寂滅*Caritas


ザアアアという音に紛れて遠くから銃声が聞こえてくる。それは何度も、何度も。
相澤圭祐(男子1番)はそのたび後ろを振り返ってみたが、それでも砂浜からは少し高台となっているはずコンクリートのところからでも、今まで一緒にいた森井大輔(男子15番)柏崎佑恵(女子3番)たちの姿は見えない。つい10分ほど前に佑恵と一緒に逃げてきたが、彼女は大輔の援護をしてくる、と行ってしまったきり帰ってこない。『絶対に来るな、逃げ続けろ、後で追いつく』と真っ直ぐな視線で言われてしまえば反抗は出来ない。きっと大丈夫、どこからかそんな希望が持てたのはなぜなのだろうか。


コンクリートの道路を真っ直ぐ行き過ぎるとそこは禁止エリアだ。その辺り十分気を付けて圭祐は走っていた足を止め、立ち止まった。雨は相変わらず降っており、コンクリートを濡らし、彼の身体ごと冷やす。
絶対に来るな――しかし圭祐は決心してガードレールを飛び越え、少し下りの坂を駆け下りた。前には海の家が見える。それを過ぎて海岸線に沿って佑恵に追いつこうとした。


ちょうど海の家の角に差し掛かったときだ。突然ドンッ!と身体に固いものが当たり、圭祐はしりもちをついた。
「ってぇー! 誰だよ!」
ただでさえ何をしていいかわからないとイライラしていたのに、また新たな衝撃がきたから圭祐は怒鳴りながらぱちりと目を開けた。

……!!

「おっとぉ、ケースケじゃんッ! お前だいじょーぶ? ワリィーなー」
そこには制服のところどころに赤く返り血を浴びている千田亮太(男子10番)の姿があった。大体圭祐と同じような体格をしているので、同じ力で吹っ飛ばされたらしい。彼はしりもちこそつかなかったが、それでもぶつかった拍子にご自慢の四角い黒淵の伊達めがねを落としていた。その上彼の左頬には一筋の傷と、そこから流れている血の痕がまだ残っている。どこをどう考えても元の千田亮太とは違った。

例え1年間クラスメートをやっていたといっても、周りからの印象を『眼鏡をかけたオタク』であることを望んでいた千田なものだから、彼がメガネを取ったのをほとんど見たことがない。プールの授業も泳げないと言う理由で見学していた彼だから、圭祐は一度もその眼鏡の下を見た事がなかった。そんな千田を初めて見る圭祐は息を飲み、こいつ誰だったっけ?と一瞬疑う。だがすぐにその陽気な話し方でそれが千田だと言うことを理解した。このクラス、いや、学年中の誰もが真似しようと思っても出来ない(それにしたくない)この話し方は、おそらく生きていく上でもう二度と見れないようなものなのだろう。

コイツ、こんなかっこよかったっけ?――しりもちをついたまま圭祐は目を開いて彼の方を見た。
一度柏崎佑恵と遭遇したときに千田亮太に襲われているのだが、そういうことから考えると千田はやる気になっている、と言うことが頭の悪い彼でも理解できた。


「ホントごめんなー。んじゃ、ばーいばーい♪」
何の前触れもなく、そう……まるで普通に学校が終わったあと帰る挨拶のように千田亮太は左手で手を振り、右手で黒光りする拳銃を構えた。
バァンッ!!
すぐさま爆竹がはじけるような音がした。一瞬硝煙の幕と銃口から光った光で視界が不透明になったが、すぐに雨にかき消されてもとの情景に戻った。

千田はいつものようににこりと笑うと
「あっれ、おっかしいなぁー。俺、一応頭狙ったはずなんだけど……またケアレスミス?」と自嘲気味につぶやいた。
彼の言うところのケアレスミス……銃弾はとっさに顔の前でクロスさせた圭祐の左腕から肩にかけてを貫いた。白いブレザーが真っ赤な血で染められ、腕が反動で砂浜に叩きつけられる。
「っぐ……!!」
あまりに唐突な出来事だったため、痛みに反応して叫び声さえも上げられず、圭祐はひたすら目を丸くして千田のほうをじっと凝視した。
「てめっ……」
これで圭祐は完全に認識できた。千田亮太は自分を殺そうとしていることを。
圭祐はズボンのベルトにさしてあったIMIデザートイーグルを引き抜いた。万が一のためにハンマーは既に倒してある。あとは引き金を引くだけだ。


「させねーよ!」
圭祐が反撃すると察知した千田もすぐさま引き金に手をかけた。
バァンッ!!パァンッ!
ほとんど同じような銃声(正確には違うのだろう)が空に消える。
「っ……っぐああっ」
獣のような叫び声をまず先に上げたのは圭祐だ。彼の腕はデザートイーグルのあまりにも大きい反動に耐えられなかったようで、引き金を撃った瞬間拳銃を手放してしまった。それに加え千田の発砲した銃弾が腕の付け根を貫いたのだから、絶叫はさらに大きくなる。この場には踏んだり蹴ったりと言う表現が一番似合うかもしれない。

「ハイハイしゅーりょー。ケースケまだ武器持ってんの?」
パンッ!ともう一発彼の胸部に向けて引き金を絞った。テレビゲームの中のプレイヤーのように、リセットボタンを押すことを覚えている彼の中には容赦という文字はない。千田は圭祐が放り投げた拳銃を手に取り、しげしげと眺めた。
「ほへー、50エーイー? 重いし銃口もおっきいねー。これじゃぁ反動大きいわけだよ。お怪我した腕には悪影響ってとこ?」
けらけら笑いながらデザートーイーグルのマガジンを取り出す。そしてばらばらとぬれた砂浜に落とし、足で埋めた。
「使えねー。もっとマトモなもんないわけぇ?」
反動が大きいなら運動が苦手な千田に適応するはずがない。いわれのない文句を圭祐に浴びせながら彼の足元を蹴る千田に、純粋に殺意を覚えた。だがしかしもう身体が動かない。でも動かさなければならない。精神と身体の葛藤がその瞬間始まった。


――俺、死ぬのか? 冗談じゃねえよ……なんでこんなヘラヘラした野郎にやられなきゃいけないんだよ……!! 大輔、佑恵ちゃん……!!
既に2人が死亡しているとは知らずに、圭祐は大輔と佑恵の名を心の中で叫んだ。殺意が身体の筋肉に力を込め、圭祐の手が千田の足を強い力で掴んだ。何か言おうと口を開くのだが、何も言うことが出来ない。ただ棘のように鋭く研ぎ澄まされた視線だけが千田に降り注いだ。ものすごい剣幕の圭祐を見て、千田は口元を笑みの形にゆがめる。
「命乞い?」
右手に持った拳銃の銃口を、圭祐に向けた。
「悪いねぇケースケェ、別にケースケにうらみはないんだよ? でもね……ここまできたら優勝するしかないっしょ? 俺よりは頭いいケースケなら分かってくれるよね?」
圭祐が一旦頭を砂浜に埋めた。
別に、こんな風に死ぬために今まで生きてきたわけではなかった。
ただ、中学上がる前までは自分の事しか見えず、そしてその数ヵ月後になってやっと世界が広がった気がして。その広がった世界がすごく居心地がよかったから、一生ずっとこの居心地のよさが続いていくように、いつもニコニコして、昔の自分を隠そうとしていた。
過去を笑顔の下に隠そうとしたことが罪ならば、こうやって先日まで机を並べて笑い会っていたクラスメートに殺されることが罰なのか?
もし小学校6年生までにやってきたあの腐った栄光に罪が問われているならば、なぜ関係のない今の友達から罰を受けなければならないのか。
久し振りに思い出した絶望を噛み締め、それから渾身の力を込めると精一杯の力を込めて口を開いた。

「テメーは人としてサイテーだよ! 死ね!」
それを言い終わると、圭祐は口を結んだ。必然的に力が抜けてがくりと身体を砂浜に落としたあと、しばらくは動かなかった。
「サイテーねえ……褒め言葉として受け取っとくよ☆」
珍しく少し眉間にしわを寄せた千田が銃口を真っ直ぐ圭祐の頭部へと向けた。
バァンッ!!という銃声のあと、9ミリパラベラムの銃弾が圭祐の頭を打ち抜いた。流血の残り香の上に、脳漿と血の混じった強烈なにおいが上乗せされた。だがそれらを酸性がかった雨のにおいが緩和していく。
千田の鼻腔に届いたものは、狂気という名の甘い香り。


               


彼の足を掴んだままの圭祐の手を解こうとしゃがんだ瞬間、ダダダダ……と言う連続音が聞こえた。
「チィッ……1名様ごらいてーん!」
さすがに制限されたのは縦400メートル横400メートルという狭いエリアだ、千田と同じような人種――つまり、人を殺しまわっている人物――は銃声に反応しやすいし移動もしやすい。おおよそ獲物を横取りしようとしたか、もしくは自分ごと殺してしまおうかと思ったハイエナだろうと千田は考えた。とっさに圭祐の襟首をつかみ、身体の前に持ってきた。盾代わりに使った、と言うことだ。ドスドスッ、と言う鈍い音がして、もう既に死亡した圭祐の体内に銃弾が納まる。
「ひえー、貫通しなくてよかったァ!!」
もう死亡硬直か?筋肉固くなってんのかね、それとも単に遠いところからの射撃だから?――生きているからそれで良くて、答えなど出さなくても別にいい問いかけをわずかな時間だけ考えながら、千田はとりあえず突然の客の接待をどこでするか考えた。しかも音に聞くにだいぶ手ごわい武器を持つ敵のようだ。こんな相手に拳銃一丁で戦わなければならない自分の運命を呪った。とにかくどこかに避難して戦略を練る方法しか焦りに駆られた今は思いつけなかった。
そうだ、すぐ近くの海の家があるじゃないか!
そう、今しがた千田は圭祐とぶつかった場所は海の家の角を曲がったところなのだ。すっかり周りの環境を失念していた千田は、すぐに海の家のほうを回りこんだ。


「……さあ、ゲームの始まりだ。何して遊びましょうか、ディアクィーン?」
どんな種類かは見えないので分からないが、マシンガンを両手で保持し躊躇なく撃ち続けている蓮川司(女子9番)に心で訴えた。プログラム中一度も遭遇したことがないけど、まさか蓮川が来るとはねぇ……ともう一度舌打ちをする。政府の人間たちに拉致される前、音楽室の喧騒から音楽準備室に逃げてきたときの司の姿が思い起こされる。いたって平凡な、だけどちょっと去年あたり不登校の噂が立った茶髪少女……!!
狙い撃ちしてやらあ、そんな意気込みで千田はポケットに取り替えようのマガジンが入っていることを確認しようとした。だが、右ポケットに手を突っ込んだところで彼の顔色が変わる。
「上等……!!」ぺろりと乾ききった唇をなめた。

とりあえず壁にベタリと身体をくっつけ、相手方の銃声が止むのをいったん待った。マシンガンということだから怖い。かなりのスピードで銃弾が降り注いでくるのだからそれはそれはおぞましい。千田は壁のとこから手だけ出して拳銃の引き金をひいた。
パンッ!!パンッ!パンッ!パンッ!
――とにかく反撃だ、当たれ、当たれ!!
圭祐とぶつかった拍子に落ちて転がっていた伊達メガネがキュイン!と音を立てて吹っ飛ぶ。銃弾が当たったのだろう。どうせ度が入っていないおしゃれ眼鏡なのだから(そこでおしゃれといえるかは疑わしいが)壊れようが何しようが千田にとっては構わなかった。


カチッ、カチッ。という無為な音がした。急変した状況に焦りをあらわにしながら、弾が尽きたのだ、と理解するのと同時に手がポケットに突っ込まれる。
「オイ、千田」
唐突にポケットに突っ込んだ手首をぎゅっとつかまれた。
「っ!!」
彼は驚いて身を反転させ、弾の出てこない銃口をその声がした方に向けた。しかしその銃身も手で押えられる。千田は目の前に突然現れた人物を見て舌打ちをした。銃声で周りの音が聞こえなかったものだから、すっかり周りを警戒しておくことを失念していた自分を心の中で罵倒する。

「ヘイ、ボーイ。不意打ちですか? 爽やかサッカー少年はそんなセコくて卑怯な真似するの? そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうわよん」
口調こそは平然を装い、いつものようにおどけてみせるのだが、心臓の鼓動だけは嘘をつかなかった。
そう、目の前に現れたのは市村翼(男子3番)――いつも彼が自慢するときに振り払っていたサラサラの髪の毛を雨で濡らし、灰色のズボンを赤黒く染めている――だった。
「おえっ、気持ち悪。第一せこくて卑怯な真似するなら、とっくのとうにお前のこと狙い撃ちしてますけど?」
同じく引きつった笑いで翼はそんな答えを返した。


ダダダダッ……!!
2人の対峙を割り込むようにかなり近い場所から音がした。翼は切羽詰った表情で千田のほうを向き、こんなことを問いかけた。
「おい千田、お前あいつのこと殺そうとしたよな?」
突然の問いかけについ千田は「はぁっ?」と口をあんぐりあけてしまった。しかし蓮川司がこちらの隙を狙っている以上、呆けている時間はない。
「そうだけど、っていうか当たり前じゃん! 俺だって蜂の巣にされたくないし!」
「そうか、そうだと嬉しい。……でさ、悪いんだけどそれ、俺にやらせてくれない?」
何事かと思えば翼は千田の代わりに司を殺したい、と言う依頼だった。

「理由は?」
「話すと長くあるからあとで。俺が生きてたらな。いいか千田、俺がアイツを殺すかあいつが俺を殺すかどっちかになるまでぜってー手ぇ出すな。出さなければ俺もお前に手を出さない。出したら俺はお前を撃つ」
有無を言わせない態度で早口にそういい終えると千田を振り払って壁側にぴたりと身体を貼り付けた。


ぽかんと馬鹿みたいに口を開きながらでもとりあえず自分の代わりに蓮川司を倒してくれるらしい、と理解した千田はとりあえず、「ホントに大丈夫?」と尋ねた。しかし本当のところ、大丈夫でいてほしかった。あんなマシンガン女、一丁しか所持していない(しかも、補充の弾すら危ない)拳銃じゃ相手しきれないからな、というのが本音なのだから。
「牛丼にかけて誓う!」翼は口の端を吊り上げてそう答えた。
牛丼ね。懐かしいなぁ――と思いながら千田は肩をすくめた。クラス替えをする時には牛丼・カツ丼・天丼・親子丼から選べという方式を取った第五中。A組は牛丼選択者の集いなのだ。冗談とも本気とも取れる言葉に、しかしそんな昔のことを引っ張り出せる辺り平常心なのかな、と考える。
だとしたら、本気で蓮川司を殺したいだけか。
その理由は千田にわかる範囲のものではなかったが、それとなく翼の心境を察した千田は、この状況を切り抜けることだけを考えた。
「はっ……アホかい」
いつもは調子に乗ったりおちゃらけたりと気前がよく、いつも爽やかに笑ったりふざけたりしている翼だが、今は目つきも鋭く、そこには本当の意味での殺意がこめられていた。はぁ、はぁと息を切らすその姿は、えさを猛獣に奪われたからと言って反撃に走る動物にも見えなくはない。勝算があるかどうかは別として。
千田は逆方向の曲がり角からぐるっと家を迂回し、司の逆側に走り始めた。正面に向かってマシンガンを打ち続ける彼女の裏手に回ろうとしていた。



その姿を見送ると、翼はさっそくコルト キングコブラという回転式の銃を手に取ると、ふうと深呼吸した。
――絶対に……てめえを殺す!!
親友を奪われた彼の青い殺意は今大きく炎上した。



男子1番 相澤圭祐 死亡
残り4人





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