発見*nowhere


夏葉翔悟(担当教官)が12時の定期放送を流したあと、D−05の住宅地の一軒に潜んでいた蓮川司(女子9番)が家からちょこんと顔を出し辺りを見回した。極限の緊張感にも慣れ、既に周りを警戒することにもいちいち気を使わなくなってきていたみたいだ。始めのころと比べると心臓の鼓動もやや落ち着いてきて、辺りを振り向く回数も減ってきた。
慣れというのは本当に恐ろしい。クラスメートの死人が更に5人追加されたとしても、もうなんとも感じることがなくなった。それは元々司が余りクラスメートと交流がなかったからかもしれないが、どちらにしろ司は元来プログラムになんて興味は持っていなかった。ただ、優勝して強い人間―アドルフ・ヒトラー―のようになりたいだけだった。
説明書を熟読して使い方を理解したキャリコM950を右腕に従えて、たくさんの武器が入ったバッグを左に抱えた。そのまま家を出て一本道路にでて、向かい側の家へと身を潜めた。一応今いた家の窓から隣の家の状況を見たのだが、なにやら普通の家ではなさそうな予感がした。何せ家の窓はほとんど割られている。これは誰かが潜んでいるかもしれないと思い、司は立ち上がった。その右腕に抱えているキャリコが最強の名を示しているような気がしたし、このマシンガンを試すのにもいい機会なので、強さを示すことが出来ると思ったからだ。


ゆっくりとそのドアに手を掛けてすばやく開ける。すると入ってすぐから入り口においてあった壷は破壊されその壷に刺さっていた造花が玄関に散らばっている。更に不信感を強めた司はいつでも引き金を引ける状態でキャリコを構えた。その家の1階はリビング、ダイニング、キッチンと小さな造りだったが、それはむしろ好都合。誰がいるのかを確かめるには都合がよかった。
ゆっくりと靴を履いたままフローリングの床に足を乗っける。まずはすぐそばにある階段から上を見て誰もいないことを確認し、そして右側にあるドアからリビングへと入った。ドアの死角になるところに拳銃を向けるが誰もいない。すぐに向きなおして部屋中を舐め回すように凝視した。玄関も壊滅ぶりをあらわしていたがこの部屋もひどい。瓦礫の一つ一つをゆっくりと確認しながら視線を右側から左側へと移していくと――そこには朝食をとるような机があり、その下に皿などの瓦礫に埋まった人間の色白い足が見えた。

「っ……」
驚きの余り司はついつい声を漏らしてしまう。先ほどの余裕はどこに行ったのやら、彼女の心臓はこれでもかと言うほどドクン、ドクンと大きく鼓動を打っていた。太陽の光が部屋の中に入っているが、司から見て左側――その人間の足のほう――には太陽光はほとんど当たっていない。その真っ白な足だけでも不気味さは格段に上がっていた。
皿の破片やリビングにあったらしい植木の残骸に埋もれたままの体は、外部者が入ってきたにもかかわらずぴくりとも動かない。大体瓦礫の下にうもっているなどそんな物好きなことは人間そうはしないだろう。それなりの覚悟を決めて司は一歩一歩身長に近づいた。これでいきなり起き上がってくれたら心臓麻痺で死んでしまうかもね、なんて冗談交じりに苦笑するが、幸いなことにその身体は動かす気配を見せない。司はゆっくりと瓦礫を崩していった。


「血だ……」
よく見れば周りには血の湖が出来ていた。しかし血は既に乾いていて黒く変色しつつある。つま先でそっと瓦礫をよけると、苦痛に満ちた顔が出てきた。目を思い切り見開き、もう面影もないくらいに変色しているその顔は――町田睦(女子12番)だった。殴られたようなあざの青さが顔全体に広がっている。まるで遊園地のお化け屋敷に出てくる人のようなグロテスクな顔をしていた。
そんなおぞましい顔から目をそむけるとすぐに彼女の手にぎゅっと握られているバッグに目が行った。支給バッグなのだろう、ひもの部分を長く持っているので手が邪魔になってチャックが途中までしか開けられない。司はしゃがみこむとそのバッグを思いっきり引っ張った。動かしたときにぐいと動くその腕の下が、まるでオセロの黒い部分のように真っ青になっている。表側にある真っ白い色と比べると、本当にオセロを思い浮かばせる。

指はかたくなに動かなかったが、それでも死んでいる人間と生きている人間の力の差だ、数秒後にはバッグは町田の手から離れ、司の手へと渡った。
もう一度周りを警戒して、一度バッグを置きキャリコを持ち上げて今度は2回へと足を進める。誰かが潜んでいるかもしれないと言う警戒心が司を駆り立てた。しかしその警戒心もただの杞憂にしか過ぎず、100を超える住宅地のひとつであるこの家には死体となった町田以外誰もいなかった。ホッと胸をなでおろすと階段を下りてリビングへと向かう。腐臭がするが今はそれほど構っていられない。とりあえず原因となっている町田から離れて別の部屋へとうつった。


他の部屋にあったやわらかいソファーにぼふっと腰を下ろす。数秒白い天井を見上げながらため息をついて目をつぶった。それからぐっと起き上がって町田のバッグを開ける。血だらけの表面とは違い中身は整頓されている。一度もあけたことがなかったのだろうか、それともきれい好きだったのだろうか。どちらにしろ司には関係のないことだったが、とにかくも中身を漁った。
こつんと手の先が何かに触れる。それを持ち上げてバッグから出す。視界に張ったそれは司の兄弟、次男の貴正が持っているような小型ゲーム機のようなものだった。しかし、ゲーム機ならディスプレイのところに会社名が書かれているはずだがこれにはない。その代わりに『超高性能情報機』という文字が入れられていた。

「超高性能情報機……?」
なにやらその辺の露店で売ってそうな怪しげなネーミングセンスだが、とにかくその機械の右端にある電源をスライドさせてオンにする。一旦画面がノイズ状態になって、それからピコーンと言う音がした。


☆超高性能情報機☆
この文字が画面に映し出される。それからAボタンを押してねという表示が出たので、言われたとおりにAと書かれている丸いボタンを押した。すると画面の下のほうに長方形の枠が出てきて、その中に文字が点滅して増えていく。
――このきかいは あなたにとって とてもゆうりに なるものです。でんちの しょうもうは はやいですが、きんしエリアとのきょり、いまじぶんが いる ばしょ、ちかくのエリアにいる てき、していした あいての じょうたい などなど、じょうほうは もりだくさん!――
電池の消耗?――一瞬首を傾げるが、それはその機械を裏返しにしたところで解決された。バッテリーのような小さい四角の形をした電池が埋め込まれていたのだ。
文字が次々と現れていくつれて司の中の好奇心がうずいた。ためしに文字が消えたので自分の名前、はすかわつかさのところに十字キーでカーソルを合わせ、Aボタンで決定を押してみる。すると画面の上半分にエリア28の簡易的な地図が出てきて星のところと黒丸のところが重なって浮かんでいた。
「はすかわ つかさ :げんざい D−05 ながしまさんの いえ」
この文字が出てきて、その下に「もっとみる」と言う文字が出た。司は迷いなくその文字にカーソルを合わせる。すると画面がぱっと代わり、「キル:したら せいじ、かみや まひろ、たかぎ しぐれ、ひだか かおる キルド バイ:ノーデータ」とでて、「ぶき:キャリコM950・サバイバルナイフ・ちょうとう・ワルサーP38・そうがんきょう」とでた。まるでRPGに出てくる主人公のステータスを見ているようだ。


もっと調べようとして、キャンセルのBボタンを押そうとした瞬間、中央に電池のマークに×印が書いてあるマークがでた。その下には「でんげんをきって じゅうでん してください」と書いてある。
――もう充電?
半ばあきれ半分に司はため息をついた。しかしここで電池を消耗してしまってはせっかくのいいものが有効に使えなくなってしまう。背に腹は変えられず、司はその機械の電源を切った。
いいところがあればリスクはつき物……か。ソファーに深く座り込んで天井を見上げた。
この機械は十二分に使える。何せ自分のいるところ、持っている武器、相手が誰を殺したかと言うのが手にとるようにわかる。これを駆使すれば早く切り上げて優勝する事だって夢じゃない。それにキャリコM950もそばにある。攻撃的体制はすべて整えられている。とんとん拍子で優勝への階段をかけ上げっている絶頂ではないか。


「……ふふっ」
何もかもが上手く行き過ぎて逆に怖くもなるが、悪いことが起きるよりいいことが起きたほうがいいに決まっていると司は思い込み、もう一度体勢を変えて膝に腕を付ける。
この機械を使って、まずはどのユダヤ人を始末しようか。彼女はそっと、バッグの中に入っている我が闘争の分厚い本を取り出した。貰ったものなのだが大分古い。紙は日焼けしてところどころ破けているが、それでも司の聖書だ。カバーまでかけて丁重に扱っている。

近所に住むドイツ人からもらったものだが……そのドイツ人もこれまたすごい思想の持ち主で、名前をミハエル・エアハルトという。ネオナチの一派で、かなりファシズム思想が強い。彼は今でもアドルフヒトラーが生きていると信じ込み、またドイツに第三帝国を作るべく、似たような体制のこの国に留学目的で住んでいると聞いた。
そんな常人離れした彼とちょっとした機会に出会ってしまった司は、民族を尊重し悪となるものを排除して有能なる人類だけの国を作ろうとしたヒトラーの思想を幾度となく説かれた。もちろん司はミハエルの言うことは夢物語だとわかっていたが、ヒトラーの思想、強く生き、気高き人間だけ残して不要な人類がいない場所を作るという考えに共感した。

それからと言うものの、司はミハエルに我が闘争の日本語訳を頼み込み、熱心に読み始めた。
元はと言えば家庭的には問題があるがいたって普通の女の子だった司が、異常な女の子に変化した瞬間でもある。
我が闘争を手に取り、最初の何ページかを読む。古臭いワープロで打たれた文字だからところどころかすんで入るが何とか読める範囲にある。
ユダヤ人は嘘吐きで、史上最悪の人種である――こんな類のことがつらつらと書かれているだけでも司は十分満足できた。この本を手にして以来、憎むべき父や兄達をユダヤ人に重ねて、自分をドイツ人に重ねてきた。
そしてここに至っては自分以外のクラスメートをユダヤ人と思い込み、自分はそれを排除するドイツ兵と考えている。
不思議と、それだけで精神面はちっともつらくないのだ。


そんな不思議な心地よさを身につけた司はこれからの行動を脳内で確認した。まずは幼馴染であり、母以外の唯一の味方だった(少なくともそれは過去形だが)新宮響(男子9番)の存在を消すこと。かわいそうだがこういった状況になってしまった以上、他の人間の手にかかるよりはいっそ自分の手で天に召さしてやりたいと考えた。
小学校のときからずっと一緒に過ごしてきた響。司にとってはなくてはならない存在だったが、彼女の真の目的と響を天秤にかけると、どうしても響のほうが軽くなる。
この高性能情報機で充電が終わったら響の場所を確認して、早いところ始末しておかなければ。そう考えた。

そうと考えれば早速移動開始だ。先ほど電源を落としたばかりだが、もう一度情報機の電源を付けすぐさま響の詳細を確かめる、
「しんぐう ひびき」のコマンドを選択して「もっとみる」のところでAボタンを押した。
「キル:ノーデータ キルドバイ:ノーデータ」と書かれているからして、死んでもいなければ誰かを殺してもいない。まぁあの優男のことだから人を殺すなんて前代未聞なことは出来ないだろうと司は高を括った。それからコマンドを動かして地図を表示させる。自分の居場所をあらわす星の場所からすこし離れた場所にある農家に2つの黒丸が存在した。……2つ?と司は首をかしげる。急いで響の詳細をもう一度選択した。

「いちむら つばさ と こうどうを ともにしている」と書いてあるではないか。司はちっと舌打ちをした。一人だったらまだしろ市村翼(男子3番)が一緒なら……達成できるものも出来なくなってしまう。何しろ市村は司の苦手な(と言うか嫌いな)人間だったし、運動能力が学年でもトップクラスなものだから、司がいくらすごい武器を持っていようとも不利になる可能性すらあった。現段階では可能性だけではあるにしろ、2人いるという人数的アドバンテージを考慮しなければならない。
しばらくディスプレイとにらめっこをしたまま口を真一文字に結んだ。……と思った瞬間すぐその口元がゆがむ。そして司は情報機の電源を切って充電状態にした。
それから長島邸宅を出て移動する。この辺に敵を示す黒丸は見当たらなかったため、いくらか気持ちよく歩くことが出来た。彼女の目指した先は――海岸だった。



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