没我*Monster


パァンッ!パァンッ!と言う銃声がする。蓮川司(女子9番)は今までキャリコM950を向けた方角と、違う方角から銃声がしたのを聞いた。身体を動かし、黒っぽい砂浜の中に浮き出る白い制服を見た。
千田亮太(男子10番)――!!
その顔はリアル感を楽しんでいるために笑っているようにも見えるし、もしくは司の裏をかいてやった、という、してやったりの感情が込められているようにも見えた。
ダダダダ……
躊躇する暇もなければ判断する余裕もなかった。向こうに走りこんだならば、撃つだけ。撃って殺すだけ……ただ、そのために司はキャリコをその方向へと持っていった。しかし、もう一度パンッ!と言う少し違った音が、元の銃口を向けていたほうからすると、司は引き金を引き続ける手を固まらせた。


何で?どうして?だって、千田亮太はあっちにいるじゃない。だったらそこにいるのは誰?相澤圭祐はもう死んだはず……だって私自身が情報機で見て調べたじゃない?相澤圭祐が死ぬ瞬間……つまり情報機の分布を表す地図から点が消える瞬間を、私は見ているはずなの!!だったら、誰?私が見逃していた点があったって言うの?幽霊?そんなわけないありえない!私は幽霊を信じているほど暇人じゃないのよ、分かってるでしょ?昼の放送の時点で残っていたのは7人。相澤圭祐と森井大輔と柏崎佑恵が死んだ今、残っているのは私と千田亮太と市村翼と響。千田は今逃げていった。追撃もないみたいだから逃げていったのだろうと思う。いるとしたら響か市村……私を殺そうとしているのは……――


がががっ、という鈍い音がし、手に異常なまでの振動が来た。
「っ……?!」
司は驚いてキャリコM950のほうを見る。キャリコのコンバットモデルは装弾数100発と言う無敵の状態。しかしどんなに引き金を引いても、うんともすんとも言わないこの状態は――
「弾切れ……こんなときに!!」
司はさっと身をかがめて腰の辺りにさしておいた予備の拳銃を取ろうとした。しかしどこにもそれらしき形はない。あるのはただ、サバイバルナイフだ。
元々日高かおる(女子11番)の支給武器であるキャリコM950。コンバットモデルの装弾数に対して予備の弾は50発しかなかった。しかもそれは、相澤圭祐(男子1番)たちを襲撃したときに、身軽でいたほうがいいと判断した際に置いてきた支給物のディバッグの中に入れてある。予備のマガジンが切れたワルサーP38はどこかに放置してきてしまったし、遠藤雅美(女子2番)から奪ったザウエルP228もまたバッグの中だ。
つまり彼女はキャリコの弾が切れた今、拳銃を持つ相手に対して拳銃の持ち合わせがなかった。


――冗談じゃない!こんなところで死んでたまるか!私は……私は絶対に死なない!あいつら殺すまで、絶対に死ねないんだから!!

司の目には、プログラムが始まって以来久々に焦りの色さえ浮かんでいた。突然の刺客、しかもそれは超高性能情報機という最強ともいえる味方がありながらの単純な見落としだからこそプライドに傷がつく。その上、武器にもついに底がついた。万事休すとは、まさにこのことである。
――私からお母さん奪ったのは誰?私から味方を奪ったのは誰?私があの家で幸せに生きる権利を奪ったのは誰?私があの家に生まれる運命までにこじつけたのは、一体誰なの?ねえ、私は死ぬべきなの?生きるべきなの?

答えは簡単、生きるべきだ。なんとしてでも生き残らなければならない。自問の末に出した答えを頭から引きずり出してきた時には、司の視野に新しい影が出来ていた。
白いブレザー、灰色のズボン、ずいぶんぎこちない走り方、見覚えのある髪型、見覚えのある背格好。
あれは――
「最ッ悪」
司は棒立ちの状態のままその走り寄ってくる影をみつめた。影の形がだんだんと市村翼(男子3番)を形成していくにつれ、逃げなければ、殺さなければと言う思いに駆られる。翼が近づいてきて、はっきりとその攻撃的な表情を見て始めて、司は背を向けて走り出した。目指す場所はたったひとつ、司のバッグが置いてあるあの海の家だ。


翼は学年でトップを誇る俊足であることは誰でも知っている。サッカーではなく陸上でいったっていい所まで上がるであろうと言われたくらいの足なのだ。しかし今は大事な左足を負傷している。それも司自身が発砲した銃弾が原因で。だから、運動に関しては中の中ぐらいで短距離ダッシュなんていよいよ自信がない司にとっても、今を翼から逃げ切れる自信だけはあった。
――絶対に逃げ切ってみせる。私は……私はこんなところで死ぬわけにはいかないの!
何度も何度も『自分は死ぬべきではない』と反芻しては、必死に足を動かしていた。ただただ生きるため。そして自分を虚無に追いやった兄たちを、同じように、いやそれ以上に奈落の底へと突き落とすため。そういう目的にすがり付いて離れない司は、そうやって今まで人を殺してきた。
不意打ちもたくさんした。罵倒されてもさらりとかわした。命乞いも突き放した。人を利用した。たとえなんと言われようとも、自分は生き残るべき人間だったから……そういう考えからたくさんのクラスメートを一方的に殺害してきた。

しかしこうやって殺されそうになることは?必死になって追い回されることが、一度でもあったか?確かに幼馴染の新宮響(男子9番)だけはあった。しかしそれ以外はない。絶えず優越を誇り、自分が生き残るべき人間だと思っていた。


殺される、と恐怖を感じるのは、結局こういうことなのか。


どっ、と言う痛みが背中を突いた。
「きゃああ!!」
司は勢い余ってぐらりとバランスを崩す。倒れてはいけないと足をふんばってつくが、次に背中を直撃したのは翼の足だった。
声を上げる前に、司は砂浜に倒れこむ。

窮鼠猫をも噛むとは、よく言ったものだ。


               


不思議と、足の痛みは感じられなかった。どうしてだろうか、ようやく念願かなって蓮川司を自らの手で葬る絶好のチャンスが与えられたからだろうか。市村翼は第一撃で今まで杖代わりに使っていた少し太めの木を投げ、そこで一瞬の隙が出来たところに向かって全力疾走し、とび蹴りを加えた。
あえて彼の持っている拳銃、コルトキングコブラは使わなかった。痛みを感じる部分が麻痺しているようだったから、足が使える。スピードはもとより劣っていても、普通の女子に負ける要素はないと確信していたからだ。
砂浜に転んだ蓮川の上にまたがる。横を向いていた蓮川の襟首をぐいっとつかみ、力を込めた。

「てめえ!! こんなことして楽しいのか?!」
押し倒した状態で翼は司の顔30センチほどのところでそう叫んだ。司の目はいまだ焦りに覆われていて濁っている。必死になって襟首をつかむ翼の手を引き剥がそうとした。
「楽しいわけないじゃない!」
負けずと劣らず大声を張り上げた司の答えはそうだった。しかし彼の手が離れないようだ、と思うと今度は指に力を入れ、爪を立てた。
「有能なるドイツ人は、ユダヤ人を地獄に追いやるのよ……」
ふふふっ、と余裕などないくせに司は哂った。そんな彼女を見て翼は余計に逆上する。


「……ちくしょぉ、何でてめえなのかなぁ……どうして俺じゃダメなんだよ……!!」
司の目を睨みつけたまま、彼はそうつぶやいた。
対する司はそれが『新宮響について』の事を言っている、ということを理解するのに少しだけ時間を要したようだ。きょとんとしたあとにすぐ口元をゆがめた。翼は更に続ける。
「響はなぁ、普通の人間なんだよ!! だけど俺にとっちゃ最高のダチなんだよ! なのに……なんでてめえなんだよ……」
翼は自分が泣いているのだと気付いた。それほど彼が司に対する怒りのホルテージは高く、誰にもとめられないことをあらわしている。司の襟首をつかむ手が、そっと首に移動した。殺すつもりで来たのだから、殺す気で首に手を掛けてもなんらおかしくはない。彼が指に力を入れると、司の表情が一変した。

「オメーはただの化け物だ。てめえのエゴで何人が殺された? 何人が絶望した?」
血にまみれた手にかけられたクラスメートのことを思うと、辛い。どうしてこんな化け物みたいなヤツに殺されなければならなかったんだろうと、一体何人が考えたのだろう。彼は司に殺されたクラスメートの憎悪の炎がいつしか彼女自身を焼いてしまえばよかったのに、と思った。
「でもなぁ、それを知ってても響はお前のために、お前を信じて止めようとしたんだぜ? 何でそーいうの分かってやれねえんだよ、何でそーいう気持ち足蹴にすんだよ!」
司の手が必死に彼の手を解こうとしているのだが、怒りに理性が支配されている翼の底力には何ものも勝てない。何せ左ふくらはぎを負傷していても、実力に近い走りを見せたのだから。


「くそっ……」
悔やんでも悔やみきれない。翼が撃たれたにもかかわらず、そんな彼を置いて司を追いかけていってしまった響の後姿を思い出したのだ。友達だろ?どうして?俺よりあんな化け物みたいな女のほうがいいのか?そんな思いが募り、それでも響を責める気になれなかった。悪いのはたったひとり、そんな醜態を見せた蓮川司。翼にとっての彼女は、もはや八つ当たりの吐き口でしかなかったのかもしれない。


「お前にとられるくらいなら……さっさと俺が殺してやりゃよかった」
そうすれば、こんな風に悩まなくてもすんだかもしれないのに。言葉にならない文字達が吐息と変わって口の端から漏れてくる。いっそ自身の手で殺していれば、誰にも取られる心配もせずに、親友は永遠に彼の腕の中で動かなくなり、それを憂えることもなく悲しみも怒りもせず素直にすぐそのあとを追って死んだかもしれなかった。
しかしそれは出来なかった。サッカーも受験も本気で頑張ってないと言う彼は『司を止めるんだ』と、今度こそ本気で頑張ろうとしていた。そんな親友の姿を誰が奪い取れるだろうか。結局その背中を追いかけてきたら、いつの間にか見失ってしまった。
「そうよ……あんたが響を殺してた……ら……私だって……こんな、風に……響がいたから……くっ……響がいたから!!」
首を絞めている翼の手に必死に抵抗しつつも、司は苦し紛れにそう叫んだ。だがその言葉が引き金となったのか、翼はすぐに手を話し、代わりに腰のところにさしてあったこるとキングコブラに手を掛けた。
「動くな!」
手を放した隙に逃げようとした司の魂胆が、銃口を眉間に突きつけられるという行動で阻められた。


2人の殺意を満たせた視線が、その瞬間にかち合った。


市村翼が向けた銃口は、迷いもなく蓮川司のほうへと向けられている。しかし、引き金を引くことには躊躇いが生じたようで、彼は雨にぬれたコルトキングコブラを構えたまま硬直した。
人を殺す度胸も勇気もない――少なくとも司の目にはそう映った。
司の手はもう汚れきっていた。思えば中学2年生の夏、父親を包丁で刺し、殺人未遂の件で隠密に少年院送りになったときから人生は変わっていた。平穏な、波風の立たない人生を過ごしてきた人間にとって、拳銃を構え、目の前の人を撃つと言うことはどれだけ戸惑いが生まれるか。それを司は知らない。汚れた手を持つ人間の知りえることではなかった。
今まさに、翼のしている行動は飼い犬に手を噛まれた飼い主のようだ。自分のしつけが悪いのに、それをいけしゃあしゃあと他人のせいにするたちの悪い飼い主。司はちらりと引き金にかかっている翼の指のほうを見た。

「この落とし前はきっちりつけさせてもらうからな……」
歯を食いしばったまま、殺意をむき出しにする翼は苦々しく吐き出した。それでもなお、引き金を引くことができない。引けなかった。翼が響に見せた親友への躊躇いとはまた種類の違う、死への躊躇いが生じる。
「てめえは死ななきゃならねえ……てめえが殺したクラスメートに詫びて死ね!!」
頭の中では殺せ、今こそ殺すんだという警鐘が鳴り響いているのに、どうもその命令は手首のところで引き返しているらしい。雨粒が制服の袖から出ている手首から指先までを、氷のように冷たくさせ硬直させる。

殺せ、殺せ、殺してしまえ。
コイツは人間じゃない、化け物だ。人間の皮かぶった狼の化け物だ。


カタ……カタカタ……
翼の歯がカタカタと音を立てて震えた。ちょうど砂浜に仰向けに寝転ぶような形で固まっている司は、降りしきる雨が目に入らないように目を細めながら翼のほうを凝視した。人間としての弱さがあふれ出ている翼のほうを見て、彼女はふっと嘲笑する。

「たくさんの人が死んだからって、私まで死ななきゃならないなんて、ずいぶん理不尽なものね」

彼女が行動に出たのは次の瞬間だった。司は腰のベルトのところに手を伸ばし、そしてギザギザが付いたサバイバルナイフを手に取った。一瞬の出来事だったので翼も反射できなかったから身動きひとつも出来ず、なるがままに彼女の俊敏さに驚く事しかできなかった。


グシュッ……
目を見開き、全感覚を持って痛みを感知した瞬間――ずいぶんと鈍い音がした。





残り4人




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