記憶*Afterglow


黒い砂浜が広がるエリア28の唯一生存できるエリアのひとつ、そこにある海の家の一軒にて腰を下ろし休んでいるのは相澤圭祐(男子1番)森井大輔(男子15番)柏崎佑恵(女子3番)のグループだった。
午後12時の放送が流れ、残りは7人だと伝えられた。ここにいる3人を除けばあと4人――それは片手で数えられるほどの人数だ。

思えば圭祐が、佑恵が分校の禁止エリアに向かって自殺するのではないかと勘違いしたことから、このグループの形成は始まった。それから大輔を探すことになり、ついに見つけたと思えばすぐに圭祐と大輔が些細なことからの喧嘩。やっと仲直りできたと思えば今度は禁止エリアが4つのエリア以外のすべてとなると言う放送が流れる。波乱に満ちた動向だった。
ここまで来ると3人の中にも少しずつ考え方の亀裂が入っていた。
佑恵はもとよりこの2人を利用して優勝しようと考えていた。しかしその考えは研磨され、今ではどうでもよくなっている。
圭祐は大輔のためなら死んでもいいと考えていた。しかしその最期が来るまでは、大輔と一緒にいたいと思っている。
大輔もまた親友のためなら身を犠牲にしても良いと考えていた。しかし佑恵の存在がまだ少し気になっている。
優勝し、生き残れるのはたった一人。そのためには、この3人のうち誰かが死に、誰かが生きる。もしくは全員が死ぬ事しか許されない。この微妙な方程式が成り立ったことから、彼らはとたんに無口になってしまった。もうやりたい事も残されていない……無為な時間ばかりが流れていった。


佑恵は大輔に本来支給された銃が解る!読解本という本を読んでいた。その中には圭祐に支給されたIMIデザートイーグルや、佑恵が柳葉月(女子15番)から譲り受けた(正確には、無理矢理騙して情報とトレードさせた)コルトD・Sの正しい使い方などが載っている。この先、生き残る気でいるのであろう人間にかち合った時には、精一杯抵抗する、と言うことを確認した上で、銃の取り扱いを学んでいた。

大輔は服部綾香(女子10番)が住宅街で見つけたという刀を磨いている。もともと家が剣道場だ、と言うこともあってか、銃なんかよりもこちらのほうがしっくり来る。ただし真剣を扱ったことがあるのは大輔の父親だけで、彼自身は触らせてもらったことはおろか、鞘から抜いたところを見せてもらったこともない。重みをぎゅっと手に馴染ませるようにして、握ったり上下に揺らしたりしている。

圭祐は海の家のテーブルにへばりついてはぐったりとしている。幸いにも禁止エリアの臨時放送が流れる前、彼らはG-05にいたためそれほど移動はしてこなかったのだが、受験が終わってから以降、毎日ゲーム三昧で明らかに体力が落ちていた圭祐には移動完了したことによってプログラム開始のときからずっとためていた疲れが急に襲ってきたようだ。


こうして誰もが無言のまま、時計の針の音だけがチクタクと時を刻んでいた。やはり無為に時間だけが流れる。
そんな静寂を切るように声を上げたのは、やはり圭祐だった。
「ねえ、佑恵ちゃん」
彼はまるで佑恵のことを気に入っていた市村翼が呼びかけるかのように、しかしどこか憔悴したような色を混ぜながら呼んだ。
「何?」
そっけない返事を返すのは今にはじまったことではない。
「あのさ……お願いがあんだけど」
妙に神妙な面構えで圭祐は佑恵のほうへと近づいた。その真剣さに気付いた佑恵は無言を返事として返した。しかしそれほど気持ちを真面目に切り替えたつもりはない。圭祐の真面目は佑恵にとっては真面目ではないのだから。
「あんね、俺。こっちに来るまで名倉圭祐って言う名前だったわけ。さっき話したっしょ? そのことさ……覚えててくれない?」
目を閉じ、いかにも興味なさそうに手をひらひらと振り返した。彼女はしばらくしたあと目をぱちりと開ける。人が真剣に話しているのに……と大輔が少し眉間にシワを寄せたまま立ち上がった。しかし間を割る前にもう一度佑恵の声がした。

「言ったでしょ? 同情なんてしないって……」
同情なんてしない、それは圭祐が垣間見せた別人のような恐ろしい表情の原因を聞いたのと、時を同じくして佑恵が圭祐に言った言葉だ。やっぱり軽くあしらわれちゃったかな、と圭祐は苦笑い気味に眉を下げる。
「同情はしない。だけど覚えててあげるわよ、そのくらい。せっかく過去にケリつけたから……それはそれで君の成長になったんじゃない? 私は、そんなこと言われてもただ受け止めるだけ。あとは自分で勝手に進みな?」


佑恵の手が近づいてきた圭祐の肩にぽんと置かれる。
「……ケースケでいいよ」
「え?」怪訝そうに佑恵が聞き返す。
「相澤君ってめんどいじゃん。ケースケでいいよ。だって俺たち、友達だろ?」
「友達……ねえ」
遅くに転入してきた佑恵にとって、この学校は実に窮屈だった。今更?と言う先入観がひしめいていて、誰とも一歩距離を離していた。親しげに話しかけてくれた人もいるが、やはりそれはそこまで。クラスメートより一線をまたぐことはなかった。
「なっ! 大輔!」
「何で俺に振る」
「ひどい! 俺たち親友だろ! 佑恵ちゃんも混ぜてやろーぜ!」
あとから入ってきた大輔としては圭祐以外の人を信用していない節があった。特に、3学期に転入してきていこう、あまり交流が広くなかった転校生のこと佑恵となれば、なおさらだ。それでも彼は小さくふっと笑うと、「そうだな」と言った。


佑恵は一瞬驚いて目を丸くした。あれだけ刺々しい視線を送っていた大輔が彼女を認め始めたからだ。でも、友達ってこんなものなのかな――疑って、認めて、また疑って、喧嘩して、認め合って……そんな繰り返しが出来るのも、友達だから。佑恵は心に締まっていた中国人学校にいたの頃の友達の面々を呼び起こした。
皆聞いて、私にもやっと友達が出来たよ……。
「悪い……転校生の事疑ってた」
「……しょうがないって。プログラムだもんね……」
申し訳なさそうに謝る大輔を見て佑恵は少し表情を崩した。笑えばいいのかかしこまればいいのかわからないのだが、とにかく今までのように堅苦しい顔をしていてはいけないと思った。スッと大輔の大きな手が差し出される。
「大輔でいいから」
ずいぶん端的に必要最小限の事しかはなさない人だな――と隣にいる圭祐をちらりと見て比較した。心に闇は持ち合わせているがそれでも明るく振舞い続けている圭祐と、冷静沈着と言う言葉がぴったりで口数も少ない大輔。その凸凹コンビだからこそ仲良くなれた、と言うわけか、と改めて感心した。
「私はなんでもいい。柏崎は長いから……そう、テキトーに呼んで。ユウなんていったら昔そう呼ばれてたかな。男みたいだけど」
差し出された手に自分の手を重ねる。照れくさそうに大輔がその手を握り、佑恵も少しだけ力を込めた。人間らしい温かさ……それを感じると、この2人を利用して優勝しようとしていた自分が妙に恥ずかしくなった。


「よっしゃぁ! やったやった!!」
くじ引きに当たった小学生みたいに目を細め、無邪気に跳ね回って大輔と佑恵が握手した手に両手を置き、上からぎゅっと体重をかけた。
「うわっ」
「圭祐! おまっ……馬鹿!」
その拍子に3人の体が傾き、どすん!と言う音と共に床に倒れた。めいめい床にぶつけた場所をさすりながらうめく。大輔と佑恵のキッと鋭い視線が圭祐一点に集められた。現況の圭祐はそれにはたと気付き、目を細くさせて頭をかいた。
「アハハー! ごめんごめん、つい調子乗って――」

遊び心に火がついて、と言い訳をしようとしたが、その言葉さえさえぎって別の破裂音がした。

ダダダダダ……


3人の目つきが一瞬にして変わる。音のしたほうを振り返ると、そこは海の家の入り口となっている場所だった。侵入者がないようにしっかりとドアのノブの紐を巻きつけ動かないようにし、更にバリケードとしてそこらにあった木の机などをたくさん立てかけてある。釘などは見当たらなかったため、その分たくさん重みを加えたのだ。そっとやちょっとの力では開かない。海の家とは思えない立派なつくりで、窓には雨戸まであると言うから驚いたものだ。
そのバリケード仕掛けの正面入り口のとこから銃声がしたのだ。それもただの銃声ではなく、よくテレビや映画で見られるようなマシンガンの連続音。おぞましい悪寒が体中を突き抜けた。

「誰か……居る!!」
しかも、ここに入ろうとしている。佑恵の一言が次に来る言葉を否応なく連想させた。
こんなにも無理矢理入ろうとしているのは、つまり中にいるであろう人間を殺そうとしているということだ。もし平和友好的干渉をしたいなら、こんな手はご法度にしか過ぎない。馬鹿の一つ覚えのように壊す事しか知らない突然の来訪客は、相変わらず破壊活動をし続けている。


「逃げるぞ!!」
大輔が驚きのショックで呆然としている佑恵と圭祐の腕を引っ張った。彼らは自分の荷物をひったくり、裏口に走り出す。裏口から右に向かって、つまり南に向かっていった。今のところ銃声はまだ入り口からしている。相手が誰かと組んでいない単独班だったら、裏口から逃げてしまえばなんら問題はない……のだが、圭祐たち3人にはそういう余念はなく、ただひたすら逃げるだけだった。
バンッと荒く裏口の扉を開け、足元をすくわれそうになる砂浜に足をうずめながら全速力で走った。
パァンッ!パァンッ!という乾いた音がしたのはそのすぐあとだ。後ろを振り向く暇すら与えられず彼らはひたすら走り続けた。しかしエリア縮小が言い渡された今、走っていい距離には限界がある。そのことに一足早く気付いた佑恵と大輔は、お互いの顔を見合わせて、うなずいた。

「俺がひきつける! そのあいだに逃げろ!」
久々に当たった雨は、先ほどより強く降り注いで、彼らの肩を、髪を、そして身体全体をぬらしていく。
「わかった」
佑恵は圭祐の手を引っ張り、ひたすら真っ直ぐ、別の海の家のほうへと走った。
「えっ、ちょっと佑恵ちゃん?!」
圭祐が戸惑いながら大輔のほうを振り向く。しかし彼女はそれを叱咤すると、全速力で走るように言った。
大輔は道を右のほうにそれ、砂浜のほうへと駆け出した。この近くに漁をするための道具がおいてある小屋があるのだ。この辺りは大輔が圭祐たちと出会う前、そう、彼が吉沢春彦(男子17番)関根空(女子5番)の死体を見たときより少し前に発見していた。

時間稼ぎになればいいんだが……大輔は持っていた刀――服部綾香が差し出してきて、それを奪った例のやつだ――を鞘から抜き出すと、そのまま走った。
銃声が、一旦落ち着いた。
襲ってきた相手が、およそ警戒しているのだろうか。


もう何百メートル走っただろうか、それともまだ数十メートルしか走ってないのか。足場は雨で湿った砂浜のため、やけに抜かんでいて余計に体力を使わせる。体力的には問題ないのだが、さすがにこの土地的条件と雨が重なっては体力の消耗も早い。大輔はそろそろ後ろを振り返った。
雨がザーッと降る音が鼓膜を打つ。目の前にはモノクロの世界にくっきりと浮かび上がるベージュの髪の毛、それから白いブレザーとグレーチェックのスカート。それはある一人のクラスメートを連想させるに十分な要素だった。

「蓮川……」
吐息が漏れるのと同じように、小声で大輔はつぶやいた。蓮川司(女子9番)との距離はおよそ10メートルと少し。大輔ははっと我に返ってこの状況をどうにかしなければならないと考えた。冷静に物事は考えられるがあいにく賢さはないため、焦りだけが生じる。

そうだ、こいつを引き止めれば……何とか引き止めれば……!!
こちらに寄っていると言うことは別れて走った柏崎佑恵や相澤圭祐は無事なのだろう。だがまだまだ時間が必要だ。大輔は海辺の小屋のところに身を隠し、こちらを探してうろうろしている司を視界に入れた。


残り7人


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