出会*Appenato


時計の針は既に午前9時を指し示し、太陽は明るく空に輝いていた。今日は小春日和だ、そう感じる3月13日。あのまま何事も無ければ今頃学校で卒業式の練習をし、午前中授業でさっさと帰路についていただろう。他愛もない雑談を交わし、隣に座っている人間の執拗な誘いを断り、家に帰って読みかけた本を読む。いつからそんな平凡な日常にあこがれ始めたのだろうか。
柏崎佑恵(女子3番)は分校がよく眺められるC-07エリアにいた。そのエリアにある道の終点から少し西に行ったところに身を隠して、じっと視線の先にある分校を眺めていたのだ。彼女は視力がいいので分校の周りにいる兵士の数がくっきりと見えた。
――このままでは何も出来ない。分校を見たまま、物陰に隠れていた。先ほど何発か銃声がしていたし、誰かの叫び声のようなものも聞こえた。しかしそれは近いところではなかったようだが、確実に誰かが、そこで銃撃戦をやったのだ。
――地理的で言えば市村翼(男子3番)は佑恵を探すという方針でニアミスをしていたのだ。あのまま南下していて奇跡が起こったならば、彼女と会ったことが出来たかもしれない


元はといえば柳葉月(女子15番)に出会ったことからしてまったくの計算違いであった。極力誰にも会わず、手を汚さず、優勝すること。これが彼女の今プログラムでの方針でもあった。生きて帰ることこそがすべてである。
しかしその不運な出会いによって、偶然にも武器を入手することが出来た。その代わり柳は完全に我を失い、佑恵がついた嘘のとおりに土屋若菜(女子7番)を探しに行った。そのとき彼女はこう思った。人間とは、なんと単純な生き物だろう、と。
その出会いのあとすぐに佑恵は移動し、いい物が眠っているという住宅街も完全に通り過ぎてここにきた。目的はただひとつ。回避だ。
もう人とは出会いたくない。無駄な気を使わなければならないからだ。誰もが柳のように自分の言ったことを鵜呑みにし、離れてくれるわけではない。それに死者がでていることからして、誰かしら殺そうとしている人がいるのだ、このエリア28では。完全に隔離された監獄。その閉鎖された場所の中で人々を戦わせるのは、まさにバトルロワイアル。

最高の場所じゃない、ここは。

皮肉を込めて佑恵は嘲笑した。32分の1の確率でここから生きて帰ることが出来るのだ。その確率に入らなければならない。しかしこの確率は場合の数が皆等しいわけではない。強いものが勝ち残り、弱いものは死んでいくのだ。もちろん例外はあるが。
時間が経つほど、さまざまな思考が頭を巡った。佑恵は身体を動かさずに、じっと分校の兵士の様子を見ながら、考え込んだ。


もし、自分が優勝したならば、どうしてくれよう――そういえばプログラムの優勝者には一生分の保障が付き、総統のサイン色紙がもらえ、強制転校となるという風に習った気がする。毎年50もあるプログラムの一人一人に一生分の保障とは、この国もたいした予算が出てくるものだ。佑恵はその一生分の保障をすべて受け取り、よくしてくれた叔母に恩を返し、両親の墓を立派にしてやりたかった。

懐のポケットに入っている小型の銃コルトD・Sの感触を制服の上から確かめる。右手には鉄パイプ状にしてある4分裂多機能ヌンチャクを握っている。いつでも何かするための準備は万端だった。



しかししばらく経った後、異変は突然起きた。それはまるで真夜中に寝ているとき地震が起きたような驚きと、ホラー映画を一人で大スクリーンで見たときのような恐怖を混ぜて出来たようなものだった。
「だめだ! 早まっちゃだめだ転校生!」
後ろからぐいと肩を引かれ、抱き寄せられた。
何が起きた?!と考える前に、目の前に入ったのは茶色と黒を掛け合わせたような髪の毛だった。このクラスで2色の髪の色を持つのはたった1人しかいない。いつも笑顔を絶やさない可愛い子、として巷では人気の相澤圭祐(男子1番)だ。
「自殺なんて考えちゃだめだ! 生きてれば絶対なんかいいことあるって!」圭祐は正面きって佑恵に言った。

佑恵はぽかんと口を開けたまま目の前にある圭祐の顔を穴が開くほど凝視した。その顔はいつもの笑顔とはまた種類の違う真剣な顔つきがあったが、それでもさも彼女が今にも自殺しそうだったということをほのめかしている彼が、とても馬鹿らしかった。
言うまでも無くそんな気はまったくない(むしろ逆だ)。彼女にとって圭祐の言っていることがまったく理解できなかったのも頷けるだろう。


「大丈夫!俺が――」
「ヂュー コウ!!(黙れ!)」
佑恵は圭祐の言葉をさえぎり、その2色使いの髪の毛をわしづかみにして乱暴に地面に叩きつけた。引っ張られた圭祐は「いってえ!」と叫んで体勢を崩し地面に転んだが、同時に佑恵も地面に身体を伏せた。


バァンッ!!
突如、銃声が鳴り響く。圭祐はその音を聞いて表情を変えるが、佑恵にいたっては始めからわかっていたような顔つきをしていた。
バァンッ!!バァンッ!
今度は2発の銃声がした。その音が切れるのを聞いたあと、佑恵が乱暴に圭祐の襟首を引っ張り、走り出した。
「パオ!(逃げろ!)」
そう佑恵は言ったが、圭祐はまるで宇宙人と会話をしているような面構えで、混乱しているように見えた。そんな圭祐をほとんど無視し、彼女はそのまま圭祐を引きずりながら森を駆け抜ける。無茶な体勢のまま走る圭祐をよそに、佑恵は前を見続け走っていた。



「転校生! さっきから銃声が……!」
「千田亮太! 千田がいた……!」
やっと彼女の速さに追いつき体勢を元に戻した圭祐は、走りながら佑恵の言葉を聞いた。それを聞いた瞬間は、銃声を聞いたときと同じような表情をする。
「千田が……? ハハ、まさか」信じられるわけが無い、という調子で圭祐は言葉を濁す。
「別に信じるも信じないも自由。そこにいて餌食になったって、別に私は構わない。むしろその方が嬉しい」
佑恵は後ろをちらりと見た。後ろには圭祐の姿が見え、その向こう側には人影が見当たらない。



――やっぱり、あれは千田だったんだ。
まだ彼女が分校のあるエリアの隣のエリアでうずくまっていたころ、銃声が聞こえた。その後30分から1時間弱ほどしたころに、千田亮太(男子10番)の姿が偶然見受けられた。ちらりと見えた彼の姿は、まるで狩りをしたあとの猛獣のようだった。白い制服は真っ赤に染まり、その目は殺意の情熱に燃えている。もちろんその場から逃げることは簡単だったが、上手く銃が扱えない佑恵に対し、千田はおそらくその点についてはお手の物だろう。撃たれて死んでも、文句は言えない。だから彼女はずっとうずくまり、時が経つのをずっと待っていた。千田は飽きっぽい性格があるのでここは正念場でもあったし、根比べの場所でもあった。
しかし、結果的には相澤圭祐という邪魔が入り、あえなくその根比べは佑恵が負け、千田が勝った。しかしその負い目が今、こうやって銃声となって彼女達に襲い掛かる。


――邪魔さえ入ってなければ、いくらでも勝てた勝負なのに!
もちろん、千田と面と面向かって勝負を吹っかけたわけではない。しかしこうやって根比べの勝負をしているとでも思っていなければ、いつ死ぬかわからないので気が気ではなかった。
「俺に、死ねって?」
いつものテノール声がいきなりバスに変った。低く、重苦しく、どこか言葉だけで威圧感を与えられるような声が、佑恵の後ろ側から聞こえてきた。走りながら振り返るとそこにあった笑顔は消え、曇った目つきの強い表情が代わりにそこに張り付いていた。彼女は何か背筋にゾクリと来るものを感じ、息を詰まらせた。
と、同時に銃声がやむ。佑恵は顔だけ後ろを向けたまま速度を落とし、足を止めた。それでなくとも大分走っただろう。


「おま……え……」
いくらでも反論は出来るはずだった。別に男子に嫌われようがそういったことはまったく関係なかったので、思ったことは常に口に出していた性格だ。今回も罵声を飛ばすくらいお手の物のはずだった。しかし、今の佑恵にはそれが出来ない。今まで見たことも感じたことも無いようなものが彼女を襲っていた。
本当に、相澤圭祐か?――しかしそう思った次の瞬間、彼の顔からはいつもと同じ、天使のようなかわいらしい笑顔が浮かんでいた。
「よかったー、逃げ切れたな!」
拍子抜けするほど明るい声がし、佑恵は驚いた。今見たものが嘘だったかのように彼は明るく振舞う。しかし、どこか笑顔に曇りがあったような気がする。――見間違いか。佑恵はため息をついて、今度こそ本題に入ろうとした。


「愚蠢!!」
「……え?」
「馬鹿ってこと!ホント、どーして私の邪魔するの?何か私に恨みでもあるの?!」
「え、や……えっと……」
今度は圭祐が佑恵の威圧に驚く番だった。二の句が継げない圭祐を尻目に、佑恵はとにかく言いたい事をすべて撒き散らしたい一身でとにかく浮かんできたことはすべて言った。
「それに誰も自殺しようなんて思ってない! アンタの勝手な早とちりで私死にそうになったのよ?! もしあの時私が死んでたら私一生アンタ恨むわ! 八代先まで呪ってやる!」
こぶしを握り、まっすぐに圭祐の目を見つめながら佑恵はまた続けた。


「千田が飽きたからよかったものの、このままだったらもちろん私達は千田の餌食よ! そんなの私絶対に嫌だ! 冗談じゃない、私はアンタと違って生きる理由もあるのよ! これまでだってずっと生きるために奮闘してきた! なのに、全部、全部あんたの所為よ馬鹿ぁ!」
言い終わると佑恵は肩で息を切らしながら圭祐をにらんだ。
するとすっと音も無く圭祐の右腕が上がる。驚いた佑恵はすぐに身構え、足元にあった鉄パイプ状にしたヌンチャクを蹴り上げて手につかんだ。

「何よ、やる気なの?」
彼女の質問もむなしく、圭祐は手を止める気配無く動かし、そっと彼女の肩に置いた。
「……何?」
身体に触られたことで虫唾が走ったが、それでも先ほど見た(見間違いかと思ったが、実際はそうでもないようだ)ようないつもと違う表情を浮かべられると、なんだか無性に身動きが出来ないのだ。


「ちゅーして欲しい?」
「はぁ?!」
圭祐は表情を一変させにんまりと笑った。あっけにとられたように佑恵は大して背の変らない圭祐の顔を凝視する。見れば見るほど、彼の顔についている仮面がはがれていく気がした。
「バカかお前……」
言い終わらないうちに肩をぐっと引き寄せられ、額に何かやわらかいものが当たった。




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