背徳*Captive


ここはエリア28のC-06に当たる分校。もう禁止エリアになっているから誰一人生徒は近づくことが出来ないが、それでもむさくるしい兵士が揃っているので、夏葉翔悟(担当教官)はそろそろ飽き飽きしていたところだ。タバコの箱がもう2箱ほど床に散らばってつぶされている。余りにも忙しい時間と暇な時間が整頓されて交互に来るので、暇なら暇つぶしに吸うし、忙しいのなら忙しいことを感じさせないためにタバコを吸う。だからいつもよりもタバコの消費が早い。3カートンほどのタバコを予備の為持って来れば良かったと今更後悔した。
「なーつはせんせっ」
まだこの時代は機械類が未発達だったでコンピューターを動かす際にはファンの音が終始耐えない。そんなファンの音と誰かがキーボードを叩く音が重なって響き合い、奇妙な和音を奏でている中、妙に明るい声が上がった。

「なんだよ青沼、気持ち悪いな」
名前に似合わず無地で真っ赤なパーカーを羽織っている青沼聖(副担当教官)はにっこりと笑いながら近づいてくる。夏葉は耳にあてていたヘッドフォンをはずして青沼を見た。じりっとタバコを灰皿でもみ消す。灰皿はもう山盛りにタバコが積もっていた。
「あの、聞きたいことがあるんすけど、いいっすか?」
笑顔は崩さずに少しだけ声のトーンを落とした。
「聞きたいこと? 何だ、言ってみろ」
「このクラスのことなんすけどねー」
そういって青沼は後ろ手に隠し持っていた名簿を差し出す。


「ほら、郡司君と藤原君、新宮君と市村君、相澤君と森井君、あとは服部さんと愉快な仲間達である飯塚さん、関根さん、日高さん。ほら、なんだか妙に幼馴染とか大親友とか多くないっすか?他にも吉沢君と三浦君とか、遠藤さんと望月さん……」
名簿にいちいちボールペンでマークを付けながら青沼は尋ねた。その質問されている側である夏葉はかったるそうに首を回すと、ハァ、とため息をついて答える。
「牛丼、カツ丼、天丼、親子丼」
それだけ言うと、くるりと椅子を回転させて生徒監視システムの大画面を見上げる。
「え?」
素っ頓狂な反応を示す青沼をちらりと見て、夏葉はにやりと笑った。
「ガキどもに2年の最後のテストに出したんだよ。牛丼、カツ丼、天丼、親子丼。給食に出るならどれがいい? ってな……」
「それで、牛丼ならA組とかっすか?」
「俺は4月の中旬に来たからそのテスト詳しくはしらねーけど、それで決めたんだとよ」
そんな適当でいいんすか?と青沼は小さく突っ込む。そりゃこっちも突っ込みたいぜ、と夏葉は不意に思い出す。一時期職員室でそんなうわさが出たつい先日、今度はどんなネタで行きましょうか、という教師達の話。誰が聞いても疑いたくなるような適当さだが、この学校のほとんどの教師が問題を起こしてこちらに移動してきたと言うので、根性だけは全員似ている。くだらないこと考えるのが天下一品の教師が揃いも揃っていた。


「あ、でもこの学年ってクラスC組までっすよね? 親子丼はどうするんすか?」青沼の質問はまだ続く。
「親子丼選んだ奴は、補充組。少ないところに均等にわけんだよ」
なるほどなぁーとうなずきながら青沼はもう一度名簿を見直す。
「大体2年に上がるときは知らないで選ぶけど、3年に上がる時にはもうネタがわかってんだろ? 大方悪知恵の働くやつらが同じもの選ぶんだよ。だからおんなじクラスになっちまうわけ」
それにしてもなんて適当な決め方だ、と学校自体の方針をいかぶるが、それでまぁ何とかなっているのだから仕方が無い。


「で、何でそんなこと聞くんだ?」
そばに置いてあったタバコに火をつけ、灰皿を近くに持っていく夏葉。うっすらとクマの浮かぶ目を動かして青沼を見た。
「いや、何で先からずーっと蓮川さんの資料ばっかり見て、盗聴記録をもう一度聞いているのかなぁーって思いまして」
今の会話はすべて前振りだ、といわんばかりにすぐ次の話題へと持っていく。夏葉はどきりとした。にっこりと笑う青沼の顔が近づくにつれ焦りが増していく。

「プログラム担当官なら、全員の生徒に平等に対応しろってオレに言ったの、紛れもなく夏葉先生っすよ?」
慌てて机の上に広げている蓮川司の資料をかき集めて「偶然見てただけだ」と言い訳をする。――クソッ、よくそんなくだらないことばっかり覚えてやがるな。夏葉はタバコを指でつまんで息を噴出す。副流煙が夏葉の周りをまとった。今回が夏葉と青沼が共同で出るプログラム2回目だが、その1回目に夏葉は新人への戒めとしてそう言った事をうっすらと記憶している。
「隠しても無駄っすよー、先生、さっきからずっとその資料読んでるのオレ知ってるんすから」
何もかも見透かしたような冷たい眼がその細く閉じられたまぶたから一瞬のぞく。ゾクリ、と悪寒を感じ取った。
それでも彼は何事も無かったようにおどけた調子で
「青沼……お前ほんっと心狭いな。4畳半2LDK並みの狭さだ」
と言う。
「それはどうも。でも僕の住んでるとこは8畳の4LDKっすから!」
青沼はさっと夏葉の手にまとめられていた資料の束を奪い取ると、とんとんと整理しなおしてその場を去ろうとした。しかし、その後ろ背を夏葉に止められる。


「蓮川甘く見てんと殺されんぞ」
そう言い放った夏葉の脳裏にはふっとあの情景蘇ってくる。生徒が全員この分校を出発してから間もないころ、蓮川司(女子9番)という少女が1人だけで子の学校に乗り込んできた。どうやら周りの警備に当たっている兵士によると、武器を全部捨ててまるで白旗を上げたような格好で乗り込んできたらしい。もちろん平和交渉を望んでいた彼女を兵士が下手に撃ち殺すことは出来ない。だから軽いボディチェックのあと暴動を起こさないと言う制約のもとに彼女は分校までこれた、と言うことだ。
分校まで乗り込んできた人間も珍しいが、これほどまでに手先起用に物事を考えられる子供は夏葉にとっても久し振りだった。
それほど、”あの本”が大切だったのか。今は手元には無いが偶然持ってきていたアドルフ・ヒトラーによる我が闘争という本を求めて彼女は単身で敵地に乗り込んできた。ただ、どういう経路から手に入れたのかを聞こうと思ったが、それはあえてしなかった。普通の人間なら、世界の独裁者、世界の犯罪者の書いた絶版書を好んで持つわけが無い。つまり彼女は普通じゃない、と言うことくらい、夏葉は理解していた。
「オレもトトカルチョ、彼女にかけましたから」
この裏側にはイエス、サーという言葉が含まれている。


「あと、郡司と工藤にも気をつけろ。あのインテリ野郎ども、何考えてるかわかんねぇ」
首輪を通して盗聴されていると言うことは生徒に伝えていない。だから彼らが行っている音はすべてお見通しだ。その盗聴記録によると郡司崇弘(男子6番)工藤依月(男子5番)の両者はなにやら脱出を考えているらしい。しかしこれはプログラム、穴などあるはずがなあった。例え他のエリアと陸続きになっていて海を渡る必要性が無いと言っても、当然他のエリアとは金網と首輪と反応するレーザーが張り巡らされているし、その向こうには兵士が立っている。対ショック性、完全防水と来れば有無を言わせずに完全無欠だ。

しかし、彼らは桁外れの頭脳を持っていることくらい元担任である夏葉は知っていた。何せ約1年同じクラスで授業をしてきたのだ。工藤はろくに学校の授業に出ていなくて定期テストも悪い点数だったが、それでも市内にある有名私立進学校からのお誘いがきてる。なんと出席日数、学業の記録、すべてを無視してでもいいからウチにくれと言ってきたのだ。もちろん、プログラムさえなければ工藤は特待生で入学金タダ、授業料半額でその学校に行っていただろう。
そして定番郡司崇弘。こちらの頭脳明晰っぷりは夏葉も嫌でもわかる。授業中は郡司は黙ってろ、と言うしかない状況だって何回もあった。夏葉は知らなかったのだが、資料には父親の職業が危険物取り扱い系のまるで米帝で言うFBIのような職についていることが判明した。少なくともあの知りたがりなら喜んでそんな知恵も吸収しているだろう。
とにかく、夏葉は他の誰よりもこの2人を危険人物視していた。


「郡司君と工藤君すか?」
「そうだ。念のため隣接するエリア27、エリア29、エリア23を警備している兵士を倍に増やせ」
「伝えておくっす」
青沼がうなずいたのを見て、それから時計を見た。11時55分、もうそろそろ定期放送の時間だ。
「それより夏葉先生、もうそろそろ放送っすよ」
電源の入っていないマイクを夏葉に差し出しながら青沼は言う。わかってる、今言おうとしたところだと夏葉は苦々しく言うと青沼からマイクを奪い取って、参考資料に目を通した。
今回はあんまり活躍してないんだな、とやはり蓮川のことを気にかける。青沼がどこかに行ってしまった隙を見て、先ほど取り上げられた資料をもう一度手に取った。

女子9番蓮川司の欄をめくる。中2:7月2日。母親が突然倒れ病院に搬送されるが既に死亡。対処しなかった父親に逆上し刺し殺そうとする。後に家庭裁判所にて少年院行きが決定され、半年強少年院に入る。備考欄には兄弟が多いことが書いてある。
普通の人間だと言えば嘘になる、まるで悲劇を絵に描いたような血にまみれた少女。かわいそうだが、世の中にはこういう普通じゃない人間も居るのだ。


「強いものにあこがれてる、かぁ」
夏葉は昔自分が中学3年生のころに書いた文集と同じようなことを、彼女が自分の卒業作文にも書いていたのを思い出す。
――強い人になりたい。家族が飛び上がるほど強い人になりたい。
少年院から奇跡的に(模範生だったらしい)半年と少しで出てくることが出来た蓮川。だけど彼女がそのとき何を思ってどう行動したのか、第三者である夏葉にはわからない。それでも知りたいと思った。彼女が何を考え、何を憎み、何にあこがれたのか。
正しいことをしたいから強くなるって俺は書いたんだっけな?ぼろぼろの卒業アルバムに挟まっているクラスメートの一言がかかれた文集のなか、夏葉翔悟の欄にはミミズが這ったような文字でそう並んでいたはずだ。

――だけどな、蓮川。この世界に最強は無い。ヘタすりゃ銃弾一発でジ、エンドだぜ?
青沼が分校の教室にて殺害した有馬和宏(男子2番)は、3発でその玉の緒を引き裂かれた。所詮拳銃の弾なんて当たれば死ぬ。待ったはきかないこの勝負に、お前は勝つことが出来るのか?
世は暗闇明日は未知。誰が優勝するかわかんねぇんだから、ちゃんとやれよ、ガキども。彼自身が言った言葉が思い起こされる。強い人だって、運に負けりゃ弱いものに殺される。本当にわからない、このプログラムと言う世界は。現に、あるプログラムではいじめっ子が最強になったり、道理がかなって不良の奴らがばっさばっさ人を殺していくパターンもあれば、普通の一般平凡人が優勝することだっていくらでもありうる。

こうして分校の隅っこで1人の生徒に肩入れしても、所詮期待にしか過ぎないんだな――夏葉は今になって兵士達がトトカルチョに参加した意味がわかった気がする。本当にわからないのだ。このプログラムの結果は。強い人間が生き残るなんてわからない。逆境に落とされた人間が優勝するとは限らない。それがわからないから賭ける意義があって、スリルがあるのではないか。
――くだらない。所詮面白半分だろ。と嘲笑する。財布の中身がさびしい夏葉にとって、トトカルチョなど桁が多すぎる単位で行われているものは、雲の上の世界だ。レイズの前にベットすることも出来ない。


がたっ、と椅子を動かして立ち上がる。放送の時間が刻一刻と迫ってきた。立ち上がって鉄板でふさがれた窓をじっと見る。灰色の何もない世界の向こう、窓に映ったもう1人の自分が姿を現した。まぁ、相変わらず不健康そうなツラしてること。ちょっとお兄さん、そろそろ外見を変えないと40代に見られますよ?あなたまだ29でしょ?
時計の針が12時を刺した。
「あー、マイクテス、テス、テス。こちらC-06エリアの分校より夏葉翔悟担当教官ですよー。うらーガキどもー、生きてるかー?」
窓の奥でスピーカーが島全体に向かってこだましているのが聞こえる。教室内でも、夏葉の声が寂しく反響した。


残り23人


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