時間*Opera seria


トラクターを入れるような添えつけられたプレハブ小屋。重苦しい雰囲気の中、市村翼(男子3番)新宮響(男子9番)の2人は一言も喋らずうずくまっていた。彼らの頭の中には上条達也(男子4番)が頭部を撃たれたときの銃声が、まるでボクシングのゴングのように大きく絶えずこだましている。普通に生きてきた彼らには余りにショックが大きすぎた。
彼らはその場から逃げるために翼の指示の元、一旦農家が立ち並ぶところまでやってきた。先に翼がたどり着いて、10分ほどしてから血相を変えたままの響がようやくたどり着いた。重い足取りのまま2人は周りを警戒してある小さな小屋に身を収める。それがここ、E−07の右上に当たる農家に添えつけられたプレハブ小屋だ。


友達を見殺しにして逃げてきた。これは学校で嫌な仕事を押し付けられたときに誰かに代わってもらい、あとでゴメンで済むようなものではない。死んでしまったのだ。この世からいなくなってしまったのだ。いつもは適当にあしらってきた死という存在が、負荷をくわえ余計に重く2人にのしかかる。
ぼやけて映る視界の向こう、部屋の天井には蜘蛛の巣が張っていた。相当使い込んだ会場なのだろう、でもせめて掃除ぐらいはして欲しいとその蜘蛛の巣を見つめる翼はふと考えた。そのまま視線を3メートルほど離れた場所で体育座りをして微動だにしない響まで持っていく。相変わらず、合流したときと変らないうつろな目で床の古いフローリングを眺めてはため息をついていた。

特にこれといった用件がないから今まで声をかけなかったにしろ、やはりいつもうるさいくらいに喋っている翼にとっては1分の静寂も耐えられないらしく、何かを喋りかけようとして響のほうを向くが、結局言葉にならずまたうつむくということの繰り返しばかりしていた。
『あー、マイクテス、テス、テス。こちらC-06エリアの分校より夏葉翔悟担当教官ですよー。うらーガキどもー、生きてるかー?』
かすかに耳を動かす声が聞こえた。このやる気のなさそうな聞きなれた声は夏葉翔悟(担当教官)以外にありえない。このエリアにはいくつかのスピーカーがついていて、そこから定時放送が聞こえてくる。今回もその定時放送の時間のようだ。翼は立ち上がってプレハブ小屋の窓に身を近づけ、音がよく聞こえるようにした。響もその音に気付いたのか、バッグから地図と名簿、そして鉛筆を手際よく取り出す。
『ほいじゃーさっさと禁止エリアとか言っちまうから、ちゃんと地図とか名簿とか出せー』
その音がエコーになって何重にも響いて聞こえる。


『じゃ、先に死んだ奴の名前呼ぶからなー。男子12番羽田拓海ー。男子4番上条達也ー。女子12番町田睦ー。女子11番日高かおるー。男子16番山本真琴ー。んまぁ、こんなとこだ!』
そういいきってから夏葉は確認のためもう一度名前を読み返す。余りにもあっさりした口調でまるで毎朝行う健康観察を思い浮かばせる声色が、翼にとって眉間にしわを寄せざるを得ない放送だった。
6時間で5人のクラスメートが死んでいった。その中には部活が同じで仲のよかった上条達也の名前も連なっているではないか。そう、目の前にいながら見殺しにしてしまった友達の名前がそこにはあった。クラスメートは彼だけではない。たしかに他の羽田拓海や町田睦、日高かおる、山本真琴の4人は余り目立った子ではなく、どちらかと言うとおとなしいほうに分類されていたので余り話したことはない。それでも彼らは人間なのだ。そう簡単に命を奪われていいはずがない、と翼は奥歯を噛み締める。
黒く塗りつぶされた名簿を見てため息をついた。もしかしたらいつか自分もこの黒い場所へと葬り去られそうだからだ。


『いいかーガキどもーメモったかー? じゃぁ、今度は肝心の禁止エリアだー』
翼はちらりと横目で響を見た。すると彼は先ほどとは体勢を変え黙々と地図を凝視している。
『今が昼の12時! 13時からはH−07、15時からG−09、そいで17時からはD−01だ! オッケー? くれぐれも禁止エリアに引っかかって死ぬなんていうアホくさいことはするなよー、慎重に行動しろー!』
夏葉の放送どおりに地図に印を書き込んで、時間も付け加えておく。翼もボーっとしている暇はないと思い、響同様地図を広げて禁止エリアを書き込んでいった。地図に書かれたまばらな黒い四角が徐々に徐々に行動範囲を狭くしていく。元々狭い場所なのに更に狭くなるのか、と憂いは止まらない。
『ガキども、これは元担任である夏葉大先生からの助言だぞー。いいか、銃を持っている奴ははずしたら死ぬと思え。当たる奴はな、ほとんど百発百中であてること出来るんだよ、才能って奴? 一応火薬はすこし減らしてあるんだ。お前らでも撃てるようにな』
そっと翼は自分のベルトにさしてある支給武器の銃を見た。こいつではずしたなら殺されると思え――か、すばらしい脅しだ。夏葉の演説はまだ続く。


『出来るだけ相手とやりあうときは堀のある部分を探せよ。身を守れなかったら致命傷だ。身体に向かって撃ってくれって言ってるようなもんだぜ? 戦争にいったってそんなやわなことはしねーよ』
「なぁ、翼」
スピーカーから聞こえる声はまだまだ続いていると言うのに、響はその声を割って翼に話し掛けた。
「俺と翼と、大輔と圭祐とー、ナオと工藤でさぁー、今度ネズミーランド行こうぜって約束してたじゃん」
「……あぁ」
ふっと忘れかけていた記憶が蘇ってくる。いかにも日常的な生活の断片だが、今思えばなんとも素敵な思いでだったのだろう。千葉にある国民的アトラクションのネズミーランド。卒業旅行がなくなった今年、生徒達がグチグチと抗議するのに対し自分達で行って来いと言うのが3年教師の口癖だったのを覚えている。
翼と響、そして森井大輔(男子15番)相澤圭祐(男子1番)牧野尚喜(男子13番)工藤依月(男子5番)など、普段仲のよかったクラスメートと共に鬱憤晴らしに是非行ってやろうじゃないか、と言うことで卒業式の次の日に行くことを決めていた。つい先日のことなのに、とても遠い思い出のような気がするのは頭がおかしくなってしまったからだろうか。


「それでさ、俺そのメンツ見て思ったんだよ。翼はサッカーの推薦で高校決めただろ。大輔はその知弁で推薦試験の面接だけで通っちまいやがったし、圭祐はとっくのとうに就職口見つけて……。ナオは公立落ちたけど私立めちゃくちゃがんばって志望校よりもレベル高いとこ行っただろ? で、工藤は才能あるからちょっとがんばるだけで県下1位の私立行きやがった」
「そうだな……」
まるで腰の曲がったおじいさん達が青春時代を懐かしく振り返るかのように、2人はその狭い窓から見える空を仰いでゆったりとした口調で話していた。気付いたらもう夏葉の放送は途切れている。

「俺だけなんだよ」
今までの話し方とは対照的に、何か悲しみに明け暮れた後のような声でボソリとつぶやいた。
「俺だけって……何が?」
「頑張ってないんだ、俺だけ」
響はゆっくりと体勢を変えフローリングに寝そべった。もう1つの窓から入ってくる日差しを全身に浴びながら伸びをする。
「俺は、別にサッカーが上手いわけでもないし、勉強だってできない。でも適当にやってりゃ受かる高校選んだ。でもな、俺こうやってプログラムで転落してようやく気付いた。俺……めちゃくちゃいいとこないし、頑張ってない……」
ゆっくりと腕を上げて、そして目のところへと持っていく。


「ハハ、今更気付いたよ。俺はなーんにも出来ない。たださ、司が設楽を殺したところ見て、そいで上条が死んだところ見て、泣いて塞ぎこんでるだけだ。立ち直って、塞ぎこむのをやめようともしない」
横たわっている響を見ながら、翼は息をのんだ。今までのほほんと生きていた彼が突然こんな気難しい話をし始めた驚きもあるが、自虐的に言う彼の珍しさにも驚いていた。ポジティブシンキングが売りだった彼が、珍しくマイナス思考だ。何年ぶりだろう、今まで覚えている限りの記憶をたぐり寄せるが、響がこうして翼の目の前で多くを語ったことはない。珍しさもあるが、自分のように物事をぽんぽんと整理して気持ちにけじめが上手く付けられない響を哀れんだ一瞬でもあった。しかし翼は心の中で首を振る。響は何も出来ない人間じゃない――小学校からの付き合いなのでたくさんの事を知っていた。翼が今まで足りないと思っていたものは、全部響が持っていたことも。


「心のどこかでは翼になじって欲しかったのかもしれない。でも俺はそんなのに耐えられるような強さはない……。わかんないや、もう。でも……俺……」
目の上においてあるこぶしが一段と強く握られた。それはかすかに震えていたのを隠すためだろう。
「俺はリベロになる」
寝ていた状態から足を振り上げて勢いをつけながら上半身を持ち上げる。ぐんっ、と響の体が起き上がったとき、翼と目が合った。翼の目には驚きが隠されていた。元々ボランチ―守備的ミットフィルダー―かディフェンダーだった響が、リベロ―攻撃も自由に出来る守備―に変った瞬間。それは蓮川司(女子9番)の暴走を食い止めると言う響の目標に、より積極的に立ち向かうという暗示ではないかと感じ取った。決して相手に牙をむくことがなかった比較的消極的な響が、だ。その意外性に虚をつかれて翼は目を丸くする。


「司を止める。翼の……転校生探すっていうこと……無駄になっちゃうかもしんないけど、もちろんいいだろ?」
顔は笑っていなかったが、声に迫力が戻ってきた。翼が2,3秒あっけにとられていると響はその間に立ち上がって窓まで歩き、そこからそっと外の景色を眺める。
「あ……ああ、いいぜ」
いつもの響らしくなくてすこし調子が狂うが、それでも特に困った事態が起こるわけでもないので、ゆっくりと笑顔を取り戻した。
「プログラムってさぁ……もしかしたら死ぬかもしんないじゃん。でもそれってさ、死ぬ気で何かを出来るってことだよな」
「まぁな。……そいで響君は最愛の司ちゃんの暴走を止めるために旅に出るって訳ですか?」
「べっ……別に最愛ってわけじゃぁ……!」響は顔を真っ赤にして翼のほうを振り向いた。
「顔に書いてあるぜバーカ。俺は司が好きだー! ってな。あーあ、まったく見てらんねーぜ」
先ほど取り出した地図と鉛筆、名簿をすぐにバッグの中にしまいこんで翼は立ち上がった。

「おっ、おい、翼。どこに行くんだよ」慌てて響もバッグに荷物をしまいこむ。
「ハァ?! お前何言ってんだよ、死ぬ気で蓮川止めるって言っただろ? 急がば回れだ!」
「……すみません、馬鹿な俺でも解るけど、それ使い方違いません?」
「……行くぞバカぁ!」
自棄を起こして翼はすぐに走り出してプレハブ小屋の入り口に手を掛けた。それでも用心のため周りを警戒し、拳銃をすぐに取り出せる体勢を作って飛び出す。その後ろに響が付いていった。


「なぁっ、翼!」
とりあえず適当な場所まで隠れようとして走っているとき、響が後方から翼に声をかける。
「何だよ、急に佑恵ちゃんが恋しくなったとか言うなよ、俺のライバルなら抹殺だぞ」
「違うって。あの、ありがとな」
その言葉に反応して翼はくるりと振り向いて響を見た。
「相手のディフェンダーひきつけるのは、フォワードの役目だろ? リベロプレーヤー」
また向きなおして前方を見据えた。妙に視界がゆがんでいる。泣き目になっているのだろうか、翼は指で目をこする。
人を何人も殺しておいてから何も知らない無垢な人に人殺しはやめろといわれて、その辺の人間はハイそうですか、じゃぁやめますと言うだろうか。翼はそれだけが心配だったが、響の言った死ぬ気で何かをするという言葉が不安を消し去ってくれた。今では、後ろを走る親友の足音を聞くだけで、何でもできそうな気がした。



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