歌声*Bless


また新たなる4人の死亡者が夏葉翔悟による定時放送で流布された。32人いた3年A組のクラスメートもいつの間にか半分以上が死んでしまったと言う事実が確認される。しかし……この三人組――柏崎佑恵(女子3番)相澤圭祐(男子1番)森井大輔(男子15番)たちにはそれは単に「事実」であって、そのことについて長々と鬱に入っている時間は用意されていなかった。
いつまでもそっぽを向き、一向に面と面向かって相手方を許そうとだなんて微塵も考えていなそうな圭祐と大輔の2人組。2人ともふてくされた顔をして見事なまでに移動してきた海の家の部屋の対角線上に座っていた。その中央あたりに佑恵が座る。


圭祐が中学一年生のときに高原市に引っ越してきて以来、大輔とは無二の親友、切っても切れない縁だとかいわれてきたらしいが、生憎3年の三学期に急遽転校してきた佑恵には他人事でしかなかった。ただ、この2人がそっぽを向いている光景をはたから見ると、あんた達の友情なんて所詮そんなものだったのね、と考えざるを得ない。彼らの無言の喧嘩はかれこれ一時間ほど続いていて、これからどうなることかも目に見えていた。

先ほど、かなり体力を消費しているらしい大輔に、佑恵は睡眠をとるように促したが今見ると寝ているようにはみえない。疲れているのにさらには親友との喧嘩とくれば、例え彼が剣道によって身につけた強靭な精神力と集中力ああろうとも、これは精神的にかなりつらいだろうと思える。先ほど海岸で仲のよかった吉沢春彦(男子17番)と、その彼女である関根空(女子5番)が鳥にその肉をついばまれているところを見たと言うのならなおさらだ。
しかし弱みを見せたら負けと思っているのだろうか、彼は時々佑恵のほうを鋭い視線でギロリと睨んでは威嚇していた。だがその気持ちをわからなくもない佑恵は、彼のやつれたように見える背中をみつめ、そして『あなたたちの言う友達って、何?』と言葉に出さずに訴えかけた。


彼女は今まで中国人である母親の親戚を頼って石川県の能登半島先端辺りにひっそりと立っている中国人学校に通っていたため、大東亜共和国の友達の定義を知らない。以前は上は18歳、下は6歳という一貫校の全生徒20人足らずだったので、学校全体が佑恵の友達であり、家族のようなものだった。そうやって同じ場所にいて同じように勉強する仲間が、いさかいも時々あったがすぐに仲直りし、皆で協力してやっていくことが全世界共通の友達の定義だと思って育ってきた。
しかしこのアジアの東端に存在する大東亜共和国ではそれは違うらしいと理解できる。歳が離れていたり、性別が違っていたり、考え方や性格など、友達の定義に当てはまるためには非常にたくさんの関門を突破しなくてはならないらしい。しかしそれでいてやっと仲良くなれたのに喧嘩してしまうのは、なんとなくだが今まで培ってきた友情の過程をないがしろにしてしまうのではないかと佑恵は考えた。だったら最初っから友達など作らなければいい。そう、このプログラムを経て少しだけわかった気がする。所詮人間は自分が一番可愛くて、孤独に生きる悲しきナルシストなのだと。


だがさまざまな関門を突破して初めて一緒にいるだけの友達が出来る……それが彼らの友達の定義であって、その定義に収まらない赤の他人が負け犬の遠吠え宜しくどうのこうの言うわけではない。ただ、佑恵にとってみれば、それは非常に複雑な気分だったのだ。友達がいるからこそ喧嘩や仲直りだって出来る。彼女にだってもちろん中国人学校の友達は居るが、このクラスにはそれだけの友達がいない。クラスメートは皆、自分の友達だけに満足して、その友達と自分が一緒に一人の人間としてカウントできることに喜びを感じていた。まあ、ただ彼女にとってもたらこのクラスには単に馴染めるだけの時間がなかっただけなのと、両親と突然死別してしまった絶望により、そもそも友達をつくろうなんて明るい考えはなかっただけだ。

佑恵はしかし誰にも悟られないように小さく首を振った。父親より受け継いだ自分の体の半分を流れる大東亜のことを知りたくて、好奇心ついでに色々考えてみたが結局は無駄に終わった。現に佑恵は誰も信じず、信じてくれた圭祐すらも裏切って単独でプログラムに優勝しようとしているのだから。



時が無為に流れ、時計の針は午前一時近くを指していた。窓から見える夜空には星のひとつもなく、月すら見当たらない曇天だった。ああ、明日はきっと晴れないだろう。もしかしたら最後になるかもしれない明日の天気を憂い、その天気と同様、生きる希望も徐々に翳ってくることに気付いていた。
圭祐は大輔を殺して自分も死のうかなとつぶやいていた。そう考えているなら実に手っ取り早いと佑恵は内心嬉しく思ったが同時にどこか寂しくなった。名倉圭祐という彼の隠したがっている相澤圭祐。だけど同等に親友とどう生きるか戸惑っている彼。早い話、脱出などは不可能と既に割り振っているからこそ、どう生きるかを考えているのだ。どちらかが生きて、どちらかが死ぬと言うことは彼らの中にはありえないらしい。

「ねえ、これからどうするの」
静寂を切るように佑恵はボソリとつぶやいた。それと同時に大輔と圭祐の顔が上がり、彼らの間に位置するところに座っている佑恵をみつめた。
「どうって……どうしようか」
圭祐は困ったように苦笑すると、小さく頬をかいた。当初の目的だった親友を探すと言う試みはもう既に果たされた。例え今現在、些細な事からいさかいになったとしても、親友を探すという生きる理由は失われたことになる。
「別に、俺はどうでもいいけど」
大輔のぶっきらぼうな返事に圭祐は反発しようとして立ち上がるが、その前に佑恵が「そうだね……そんなことどうだっていいよってかんじかな」とまるで圭祐に釘を刺すかのようにはき捨てた。


「あ、そう」
その佑恵の言葉を最後に、また誰も話さなくなった。目標を見失い、何のために生きるのかわからなくなってきた。普段から元々生きていることに絶大な喜びを感じつつ生きている人間はそう居ないだろう。だから目標を見失った時には、路頭に迷うことが多い。ただ単に、生きている人となる。
弱気になっちゃだめだ、生き残ることだけ考えろ――佑恵は心の中で何度も反復しては自分の心に言い聞かせてきた。この2人をうまく利用して漁夫の利のように優勝するのが本来の目的のはずだ。手を汚さず優勝する、それがたった一つの望み。だから生き続けることを破棄したわけではない。
しかしどうしてもこの対角線上に離れて座っている圭祐と大輔の姿が心に引っかかってどうしようもない。どうして引っかかるのかはわからないが、彼女はやりきれない思いに困惑していた。それを払拭するようにまた、自分は優勝するために行き続けると反芻した。


しばらく経った頃、急に気温がぐっと下がってきた。春先の夜中なのだ、毛布くらいないと凍えて風邪を引く。そんな凍てつく空気の中、凛としたテノールの歌声が場に広まった。
「耳を塞ぐ 雑音ばかりの世界 敗者はいつも僕だった」
一気に視線がその歌声を発した圭祐のほうへと向けられる。
「君の声 そっとこの耳に入る 音響はふわり あたたかく」
圭祐の視線は真っ直ぐに大輔のほうを見ているようだった。きつくもなく、かといって哀れみのような視線でもない。ただ純粋に、いつもどおり友達を見る視線だった。
「さようなら 敗者の僕は ここでお別れ 君の手とって 僕は羽ばたく……」
続き、歌えよ。圭祐は大輔にそういいかけると口をつぐんだ。ほんの少しばかりの笑みをその顔に浮かべて……。


一方の大輔はあっけに取られたような顔をしてはじめはぽかんとしていたが、そのうちに思い出したように歌い始める。
「届けたい歌がある 君のとなり 席を空けてて きっと僕は たどり着くはずだから」
今までのどんよりした声色とは急変し、実にきれいな声だった。卒業式間近と言うことで歌の練習は飽きるほど繰り返してきていたが、その際にだってこんなきれいな歌声は聞こえなかったはずだ、少なくとも佑恵の知る限り。佑恵は大輔に秘められた歌の才能に正直におどろいた。確かに圭祐もそれなりに歌はうまいと思った。しかし大輔のほうが格別にうまい。聞いたことがないはずの流れるようなメロディーでも、どこか懐古的なものを思い出させる。
「僕は誓う あの空の悠久に賭けて 君をずっと 親友とおもう」
サビの部分が終わったのだろう、大輔の声は空気に吸い込まれるような勢いで静かに消えていった。
「ごめんな、大輔」
突然圭祐がそんなことを言い出すのだから、佑恵はあっけにとられてぽかんと口を開いたままにしていた。あれだけ強情にもう二度と口をきかんとばかりに押し黙っていた人間が、あっけなく謝り始めた。それは、佑恵の知りようがないこの歌に秘密が隠されていた。

実はこの歌、軽音楽部所属だった圭祐が大分前に作った曲だった。同じく軽音楽部所属の藤原優真(男子11番)をドラムに、圭祐をベースにして、そして大輔をボーカルにすると言うことを前提に作られたロック調の歌。もとよりこの国ではロックはほとんど退廃音楽として扱われているのであまり公に出来なかったようだが。
元々圭祐にそういう才能があったのかはわからないが、彼が作ったのはこの一曲きり。それでも藤原も気に入り、今では軽音楽部の後輩に引き継がれている。文化祭の発表会でもリメイク版(ロック調ではない奴だ)が歌われたほどだった。そんな歌だったからこそ、しかも詩のテーマがやわらかな友情であるこの歌だからこそ、圭祐は大輔への謝罪の気持ちをこの歌にこめて歌ったのだろう。ごめんの一言すら言い出せなかった彼なりの謝り方だった。


「いや……俺こそ、ごめん」
どうやら大輔にも圭祐の気持ちが伝わったようだ。大輔もふっと頬をほころばせてようやく圭祐と向き合う。長い時間の沈黙の間、どうやら2人とも謝ろう謝ろうと思いつつもプライドの壁に阻まれてチャンスを逃し続けていたらしい。
佑恵はその2人の姿を見てこれが彼らの友達の定義か、と言うことを確認した。所詮この国の友達と言う言葉は自分の許容範囲外にあると言うことだ、佑恵はため息交じりに下を向いた。海の潮の匂いがぷんと漂ってくる。懐中電灯を唯一の明かりとするこの海の家では、ぼんやりとした明るさが逆に温かい。それはまるで五里霧中の中にさす一筋の光のようだった。
「な、でも大輔。信じてくれよ。佑恵ちゃんは、俺のこと利用なんてしないから、さ」
核心を握っているわりにはずいぶんと頼りない口調だったが、圭祐は佑恵の事をちらりと見ながら大輔に彼女を信用するよう促した。大輔もかたくなに他人を信じなかった自分が馬鹿みたいに思えたのか、頭をかきながらふうとため息をつく。そしてから眼鏡のフレーム部分に触れて位置を直した。
「……なんか言われて信じるのって……嫌だけど……とりあえずわかった」
「とりあえずじゃないのーっ! 絶対!」
「わかったわかった。絶対信じるから」


佑恵は2人の会話のやり取りを見てふっと微笑した。いや、それは苦笑にも近い嘲笑なのかもしれない。ただし、それは利用される事を知らずに無垢な心を通して佑恵を見る彼らの純粋さにあてたものではなく、ただただ、そこまでして信じてもらえるだけの能力を持ち合わせていない自分へのものだった。彼らをいつか裏切るときが来るかもしれない……そんなことを考えているだけで心が痛い。
裏切ると言う行為こそが、他人への礼儀に反することではないだろうか、佑恵は心の中で自問する。
「大輔、佑恵ちゃん。これからやることって……俺にはよくわかんないけど……でも、ずっと一緒だかんな!」
圭祐の表情にまた屈託のない笑顔が浮かび始めた。クリスマスキャロルのような淡い光の中で浮かんできたその表情に、佑恵は安堵のため息をつく。突拍子もない事を言い出す圭祐に、大輔は佑恵と同じく苦笑していた。


明るく照らされたオレンジ色の光、黒とのぼやけた境界線。潮のにおい、友情の回復。
友達を信じること、そうやって生きても多分彼らとならバチは当たらないだろう――それらの感情を元に編み出した佑恵の答えは、それだった。彼らの見間違えるほど蘇った明るい表情を見ていると、死ぬかもしれないと言う考えすらことごとく吹き飛び、佑恵自身の表情もゆるくなっていった。
海の潮の音が、ザザーン、ザザーンと流れ、断続的に聞こえてくる。
真夜中なのにも関わらず、波の音がやけに凛と明るく聞こえたものだった。



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