三光*Silhouette


ザッ……砂をおもいっきり蹴り上げた音がした。蓮川司(女子9番)がキャリコを、その音のしたほうに向けた瞬間、ようやく他の海の家の影に隠れていた森井大輔(男子15番)の姿を視界に入れることが出来た。銀色の光が反射して目に焼き付く。大輔が刀を振り上げたのと同時に司はキャリコの引き金を引くよりも先に刀を防がなければという防御本能に駆られ、キャリコを顔の前に持って行った。
ガキィンッ……という耳障りな音がした――例えるなら爪で黒板を引っ掻くような。
大輔は苦々しく顔を歪めつつ、キャリコの銃身に上手いこと止められた刀を見た。お互いの押さえる力がそこに凝縮され、震えているのが見える。

――早くコイツを仕留めなきゃならないな……。
顔と顔が30センチ程の距離に縮まった。大輔は刀の握り手に力を込め、押し切ろうとした。だが押し切ったときに少しでも間合いを取られたら、司のキャリコがその瞬間火を噴くだろう。大輔が司を敵と認識しているのと同じように、司も大輔のことを敵と思っているだろうから、その辺り容赦はなさそうだ。急激に体中が活性化され、手に汗が滲んでいるのがわかる。やけに気管が苦しくて息が出来ない。身体がほてるのを感じたが、降り続ける雨がそれを緩和した。しかしその代わり、眼鏡の下からのぞかせる瞳に殺意を灯らせた。
キャリコと刀がかちあって、その持ち主同士が無言のまま睨み合っている膠着状態がその後しばらく続いた。
司も始めは突然の刺客に目を見開いて驚いていたが、それでも時間がたつにつれ無表情に戻り、最後には大輔の目の前でニヤリと笑った。


「何が面白い」
いぶかしむ表情で大輔は聞いた。それと同時に彼女のことを『こいつは危険過ぎる』と判断し、刀を押す手に力をこめた。さすがにそこは男子と女子の力の壁があり、大輔のほうが有利になった。が、それもつかの間。司も女子とは思えない力で押し返して来た。
「ユダヤ人に知る権利なんてない」
口元を歪めて、司は確かにそう答えた。大輔は身体の芯からぞっとするものを感じた。しかしながらそれを恐怖と決め付けるのはまだ早い。ただ、生まれて初めて見たものに戸惑いを覚えただけだ。
「おまえ……っ」
危なく腕に込めた力を抜くところだった。名もなき感情によって筋肉が弛緩してしまいそうな気がした。ふふっと小さく鼻で笑った後、司は大輔を睨み上げる。
「そういうのを往生際が悪いっていうんだよ?」
キャリコの銃口とグリップを押さえている両手にいっそう力を込めた。


「はっ……もう昼間だぜ……?」
緊張に苛まれながらも大輔はそう言った。「昼間?」と聞き返す司の表情が曇る。
「化け物はねぐらにすっこんでろって話だ!!」
彼女の曇った表情が怒りに漲った。色白の顔を真っ赤にさせたかと思いきや、ガッ……と大輔のひざの裏に回し蹴りを与える。
一瞬にして左膝下に不意打ちをくらい、がくんと体勢を崩した途端、2人の間にあった刀とキャリコが離れた。
予想されていた最悪の結果に転びそうだった。体勢を崩した大輔はもう一撃司に蹴られて砂浜に尻餅をつく。刀を振り上げる前にキャリコの銃口を向けた司と目が合った。
死んじゃえよ、そんな彼女の意思が目線から垂れ流れてくる。
――死ぬ!
ばっと反射的に手が顔を多い尽くしたのより少し早く、パンッ!という音がした。


「早く逃げろ森井大輔!!」
叫び声がしてようやく我に返った大輔は、一目散にその場から逃げ出した。


          


「当たらない……!」
大輔に助け舟を出した柏崎佑恵(女子3番)がそうつぶやいた。大輔は一瞬であるが死ぬ目にあって今でも心臓が高鳴りをやめない。転げるように逃げ出してきた彼は佑恵と合流し、もう一人の中まである相澤圭祐のところへと向かおうとした。司の追撃を恐れて応戦をしようと銃を構えるが撃っても当たらないらしい。こちらも走って逃げていればもちろん相手も走っているし、何よりも拳銃など扱ったことがないまったくの初心者だ。当たらないのは当然のことだろう。
「……足を止めればいいんだよな」
大輔は息を切らしながらそう佑恵に尋ねた。彼女はこくりとうなずく。
「一発限りだ……当てろよ!!」
刃こぼれした刀を勢いつけて投げる。それはさながら野球の外野からホームに返す投げ方で、もちろん中継はない。彼は球技はあまり得意ではないが、今はそんな得意不得意が問われる場合ではない。
だが幸運にも刀は一直線に司の足元へと向かっていった。

「今だ!!」
刀は司の足元に突き刺さり、彼女は驚いて足を止める。その瞬間に隙が出来る、という寸法だった。
バンッ!バンッ!
2発連続して撃つ。司の体が斜めに傾いた。
「逃げるぞ!!」
当たったかどうかの確認すらろくにせず、大輔は佑恵の腕を引っ張ると脱兎のごとくその場からはなれていった。
しかしそれほど間が空かないくらいにまた、バァンッ!バァンッ!バァンッ!……と言う銃声が絶え間なく2人の足元の砂を削っていく。それでも今は振り切って逃げるしか残された方法はない。ジグザグに走っているからか、幸い銃弾はまだ当たっていない。この奇跡がいつまでも続くように祈りながら、佑恵は切れる息を押えつつ口を開いた。


「チューシェン(ちくしょう)……人は見かけによらないって……わけか! 蓮川さん、あんなに物静かだったのに……」
ちらりと後ろを見た佑恵の目には蓮川司が映し出される。大輔を援護に、と思ってこの場にたどり着いたときは心底驚いたものだ。いつも幼馴染であると言う新宮響(男子9番)の後ろにいて、喋ったところを見たこともないくらいの人だったから、まさかこんなおおそれたことをするとは夢にも思わなかったからだ。
「普通の人ほどキレやすいって……よく言うだろ。普通かどうかなんて知らないがな」
走りにくい砂に足をすくわれそうになりながらも、大輔は答える。
バァンッ!バァンッ!
佑恵の足すぐ横を銃弾が通り、砂が舞い上がった。ぎょっとしてその場を見るが足は止められない。そろそろ司も正確に撃てるようになってきたようだ。
逃げるのも精一杯、そんなことを感じながら、佑恵と大輔は砂浜と道路を区切っている小さな坂まで走った。その坂を上り、ガードレールを超えてしまえばすぐ向こうはコンクリートだ。しかもガードレールはバリケードにもなる。そして下の部分にはどこからか漂流してきて放置されたのであろう冷蔵庫などのゴミが守ってくれている。そこまで走れば、2対1でこちらの勝利も見えてくると考えたのだ。

「……皮肉だね」
「皮肉?」
そのガードレールまであと30メートルは切った。
「友達じゃなくて、むしろ戦友?」
彼女は嘲笑のように口の端をつりあげて顔をゆがめた。
「笑えない冗談を」
本当ににこりともせずに大輔はまた前を向いた。ガードレールまであと20メートル直線距離。
「謝々」
「え?」
聞き覚えのある中国語が佑恵から聞こえてきた。何事かと聞き返す大輔だが、佑恵は何もいわずに前だけをみつめていた。それからすぐ続ける。
「あのガードレール飛び越えたら反撃するから。銃持ってるでしょ? 渡したはずだけど」
大輔はうまく状況を飲み込みきれていなかったが、短く「ああ、持ってる」と答えると、ポケットに入っているS&W M29の感触を制服の上から確かめた。


変化は唐突に訪れた。
ダダダダダダッ……
今度は先ほどの拳銃の音ではない。彼ら3人が海の家に立てこもっているときに聞いた連続音と同じ音がした。
「伏せろ!!」
大輔が後ろから佑恵の背中を突き飛ばした。しかしそのおかげで、佑恵よりも自分が伏せるタイミングがずれ、追いかける司の格好の餌食となってしまった。司のキャリコは容赦なくその背中に向けて銃弾を吐き出し、そして避けられない無防備な大輔の背中を突き破った。
弾が身体を突き抜ける音は案外鈍い。どっ……と言う音が肉を切り、内臓を貫通させ、背中に多数の穴を開かせて、そしてそこから血を吹き出させる。
どさっと言う音を立てて彼は砂浜に倒れこんだ。まだ逃げるための最難関である坂を上りきっていない。こんなところで倒れていては狙われる、と佑恵が考えた瞬間、追撃がきた。

ダダダダッ……
大輔を引っ張ろうとしていた佑恵の右手から左肩にかけて一列、不規則的に間隔が開いた穴が現れた。反動で握っていた大輔の手を取りこぼす。
――このままじゃ、死ぬ……!!
口から真っ赤な血を吐き出し、白い制服を紅に染めながら、2人はかろうじて手放さなかった玉の緒にすがりついた。彼らは死という絶望を、痛みに支配されていた場所から掬い取る。例え絶望と痛みを分けても、もうどうにもならないことくらいわかっていたはずなのだが。あまりにも早すぎる人生の終焉が、急に加速してこちらに向かってくるような気がした。
圭祐――!!
もう、指先に感覚が入らない。大輔は脊髄をやられたので神経がちぎれ、各部が動かせない。佑恵は骨に銃弾が突き当たり、動かそうとすれば全身に痛みがつきあがる。彼らの目の前には、赤く染まる血の池しか見えなかった。
援護に行くといってたったひとり残してきた相澤圭祐(男子1番)の姿が思い起こされる。友達宣言を無邪気に喜んでいた彼。過去を忘却しようと必死に生きてきたと言う圭祐は、支えてくれた友達がいなくなったら、どうするだろうか?身体が動かない今、それだけが2人の不安要素だった。


「よくも私を化け物扱いしてくれたわね、ユダヤ人のクセに」
しばらくしてから虫の息の2人のところに現れた蓮川司は、大輔の傷に追い討ちをかけるように足を乗せ、力を込めた。彼女の左腕のすそからぽたりとたれた液体が、うつ伏せで横向きになっていた大輔の頬へとかかる。ぱちりと目を開けると左肩のところを赤く染めて必死に抑えて止血している司が半目で見えた。無論、形相は怒り狂っている。
大輔の口からは血と痛みによるうめき声が漏れる。――化け物みたいな奴に化け物って言って何が悪いんだよ!!そう反抗しようとしたが口腔に溜まった血がそれを邪魔した。
「さながら悪ってところね……滅びの歌が聞こえる」
大輔ほど重症ではない(それにしても、十分危険だが)佑恵が苦々しくそう吐き捨てた。
「悪は滅びる?……奇麗事言わないで」
驕り高ぶる誇りをもって、司は砂浜に倒れ重傷を負っている2人を見下した。
「あなたたちも悪なのよ……私にとってね」
心底呆れた、といわんばかりに微笑を浮かべる彼女は、肩をすくめてみせた。そして今度は少し口調を鋭くしてまた続ける。

「死ぬ前に良く覚えときなさいよ……私の名前はアドルフ・ヒトラー。死と全能をつかさどる神……」
司がそう言い終わるのと同時に彼女の右手に握られていたキャリコの引き金が引かれた。ダダダダダッ……と言う音と共に大輔も佑恵も、かろうじて握られていた玉の緒を引き裂かれた。ただ、死体となったものが無意識に痙攣している。しかし十数秒するとその卑猥な痙攣も終わりを見せ、もう二度と動かなくなってしまった。


嘲笑から無表情に戻った。足元に散らばった返り血を気にする前に、彼らの身体を足で反転させ仰向けにさせる。そして血で真っ赤に染まった制服に手を突っ込み、拳銃を取り出した。佑恵からはコルトD・S、大輔からはS&W M29だ。それから彼らのバッグをあさり、補充の弾を抜き取る。それ以外にはまったく興味を示さなかった。


左肩が熱い――先ほど大輔が刀を投げ、その隙を突いて佑恵が発砲したとき、一発だけ司の左肩に当たったのだ。肩の骨に銃弾はうずくまり、痛みや熱を伴ってそこに居座る。
――やられた……!!
それは今まで無傷で生き抜いてきたことが奇跡に近いのだと教えてくれた。司はすぐにブレザーを脱いで、持っていたサバイバルナイフ(これは高木時雨(女子6番)の支給品だったのを奪った)で腕のところを切り落とし、ぎゅっと肩に巻いた。雨が降りしきっている。そのため完全には止血できなかった。ろくに栄養も取ってないから身体の回復も遅いだろう。突然重くなったような身体に動くよう命令を出した。
手が血で真っ赤に染まり、ベトベトしていて気持ち悪い。司はおもむろに大輔たちのバッグの中に残っていたペットポトルに入っている水を取り出し、その手を清めた。綺麗になったように見えるとペットポトルを捨て、すぐにその場から立ち上がる。
今度は自分のバッグから超高性能情報機を取り出した。なんにしてもこれを手に入れた恩恵は大きい。相変わらず電池の消耗が早く、電源を切って充電をしてくださいと表示されるのも早いが、メリットはある。彼女はその電源を入れ、この2人組の生き残り、逃げ出した相澤圭祐の姿を追った。しかしその分布が表示されているところに違う点がもうひとつ表示されていた。

――千田亮太……。
彼女はいったん千田亮太(男子10番)の個人ページを開き、それを読むと、魔女のようににやりと笑った。





女子3番 柏崎佑恵 
男子15番 森井大輔  死亡

残り5人



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