約束*Con fuoco


「よぉーっし、完成だ!」
三浦勇実(男子14番)がパシンッ、とその包帯に巻かれた足を叩いてやると、「いたっ!」と関根空(女子5番)が小さく悲鳴を上げた。
「あっ、ごめーんごめーん。俺、あんま力調節できなくて……」
ごめんな、ともう一度言い、頭をかいた。
「ううん、大丈夫。ありがとう、イサ君」
「いえいえどういたしましてー」
関根の右足首に巻かれている白いタオルが、見事なほどきれいだ。さすがにバレーボールと言うジャンプ競技で何度も足首をひねったことがある人物がする治療法は違うな、と彼女は思った。
やり方はいたって単純な方法である。三浦があらかじめ民家から拝借してあったタオルを、横から交互に切れ目を入れていく。そうすれば一本のひも状になり、包帯となる。彼いわく、うちの馬鹿な後輩どもがよく救急箱忘れてたから、そのとき顧問がこうやってくれたのさ、だそうだ。
「さぁーってとぉ、移動しますか」
掛け声と共に、ジジくさく三浦は立ち上がった。



今、彼らはエリア28のあるエリアで偶然に出会っていた。
――そう、それは1時間にも満たない前。三浦がちょうど果樹園の木の下で、さんさんと輝く日光を浴びているときのことだった。
「きゃっ!」
いきなり短い悲鳴が聞こえ、(場違いだが)ぬくぬくと日光浴をしていた三浦の心臓を驚かせたのは、紛れもなくこの関根空だった。
「だ……誰だ!」
普段は大声も出さないほどの穏やかな性格の持ち主だったが、その瞬間だけ妙にヒステリックになり、自分に支給されたスタンガンのスイッチに指を伸ばした。しかし今声を上げたのが関根だとわかるとすぐに近寄り、声をかけた。
「空? 大丈夫か」
外跳ねに伸ばした髪の毛と、無邪気な笑みが、相変わらずだった。
彼女は三浦にとってある意味では特別な存在ではあった。日ごろ、服部綾香(女子10番)のお付きの人間、という印象もあったが、彼の親友であり部活仲間である吉沢春彦(男子17番)と格別に仲がいい。そんなこともあってか、吉沢を仲介とし、三浦と関根は同じように仲良くなっていった。


「ごっ……ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど……足が滑って」
果樹園はところどころに雨水を流すための溝が掘られていた。どうやら彼女はその溝に足を滑らせ、転んでしまったのだろう。表情は笑っているが、眉根をひそめている。無理している証拠だ。三浦はしゃがみこみ、痛そうにしている足をさすった。肌色から徐々に青ざめた色へと変っていくのが目に見える。
「足ひねった?」
さするたびに彼女の痛いという表情を隠す仕草が見受けられた。
「大丈夫だよ、心配しないで。痛くないから!」
しかし彼女は笑っている。このままにしておけばいつか痛みが増してしまうだろう、と自身の体験から判断した三浦は、急いで自分に支給されたバッグをあさる。
「よっし、待ってろ、俺が治してやるよ」
そう言ってバッグから取り出したのは一枚のタオルだった。そして話は戻る。



その治療(と言っても包帯を巻くだけだ)の間、関根から知らなかったことをいろいろ聞いた。三浦の出発後、2人の共通の友達である吉沢春彦が関根に向かって「初めて出会った場所で」といった(いわゆる口パク)らしい。その場所へと行くため、関根は歩いていたのだが、大分道をそらしてしまい、挙句の果てには迷い込んでこのありさま、と言うことだ。
空が方向音痴な訳じゃない。こんな場所だったら当たり前だろう。実際来た事もない場所で正確に、なおかつ短時間で目的地へと行けというのが無理な話だ。それに禁止エリアとやらも気にかかる。実際、三浦もここまで来るのに散々迷っていた。
「で……はじめてあった場所って……えぇと、その……海?」
「そうだよ。ハルから聞いた?」苦笑気味に関根が答える。
「うん。っつっても大分前かな。海に遊びに行ったとき、偶然会ったとかどーたらこーたら」
「そうそう、珍しく休みの日に綾香ちゃんの後ろつかなくてよくなった日だったなぁ。家族で海に行ったんだよ。そん時に会った」
「うわー、なんかその珍しくって言うのが悲惨な言葉だなぁー。ご苦労様でした、あんな性格ブスの後ろ歩いてるの」
「でももう慣れっこだよ。それに理絵子もいるし!」


ホントにいい奴だなぁ、と三浦は心から関根のことを尊敬した。彼女とは小学校が違ったので、詳しいことは余り知らないのだが、関根と飯塚理絵子(女子1番)、そしてほんの1年前までは日高かおる(女子11番)も一緒に服部綾香の後ろをついていた。別に金魚の糞というわけではない。しかしただそれだけで彼女達は生きていける(と言うのはいささか大げさだが)。
親が服部の親の会社の系列で、頭があがらないらしい。たったそんな些細な理由で、あの五大性格ブスの1人、服部の後ろを半ば尻拭いのように歩いている。他人が聞いてこんなに馬鹿らしいと感じるのだから、本人達はもう彼女に愛想を尽かしているだろう、と思われがちだが、実際は違う。彼女らは想像以上に親しみを込めているのだ。しかし、ほんの少しだが。それは元々関根たちが優しい子だからだろう。遠藤雅美(女子2番)のような導火線が短い人間ならば、半月もしないうちに喧嘩すると思われる。実際、すでに遠藤と服部は仲が悪いが。
三浦はひざを折り、地面に膝をついた。


「ほら、のりなよ」
彼の広い背中が見える。関根は困惑した。
「足痛いっしょ? 俺が背負うよ!」後ろを振り向きながら、彼は言った。
「え、でもダメ。あたし重いし!」
「だーいじょーぶだいじょーぶ」
「や、ダメ! 絶対重い! それに足も痛くない!」
嘘ばっかりーと三浦が立ち上がって笑う。その屈託のない笑いは関根にどこか吉沢を思い出させる。彼女は知らず知らずに涙ぐんだ。
「えっ?! ど、どうした空!」
その様子を見て今度は三浦が困惑した。自分が泣かせたのなら男として最低だなぁ、とも思いつつ彼女に寄る。


「ハル……」しゃくりあげながらつぶやく。
「けぇたぁー、じゅんいちぃー、りょうやぁー」
三浦は頭の上に疑問符を並べた。一度頭の中の情報を整理して考えてみるが、どう考えても自分のクラスや他のクラスにそんな名前の人間はいない。ましてや男ならなおさらいないということが確実にわかる。なんだろう、と考えた次の瞬間、あっ、と三浦は口から漏らした。

――そうだ、空はアイドル歌手が好きなんだっけ……。口を押えて今のうめき声が聞こえなかったか心配した。関根は今はやりのアイドル歌手、ウイングスがお気に入りだそうだ。いつも嬉しそうにウイングスの写っている下敷きを見て笑っている。そんな乙女心にいささか理解不能な三浦にとっては、吉沢を右にして同時にため息をつくばかりだったが。
「大丈夫だって、ハルはあれだろ、待ち合わせしてるんだろ?」
「あえないよぉー、きっとハルは……」彼女はそれ以上は言わなかったが、何かしらつなげようとした言葉がいくつか候補として出てきている。
「大丈夫、ハルは絶対に生きてる。今頃海で魚追い掛け回しながら空のことを探してるよ」
「あたしは魚の次ー?」
「嘘、嘘」
「私に嘘をつくなんて100万年早いのよ!」
しばらく2人が黙った。そして、同時に噴出して笑う。


「あっはっはっは! ほーんとそっくり! ヒステリックそっくりだし」
こういういたずらな態度を取るとき、彼女は必ず主人である服部の真似をする。それを見せ付けられた暁にはさすがに笑うことしか出来ない。やはり長年の付き合いがあるのか、かなり似ているのだから。
「ハルが空を好きになんのもわかる気がしてきた、ホント。ていうか元からしてるけど!」
いきなり変なことを言われたので、関根は顔を真っ赤にして軽く三浦を小突いた。
「う、うるさーい」
「照れた?」
「いいの!」
三浦の親友であり同じ部活仲間の吉沢は、めったに女子の前で話したりすることがない人間だった。だが、関根と出会うことで、三浦から見る限り吉沢は変っていた。彼女と話すのがとても楽しそうに見える。2人の間柄を詳しく聞きだしたわけではないが、何かしら共通の趣味でも合ったのだろう。2人はとても楽しそうだった。


「そいじゃー、早いとこハルに会いに行かないとな!」
「イサ君も一緒にいってくれる?」
「俺はかぼちゃの馬車ですから。12時になったら消えるぜ」
「ええ!」
もう一度三浦はしゃがみこみ、関根の背中に乗るように促した。彼女はためらいながらも、ゆっくりと体重をかける。三浦が立ち上がった。
「わっほーい、やっぱ空軽いって!」
関根を背負ったままくるくると回転した。軽く彼女が悲鳴を上げたとき、三浦の動きが止まる。
「じゃ、地図持っててね。多分このまま西に行けばいいんだと思うんだぁー」
右手にコンパスを握って、三浦は歩き出した。



「ねぇ、イサ君。沖縄の海、行ってみたいね」
歩き出してからしばらくたったころ、関根が三浦の耳元で小さくつぶやいた。
「沖縄ー?」
「うん。あたしと、ハルと、イサ君で、沖縄のきれいな海、見に行こうよ」
どこか元気のない言葉の裏側には、叶うことのない希望が隠されていた。
「ハルも空も、海が好きだなぁー」
笑いながら、それでも心の中では否定していたのかもしれない。だめだよ空、生き残れるのは、独りしかいない。それが、プログラムなんだから……。しかし三浦は関根を背負って歩いている。彼女と足となる人間が、こんなことでへこたれていていいのだろうか。
――いいや、いいわけない。そんなことしたら、俺がハルに殺されるぜ……。そんなことを考えながら、2人は吉沢にあうために海岸へと向かっていた。



残り26人


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