正当*Doloroso


頭の回転が速く、知恵もある。自分の出来ることをしっかり理解した上で、早期の決断をする。
要領がよくて行動力もある。完全無欠な君の背中に、何か輝かしいものを見た。
あぁ、俺はいつもこの背中にあこがれていた。


「いっちゃん!」
郡司崇弘(男子6番)の声が上がった。叫んだとは言い難くつぶやいたとも言えないこの微妙な大きさの声なのは、やはり周りを警戒していたのだろう。いっちゃんのこと工藤依月(男子5番)は時計を手にしながらずんずんと所構わずまっすぐと進んでいく。コンパスを持たずに時計だけで歩いていく工藤は、先ほど遠藤雅美(女子2番)と遭遇して、別れてから一度も喋っていない。いつもの軽い調子の話し声が聞こえてくるのはいつかいつか、と郡司は内心少しだけ期待していた。しかし、足を止める兆しも見せず、2人は無言のまま南に進んでいった。
大分歩いたものだ。始めから比べたらだいぶ日も高く上がってきている。だが時計を見るとそれほど歩いていないことになる。しかし郡司にとっては、もう何年間も歩き続けたような、そんな幻覚にさいなまれた。

「ねぇ、いっちゃん!」
時々こうして話しかけてみる。これが先ほどから5回続いた。にもかかわらず反応はゼロである。前をそっと見ると果樹園らしき背の低い木がちらほらと見えてきている。地図で確認すれば、この辺り一帯は大型の果樹園らしく、近くには住宅街もある。
「いっちゃんってば!」
郡司は今度こそ、と思い工藤の制服のすそを引っ張る。ぐいと後ろに惹かれた工藤は、後ろを振り向いた。

「ああ、どうした? タカ」
決して悪意は無い、しかし笑うことが出来ないかのように引きつった笑みを見せる。
「え……いや……あの……」
番狂わせだった。確かに考えてみれば今は殺し合いを強制させるプログラムの中。塾では天才と謳われた工藤も人間なので多少気がめいっていてもどうこう言えない。しかし郡司の知っている工藤は、少なくともこんな場所で自我を失うようなやわな人間ではないはずだ。


「あのっ、どうして……」
郡司は視線を地面に落とした。どうしてコンパスを使わないで時計を手に持って、そして結構正確に南に向いて歩いているの?――なかなか言いたい事が言えずもどかしい。考えてみれば本当に些細なことで、くだらないことだった。特に彼を制しさせてまで聞くことではないと思う。しかし、話のきっかけが無ければこれからずっと喋ってくれないような気がして、少なくとも郡司は不安だった。
「太陽に向けて時計の短針をあわせて、文字盤の12と単身のちょうど中央が真南なんだ。北半球ではな」
まるで郡司の心の中を見透かすかのように、工藤はふっとため息をついて言った。それから続けて
「出来るなら今、禁止エリアの少ないエリアの半分より下の方に行きたい。こっちのほうなら首輪が吹っ飛ばされる危険性も無いから、逃げ回ることも可能だ。これから言われる禁止エリアが全部こっちのほうじゃない限りな」
と口早に説明した。確かに今のところエリア28内の陸地では圧倒的に北のほうが禁止エリアの割合が高い。もうすぐある昼の定期放送で南側が禁止エリアに呼ばれなければ、ある程度首輪のことを心配せずに自由に動き回れるはずだ。


「えっ、じゃ……じゃあ……俺たちは何をする……の?」
まだ言葉が途切れ途切れになっている。一瞬自分の行動に何故迷いがあるのか戸惑ったが、そっと口を押えると、空いた手をぎゅっと握った。
「言っただろ? 夏葉を見返してやるって」
それに対し工藤はいたって落ち着きを払い冷静にそういった。工藤が郡司を連れて分校から逃げ出したとき、最後に眼下に広がる水田を見下ろしながら、彼は今と同じことを言った。担任でありながらプログラム担当官の職に付いた、夏葉翔悟(担当教官)に泡をふかせる、と。
「でも、具体的には……」
そのことがあってから、郡司も郡司なりにいろいろ考えてみたがなかなかいい案は浮かんでこなかった。浮かんでくることは来るのだが、技術面と材料の関係によりほとんどが言葉となる前に脳裏で却下されている。しかし工藤にはそれなりに自身があったのか、さらっと言ってのける。
「いろいろ案はある。だけど今具体的に出来るものは1つも無い。だからな、俺はこう考えた」
工藤は辺りを見回してからゆっくりと、座るように郡司に促す。


「その案は1つ、分校に攻撃を仕掛ける。2つ、首輪を解体する。3つ、ここから脱出する」
「脱出?!」
驚いて郡司はつい大声になってしまった。焦った工藤は「ばかっ、声でかい!」と言ってなだめると、しばらく時間を置いて先ほどの説明を続けた。
「ほら、去年辺りにあっただろ? プログラムから脱出したって……。少なくとも、俺たちには知識はある。言っちゃ悪いけど……その辺の中学生とは桁が違うんだ。そうだろう?」
郡司がその言葉にゆっくりとうなずく。プログラム脱出の事件ならまだ記憶に新しい。まさかその次の年に自分がプログラムに巻き込まれるだなんて夢にも思わなかったから、そのときは軽くスルーしていた。しかし、脱出するとなるとあのようになる。全国に指名手配され、この国に居場所は無くなる。もしかしたら家族にも手が伸びるかもしれない。

だが、脱出と聞いて郡司は少しだけ好奇心がうずいた。工藤こそはある鷹は爪隠す状態だったが、郡司はおなじみ学年でもずば抜けた知識を持ち合わせている。技術の授業でやったラジオの作成だってそれほど下手じゃなかった。それにここは島じゃない。北か東、南も他のエリアとつながっている。泳いで渡るわけじゃないからその点は有利だと理解できる。
大体工藤の言いたいことは郡司にも理解できた。ようは、自分達の知恵を振り絞れば何とか分校を襲うことや脱出することも不可能ではないだろう、と言うことだ。


「つまり……逃げたあとの処理もうまくいけば簡単かもしれないってやつだね?」
「そのとおり。だけど問題はこっちだ」
工藤は自分の首についている銀色の首輪を指差す。
「こいつをはずさない限りは、いつでも首が吹っ飛ぶ」
いつに無く真剣な面構えで工藤はゆっくりと話した。
「え、でもこれは禁止エリアだけじゃないの?」
「わかんねえぜ? 3日間優勝者が決まらなかったら生きている人間の首輪が爆発……ってことはこの首輪に時限装置がついているか、あるいは可能性として本部から電波を送って爆発させるかだ。もしあの分校から電波送ってるなら、俺たちは脱出してもひとたまりも無い。下手にいじりゃぁ爆発するしな」
しばらく沈黙が流れた。

「あともう1つの問題点は道具だ」
「道具?」
「そう。何を使うか……ってのはこれから住宅街に行ってみてから決めるにしろ、何か使えそうなものがあるとは限らない」
2人ともうーんとうなって空を見上げる。一羽の小鳥が小さく鳴きながら空を飛んでいった。自由奔放に空を舞う鳥が羨ましいなど、生まれてこの方一度も思ったことがない2人は、どうも苦笑するしかなかった。
「だからこれから住宅街に行って、何かいいものを探そうと思うんだけど……」
「何か爆発するようなものがいいね。たとえば……第1類危険物とかは爆発するものが多いよ。過酸化ソーダなんかも」
工藤は何秒か間を置いた。

「タカ……オマエどっからそんな情報仕入れてきたんだ? 高木か? 千田か?」
「梅雨子でもりょーちんでもないってば! うちのお父さんがそういうの扱っててね」
「……お前の親父さんは素敵だな……」
「そう? ありがとう」
げんなりとしている工藤をよそに郡司は以外に嬉々としている。目的が見つかったからわくわくしているのだ。まるでどこかの冒険アスレチックを抜けていくようなスリルがあった。まぁ、こちらは首が吹っ飛ぶかもしれないと言うリスクつきだが。


しかし、不運は突然訪れた。冒険の前に、一足先に死地を抜けなければならないようだ。
「みゃー」
がさがさと、まるで警戒心のかけらも無いような音がし、猫の泣き声のような声が聞こえた。この場所に猫がいるはずもない。そしてこの声色からすれば、誰か人間が猫のまねをしているに過ぎない。
がさがさ、と地面に生えている草を蹴る音は途切れない。一瞬、がばっと黒い影が飛び出してきた。
突然目の前20メートルほどにあわられた山本真琴(男子16番)の姿を確認する、さすがに2人とも血相を変えた。
彼の手には大きなナタのような刃物が握られているではないか。
「山……本……?」郡司が小さくつぶやく。
突然現れた来訪者に驚きを隠せなかった。山本は首をかたっ、かたっと左右に揺らすと、また「みゃー」と不可解な発言をする。
「おい、なんなんだよ山本!」
おかしくなってしまった。口には出せないが2人とも了解済みだった。いつもはぽっちゃりとした顔を朗らかに緩めていたものだが、それも今では失われもうどこかに吹き飛んでしまった。


「みゃァ!」
彼は刃物を振り上げて一気に走りこんでくる。その速さと言えばいつもよりもずっとずっと早い。ひるんだ2人の足には十分勝っていた。
「タカ、逃げろ!」
ドンッ、と郡司を突き放すと工藤はそのまま山本に向き合った。使いにくそうにグロック19を取り出しぎゅっと両手で握り締めた。
「さっきいた農家だ!」
場所だけ指定して工藤は銃を肩の高さまで上げて山本に向けた。
「いっちゃんは?!」
「俺はあとで行く!」
一刹那置いて「わかった」と言うと郡司はコンパスと地図をすぐに取り出し、低姿勢で先ほど来た道を逆戻りしていった。


郡司の影が遠く後方で消えていく。ゆっくりと身を揺らし、工藤はすこし長い髪の毛を振り払った。
「さぁーて、山本。話し合いといきませんかね?」
グロックの銃身、プラスチックの感触がぎゅっと手に伝わる。浮き出た汗がそのままプラスチックを流れて滴り落ちそうだった。いつもより緊張していることに間違いは無い。普段は言葉一つ一つにそう感情を込めたり頭を使ったりするものではないが、今だけは説得しようと必死に言葉を選んでいた。自分でもいいと思い、なおかつあの状態の山本でも理解できるような簡単な単語を浮かび上がらせる。
唯一安心でいることと言えば、相手がその手荷物ものが拳銃ではないと言うことだ。もし拳銃だったなら、下手に乱射されてあえなく銃殺されるのがオチと言うものである。
「俺は、別に山本を殺そうだなんて思ってないぜ? だから、お前もその刃物、下ろせよ。な?」
自分は拳銃握っといて何言ってるんだか、工藤は薄く笑いながら自分を嘲笑した。
「俺たち、今、すっげぇでかい計画立ててるんだよ。それが成功すればお前も生きて帰れるかもしれない」


いちいち山本の行動を見てから言葉をつなげる。元々サボり魔常習犯だった工藤はクラスと余り馴染みはない。特に小学校の違うクラスメートとはかなり疎遠だった。――千鶴や響……翼、あとはそうだな、勇実やハルなんかだったらもっと説得できたかもしれない。小学校が同じでなおかつ馴染みのある面子の姿が次々と浮かんでは消えていく。

「だから落ち着けよ。あんまりそれ振り回してると、怪我するぜ?」
刃物とは、いいようで悪いものだと言うことがわかった。殺傷力は低いが使いやすいため攻撃しやすい。
「ミャァ」
山本の声と似たような泣き声が聞こえた。一瞬だけ視線を動かし空へとやるとそこには一羽のウミネコが悠々と空の遊泳を満喫していた。
――あぁ、山本は猫の真似してたんじゃなくて、ウミネコの真似してたのかも
今更どうだっていいことだが。
「みゃぁー」
山本は間髪いれずに走り出した。工藤の脚は急に動きを見せなくなる。驚いて筋肉が萎縮したのかもしれない。すぐに山本の刃物が工藤の制服すれすれまで振り下ろされた。
工藤はその刃物をぎりぎりまで見つめる。銀色に光るナタのような、もしくはうどんを切るときに使うような大きい包丁が、太陽の光を反射してまぶしい。目の前にある半分白目をひん剥いた山本の顔が逆光で映り始めた。

よけろ!!
自分でも身体に命令を出すのだが、どうも交感神経が上手く機能していないようで、なかなか思うように身体は動かない。刃物を見つめながら、ぼやけた視界の中であの狂った顔が映る。
「あぶっ……」
ようやく言葉と共に足が後ろに一歩引かれる。振り下ろされる寸前に危なく身をかわした工藤は、すぐに身体をよじって膝を山本の腹部へと向かわせる。
「ぎゃっ」
ドスッ、と言う小さく鈍い音がして山本がうめき声を上げた。反射的な防御からの攻撃への転換。工藤はまた瞬間的に後ろへと飛んで間合いを取った。


「……みゃーぁ、みゃぁ」
しかし山本は怯む間もなくもう一度刃物を振り上げた。ぶんっ、と言う空気を切る音が聞こえる。
「やめろ山本!!」
ドスッと言う音と共に大きな亀裂を作って刃物が地面にうずまった。ジャンプをしてよける工藤はじりじりと、確実に山本に追い詰められている。
「あああああ!!!」
今までにない絶叫と共に山本は工藤のほうへと走ってきた。目の前でまるでホラー映画のゾンビのようなものが自分を殺そうと走り寄ってくる。
殺される……?
そう思うとなぜか時間が長く感じた。一歩一歩、スローモーションのようにして山本が自分に迫ってくるではないか。あぁ、これはきっと幻だ、俺はもうだめかもしれない。つながりのない言葉が、鎖を探して脳内を駆けずり回っていた。

バァンッ!!バァンッ!!


まず、2発の銃声が響いた。




残り24人



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