参集*Mezza voce


時は過ぎ、2003年5月上旬。
プログラムが終了し高原にある実家から司が消えて、4年の歳月が過ぎた。
目くるめく走馬灯のように流れていく時は、少なからずとも何かをもたらし、何かを撫でるようにそっと奪っていった。
もたらされたもの、奪われたもの、それは人それぞれ。


この4年間の間に、蓮川家は離散したと言っても過言でないくらいバラバラになった。長男晴一は正式に事業を父親から引き継ぎ、日々精を出して働いている。次男の貴正は相変わらず家に根付いて入るが、最近では人前に顔を出す回数がかなり多くなった。三男時哉は司のプログラム優勝以来こまごまと溜めていた貯金で家族の誰にも行き先を告げず引っ越していってしまった。真人洋介の弟達は司の復讐から遠ざけるため母親の妹に当たるおばの家に預けられた。だが時々2人はおばに連れられこの家に遊びに来る。


そんなある日のこと。

トゥルルルル……トゥルルルル……トゥルル――ガチャッ

『もしもし?』
「あ、時哉? 俺だよ、俺」
『悪いけどオレオレ詐欺に引っかかるような馬鹿じゃないんで、むしろ引っ掛けるほうなんで』
「馬鹿、俺だよ。お前、ついに兄貴の声もわからなくなったのか?」
『うっせーなー。もう27にもなるのにジョークのひとつも通じないくらい融通の利かない我らが晴一お兄様。んで?』
「んで、ってなんだよ」
『こっちが聞きたいぜ。俺が金貯めて引っ越してからずっと音信不通だったくせに』
「そりゃこっちの台詞だ。誰だよ、司に場所が割れるのが怖いから電話なんてしてくるな、って俺に言ったの。お前だよバーカ」
『あー、言ったっけ? ……言ったな。で、結局何の用事?』
「父さんの遺産相続の話」
『ハァ?! 遺産相続? 親父死んだの?』
「お前ほんっと馬鹿だな。死んだら今頃葬式だっつーの。まぁ親父……余命半年も持たないんだそうだよ」
『あら、初耳』
「俺だってビックリだよ。体調悪いからって病院に連れて行ったら肝臓ガン。医者嫌いの親父のことだから家にいるって頑固に振舞ってたらあっという間に全身転移さ」
『へえ?』
「今じゃ家がホスピス代わりだよ。あの頑固にも困ったもんだね。絶対に医者になんてかかるもんかって強情で。っていうか、開いた時にはもうステージ4だったみたいだけどな」
『ステージ4って、もうダメだーっていう奴?』
「そうそう。そんなわけだから父さんさーもう自棄酒。以前にも増して酒代がかさんで仕方ないよ」
『死ぬときまで酒と付き合ってたいのかねあのアル中は。幻覚でも見てんじゃん?』
「否定はできないな。最近すごいんだ、夜中に暴れだすの」
『そりゃー大変だ。貴正兄とか眠れないってキレてんじゃないの?』
「あいつがそんなんでキレるかよ。神経図太いから平然としてる」
『ま、それもそうだろうな』
「でな、そんなわけだから俺から弁護士通じて親父に遺産相続の話させたの。そしたらさ、何か弁護士が遺言受けたみたいで、それを家族の前で公表したいっていう話になって。だからお前帰ってこい、って話になったの」
『帰ってこいってそんな軽々しく言うけどな……』
「……司のことか? もうあれから4年も経ってるんだぞ?」
『そっちもあるけど……あれ、俺兄貴に家の住所教えてないよな』
「誰だよ、司に聞き出されて洗い出されるの怖がって結局最後まで俺に教えなかった奴。年賀状すら出さないのね、お前」
『はーい、全部俺でーす』
「遠いとこなのか? 飛行機?」
『ナ・イ・ショ☆』
「気色悪い」
『……ほんっと融通きかねーなー、もっと違う突っ込み方ないわけ? 傷付くよ? 俺』
「うるさいな。お前そんなヘラヘラしてっけど、俺たち肉親で均等に分けても1人あたり億単位はいく遺産の話なんだぞ? もっと真面目に考えろよ」
『あらー、あのアル中にもそんな財産あったの?』
「どっちかっていうと親の七光りだろうけどな。あとは土地の売却……不動産業? でも一応農業だって廃れてるわけじゃないし」
『へー……』
「来ないのか? 来ないなら財産の相続権破棄ってことになるけど」
『行かないなんて誰が言ったよ』
「まぁ、それでなくてもお前は一応司の生活保証金分けてもらって生きてるんだから、別にもらわなくてもいいよなぁー財産」
『だから誰が行かないなんていったか?』
「冗談だよ。じゃぁしばらくの間こっち来いよ。期日は5月26日。参加資格は俺たち兄弟と、夏樹と泰。あ、お前身固めたわけじゃないよな?」
『女をひっかえとっかえできるうちが俺の華でね。ああ、そういやーさ、夏樹さんとユタカ元気?』
「なんとか元気でやってる」
『初体験で出来ちゃった結婚とか、兄貴もよっぽど――』
「ああ、そう! うちの三男坊は相続権破棄という事で?!」
『あー嘘嘘嘘! 冗談!!』
「次そのこと口に出したらホント殴るぞ」
『わーかーりーまーしーたー。ホント兄貴、カリカリしすぎだな。カルシウム取ってる? 夏樹さんとユタカ不幸にさせてない?』
「おあいにくさま。お前に心配されるような人間になったら終わりだよ。ちゃんと毎日牛乳だって飲んでますー」
『几帳面な晴一兄っぽいな』
「お前がガサツ過ぎるんだよ。あ、ヤベ、仕事行かなきゃだ。んじゃ時哉、忘れずに来るんだぞ。その時おばさんとこ預けた真人も洋介も来るんだから、ちゃんとした格好で来ること!」
『ちゃんとした格好ってどんな格好だよ』
「せいぜい無い頭フル回転させろ。じゃな」
『へーへーわかりましたよーっだ。じゃーなー』

ガチャッ――ツーツーツー


              


あれからの4年は、早いようで遅い4年だった。
彼女、蓮川司はプログラムを優勝したのち、宮崎に強制転校となった。その際に晴一たち他の兄弟は千葉に残ることを決め、司と行動を共にしなかった(真人洋介は万が一のことを考えておばさんのところに預けられたが)。というわけだから司は今、独り暮らしをしていることとなる。

彼女にとってのこの空白の4年間は、可もなく不可もなく、普通だった。
やはり過去のように誰一人信用せず、目的のためなら手段を選ばない。笑いもしなければ泣きもしない、自分からかけ離れた“人間”を演じていた。
それでも、ただ彼女はのうのうと空白の4年間を過ごしてきたわけではない。もちろん彼女なりに日々耐えない復讐心を晴らすために準備を重ねてきたのだ。今では彼女は蓮川家の人間のことなら大体掌握している。


司が宮崎に籍を移した半年後、長男・晴一は夏樹という女性と俗に言うできちゃった結婚をした。その後長男・が生まれる。容態が急変した父親より正式に家業を受け継ぎ、不動産業から農業まですべてをその肩に乗せている。
貴正は相変わらず1日二食の生活で、部屋から出てこない。出て来る回数は以前よりは増えたらしいが、やはり相変わらずの性格をしていた。どこか光の無い目で人を見て、口も開かずにきびすを返してどこかに行ってしまう。
三男の時哉は司がプログラムに優勝したあと、バイトを詰め込んで資金を稼ぎ、どこか知らない場所へと引っ越していった。妹に場所が割れるのが恐ろしく、引っ越した場所を誰にも知らせていない。引っ越したといえば聞こえはいいが、要は逃げ出したのである。
母方の親戚に預けられた弟のうち、真人は今年で高校2年生になる。早くも決めた進路として大学は東京のほうを志望しているらしく、何不自由ない生活をしている割には千葉の家に帰りたい願望も人一倍強い。真面目で人の感情を慮る責任感のある彼は、もう立派な青年になっていた。
一方末っ子の洋介は今年中学3年生。一応あの忌まわしきプログラムに選ばれる血の中学3年生だが、司がどのようにしてプログラムから帰ってきたかをほとんど忘れていて、あまり関心は無いようだ。明るくて無邪気な洋介は、司が最後に見たときよりも背が大分伸びた。
そして父、修造。相変わらず彼は酒浸りのままだった。何もするとも無くひたすら酒を煽り、主治医から求められているにもかかわらずまた酒を飲む。そんな生活が続いたので、ついに先日、倒れた。検査の結果は肝臓ガン。全身移転でもう手の施しようが無かった。


司は一度たりとも蓮川家と接触しなかった。
なのにどうしてここまで情報を集めることができたのか、それは彼女がある人物を金で買収したからである(もちろん彼女と接触する前は興信所も使っていたが)。
旧姓:安住夏樹、現在蓮川夏樹。晴一の嫁だ。


司が夏樹を買収するのはいとも簡単だった。
――『はじめまして。あなたの義妹 いもうとです。あなたに損はさせません。ですからもしよければ……商談でもしませんか?』
夏樹もまた、悪い女だった。元より晴一に近づいたのはその莫大な遺産の恩恵をいただくためであって、他の何ものでもないからである。
夏樹と晴一が一緒になるまでの時期、復讐の時期をうかがうために晴一に尾行をつけるよう興信所に依頼していた司には、彼女の動向と目的が筒抜けだった。気になったので夏樹にも尾行をつけると、案の定酔ったついでに彼女の友達に暴露しているところを調査員が聞きつけたので予想は確信に変わった。
早速司は彼女を買収する計画を立てた。時機をうかがうには情報がまず何よりもものを言うからだ。今では離散してしまった家族をばらばらに手を下すのも面倒だし手間も時間もかかる。よってある程度好機は限られたときしかなかった。その好機を逃がすまいと彼女はこうやって躍起になっているのだ。

噂の妹――プログラムに優勝したという――が直接会いに来たときはさすがの夏樹も怯えていたし、絶対に信用なんてしないという態度をとっていたが、『蓮川修造の遺産のほとんどがあなたに回るようにする』というとすぐに目の色を変えて飛びついてきた。
『私があの家族を破滅に追いやる。だけどあなたには絶対に損はさせない』
具体的な案は出さなかったが、それでも司の自信たっぷりの笑みと、以前晴一が夏樹にこぼしていた「妹に殺される」という証言から、まず間違いなく彼女にとって不利で邪魔な遺産相続者をすべて消してくれると考えたようで、二つ返事でイエスと帰ってきた。


それから、夏樹の2年以上に及ぶ情報の流出は始まったのだ。おかげさまで興信所に調査を依頼することなく、情報がその掌中にはいってくる。司が些細なことでもいいからなんでも、と頼んだのだが、やはり同棲している影響もあるのか晴一によく似ていて几帳面なので、何か司の知りたいような情報をTEXTファイルにまとめ、ほとんど毎日書かれたそのファイルをメールに添付して頻繁によこしてきた。時哉の引越しや、父の容態の変化などは即メールで送られてきた。その礼として司は夏樹の口座に月7万の入金をした(その金は生活保証金をかき集めた)。少し割に合わない高い金額かもしれないが、手なずけるためにはそれしかなかった。
だいたいその期日が迫ってくると夏樹のほうから金の催促が来る。それには夏樹がどれだけ貪欲に金を求めているのかよく現れている。
が、それだけの金の亡者でも人間味にあふれるところもあった。息子の泰の自慢だ。親バカといえるような自慢っぷりは、メールに画像をつけてくるほどだった。
愛されてるな、泰君。
ディスプレイの向こう、甥っ子に当たる泰の可愛らしい写真を見て、つい司は頬を緩めたりしたこともあった。だが時々家族3人の写真が送られてきたりするとすごく複雑な気分になるのだった。


そんな情報と金のやり取りが続いたとき、ようやく司にとって願ってもない絶好の機会が訪れた。

2003年5月24日夕刻に、父親の遺産相続の件について兄弟が集まるという情報が夏樹から入ってきたのだ。

これを受けた時には司は手を叩いて飛び上がったものだ。
その日だ、その日にしよう!!いや、その日しかない!!
父親は家で療養、憎き蓮川家は一箇所に集まる。一度は可能性が薄れ掛けた計画の実行日、Xデーが、ついにやってきたのだ。
ニヤリ、と元来の嘲笑の笑みを思い出す。作り笑いではなく、本心から浮かべたそのねっとりとした笑みは、悪魔というよりやはり獲物を嘗め回すようにして凝視する化け物に近かった。

「お母さん、もうすぐ、もうすぐだよ!!」
シルバーデスクの端においてある写真立てを手に取り、その写真に写る母親に向かって微笑みかけた。“あんな環境”の家だったから母親の写真など稀有に等しくて、司が見つけたこのたった一枚の写真が唯一の写真だった。司がまだ小さい頃だろうか、もちろん誰かに撮ってもらえるわけではないから――母親の頼みを蓮川家の誰が聞くだろうか。特に司が幼い頃となれば真人も洋介もまだいない――自分で取ったのだろう、かなりのアップで、手ぶれしている。それでも、司と母親の唯一のツーショットだった。

彼女は黙りこくり、そっと写真立てのカバーをはずす。べりっと音を立てて写真がはがれてきた。母親の写真の後ろに、もう一枚写真を隠していたのだ。
その写真は、中学3年生のとき取った、3年A組のクラス集合写真だった。生徒だけで撮られたその写真では、ほとんどが笑顔を浮かべ、白い歯をむき出しにして笑っている。この先自分が死ぬだなんてことを、誰一人知らなかった時代。司は、端のほうでそっぽを向いているが。そんな無愛想な過去の自分に向かって彼女は話しかける。
「もうすぐ終わるよ。ね、一緒にユダヤ人を滅ぼしに行こうか」
写真の中のその手には、紛れも無く我が闘争の本が握られていた。


蓮川司、今年20歳。
4年越しの復讐の幕が、今 開けた。



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