみればいつものように鋭い(佑恵からしてみれば)殺気だった視線も、今や鋭さを失った諸刃の剣のような印象を受けた。きっと、本当に身体の心から疲れを感じ取っているんだろう。たった一人の親友を探すために、この広いエリア28の中を歩き回って放浪していたのだから、無理はない。


「ああ、もう俺は……疲れたよ圭祐」
額に手をやってそれから逆の手の指をスッと砂浜のほうへと向けた。砂浜の向こうではかすかに見える東京の景色がちらついているし、ザザーンという波の音もいまだに耐えない。その砂浜に何かがあったのだろうか、大輔は下を向いたまま黙った。
「あっちに、なんかあったのか?」
圭祐はすぐに砂浜のほうを見るが佑恵は逆に大輔のほうを凝視した。親友同士というのだからまさかそんなことは無いだろうと思うけれど、視線を泳がせておいてからの殺害……別にありえなくもない話だ。所詮人は自分が大好きであって、親友なんて皮は生きるために剥ぎ取ることだって出来る。友達なんて、どうせそんなもの。佑恵は心の中でずっとその言葉を反復し続けながら大輔を穴が開くほど凝視した。

「……ハルと関根が死んでた」
「ハルと……関根が?」
ハルと関根――圭祐も佑恵も一瞬にしてクラスメートの情報から吉沢春彦(男子17番)関根空(女子5番)の情報を引き出す。この2人の関係はおしとやか癒し系カップル……2人とも海などそういった自然が好きで、なおかつ和やかなマイナスイオンを発しているためにそう呼ばれていた。
吉沢といえばクラス一の長身でバレーボール部のエースアタッカー。顔はほどほどだが性格がよく温厚で、よく遊びで圭祐などにいじめられていた牧野尚喜(男子13番)などを庇ってやっていた。
一方の関根は、例の性格ブス服部綾香(女子10番)の手下の1人ではあるが特に服部バンザイというわけではなく、自分を持っている意志の固い子だった。アイドルグループが最近好きらしくキャーキャー言っているが、やっぱり一番は吉沢なのだろう。
その2人も残念ながら夕方6時の放送で名前を呼ばれている。死んでいるのは承知済みだったが、まさかこの近くに、しかも2人して倒れているとは……圭祐も佑恵も想像が付かなかったに違いない。

しばらくは会話が途切れた。誰も何も言えなくなって、ただ波の音が静かに鼓膜を震わせるだけの時間が少しだけ流れる。


「鳥に、食われてた。ハルも、関根も」
砂浜を指差していた手を下ろし、いよいよ大輔は両手で顔を覆った。
「初めて……何かが怖いって、思った。死ぬんだ、死んだら、俺も……」
あんなふうになるんだろうな――さすがに大輔といえどもここまでは言えなかった。大輔は途中で接触した野口潤子と別れた後、ゆっくり歩きながら各地を回っていたが、午後6時の放送のときにその野口が名前を呼ばれた。皆に戦わないでって訴えるんだ、そう頼もしい笑顔で語っていた野口の姿はもう二度と見れない。あまりにもあっけなさ過ぎる死別に大輔は絶望を感じた。あの姉御肌は二度と感じられない。
そんな絶望の中、時間感覚を失っていた大輔は、ただ亡者のように歩いていると、砂浜で運悪く吉沢と関根の遺体を見つける。それがカラスに食われていたというのだから、視覚的絶望はこの上ないだろう。いつも落ち着いていて絶対的な冷静を保っていたはずの大輔が、ものの見事に壊れた瞬間でもあった。
この緊張状態、今にも切れそうな糸がぷっつりと切れてしまうことくらい、おかしくはない。

「怖いとかゆーなよ、俺がいるだろ?」
背の高い大輔を少し見上げながら圭祐はそう叫んだ。
「なぁ、大輔。俺がいるだろ、な? もう怖くなんてねえよ! 俺もいるし、佑恵ちゃんもいるんだからな。だから安心しろよ、もう怖くなんてないから!」
食事を六にとっていないのか、それとも緊張感のあまりからだがうまく機能していないのか、ほんの少しだけこけた頬に圭祐はビンタを入れる。それでも大輔の光のない目は変わらず、ただボーっと圭祐の顔を見続けるだけだった。
「お前……転校生と一緒にいたのか?」
「そうだよ。佑恵ちゃん、すっげーいい人だから大丈夫だって!」

――そのいい人に殺されるかもしれないんだけどね。2人の会話を5メートルほど離れたところで聞いていた佑恵は皮肉交じりに心の中でうなずいた。
大輔はくるりと佑恵のほうへ視線を動かすと、急に殺意のある視線で睨みをきかした。それは普段のようなありきたりな鋭い視線ではなく、この上ない鋭いもので、あざ笑い気味で軽い気持ちで大輔をみていた佑恵には、身体が硬直しそうなくらいのものだった。


「転校生……お前、圭祐をどうするつもりだ?」
大輔は手に持っていた鞘から刀を抜き出した。その抜刀の速さはさすがに家が剣道場だけあって真剣にも慣れている、と言うわけだ。剣道部でもないくせにここまできれいに抜刀されたなら、佑恵も殺されると思わざるを得なかった。彼の殺意が佑恵をがらんじめにしていく。
「よくよく考えてみればお前が圭祐に目をつけたのもおかしい。ずっと誰とも話さないような転校生が、何で今更圭祐なんかに? 圭祐をどうするつもりだ。利用して捨てようとでも思ってるのか?」
心が見透かされたともいえるようなその的確さに、佑恵は息を呑んだ。数メートルある間合い、嘘をつこうと思っても身体が緊張しすぎて動かない。佑恵は圭祐のあの冷酷な表情も心のどこかで畏怖を感じていたが、それ以上にこの殺意を含んだ視線には本当に射殺されそうな勢いがあった。畜生、私の人選ミスだ。こいつら普通の人間に見えて実はそうじゃないし――苦い思いをするのも束の間、すぐに圭祐が大輔の右腕を掴み、それから胸倉を掴んだ。

「おい大輔! 言っていい事と悪いことがあるってしらねえのかよ! 佑恵ちゃんは大丈夫だ、って俺が言ってるんだから大丈夫なんだよ!」
「そうやって言っておきながら、まんまと殺されても俺は知らないけどな。いいか圭祐、今は死ぬか生きるかなんだぞ。それでも転校生を信用するのか?」
「転校生っつっても、3学期からずっと同じ教室で勉強してたじゃねえか! 第一お前だろ、人を信用することも大切だって『あのときの俺』に言ってくれたのは!」
「そんなの時と場合に応じて、だ。それくらいも分からねえのか? 信じて生きるのはいいけど信じて死ぬのは嫌だ。俺は……ハルや関根のようにはなりたくない!」
2人が胸倉をつかみ合い、にらみ合ってけんかをしている姿を呆然と見ていた佑恵は、冷や汗が背中を流れるのを感じた。人を信じること、信じないこと――どちらの言う言葉も正論だと思うから、佑恵はこうして自分の意志どおり、相手を、クラスメートを信じる振りをしつつ優勝したいと願っていた。結局、生きるか死ぬかの状況では信じると言う行動などどうだっていいことなのだ。現に、こうして目の前でいがみ合っているではないか。


「所詮な……死ぬまでの気休めだったんだよ」
大輔がため息混じりにそうつぶやいた。それからまた続ける。
「俺だって普通にいつ死ぬかわからないと思ってたよ。だけどな、俺はお前を探すって目的を出して、そのために生きようとした。死ぬのが怖かったんだよ、それにすがってりゃ何とか生きていけるって信じてたんだよ、気休めだったんだ!」
「てめっ……!! じゃあ俺がまるで……」

「ヂュー コウ!!(黙れ!!)」

以前――そう、佑恵が圭祐と出会ったとき、あまりにも周りの状況を把握しようとしない無神経な圭祐に向かってはいた台詞と同じ事を叫んだ。その声がよほど大きかったらしく、喧嘩をしていた2人は口をつぐんで佑恵のほうをみた。
「……相澤君、何であなたは森井君探してたんだっけ? 一番の友達って言ったのは、どこのどなた?」
自分の危険すら省みずに佑恵はずかずかと2人のほうへと近づいていく。立場が一転しほうけている2人に睨みを利かせた。
「森井君、いつものあなたらしくなくって? 確かに私はあんた達と同じクラスになってから日は浅い。だけど私が知っている限りあなたが相澤君と喧嘩しているところなんて見たことなかった!」
大輔の握っていた刀を彼の手からはずすと、佑恵はどこかに投げた。

「プログラムで勝つにはね、まず自分に勝つことから始まるんだよ。非情といわれようが冷酷といわれようが死人を死人と割り振って、生きている私たちが出来る最大限のことを考えなきゃいけないって、何でわかんないかな?! 友達の死のあとに残るものが喧嘩だなんて、無礼にも程がある!」
元々礼儀を一番重んじていた佑恵は、まるで2人が葬式の最中に喧嘩しだすたちの悪い人のように見えたのだ。よっぽど2人の顔面を殴ってやろうとしたが、彼女はしかしそれをやめる。そして間髪いれずに彼女は少し中国鉛の入った言葉でマシンガントークを繰り広げた。
「どうして……どうして最後の最後まで頑張って生きようとか、そう思わないの? 死ぬんじゃなくて、生きることの限界がそこにあるんだって思えばいいじゃん! 私は死ぬことなんて怖くない。ただ、あんた達が目の前で無様に喧嘩しているのがバカみたいって思うの通り越して怒りすら感じるんだ!」
言いたいこといっぺんに言い切ったためか、佑恵はハァ、ハァと息を切らす。


「疲れてるのよ、あんた達は。まんまとプログラムの……夏葉先生の思う壺にはまってるの。……休みなさい」
その辺りに落ちていた鞘を拾うと、佑恵は刀を元に戻した。それからその鞘を大輔に返すと、「まだプログラムが始まって1日……考える時間はゆうにあるわ。人数がどうとかは抜いてね」と言いながら彼女はスカートのポケットに入っていたいた時計を取り出した。午後11時50分……そろそろ次の定時放送の時間だった。
圭祐は苦々しく顔をしかめ、大輔の胸倉を離すと、佑恵に近づいて耳元で「ごめんね、佑恵ちゃん」とつぶやいた。
「……謝って欲しかったわけじゃない。言ったでしょ? ……同情はしないって」
それだけ返すと、佑恵は荷物を拾い上げてとにかく避難できるような場所へと向かった。砂浜近くには何軒かの海の家がある。そこに行けば休めそうなところはあるだろうと踏み、彼女は移動を開始した。2人も無言のまま、しかしばつの悪そうな顔をしてそのあとをついていく。
佑恵は歩いている途中、一度だけ後ろを振り向いた。懐中電灯で足元を照らしながらまだ無言のまま2人揃って歩いている姿が哀れに映る。
そうやって、喧嘩できるのも友達がいてこそなのかもしれない――佑恵は振り向きなおしてから奥歯を噛んだ。



残り12人




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