防衛*Rain or shine


――さっきいたあの農家で。そういって分かれた工藤依月(男子5番)郡司崇弘(男子6番)
郡司はあのまままっすぐ北へと向かい、無事に先ほどいた農家へとたどり着くことが出来た。あたりを警戒してから家に入る。汚れた形跡がないので、どうやら人がいないことはまず間違いないだろう。特にこの家は周りの農家よりも小さく、何か異変があったならすぐわかるような家のつくりになっている。その点は、ここを作った業者のプログラムで死にゆく15歳と言う若い命へのせめてもの慈悲なのだろうか。それはわからない。
とにかくも、郡司は玄関から入って一番奥にあるリビングへと向かう。そこにあるガラス張りの窓から庭の様子がよく見え、明るい日差しも入り込んできていた。しかしそんな明るさとは真逆に、郡司の心は深く沈んでいた。


いっちゃん1人だけ置いてきてよかったのかなぁ。
工藤は突然襲ってきた山本真琴(男子16番)に対して説得するような雰囲気をうかがわせていた。言葉に説得力があるのは確かだが、工藤はあまりクラスになじまなかった(元気のある男子ならまだしろ、山本のようなおとなしいほうなら尚更だ)きらいがあり、その分信頼性がない。しかも山本は意味不明なことを口走っている。もう正常な思考判断ができそうにもないことは郡司にだって見てわかった。
少なくとも彼は学級委員という立場にあったから常にクラスメートには平等に接してきた。藤原優真(男子11番)という荒くれ者の保護者だと言うことだからすこし謙遜されながらも信頼はされていた。どちらかと言えば自分が説得に向かっていればよかったのではないか……?郡司がそう思ってももう遅い。どちらか決めてしまえばそれをただ素直にやるだけだ。とにかく今はこの場所で工藤の帰りを待つ。それだけの話である。


数分待ったかもしれない。いやもしかしたら20分ぐらい待ったかもしれない。やけに遅く感じる時の刻み方に珍しくいらいらしながらも彼は寝癖の立った髪の毛をかいた。やけに髪の毛がべたべたしている、と思えば一日風呂に入っていないことに気付いた。まぁそれも当たり前なのだが、今風呂に入るだとかそういう余計なことはしていられない。ただ、いい方法を考えるのみなのだ。
郡司の父は昔危険物取り扱いの免許を持っていたこともあって、そっちのほうの仕事についていた。だから彼の書斎には第一危険物などの本がずらりと並んでいる。幼い時、その分厚い本を手にとって一日読んでいたこともあった。意味はちんぷんかんぷんだったが、なんとなく知識として頭に入っている。
受験以外で、初めて自分の頭が使える、そう思うと郡司はわくわくしてきたのだ。

今まで、常時生きているときに自分が一番輝いていたのは、受験のときと定期テストのときだけだった。それに気付いたのは試験が終わった後。何もすることがなく、ただなんとなく本を読みふけていた。そんな時、ふと思うのだ。もっと知恵があれば、今本を読むこと以外に何か出来たのではないだろうか、と。
知識の郡司に対し、工藤は知恵だった。先ほどの時計をコンパス代わりにしていたこと、あとは時々空を見て明日の天気を当てる事など彼にとってはお茶の子さいさいで、そんな人生に最も役立つ頭のいい人間に、郡司はあこがれていた。
この何年か、藤原優真の傍らにいながら工藤の事ばかり気にしていた。古くからの絆より、好奇心の赴くままに視線がいく。今思えば、なんとも馬鹿で愚かだったのだろう。こんな未来があるとは知らずに、彼はずっと工藤の背中を見ていられると信じきっていたのだ。


農家にあった一冊のノートを手にとって、その近くにあったペンを走らす。
3月13日。
今日が俺の命日だとしても間違いではありません。俺たちは今、あのプログラムに強制参加させられることになりました。
このノートに逐一つづっていこうと思います。もし俺が死んでも、このノートを焼却せず家に戻して欲しいと思います。
担当教官は担任だった夏葉先生。でも、彼は非常勤の先生でした。だから、ちょっと何か裏でつながっていてもまったく
おかしくはありません。たとえば、夏葉先生が僕らのことを観察するために第五中にきたとか。
すべては想像でしかないけれど、そうでない事を俺は祈ります。
11時38分。いっちゃんを待つE-07の農家にて。

元々筆まめだった彼は、いつも日記をつけていた。そして今、こうやってノートに書きとめておくのも、なんとなく今日あったことを遺しておきたかったからだ。もし、脱出するにしろ、死ぬにしろ、これは貴重なものとなりそうなので、とりあえず郡司はいつものように筆を走らせたのだ。
窓側の場所には日光がたたずむ。ぽかぽかとした陽気に不意に睡魔がよぎった。夜中の3時に叩き起こされたのも原因のひとつだが、いつも最低9時間は寝る郡司にとって、睡眠耐久は何物にもかえられない『耐えられないもの』の1つだった。
何回か目を閉じて、夢の扉を叩くが、すぐに目を開ける。いけない、寝ちゃだめだ。そうとは思いつつも睡魔は容赦がない。睡眠と起床の狭間の一番つらい場所で彼はうろうろし続けていた。


そんな睡魔との葛藤をしばらく続けていた後、いきなり大きな音がした。
ばたんっ!!という扉を乱暴に開けた音だ。びっくりして郡司は飛び起き、玄関まで通じる廊下に身を乗り出した。
「いっちゃん!」
ようやく玄関口に姿を見せた工藤依月を見てホッとため息をついた。突然大きな音がしたのだから、何事かと思ったのだ。
「タカ! タカ、俺……俺……!!」
今までにない動揺を見せながら、彼は郡司の肩を強くつかんだ。
「山本を……やま……もとのこと……を」
カタカタと歯を震わした。ゆっくりとだが指が小刻みに震えている。郡司はただならぬ雰囲気を感じ、眉をひそめた。すると工藤の制服が視界にはっきりと移る。腹部の辺りは、返り血で真っ赤になっていた。
「俺が殺した! 山本をこの手で殺したんだ!」
「……え?」


話はさかのぼる――


「あああああ!!」
発狂した山本が工藤に向かって大型の刃物を振り回してきた。それでなくとも工藤は先ほど何回か切られそうになっている。恐怖感は更に倍増した。
カタカタ、と足が震えている。目の前たった3メートル、2メートルと2人の間が徐々に狭まっていく。彼は右手につかんだグロック17をぎゅっと握り締めた。
バァンッ!バァンッ!
耳をつんざくような銃声がする。工藤は無意識のうちにグロックを両手で構え、ポイントを山本に向けていた。意識はしていなかったはずなのにまるで引き金にかけた指がずるっと滑ったように揺れ動く。と同時にまたあの音がした。
バァンッ!!
一瞬、目の前で花火のような閃光が走る。がくん、とすごい衝動がその華奢な腕にのしかかり、骨がきしんだ。しかし、当の工藤に今やそんなことを考え余地は残されていない。

「あ……ああ……」
山本の手からずるっとはものが落ち、地面にどさりと突き刺さる。ゆっくりとだが彼の口からは一筋の血が流れていた。鋭い白目でこちらを見る。
ドクン、ドクン、ドクンと工藤の心臓が脈を打った。決して早くはない、むしろ遅かった。今までになく遅い鼓動。呼吸が止まりそうになり、上手く脳に酸素がいかない。酸素がいかなければ脳は正常に動かない。つまり、正常な判断は望めなかった。

バァンッ!バァンッ!バァンッ!
そんな音が何回も続いた。とにかく工藤は恐怖の余り、無意識にグロックの弾が尽きるまで引き金を引き続ける。元々この銃はセーフティロックが引き金を引くときだけ解除されるので、一番扱いやすい。しかし裏を返せば、引き金を引いてしまえば相手を殺すことになる、と言うことだ。
かちっ……かち……という空虚な音がする。
あの爆音が今度は無機質な音に変ったことで、初めて工藤は我に返った。そして彼は目の前に視線を落とす。そこには、完全に変わり果てた山本の姿があった。


グロック17が全部の銃弾を吐き出した。すべてが山本に当たったのかはわからないが、それでも山本は死んでいる。
「嘘だろ?」
手を口に当てながら工藤はすぐに自分の荷物を掻っ攫ってこの場所へと走り出した。腕に付けている時計とにらめっこをしながら天にある太陽とを交互に見て方向を確認する。
そしてようやくこの約束の地へとたどり着くことが出来た。


――そして今に戻る。



「なぁ、俺きっとどうかしてるんだよ! 笑っちゃうだろ? 人一人殺しといてここまでちゃんとたどり着けるんだぜ? 場所だってちゃんと時計をコンパス代わりにして、地図を見て確認するし、この家に入る時だって周りに誰かいないか確かめてる!」
へなへなと力なく座り込むと、その丸まった背中が震え始めた。
「俺……おかしいよな……」
ハハハ、とかれた声で微笑する。
「いっちゃん!」
郡司はこれ以上そんな背中は見ていたくなかった。どこまでも前を向き、時には空も見上げ、自分の能力と相手の能力を把握して数歩先まで状況を予測し、豊富な知恵を使って冷静な判断ができる。こんな能力を持ち合わせていながらも使っていなかったというのはまさに宝の持ち腐れだ。
このプログラムが始まってから、郡司と出会ったときに銃声に驚いてとり乱れることもしなければ、その場にとどまると言う危険な行為もしなかった工藤。多少ながら女癖の悪い、だけど元の彼女だった遠藤雅美(女子2番)と対峙した時は彼女の怒りをさらりとかわした工藤。塾にいたとき、一番難しい私立の入試問題をダントツ一番で早く解いて先生をうならした工藤。
弱音など人の前で一切さらさずに、すべて自分の力で解決できた彼は一種の神に近い。


彼はこんなところで発狂するべき人間ではない。それは単なる偏見かもしれないが、彼にまつわるいろいろなことを一番良く知っている郡司だからこそ、そういう視点で彼を見ることが出来た。
「いっちゃんはそんなに弱かったの? 違うよ、山もっちゃんは死んだんじゃなくて、戻ったんだよ。いっちゃんも、殺したんじゃなくて、戻してあげたんだ」
こんなところでいっちゃんは朽ちている場合じゃないんだ――郡司はそればかり考えていた。誰も知らない工藤の本当の能力。ただ、郡司1人が知っていた。
「もどし……た?」
「うん。俺たちだって、ここかもしれないしここじゃないかもしれないけど、いつかは死ぬ。だけど、それは戻るって事なんだよ。僕らがいないときに、帰るんだよ。だって、15年前、僕らはいなかったでしょ?」
「で……でも……」
ゆっくりと工藤が顔を上げた。さらさらと長い髪が揺れて肩に落ちる。くしゃくしゃになった泣き顔が、見ていてつらい。


「前を見ようよ、いっちゃん」
前を歩き、後ろは振り向かず、ただ、道なりにまっすぐ進んでいく。世界中のほとんどの人間は、道なりに歩くことなんて絶対にできやしない。その中でも類まれに自分の道に霧がかかっていない人間というのがここにいるんだ。郡司は自分を納得させた。
もちろん、工藤が山本を殺してしまったと言う事実は曲げられないし否定も出来ない。ショックなことだったが認めざるを得なかった。郡司がこれほど驚いているのだから、当事者である彼はもっと精神的苦痛を受けているはずだが、心の中の痛みまで第三者が知れと言うのは無理に等しい。だからどれほど工藤が傷付いているのかはわからなかった。
それでも郡司は前を見ることを促した。

「いっちゃんだよ、俺たちの頭脳なら脱出だって可能だって言ったのは。そうでしょ?」
暗闇の中のたった一つの光(それも、かなり弱い)と言ってもいい。あの完全なるプログラムと言う体制を崩そうとしているのだ。机上の空論かもしれない、蜃気楼かもしれない。それでも、掴なければならないもの。それは生きる自信。それは前向きな希望。それは不可能への挑戦。
「だから、がんばろう?」
ね?ともう一押しすると、郡司はゆっくりと工藤の肩を叩いた。震える肩がだんだんと柔らかくなっていく。
数分時間が経ったかもしれない。しばらく落ち着きを取り戻した工藤は、自分に言うように何かぶつぶつと繰り返すと、意を決したように立ち上がった。


「……タカ」
「なぁに?」
窓の外、緑の庭が日光に当たってきらきらと光ながら揺れ、光を反射させている。その光に何かまぶしいものを感じながら、郡司はその情景を見て工藤を見上げる。工藤の瞳には何か輝くものがあった。
――これだ、この眼だ。
今でも忘れやしない、あの意欲に満ちたまなざしがあのうつろだった眼に摩り替わって今、工藤の瞳の中にある。
「俺は、こんなプログラムなんていう体勢には反対だ。毎年50のクラスがぽっかり消滅するなんて、戦闘実験もクソもない」
「うん」
郡司は次第に心臓が高鳴っていくのを感じ取った。好奇心がうずくような、はたまた何かいいことがあったような心臓のうずき方。これが快感と呼ぶべきものにふさわしいものかもしれない。


「脱出しよう」
あらかじめその一言がききたくてずっと自分から言い出さなかったのかもしれない。その指導力を感じる瞳の奥、郡司だけが感じることのできる何かが今もゆらめいている。その一言で、すべての計画は固まった。
「俺は、いっちゃんについていくよ」
自分の知っていることをすべてこの人に託し、このプログラムに最高の終わりの鐘を告げよう――深くうなずきながら、郡司は言った。




男子16番 山本真琴 死亡
残り23人



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