逆上*Agitato


D-05エリアにある住宅街。そこはどこか自分達の住んでいた住宅地に似通ったところがある場所だった。それが東西におよそ600メートルほど続くのだから、隠れるための家はたくさんあった。
その中の一軒に、日高かおる(11番)はずっと身を隠し続けていた。思えばあの分校を出てからと言うものの、仲のよかった飯塚理絵子(女子1番)関根空(女子5番)を待とうとしたのだが、運悪く千田亮太(男子10番)に見つかってしまったので、命かながら逃げてこの住宅に身を隠していたのだ。
一軒家なのだが作りはこれと言って複雑なものではなかった。どうやら青沼聖(副担当教官)が説明していたように、ここはリサイクルされた場所らしいので、いかにも人が住んでいたように作られている。家は荒れていたので、もしかしたら過去にここで誰かが死んだかもしれない。そう考えると日高は身震いした。


しかし特に移動するともなく、ずっとその一軒に身をとどめていた。移動するにも生まれつき小太りな体質なのですばやくは動けない。誤って誰かに見つかってしまえばそれこそお陀仏だ。
――隠れなきゃ。
隠れて、隠れて、隠れとおして、そのあとのことはそれから考えようとしていた。幸い禁止エリアも近くに分校があるだけで直接ここは関係ない。それに意外にわかりやすい地理なので引っかかることはないだろう。
さすがに逃げてきたことで飯塚や関根と合流できないのは不可抗力だった。元々気の弱いほうだったので彼女らと合流しなければ、とは思ったものの、やはり怖気付いて身をすくめてしまう。それの繰り返しがもう何時間も続いていた。
恐怖感からか、時間の経過はまったく気にならなかった。支給された時計の秒針が動く音もしたが、余り気にならず時間だけが刻々と過ぎている。



ふと、ガラスの割れるような音がした。
住宅の2階にある一室のクローゼットに身を隠していた日高はびくりと肩を揺らし、こうべを上げた。まさか、誰かが入ってきた……?嫌な思考が広がる。カタカタと歯を鳴らして震えた。
静かにしてなきゃ、隠れなきゃ!
ぎゅっと目をつぶって自分の肩を抱く。しばらく小さくだがガラスの割れるような音がしたり、物が散乱する様な音が途絶えなかった。がたがた震え手に汗をかきながら日高はおびえた。いつかこのクローゼットを開けられるのではないか。そしてあの千田のように笑顔で「死んで?」と言われるのではないか、と。分校のところで千田に笑いながら銃口を向けられたときのことが、今でも脳裏にこびり付いて取れない。あのときの恐怖感がぶり返し、頭の中が真っ白になった。
しかし、しばらくするとその音は途切れる。日高はまた頭を上げて、震える手でクローゼットをあけた。極力音を立てないようにしてゆっくりとクローゼットの隙間から出る。


……よかった、誰もいない……。ほんの少しだけ安心すると、日高はゆっくりと歩き出した。古い家なのか、それとも日高が重いだけなのか。おおよそ後者であろうが床がぎし、ぎしと小さくきしむ。彼女は出来るだけ音を立てないように大またで歩き、ゆっくりと一階に降りてきた。
階段を下りた先には、真昼間だが家の周りの塀や樹木でさえぎられ家の中の光は少ない。半ばホラー映画の中のヒロインのような雰囲気になる。しかし今度の恐怖は怖いだけではない。殺されるかもしれないのだ。気が弱い日高は震えて、今すぐにでも叫びだしここから出て行きたかったが、そんなこともしてられない。どこかに誰かがいるのだから。

ゆっくりと歩き出す。バッグから取り出した支給武器のキャリコ M950を右脇に抱え、周りを見渡しながらもゆっくりとリビングへ向かった。この家の1階は基本的に和風なつくりになっていて、ガラスがある部屋はリビングしかない。もしかしたら誰かがいるかもしれない。その誰かが探していた飯塚や関根かも……。そんな少しの希望を胸にして、日高は歩いた。
リビングに勢いよく入った。だがこれと言って一番初めに来たときと比べて特に変化はない。それよりも窓が割れていないのだ。ゆっくりと窓まで近づいて触ってみる。やはり、割れていない。


……勘違いだったのかなぁー。それはそれでいいんだけれど、とため息をついてもう一度窓の外を見てみる。
日高は目をこれでもかと言うくらい開いた。塀を越えた向こうの道路に、誰かの頭が見えたのだ。彼女はすぐに窓のしたの壁に隠れ、ぎゅっと目をつぶった。高鳴る鼓動を必死に抑えようと、荒く息をする。


「あっはっはっは!!」
笑い声が聞こえた。日高は目をそっと開き、そっと立ち上がった。まだ塀の向こうにある頭はそこにある。
笑って……る?どうして……。
笑い声から判断すると、あの暴力沙汰が耐えない藤原優真(男子11番)の声だとわかった。すぐに日高はもう一度隠れる。交流なんてほとんど皆無に等しい彼だが、やはりクラスメートはクラスメート。聞き覚えのある声に日高は驚いた。何より彼は分校にいた時点で夏葉翔悟(担当教官)にその腕を撃ち抜かれている。大量に血が流れるのを彼女も目の当たりにした。そのこともあってか、恐怖感が更に募る。


彼女は意を決して移動することに決めた。藤原優真がこの近くにいる限り、見つかったなら即刻殺されるのがオチだ。普段からイカつい表情をしていた上に喧嘩なら誰にも負けないと言われ続けてきた藤原だ。一吼えするだけでも日高は驚いてショック死してしまうだろう。
その笑い声が終わってから数十分。日高は恐怖に打ち勝ち、右手にキャリコを抱えながらドアを開けた。キャリコはすごく、とまではいかないが重い。付属の説明書らしき紙の束を見ると、機関銃やら、コンバットモデルやらマガジン、100発の銃弾、ハンマー、トリガー云々。とにかくどこか違う国の言葉を読んでいるような気がして、彼女にはまったく理解できなかった。
それでも持っているだけで十分だ、そう判断してしまった日高。彼女はそのまま家をでた。


道に出ると右も左もやけにあっさりとしたものがあった。人らしい気配はどうやら見当たらないようなのでほっと胸をなでた。
そしてスカートのポケットから取り出したコンパスを見て、東の方向に進もうとしたとき、突然後ろから声をかけられた。
「かおる……? かおるでしょ?」
足がびくんと硬直し、宙に浮いたまま体が固まった。まるで全身の筋肉にいきわたる血が止められたように、体が動かない。かろうじて首だけを後ろまで動かすと、先ほど見た道路と、両端を彩る住宅と、その道に立っている服部綾香(女子10番)の姿を確認できた。

一番会いたくない人に出会ってしまった、と思いながらも日高は半ば混乱状態にいた。確かにさっき見たときは誰もいなかったのだ。もしかしたら細道のところに隠れていたのかもしれない。判断を誤った自分を呪った。
「やっぱりあなたも着てたのね。藤原、すごい音立てて家破壊してたもの」
服部が日高のいた家の正面にある家を指差した。彼女の視線もそれにつられてその家に動く。玄関は開けっ放しでその隣にある窓は全部割れている。さっき聞いた音はこの家からしていたんだ――日高はようやく理解できた。まさか正面の家でそんな大惨事が起きていようとは、夢にも思わなかったからだ。


「あ……あのっ……えっと……」
脇に抱えていたキャリコを両手で抱きしめ、日高は何か言おうと試みたが、上手く言葉が出てこない。逆に服部は緊張感も恐怖感もないのか、いつもの皮肉っぽい流暢な話し方で
「あら、銃を持っているのかしら?」
と言った。
日高は震えだした。――いけない、何か考えている!!――服部が耳元の髪の毛を書き上げるときは決まって何か嫌なことを押し付ける前兆だった。


日高かおるという少女は、約1年前まで飯塚理絵子や関根空と同じように服部綾香のお付の1人としてカウントされていた。もちろん、理由は他の2人と同じく、親が服部の親の会社の系列だから。しかし日高の父親の独立と、あの遠藤雅美(女子2番)の助けもあって、日高はようやく服部のしもべから解放された。
もちろん、飯塚や関根に悪いとは思った。しかし、彼女らの親もここ最近経営が傾いている服部グループから独立する予定でいると言うのを知り合いづてに聞いて、『じゃぁ、皆独立したら3人で遊ぼうね!』と約束した。結局は高校が全員ばらばらのところなのであと1ヶ月もすれば普通に皆自由になれるはずだった。

しかし、2人の親の独立の話もいまだなく、卒業前にこのざまだ。


「すべてを許してあげるわ」
いまどきの少女なら、こんな気取った言葉を言うものは彼女以外にいない。しかしそれでも使っていることは家庭の教育の賜物でもあるし、さらには服部が他の人間とは違うと言う貫禄を見せ付けるためでもある。
「あなたの父親がお父様の会社から独立し、大成功を収めて今では下克上状態になっていると言うこともね」
服部は腕を組んで日高を見下し、そしてふふんと笑った。
「かおる、あなたは私の下にいるべき人間なの。理絵子や空のようにね」
風が吹いた。春先の温かい風のようだ。その風が2人の髪の毛をなびかせ、制服をふわりと浮かせる。今気付いたが、服部の制服はすこし茶色がかっている。あれほど几帳面な性格なのだから、直さないなんてよほど何かがあったのだろう。
だが、日高にとってそんなことはどうでもよかった。今、一番言ってはいけないことを服部が言ったからだ。

「私も……理絵ちゃんも空も綾香ちゃんの駒じゃない! 1人の人間なの!」
珍しく声を荒げて日高は叫んだ。いつになく大声を上げるものだから、服部もすこし驚いてあっけにとられていた。だがまた人を見下すような顔を取り戻し、
「あなたにそんな権利はないわ。会社がどうなってもいいの?」
といつものように決め台詞を吐いた。
しかし服部はわかっていなかったのである。今この状況で、そんな言葉はまったく意味を持たないと言うことを。その点では日高のほうがいくらか学習能力があり、きちんと理解できていた。

「何言ってるのよ! 第一綾香ちゃんが誰に言うって言うの?! プログラムなんだよ、殺し合いなんだよ! 綾香ちゃんが優勝でもしなきゃ……父親に頼ることもできない!」
何かせき止めるものが外れたかのように日高は言った。決して大声ではなかったが、それでも服部にダメージを与えていくには十分すぎた。
「そうだ、雅美ちゃんに殺されちゃえばいい! きっと理絵ちゃんも空も雅美ちゃんがあの分校で言ったことに賛成したはず!」
遠藤の名前が出て、服部の顔が蒼白になった。逆上したかのようにいつものキンキン声を張り上げる。


「デブで薄のろまのくせによくそこまでべらべらと喋るわね身の程知らずが! 恥を知りなさい!」
「別にデブでもいい! 少なくとも高飛車でヒステリックな綾香ちゃんよりは100倍マシだよ!」
「何ですって――」

バァンッ!バァンッ!バァンッ!

いきなり、服部の言葉をさえぎって銃声が3発した。
見る見るうちに日高の顔から血の気がなくなり、ゆっくりと体が傾く。気付いた時にはばたんと道路に倒れこみ、動かなくなった。
「あ……ああ……!!」
服部は後ずさりしながらかろうじて声を出す。足元には真っ赤な、それは真っ赤な血が流れ出てきていた。
日高をはさんで向こう側に、1つの影が出来る。
「は……す……かわ……」
『彼女』はゆっくりと硝煙が立つ銃口を下ろす。そしてゆっくりと服部に近づいていった。
「つか……さ……」


彼女、蓮川司(女子9番)は表情ひとつ変えずに一歩一歩確実に近づいてくる。彼女の右手には拳銃が握られていた。
一度日高のところまで行き、ゆっくりとしゃがみ込むと一瞬だけにやりと笑い、立ち上がった。
「死んでるわ」
くすっと小さく笑い、もう一度拳銃を持ち上げる。服部は今、司が何を言ったのかはわからなかった。
あっという間に銃声がし、日高かおるが目の前で倒れ、そして突如現れた蓮川司が日高は死んだ、と言った。人が死ぬのはこれほどまでに簡単なのか、それとも死んだというのは蓮川のはったりか。2つの選択肢のある問題に、服部は答えを出せなかった。
ただ、目の前であっという間に人が死んでしまったことが、何よりもあっけなさ過ぎた。
「ユダヤ人は、おとなしく処刑されていればいいの」
ただ一言だけ彼女ははいいはなち、その銃口を服部のほうにに合わせた。




女子 11番 日高かおる 死亡
残り24人


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