裏切*Basso continuo


がさ、がさとうっそうとした森を乱暴に歩いていく。彼ら、市村翼(男子3番)新宮響(男子9番)は2人とも覆い茂る葉を掻き分けて進んでいた。今さっきまでいたA-06付近のエリアを含む人口森林が、入ると首輪が爆発すると言う禁止エリアならぬものになるそうなので、早々に引き上げて別の場所に移動する最中だった。
コンパスを握り先頭切って歩くのは翼。コンパスは正しいのだが、それを読み取るだけの才能が正しくないので、響は用心の為自分のコンパスを出して、迷わないようにしていた。何せ彼の才能によって道に迷わされたことは以前に幾度とあるからだ。
南下し、農家かもしくは住宅街に行こうという提案だった。翼が探している柏崎佑恵(女子3番)も、響が探している蓮川司(女子9番)も、どちらも似たような性格をしていた。芯はしっかりしている。だからおそらくこんな状況でも1人で解決策を見つけ出しているだろう、と踏んで、夏葉翔悟が放送の時に言っていた『何か特別なもの』が隠されている民家に進むことにした。
2人に何かこれと言って武器になるものがあればいいのだが、何しろ響に支給されたものといえば包帯と絆創膏だ。対する翼はコルト キングコブラを所持しているがいまいち信用性にかける。なぜなら(当たり前だが)彼は一度も拳銃を撃ったことがないからだ。


「ちっくしょ、何だこれ、熱帯雨林のジャングルかよ」
翼が眉間にしわを寄せながら葉っぱを手で払っていく。
「アホですかあなたは。千葉に熱帯雨林があるかっての」
「そのうち新宮響みたいな野蛮人が出てきて、おたけびあげながらしだのつるで襲ってくるんだー」
「何? 俺、野蛮人なの?!」
「他に何があるよ!」
響と翼が会ってからというものの、いつもと変らないこういった会話が繰り返されているため、響きの心に残っていた不安は、少しずつ和らいでいった。今ではすっかり、いつもの響である。


「っ……何か……臭くね?」
「あん? 草の露でも付いたか?」
「違う……もっと……甘ったるい……」
響は押えた鼻を動かしながら、においの元をたどる。一番においが強い場所は……たどり着いたのは翼の制服の後ろ襟だった。
「くっせ、お前なんかつけてんしょ」
「はぁ? 馬鹿言うなよ、俺が素晴らし過ぎるから自然にいい香りがするんだよ」
翼は右手で前髪を書き上げ、軽くウィンクもどきをした。その行動に見せ付けられた響は腹の底から何かが込みあがってきそうになったが、何とか耐え、
「香水がしみこんでるんじゃ……」と言った。それに対して翼は
「ブルガリア・ブルーだろ。翼様の愛用品ですから」と答える。
「ブルガリア・ブルー? なんだよそれ、新種のヨーグルトか? くせぇーなー、乳酸菌なのか? ヒルモネラ菌?」
「適当な言葉並べて満足すんな!しかもヒルモネラじゃなくてサルモネラだから!モルヒネと一緒にすんなバカ!」
一発、翼は威勢良く響の頭をスパン!と殴る。いってーと響が声を上げたとき、突然翼の表情が変った。


「翼?」
殴られたところを抑えながら、響が顔を覗き込んだ。
「今……銃声っぽいのしなかったか……?」
伸び上がってあたりを警戒する。彼は耳をすませた。
「え? してないけど……俺は聞こえなかった」
響も同じように耳に手を当ててあたりの音を聞こうとするが、これといった音は何も聞こえない。確かに銃声といえばこれまでかすかながらも聞こえてきたが。――同じエリアに、誰かいるのだろうか?見えない不安なのに、より一層重くのしかかる。
「俺は目が悪いけど耳はいいの」
声からおどけた調子は消え、いつの間にかすり替わっていた緊張感が、あらわになってきている。


パァンッ……!
それなりに小さくだが、確かに響にも聞こえた。
「翼っ!」
すべてを言わなかったが、2人で目が合うと同時にうなずいた。
「いくぞっ!」
目指すのは先ほどと同じ道だった。音の方向というのは離れれば離れるほど正確ではなくなる。救急車のように距離で音が変るのなら幾分安心は出来たかもしれないが、銃声といえばそんな生易しいものではないだろう。2人は全力疾走で森を駆け抜けた。もう、頬をかする葉っぱすらも気にならない。
バァンッ!今度は先刻よりも大きな音だった。翼は表情をゆがめる。一か八かの南下は、どうやらアウトとでたらしい。
「翼! あれ!」


後ろを走っている響が指をさす。さしたほうは2人にとっては前方に当たる森で、今走ってきたばかりのところのように木が集中的に生えているのではなく、幾分隙間が開いているところだ。そこに白い影が見える。翼はコンタクトが完全な状況ではないので、黒がかった緑の中に白いものがぼんやりとうつっているのが見えるだけだが、響には正確に『人が2人走っている』というのが見えた。しかし、それが誰かまでは見えない。
「響……誰だかわかるか……?」
走っているのだから、ただ事ではないだろう。そう自然に察せた翼は、できるだけ声を小さくして響に言った。
「わからない……ちょっとみてみる」
響きは恐る恐る歩き出し、その走ってくる人物と正面でぶつかるような形で立った。
数秒した後、悲劇は起こる。


「響イイ!!」
いきなり呼ぶ声がして、響は驚いて身構えた。後ろにいた翼も、これは本当にただ事ではないと理解し、即座に響の足を突いた。
「伏せろ響!」
2人はほぼ同時に地面に伏せる。周りにある背の高い草が2人を隠してくれていた。
「達也か」
「あと、千田も」
声を殺して2人は話した。響などは既に歯を震わせている。
バァンッ!!銃声が確実にその走ってくる2人――上条達也(男子4番)千田亮太(10番)――のほうから聞こえてくる。彼らの影が近づいてきた。


「響ィ! 助けてくれえ!!」
上条は必死に走りながら助けを乞う。その姿を見ると、つい先日までそこにあった上条達也の面影は完全に薄れていた。同じ部活のよしみだ、というものではなく、人間として上条のことを助けようとする響は、立ち上がろうとしたが翼に止められた。
「やめろ、バカ!」
「でも達也が……!」
「後ろの千田を見ろ!」
上条より何秒か遅れて、千田の姿もはっきりと見えるようになった。その右手には、黒いもの、間違いなく拳銃が握られているのが見て取れる。響は草の隙間からその光景を見て驚愕した。つまり、上条は千田によって殺されかけているではないか。

「響いい!!」
バァンッ!!


上条の呼びかけと同時に銃声がとどろく、するとすぐに彼の体が傾き、地面にどさりと倒れた。響たちの前方30メートルもないところ、草に血の色が吹き飛んだ。
「撃たれ――」
撃たれた、助けなきゃ!と響が言おうとしたが、その前にすぐ翼に口を封じられた。彼は息を殺して草の陰から向こうの様子をうかがっている。体勢はまだ地面に伏せている状況だ。
「うああああ!!」上条の絶叫も聞こえる。どこかしら、分校で撃たれた藤原優真(男子11番)の絶叫と似ているところがあった。
翼の口の下から何か言おうとしている響に気付き、彼は自分の人差し指を口の前に当てる。ドクン、ドクンと手からの鼓動が響に伝わる。翼の手はじんわりと汗で湿ってきていた。


「あーはーん? 響がそこにいんのぉー」
どうやら千田の撃った弾が上条の身体に当たったようだ。いまだ死んでない、かすかながらこちらから見る限り上条の体が揺れていることを確認した。
「ま、ちょいと待ってろや。こっち片付けちゃうからさ!」
伊達眼鏡の向こうにある眼がにこりと笑ったような気がする。薄ぼんやり見えた千田の表情は、それでも相変わらず笑っていた。
「やめろよ千田ぁぁ! 俺達友達だろ?! 何でこんなことするんだよ!」
上条がうつぶせの状態から実を回転させ、上半身起こした体勢で懸命に弁解していた。その腕からは血がとどめなく流れている。響と翼にもはや打つ手はなく、ただ草の隙間からその様子を見ているしか出来なかった。


「なんでって……やっぱ本物の流血、見てみたいんだよねー♪」

響と翼はその様子に釘付けになった。これから千田がどうするかに好奇心を持っていたわけではない。余りの緊張感に目をそらすことすら出来なかったのだ。響はいきなり翼の手をぎゅっと握った。2人の鼓動の早さが、お互いに通じ合う。
「友達……そー言えばそんな言葉も合ったっけぇーな」
バンッ!!という音がした。
勢い良く上条の頭から血が噴出し、千田の白い制服を赤く染める。
「――」
千田の口元が動いた。しかし何を言ったかは響も翼も理解できなかった。距離が遠すぎた、というのもあるが、2人にとって衝撃的なことが目の前でおき、視界が真っ白になったからである。


目の前で、友達が死んだ――そのことだけが彼らの頭を転がりまわっている。目を大きく見開き、今起こったことすべてが嘘であると信じていたかった。しかしそれには余りにも証拠がありすぎる。
「さぁーって、今度は君の番だよーん、ひーびーきーっ。だーいじょーぶだいじょぉーぶ、千田っちにかかれば一発でお手の物ナリよ☆」
そんな声が2人を現実に帰す。一足先に理性と正気を取り戻した翼は、小声ながら迫力のある声で響に訴えた。
「響! 逃げるぞ! 俺達殺される!」
手をぎゅっと握るが、響にはショックが大きすぎたようだ。目に光はない。翼は響の手に爪を食い込ませた。いまだ気付かない。
「死んでもいいのか! 蓮川を誰が止めるんだよ!」
半ば自棄のように言う。衝動でつばが飛んだが、今は気にならなかった。
「お前が止めないで誰が止められる?! 少なくともお前以外の人間にゃ無理だ! 逃げるぞ!」
はっと思い出したように響は横を向き、翼と正面切って見つめた。その表情にいまだ少しの恐怖が残っているとしても、大半が正気に戻ったと翼は判断し、すぐにこういった。


「お前は後ろ、俺はあっちに逃げる。ぐるっと迂回して農家に来い! いいな? いくぞっ!」
響の反応を確認するまでもなく、翼は走り出した。一瞬遅れて響も反対方向へと逃げ出す。
「え? 翼もいんの?」
千田はもうすぐそこにいた。しかし人が2人居るという不意をつかれ、一瞬間を空けて呆然とする。しかし我に返り、銃口を向けたが、どちらに向けて撃てばいいのかわからない。二兎を追う者は、一兎も得ず、といったところだろう。
「えーい、じゃぁ翼で!」
千田の手元が爆発音と共に光った。しかしその前に翼が茂みに身を投じ、方向転換をしたので、弾はあえなく木に突き刺さった。
「おしいっ!」
とは言ったものの、もう千田は追いかけなかった。翼が学年一の俊足であることからして追いつくのが無理と判断したのもそうだが、何よりも拳銃がホールドオープンしてしまったからもある。響を追うにしても、今から弾を詰めていては完全に遅れをとってしまい、見失うのが関の山だ。


ふぅ、と千田はため息をつくとにやりと笑って身を反転させた。後ろ側には今さっき殺害した上条達也の遺体が転がっている。首から下を狙ったのだが、運悪く頭を直撃してしまった。ぐちゃぐちゃとなった上条の死体を足で転がして彼が背負っていた背中のバッグを開ける。
千田の表情は、まだまだ物足りない、という表情だった。


一方、逃げ切った2人はおのおのの足を使って全力疾走で農家に足を進めていた。響を分校側のコースに当てなかった翼の判断は正しかっただろう。いまいち落ち着きを取り戻していない彼は、直線で進んでいけばいいものを本能まかせで進んでいたため、落ち合う場所にたどり着くまで時間がかかった。
もし分校側コースを走っていたならば、ほぼ間違いなく首が吹っ飛んでいただろう。生首の出来上がりだ。そちらのコースは冷静に判断した翼が走ることになる。彼は出来るだけ東側のほうへと走りながら、南下した。
こうして、何とか延命できることになり、内心2人はほっとしていた。しかし次の瞬間、あの上条の頭が割れる瞬間が蘇るのだ。
死ぬとはどういうことか。今度は響きだけが被害者ではない。翼も同じく死を目の前に突きつけられた被害者だった。それも、共通の友達である上条達也が。


他の特に仲がいいわけでもない人間だったらどんなに楽だったろうか、しかしその思考はすぐにかき消される。人が死んでいいだなんて、何が許されてそんなことを思うんだ。
しかし、ひとつわかったことがある。環境――プログラム――の与える影響力が、大きいということだ。
2人は心の中にしっかりととどめた。自分の所為で、友達を失ってしまった、と。



男子4番 上条達也 死亡
残り26人


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