死人*Hesitate


D−07、そこは分校に近いほうの住宅街の一角だった。夜もさらに深まり、電気を含むライフラインはすべて止められているこのエリア28では、月明かりが時々家を照らすだけでそれ以外の明かりはほとんどなかった。わずかに雲間からのぞく月明かりでほんの少しだけ明るさがあっただけだったので、いつもきらめく蛍光灯の電気の下で暮らしていた人間たちにとっては、この夜はとても暗い夜となる。
あと3時間程度でこの1998年度第50号プログラムは開始1日目を迎える。常時死線ぎりぎりを歩いていると言うプレッシャーは、いつも以上に生きることに緊張感をもたらし、身体の疲労感も通常では考えられないほどに足かせとなっていた。
そんな過酷な生活の中でも、蓮川司(女子9番)は、常に神経質になるほど自分の身体をいたわり、いつどんなときに何が起ころうとも自分を正しく保つことに努めた。そこまで神経質になっていたのは、彼女の体の半分をA型の血が占めているので、その血がうずいたのだろう。住宅街の一軒に身を潜め、その押入れにあった布団の中にもぐりこんで夜の間は休息を取ることに徹底した。それは今までいろいろなクラスメートの変わり様を見てきたため、そんな無残な姿には絶対になりたくないと思ったからだ。


無残な姿――例えば藤原優真(男子11番)。不良と呼ばれているわけではないが、つい最近派手な喧嘩を起こして例の自宅謹慎になったくらいの暴漢で、性格上・自宅の環境上、クラスに卒業間近の最近まで馴染めなかった司でも、見る限り仲のいい人とそうでない人への態度の差が激しく、気に入らないことがあればすぐに手が出る気性の荒い性格だと言うことくらい知っていた。そして彼はいざプログラムが始まってみれば、夏葉翔悟(担当教官)に腕を撃たれたことのショックからか、彼は狂乱の一途をたどり、司の銃の前にあっさり不意打ちを喰らい、死んだ。
つまり藤原と言う人間は見かけによらず哀れなほどか細い精神の持ち主だった、と言うことだ。それがこのプログラムで露見してしまった事実。

例えば新宮響(男子9番)。司の家から距離にして約30メートルほど離れた隣の家に実の母親と2人で暮らしている幼馴染だが、司がプログラムにおいて一番はじめに設楽聖二(男子8番)を支給された長刀で斬殺した瞬間を見られたが為に、彼女を止めるべく執拗に追い回していた。元来人見知りの上に母親が死んでからは周りとのかかわりを遮断して、自分の殻に閉じこもった司にとっても、幼い頃からよく遊んでくれた響を殺したいと言う過激な思考は自ら持ったことはない。ただ、状況が状況だからしょうがない、邪魔者は消すだけと諦めたことはあるが。
――不思議なもので、響以外のクラスメートは1人残らず不要なもの:ユダヤ人と認識でき、攻撃を加えることくらい楽勝なのに、彼にはそれが出来なかった。過去に一度他の学校の不良生徒から絡まれているのを助けたことがあると言う事実により、淡い忠誠心を誓われていた高木時雨(女子6番)さえも司はいとも簡単に殺害していたのにもかかわらず、響だけはどうにもならなかった。


……そこまで考えると司は思考回路を閉じて目を開けた。今の例2では響のことをあげたのではなく、まるで響の行動に影響されている自分の阿呆さを浮き彫りにしているだけと分かったからだ。
今まで揺るがされることがなかったはずの心が今になって揺らいできている――高木時雨に「化け物」とさげすまれ、死に損ないだった吉沢春彦(男子17番)には「……蓮川ってさぁ……悲しい目ぇ……してるよな」と憐れみをかけられ、その彼女の関根空(女子5番)には司が吉沢を殺害したことに対して激怒と共に「化け物!!」と吐き捨てられた。そしてその言葉達に少しだけ動揺した司の心に追い討ちをかけるように、先ほど響からは「人殺して、何が楽しいんだよ!」と問われた。

司はとっさに耳を塞ぐ。雑音交じりの言葉達が妙にエコーを掛けてくるので心にじかにとげを刺された気分だった。言葉達はいつしかいばらの冠となって、彼女の心の上に存在するようになっていた。痛々しいまでの冠は、矜持さえもぼろぼろにしていく。
こんなことを考えるなんて、きっとまだ疲れているんだ……と思い、彼女はもう少し休憩することにした。今、司の持っている武器の中には野口潤子(女子8番)が持っていた超高性能情報機がある。これは自分が今どこにいるか、そして周囲に誰がいるか、それから禁止エリアとの距離、エリアが区切られている正確な線まで表示してくれてなおかつ死亡者も逐一知らせてくれると言う優れものだ。ただし、便利すぎるためにすぐに充電してくださいというマークがつくが、電源を切っておけばいつでも充電できる。便利なものにはリスクがあると言うものだろう。
だがその便利さのおかげで、この家の近くに誰がいるかは一目瞭然だし、地図の倍率を変えれば周囲1キロ内に誰か居るかも分かると言うわけだから、司は幾分楽に睡眠をとることが出来た。


そういえばもうすぐ放送の時間だ――司は押入れの中に重ねておいてあった布団に包まりつつ寝返りをうった。情報機のおかげでいろいろなことは把握できているがコンピューターがランダムに選ぶと言う禁止エリアまでは予知できない。次の放送では禁止エリアの発表を重点的に気をつけて聞こうと思った。
支給されたバッグの中に入っていた時計に懐中電灯を当てて時間を確認する。3月13日午後11時58分……そのことを確認すると司は布団から出てふすまから飛び降りた。それから今一度情報機の電源を入れ、この住宅地の近くに誰かがいるかを確認した。とにかくも周囲500メートル辺りには誰もいないらしい事を確かめると、この広い人口地と減りに減ったクラスメートに感謝しつつ窓の近くによって放送に備えた。
夜だからか、どこからか虫の鳴き声がしてきている。大丈夫、まだまだいける――虫の声を正常に聞き取れる辺り平常心は保っていられるようだし、それは情報機があるだけ他の生き残りよりは気楽に時を過ごせていることをうかがわせる。身体的にも精神的にもまだまだ優勝するだけの勢力は残されていると言うことだ。司はにやりと笑うとバッグから地図と鉛筆を取り出した。


ジジッ……ガガガガガ……

静寂を破るようなノイズ音は放送が始まる合図でもある。広く住宅街が広がっているためか、一拍置いてエコーが鳴り響く。多少は聞き取りにくくなる放送だったので司は耳をそばだてて放送に聞き入った。

『よーっすガキどもー、夏葉センセーの楽しい楽しい放送のお時間ですよー。寝てる奴はさっさと目え覚まして俺の美声をよく聞けよー。朝の連絡と違うんだから、聞き逃してもしらねーぞー、聞く価値はいつも以上にあるかんなー』
何が美声だ、と司は苦笑する。相変わらずやる気のなさそうなうなだれた声で、これは4月後半か5月ごろ、元の担任が産休に入ったため非常勤として着任したときからずっと変わらない。それを今更美声だといわれても無理がありすぎるだろ、と司は思ったのだ。嘘みたいな話だが、担任がプログラムの担当教官になったと言う事実は事実である。しかし誰が担当教官になろうとも司の信念は変わらないので、スピーカーから夏葉翔悟の声が聞こえてきてもなんら支障はなかった。

『んじゃ、はじめは死んだ奴らの名前呼ぶぞー。名簿と鉛筆用意しておけー』
彼の言葉がスピーカーを介していちいちエコーがかかるので大分気持ち悪い。しかし情報機により既に司の名簿には新たな死亡者の欄は黒く塗りつぶされているので彼女は少しだけ肩の力を落とした。
『死んだ順から言うからな。女子10番服部綾香女子7番土屋若菜。それからぁー、男子11番藤原優真女子15番柳葉月。ま、こんな感じで残り12人って所かー? 今回は結構少ないよな、夜だからからしょうがないけど。ガキどもは電気がないと大変でちゅねー、センセーは暖房完備の分校でもうそろそろゆっくり眠らせていただきまちゅからねー。これから夜中だけどせいぜい隠れてることだなぁー』
いっそそのまま永眠してしまえ、と思いつつ司は眉間にしわを寄せた。あの人を小ばかにする態度が気に入らない。司もよく進路のことについて色々、コレが担任のする行為か?と思うくらい馬鹿にされたものだ。まあ、実力よりも大分下のランクにある高校を選んだ自分も自分だったのだが。
一息置いたあと、夏葉はまた続ける。


『人が減ってきたら禁止エリア狭めてかーなり行動範囲減らすと思うから、これから放送には常時要注意しておくこったなぁー。もしかしたら定時放送と別のときにやるかもしんねーしよ』
禁止エリアを狭める?いかにも夏葉翔悟が好みそうないたずらだった。どうせ行動範囲を制限すればおのずと敵に会う確率もぐっと上がってくる、つまりはまだプログラムが始まって1日しか経っていないのにもかかわらず彼らは早期の終了を望んでいると言うことがうかがえる。確かに早くプログラムから解放されたいと言う気持ちはあるが、エリアを狭めることにより司が今一番会いたくない人、幼馴染の新宮響に会ってしまったら、こうして疲れ果てた身体に鞭打って必死に逃げてきた甲斐がなくなるではないか。ふとそんなことを考えながら司は次に言われるであろう禁止エリアの記入のために地図を取り出した。集中するために他の物思いをすべて断ち切る。


『じゃっ、次は禁止エリアだー。午前1時からA−04、午前3時からはI−05、午前5時からはC−09だ! ちゃんと記録したかー? ……ってか、何度も言うんだけどマジで禁止エリアには気を付けろよ。一度入ったらすぐ爆発はしないけどいつか必ず爆発するようになってるからなあ。まぁここまで生き残ってあとちょっとなんだから、そんなアホちゃんが出ないって信じてるぜ』
禁止エリアを地図に記入し、情報機と照らし合わせて間違いがないことを確認する。
『一個人の意見を申し上げます。お前らよく夜に動く気になるなぁー。俺にゃとっても真似できねえよ。……そだ、いいかー俺の美声を聞けー。お前ら俺らのこと暇人とか思って沿うだけどなー、本部の人間は皆24時間睡眠耐久レースしてるんだぞー。てめーらも切羽詰ってるかもしんねーけど、こっちはこっちで違う修羅場迎えてるからな、いやマジで。だから俺が暇してるなんて微塵にも思うなー、俺は働き者のアリさんだー』
――ああなるほど、睡眠耐久レースが嫌だから早く終わらせたいのね――飽きれにも似たため息が自然と漏れてきた。
『んじゃ、死んだクラスメートの分もしっかり殺しあって、さっさと優勝者決めてくれなー。チャオー』
それだけ言い残すと定時放送はノイズ音の残響を残しながら消えていった。司は情報機を取り出しながら下をうつむく。


もう少し、もう少しだよお母さん――彼女は心の中で今や亡き母に語りかけた。

司はあとちょっとしたら、お母さんのかたきがうてるんだからね。そのためなら、クラスメートの命なんて虫けらをつぶすのといっしょだよ!だって司は今、ゆーのーなるドイツ人だから、ユダヤ人の命なんてどうだっていいんだもん!
あのね、お母さん。司はね、もうちょっとでお母さん殺したせーいちくんとたかまさくん、それからときやくんを殺しにいけるからね。お母さんにいっつもヒドいことしていたお父さんも、今度は絶対に殺してやるんだから!
お母さん、ホントはちゃんと知ってたのかな?お兄ちゃんたちがお母さんのこと殺したいくらいきらっていたことを。だって、たぶん兄ちゃんたちも司がお兄ちゃんたち殺してやりたいくらいにくんでるのも知ってるくらいだもんね。
お母さんが死んでから一年と半年。ごめんなさい、司ね、ずっと弱い子だった。でも今はだれが死んだってかなしまないよ。もう司は弱い子じゃないんだもん。だれよりも強くて、けだかくて、自分がほこらしいよ、お母さん。
司はね、お母さんが付けてくれたこの名前、大事にしたいよ。この世のすべてをつかさどるのが、司のおしごとだもんね。


雲間から時々さす月明かりを見上げながら司は両手を広げて天を仰いだ。それから情報機のほうを向いて電源をいれ、☆超高性能情報機☆と言う文字が大きくでてくるのを待った。司は迷わず「しゅうへんのぶんぷ」を選択する。すると先ほどまでは見られなかったはずの新たな点が2つほど姿を現した。距離にして1キロない程度だが、その2つの点は互いに惹かれるように近づいていっている。その点の詳細を選択すると、司は改めてにやりと笑った。その2つの点が、次の司の『獲物となるユダヤ人』となった瞬間だった。



ねえ響……響は確か私を追いかけてきてるよね。それは何で?そんなに私が人を殺しているのを止めたいの?
上等じゃない響。私を止めるってことは、私を殺すって意味なんだけど?響にそれが出来るかな……。
それから立ち上がり、日高かおる(女子12番)の所持していたキャリコM950を持ち上げる。急いで荷物をまとめると、司は家を飛び出していった。
相変わらず顔は無表情で、誰も信じてはいないと言うような光のない瞳に兄弟への復讐の炎を焚きながら、大好きだった母の仇のためならクラスメートの命さえ代償になると言う考えを胸に秘めつつ……。



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