無理*phantom


海の家にたどり着いた、と同時に海の家の角に入り、体をぐんと倒す。工藤依月(男子5番)はすぐに腰のベルトのところにさしておいたグロック19を引き抜き応戦しようとした。手に吸い付くようなグリップの感触が、狂乱した山本真琴(男子16番)牧野尚喜(男子13番)たちを死に至らしめてしまった記憶を無理矢理蘇らせる。完全に理性を手放してしまったために襲いかかってきた山本には15発の銃弾すべて使い切ってしまった。それから落ち着いた後にマガジンを入れ替え、そして牧野と対峙した時には2発程度使った。今のマガジンのままだと残りは10発と少し。銃を発砲した時には無我夢中だったために正確な残り数を覚えていないのだ。
とにかく撃つ、間髪入れずに撃って、逃げる時間を稼ぐんだ。少なくともタカだけでも――!
工藤はすっかり残りの銃弾の数の事を忘れ、引き金を絞った。


ぜえはあ、ぜえはあぜえはぁ……と言う荒い息遣いが聞こえてきたのはそれからすぐだった。工藤はもしかしたら銃声よりも大きいのではないかと思われるような息遣いに驚いて後ろを振り向く。雨で湿った砂浜に四つんばいになって今にも死にそうな呼吸を繰り返しているのは郡司崇弘(男子6番)だった。
「大丈夫か?!」
苦しそうな郡司を見て工藤はとっさに駆け寄る。普通の呼吸のように吸うと吐くの間がなく、吸ったらそのまま肺に入れず吐いているような、そんなスピードの呼吸を繰り返してた。

パンッ!パンッ!
二発の銃声が轟いた。紛れもなく先ほど突然襲撃してきた千田亮太(男子10番)だろう。工藤が発砲しなくなった瞬間を見計らって反撃したと思われる。工藤はまたくるりと体勢を変え、家の角からころあいを見計らって千田がいると思われる場所へ威嚇射撃をした。
「タカ! 口のところ手で覆って自分の吐いた息を吸え! 過呼吸は二酸化炭素がうまく吸えてないんだ!」
荒い息遣いは過呼吸だろう、と工藤は直感で思ったのでその対処法を指示した。普段運動から遠ざかっていた人間が、急に激しい運動すると起こるものだ。元々運動が苦手な郡司のことだから、過呼吸になるラインも低いのだろう。


バンッ……
突然、工藤の持つグロック19とは違う音の銃声が背後で聞こえた。
「なっ……!」
驚いた彼は身を反転し、音のしたほうへ身体を向けた。彼の肩までかかる長い髪が乱れ、視界が一瞬黒くさえぎられる。ふわ、と視界が開けたその時には、すでにもう一発、バンッ……と言う銃声が響いていた。
「っ……ぐっ……ああぁあ!!」
音とほとんど同時に右腕が後ろに引っ張られるような衝撃を感じた。奥歯を噛んで堪えようとしたがそれも叶わず、工藤は雷撃を受けたような痛みに伏した。
しかしそれでも工藤の脳裏にはそんな激痛を受けていながらも、どこかでは比較的正常な思考が働いていたから世も末である。発砲した人物はまさしく千田亮太。
しかし今彼が聞いた銃声は2発。一発が当たったとしたら、もう一発はどこへ?


「千田、てめえ……いつの間に!!」
「ハッローン☆ 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! オタク界の神様、千田亮太様の登場だよっー! やーやー、待たせたな諸君!」
やけにニヤニヤした千田が彼らの目の前に現れた。
「ていうかさ、いつの間にって……気付いてなかったの? 俺、さっきっからずっとこっちに走ってきてたよ。ぐるっと裏回ってね。工藤ってばそれ気付かないでだぁーれもいない所に拳銃向けてんだもん! 頭いいって思ってたけど、案外馬鹿だったり?」
そんな挑発的な発言に返答する間もなく、工藤は手に握っていたはずの拳銃がどこかに吹っ飛んでしまったと言う事に気付き、焦り始める。さらには、千田がいないところに向かって発砲していたのか、と言う衝撃も焦りに昇華していった。
この丸腰の状況をどうにかしなければならない。しかし工藤と郡司に支給された武器はグロック19とバタフライナイフ。工藤が感情の高ぶりのあまり手にかけてしまった牧野尚喜の持っていたS&W M10。今使えるのはグロックとM10だけだ。しかしM10は今、郡司の懐にある。過呼吸のあまりうつぶせに倒れている彼から取るのは無理があった。
どうにか郡司が回復してくれたら……そう思って工藤は彼を見るが、なにやら様子がおかしい。倒れたまま動かないのだ。


「あ、タカちゃん? うーん、死んだんじゃない? だって俺ってば、一発目狙ったのタカちゃんだよ?」
工藤の視線の行き場に気付いたのか、千田は煽るように言った。確かに千田の言うとおり、郡司は白いブレザーの背中を真っ赤に染めて倒れている。
「タカぁッ!!」膝をついて郡司を揺さぶるが、目をうっすら明けるだけで返事はない。
「ぷっ……あはははは!!! うっわ、おもしれえー!! もしかしてマジで気付いてなかったの?」
血まみれの郡司に近寄り、必死になって声をかける工藤を指差して千田は派手に笑った。
「いいねぇいいねぇー。丸腰のインテリ2人組♪ ひとりは右腕負傷、ひとりは虫の息だ! 絵になるぜ、お2人さん。これが俺の望んでいた憧憬の地って奴だよなーっ! くーっ!」
工藤は郡司を見ながら絶望を覚えた。妾の子として育てられた屈辱とはまた違う感情が込みあがってくる。郡司の身体を起こし、その顔を叩いた。


「いっちゃ……、にげ……て」
郡司が精一杯の力を込めて意思を伝える。
「馬鹿! そんなことできねえよ! 俺が……俺が悪いのに……」
「きぼ……うが、ある……よ、にげ……はや……」
過呼吸もまだ完全には収まらない、出血多量で唇が紫色に近づいてきている――さっきまで普通の人間をしていたはずの郡司が、どんどん離れていく気がした。ふらふらともちげられた郡司の左手が、彼の肩を持つ工藤の手にかけられた。

「生きて」
しかし一息にそう吐き出しそれから吐息を漏らした後に、血まみれの郡司の手がずるりと滑り落ちた。


「タカ……?」
大きく目を見開いた工藤は、その滑り落ちた手を見つめ、それから彼の顔を見た。涙がこぼれて、頬に当たって2つの割れる。
「おーわったーおーわった! これで残り少なくとも8人だなオイ! アッハ、笑いがとまんねぇー」
ふつふつと、工藤の中の水があぶくをあげていく。その感情は、幼馴染で何かとつっけんどんだった望月千鶴(女子13番)が牧野尚喜に殺されたときのものと非常に酷似している。工藤はもう動かない郡司の身体に手を突っ込んだ。制服の裏ポケット、彼がバタフライナイフを所持していたところへ――


シュンッ……
ほとんど一瞬の出来事だった。工藤がそのバタフライナイフに手をかけて、千田に向かって投げたのは。
そのナイフは千田の反射神経によって避けられたが、頬肉を掠って数ミリ抉り取った。
「……ふーん」
工藤の攻撃性によって目を醒ましたのか、急に真剣な面持ちになる。黒ブチ伊達メガネの奥の漆黒の瞳が怪しく光った。千田は左頬に受けた傷に指を押し当てて、たれている血をすくい取りその血をぺろりと舐めた。
「インテリ2人組が生き残ってるって思ったら、2人で一緒にいたってわけね。何か理由あんじゃないの? もしかして、利用しようとしてたぁ? あ、でもそれはなさそう――」
「俺たちは脱出しようとしてたんだよ」
少し真剣な眼差しになった千田の言葉をさえぎって、工藤は怒りを含んだ声で言い切った。
「脱出ぅ? あー、そんな選択肢もあったってわけね。俺、馬鹿だからちっとも思いつかなかったよ! そーいや去年あたり脱出がどうのこうのってテレビでいってたっけ」
「でもいろんなことが邪魔したんだよ。特に千田亮太とか千田亮太とか千田亮太とか」
「あっはっは! 全部俺じゃん! 嬉しいねー、愛してくれてるの? ……でもさ、もう脱出なんて無理だよね。エリア、狭いし」
それ以降、工藤は返事を返すことなく無言になってしまった。
いずれはこうなることくらい始めからわかっていたけれど、知らぬ振りをしていた。プログラムにいる限り、希望も夢も搾取されると言うことを。


「殺せよ」
ボソリと工藤はつぶやいた。予想外の展開に千田は素っ頓狂な顔をして「あい?」と聞き返す。
「殺せよ、それがお前のしたかったことだろ?」
光のない目で、工藤は千田を見た。脱出が事実上不可能となり、相方は殺される。これが夢でないのなら、いわゆる奈落の底と言う奴だろう。
――ごめんな、タカ。せっかく苦労して公立で一番の高校受かったのに、こんな目にあわせちゃって。俺が悪かったよ……俺に、この場から逃げる資格なんてないんだ。だからせめて、一緒に死なせてくれよ。もう生きてたって、誰もすがれる人はいない。
順々に人の顔が浮かんできた。浮気癖の所為で寂しい思いをさせてしまった遠藤雅美(女子2番)。最期を看取った望月千鶴。妾の子を本宅に入れた父親。彼を虐げた義理の母と義理の兄弟。自分の才能を見つけてくれた塾長。低レベルでつまらないからと言ってろくに授業に出なかった自分を温かく迎えてくれたクラスメート。そして、塾が同じで、今の今までずっと同じ道を歩いてきた、郡司崇弘。

「死ぬことが、俺の贖罪だ、ってやつ? それとも、タカちゃんが死んだら俺も死ぬ、って約束でもしたの?」
「好きに取れ。てめえに本当のこと教える義理はないからな」
「あーそーですか。分かりましたよーっだ! 好きに取っちゃいますーぅ」
千田はベレッタの引き金に指をかけた。そして工藤と間合いを取りつつも近づく。万が一襲い掛かってきたら、と言うことを警戒していたのだ。仮にも知能は高い。
「俺の気持ちが、分かるか?」
「へ? んなもんわかんないに決まってるっしょ?」
「だよな。お前みたいな能天気に分かってたまるかよ。……できると思ってた脱出ができなくなって、プライドはずたずた、存在してるだけで恥ずかしい。さっきの放送で雅美が死んだのに、挙句の果てにはタカが殺されて、俺は一人。俺は、誰にも俺の本当に思ってることいえなかった。その前に皆死んじまったんだよ!! 雅美にも、ちゃんと説明しようと思ったのに。タカにだって、ちゃんと、もっとちゃんと謝りたかったのに……」
泣いているのか、工藤は顔をうつむけたままこぶしがぎゅっと握られていた。もう、工藤は何も言わない。千田はふうとため息をつくと、少し間をおいて続けた。


「お望みどおり、バイバイ工藤。俺が工藤たちのかわりにちゃんと脱出してやるからさ――」
最終的に相手の隙を狙って反撃する気がないらしい事を確認すると、千田はベレッタを両手で構えた。外さないようにしっかりと狙いを定める。

バァンッバァンッバァンッ……

「――優勝してね☆」
三発の銃声と共に、工藤は真っ直ぐ倒れた。郡司と折り重なって倒れ、真っ赤な湖の面積をさらに広げていく。
脱出計画組がここで倒れたのかねえ……千田はそんなことを思いながら、ベレッタの硝煙を吹き消した。少なくとも残り7人、ここまで来てしまったら死体のリアル感を求めるよりも、優勝を狙うしかない。
「さって、トンズラこきますかね」
工藤が手放したグロック19、それから彼らが所持していたバッグをあさり、取替え用のマガジンを取り出す。工藤の視線がやけにうろついていた郡司の懐からしっかりとM10を見つけ、こちらもしっかりと補充の弾を取り出す。抜かりない武器の補充で、千田は最終決戦に挑もうとしていた。


ありがとう。でも、ごめん。
虚空に消えたその言葉は、誰のものだったのだろうか。



男子6番 郡司崇弘 死亡
男子5番 工藤依月 死亡


残り7人



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