離別*Beholder


背中にのる関根空(女子5番)の重ささえも、空気みたいに軽く感じることが出来る。木々を踏みしめて一歩一歩歩く重さがさっきよりはずっと軽くなった。それもこれも俺、 三浦勇実(男子14番)の気持ちが親友の吉沢春彦(男子17番)に会えるということで高揚しているからかもしれない。 もちろん、俺も人間だからこのお先真っ暗なプログラムという要は殺し合いを強制させるだけの状況では、そりゃぁ疑心暗鬼になりかけもしたが、果樹園で偶然に空と会い、そし てさらにはこれからハルと会えると思うと、そんな不安もほとんどどこかに吹っ飛んでいってしまった。
確かに不安はほんの少しだけこびりついていたことは認める。先ほど近くで銃声が2発ほど聞こえたが空耳と思い話題にださなかった。出したとしても不安だけがつのるだけなので意味がない。
「よし、もうすぐ海岸だぜ」
背中に乗る空に向かって約束の地が近いことを伝えた。背中に彼女を背負っているので顔こそは見えないが、きっと表情は柔らかいだろう。空はハルの彼女だけれども、何だか自分に彼女が出来たみたいでその彼女が笑ってくれるだけで俺はうれしい。って、こんな事言ったらきっとハルに殺されるなぁ。いつもは物腰が柔らかくて優しい奴だけど、バレーボールと空のことになると怖くなる。二重人格万々歳。

「早く会いたいな」
ぼそりと空がつぶやく。俺は何もいわずに歩く足の速さを速めた。その言葉に込められた出会いへの期待をそぐわないうちに早く行ってしまいたいとも思った。
歩いている先、そっと目の前の木々を掻き分けると眼下に海が広がっている。他の地域よりは限りなく汚 くて、向こう岸にある別の工業地帯の影も見える。だけど紛れもなく海だ。ただし向こうには監視船が何隻かうろついているが。
「海だ!」
濃いモスグリーンと黒み掛かったマリンブルーの色が交ざりあっている東京湾の海をみて、空は伸び上がった。何匹かのウミネコやカモメも俺たちを歓迎するかのように大海原を鳴きながら飛んでいる。その海の左手のほうには砂浜だろうか、やけに丁寧に出来た人工砂の広場があった。多分コンクリートで傾斜のゆるい土地を作ってから砂をまいたように見える。まぁ平坦な埋立地をここまで変化させたことには敬意を表しておこう。
「よかったぁー、海、着いたね!」
空が明るい調子の声で笑いながら言う。俺も「あぁ」と喜びを隠せない調子で答えた。海さえ見えれば砂浜はすぐそこだ。地図によれば港より南の海岸線はほとんど砂浜だ。となると後は目当てのハルを探すだけ。たったそれだけでハルに会える。
意気揚々とし、早く行こうと俺は空に言おうとしたがその前に言葉が雑音に阻まれて止まった。


かすかだけど、音がした。草が揺れる音、木々がきしむ音。
誰かいる、そう感じたと同時に俺は空を背中から降ろし砂浜のほうに突き放した。まず間違いない。後方の草がひっそり揺れたような気がしたんだ。奇跡の少年みたいに木々の気持ちを分かるとか、そういったものじゃないから断定は出来ないけれども、慎重に慎重を重ねることは悪いことじゃない。
「イサ君?!」
突き放した手の向こう、突然背中からおろされてかなり混乱した表情でこちらを見る。俺は音のほうを見続けながら空に「逃げろ!」と叫んだ。彼女の表情からは見る見るうちに血の気が引いていく。確かに、今までにこやかに笑っていた人がすぐに血相変えて逃げろと言い出す背景には、ただならぬことがあったとしか思えない。おそらく空もそう思ったから顔が真っ青になったのだろう。
「でっ、でもイサ君……」
ためらう必要性すらないのに、空は俺のほうをじっと見ながら言葉をつめた。俺はすぐにでも空に逃げて欲しくて(間違いなら間違いなりに後で追いついて謝ればいい)、真剣な顔つきで口を開いた。
「勇実のイサは勇ましいのイサだ!」
そんなかっこいい台詞何ていうつもりはなかったけれど、なぜか自然と口からでてくる。
「あとで行く! だからハルと待っててくれ!」
そう叫んででまた空の背中を押した。彼女は意を決したようにうなずくとクルリと方向を変えて走りだす。彼女は足をひねっていて走り方は不恰好だけれども数メートル先に離れると短くため息を吐いた。その姿にほっとするやいなや、音の元凶がようやく姿を現した。


後ろ側の木々、おそらく俺たちの後をついていたのかもしれない。今まで歩いてきた道の上、気の影になって足が見えた。灰色のズボンをはいていないことからして女子なのはまず間違いない。その人はゆっくりとその姿を現した。
「や……柳!」
突然音を立てて出てきた柳葉月(女子15番)はしかし攻撃するような素振りも見せずにただこちらをしばら く見たあと「イサ君」と調子抜けなくらいぽやんと言う口調でつぶやいた。彼女はいたって普通の態度を取っていたけれど、俺にとってはそれが逆に怖くて、空からあらかじめあずかっていた銃(モーゼルC96)を構えるとぐっと力を入れて腕を固定した。それでなければあまりにも銃を構えた腕が震えてしまう。
しかし――俺は何をやっているんだろう。相手は茫然とはしているが手に武器をもっていないじゃないか。相手が敵でいくら恐いからといっても仮にも彼女はクラスメートだ。俺が信用してやらなきゃどうするんだ。
そう考えてからすぐ俺は腕を下ろし、それから震える口でゆっくり質問した。

「やっ……柳は何を……するつもりなんだ、これから……」
銃を握る手が震えて汗ばんできている。顔では平然を装いながらも身体はしっかりと恐怖を感じている。しっかりしろ、俺。勇実のイサは勇ましいのイサだ。いつもの彼女ならハイテンション、という言葉がぴったりなほど元気のある女だが、今日はどことなく炭酸の抜けたサイダーのような印象がある。何かが足りない。何かがおかしい。そんな恐怖に怯えている俺をよそに、柳はあっけないほどぽやんとしたまま
「若菜ちゃん探しにいくんよ。転校生がH‐07で見たってゆうてたから、これから行くと ころやったん」と言い切った。
「Hの7……?」
何もなかったように普通を構えて柳は彼女の友達である土屋若菜(女子7番)を探しに行くと答えた。だけど俺はその答えに違和感をもつ。そう、あれは確か12時になったとき夏葉翔悟(担当教官)先生が流した定時放送……その中の禁止エリア のなかに確かそのエリアの名前は連なられていた気がする。


「バッ、バカ! あそこは1時には禁止エリアだぞ! いくら土屋だからって禁止エリアってずっと残ってると思うか?!」
この学年にまつわる五大性格ブスの一員といわれた土屋若菜といっても、さすがにそこまでバカじゃないだろう。時間が来てしまってからそのエリアにとどまれば自分の首が吹っ飛ぶということならなおさらだ。 だけど疑うべきはそこじゃない。転校生のこと柏崎佑恵(女子3番)がそんな間違った情報を流したのだろうか?
彼女、柏崎佑恵は3学期の忙しいときに転入してきたために、俺はつい声をかける機会を逃がしてしまって、今彼女のことをよく知らないという現在に至る。彼女がいい人なのか、悪い人なのかもよく解らない。確か神谷真尋(女子4番)野口潤子(女子8番)の2人組とたまに話していて、市村翼(男子3番)に―理由はよく解らないけど―ラブアタックされていたような気がする。遠くから見ていただけだからよく解らないけど、もしかしたら彼女には『数ヶ月しかいなかったから、別に死んでもいいや』なんていう考えが根強く残っているかもしれない。それだったら偽の情報だって、平気で流す可能性もある。
しかしその情報は混乱している柳にわざと禁止エリアであるところを教えたのか、それとも放送前に教えた場所が偶然禁止アリアになったのか、それは俺にはわからない。
だけど唯一わかることといえば――柳の行動は死に行くようなものだ、ということ。


「禁止エリアになるのは知ってるわ。でも転校生は若菜ちゃんそこにいて、誰かに襲われてたなって言ってたんよ! 今もしかしたら怪我して歩けないかもしれん!」
「俺より転校生信じるのかよ!」
そこまで言われてしまえばついつい口調が強くなってしまう。
「せやったらイサ君は若菜ちゃんどこにおるか知っとんの?!」
そういわれると言葉につまる。転校生の言うことは具体的で俺の言うことといったらただ適当なストップの言葉にしかすぎない。よくよく考えてみれば、俺が柳の立場なら禁止エリアだろうがそこにいるなら探しに行くだろう。
「そっ……それは……」
そう呟くことしかできなかった。


「とにかくあたしは若菜ちゃん探しにいくんだよ! その銃貸して!」
突然、物凄い剣幕で柳は俺が右手に持っていた銃をつかんで掻っ攫うと走りだそうとした。しかし俺もそこでぼけっとしているだけの男じゃない。すぐに柳の腕をつかんで走りを止めた。彼女は振り向きざまに叫び(まるであの服部綾香(女子10番)のようにヒステリックな)、そして次の瞬間――


バァンッ!!

爆竹がまとめて100個くらい爆発したような音と、燃えたぎる鉄を素手で触ったような熱さと痛みが全身を貫いた。あっという間のうちに身体が腹からくの字におりまがり、2、3歩後ろによろけた。うすぼんやりとした視界の奥、柳が銃を手にして震えているのがわかる。
撃たれた――そう感じる前に身体が言うことを利かなくなってきた。危険だ、逃げよう。そう思ってもまったくといっていいほど身体が言うことを聞かない。
爆音の名残が耳の中で耳鳴りとして残っていても彼女の泣き声が聞こえる。
「いっ……いやああああああ!」
柳は脱兎のごとくこの場から走り去っていく。颯爽とした風が感覚のなくなった俺の身体に吹き付けるが、胸部にぽっくりと出現した穴に集中攻撃しているみたいで銃創が傷む。 足から身体を支えられるだけの力がなくなり膝から地面に突っ伏した。倒れたまま心臓の辺りでどくん、どくんと響く鼓動がどんどん小さく遅くなってくる気がする。


――ああ、俺はこの場で死ぬのかなぁ、と胸から流れていている赤い血を見ながら思った。
こんなにもあっさりと死ぬなんて、戦場では死と隣り合わせであるということがよくわかった。早い、早すぎるよ。俺まだ15だよ。せっかくがんばって高校受かったのに通えないじゃないか。未練?そんなのたくさんあるよ。だってまだ一度だってハルにテストの順位勝った事ないし(つっても、どんぐりの背比べだったけど)、高校のバレー部の練習行ってないし。そうだ、まだ卒業式もやってないじゃないか。
立ち上がろうとして試しに左腕を動かそうとしたが力が入らない。指がぴくりとも動かないようだ。ちくしょう、こんなことじゃあ俺はハル達に合流することすらできないじゃないか――俺の運命を呪った。

偶然にも最悪に柳が撃った弾は致命傷を貫いたようだ。だが攻撃してきた柳に罪はない。なぜなら悪いのはすべて俺だから。俺が信じてあげられなかったから、だから俺は天罰を受けた。プログラムだからって、友達を疑うなんて、それはもう友達とは呼べない。
茶色い土がどんどん色褪せてきて、ゆっくりと視界が狭くなってくる。あぁ、ごめんな、ハル、空。俺、もうダメっぽい。
追い付くなんてて言っておいてもう死にそうだ。
なあ、俺は向こ うで待ってるなんていわないから、絶対くるなよ。来ても俺は歓迎なんてしないからな。


しばらくした後、だんだんと心臓の鼓動がゆっくりになっていくのが感じられた。あぁ、もう、だめだ。そう思うと不意に目の前に花畑が広がったような気がした。ありきたりな想像、不釣合いなほどの死因。
今度生まれ変わったときには、沖縄の海になりたいなぁ。そうしたらハルと空が見に来てくれるから。また、会えるから。
涙が流れているようだ。頬に違和感を感じる。
さよなら、父さん、母さん、兄貴。さよなら、ハル、空。俺は沖縄のきれいな海になってるからな。出来れば…………なりたくないけれども。

しばらく何も考えられない真っ白の時間が流れたあと、そっと目を閉じた。そのあとすぐに思考回路が幕を閉じ、全身の機能が全て天命を終えた。




男子16番 三浦勇実 死亡
残り22人


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