奇矯*Abandon


昔から、遠藤雅美(女子2番)という女荒馬と幼なじみだということで、他の華奢という羊の皮をかぶった偽善者達に疎遠されてきた。だからといってその偽善者であふれている機械尽くしの世界から逃げるために、遠藤と同じ道に走る勇気もなかった。どちらにも転がらず、中途半端なところに残された自分におおいかぶさる上っ面だけの友情も、物心ついて以来約10年ずっと慣れていたし、それによって仲間内でも影の薄い存在であることにも慣れ切っていた。
諸星七海(女子14番)はそんなひねくれた運命すら飲み込んで生活してきたから、特にこんな状況にも動揺する――といってもさすがにはじめは動揺したが長い時間かけて冷静になることができた――こともなく、今までずっと物陰にひっそりと息を殺して隠れていた。もう何回も銃声や放送が流れたりと、時は流れるように過ぎていったが、彼女にとってそれは一瞬の出来事に思えた。
その一瞬の出来事の後、さすがに同じ場所にいるのも危ないかもしれない、という虫の感で移動することに決めた。そこでこの、前方後方一本の農道がある畑地帯を通ってどこか安全な場所に身を隠そうと諸星は考えている。

はじめのうちは殺しあいなんてできない一心で、皆に攻撃をしないように呼び掛けてみようと試みたが、すぐにクラスでの自分の立場を考えて、中止した。考えてみれば特に親友などは遠藤以外作らなかったな、と後悔にも似た感情をもった。つまりその分遠藤に頼りきっていたのかもしれない。
だがそんな孤独の彼女と違って遠藤は工藤依月(男子5番)という大切な人がいる。だから諸星は彼女にとって自分が工藤の影に隠れていないか本気で心配だった。
諸星の性格が暗いわけではない。多少気は弱いところが合った(というのは実は上辺だけなのだが)が、いつも顔に笑顔を浮かべて穏やかに毎日過ごしていた。それでもクラスの印象はそこまでだ。受験が終わり、卒業を間近に控えた3月上旬に書いた色紙―全員に色紙が渡され、その色紙に一人一人コメントを書いていく――その色紙にもう書けないくらいいっぱいに埋まる人もいれば、諸星のように書くことがなく半分ほどしか埋まらない人もいる。
悲しくはなかったが何か足りないものを感じた。自分はこのクラスに居て何を貢献できただろうか、何を与えられただろうか。ときどきそれを不思議に思う。

「七海ちゃん!!」


たちっぱなしで回想に耽っていると突然後ろから聞き慣れた声で呼ばれた。驚いて後ろを振り向くと、そこにはあの土屋若菜(女子7番)が立っているではないか。彼女はその黒くてストレートの髪の毛をくしゃくしゃにしながら肩で息をあえいでいるように見えた。
顔は可愛いが五大性格ブスの一人として(顔がいい人はたいてい性格が悪いらしい)虐げられて来た。しかし意外にフットワークが軽く、あまりしゃべる人の居なかった諸星ともよく話していた。以前まではまぁ赤の他人とはいわずとも友達ラインスレスレだったろう。仲のいい友達には程遠く、クラスメートという表現がもっとも妥当な関係。
だけど今は違う。
敵だ。
「わ……若菜さん……!」
諸星の指先が小さく震えはじめた。無意識のうちに諸星は身構えて土屋との間合いを開け、ゆっくりとまわりの状況を見る。諸星の見るかぎり土屋の血色のよかった桃色の肌は今では青白くなって、肩をすくめ何か恐ろしいものでも見たかのようにおびえている。そんな土屋の変わり様を不気味に思った諸星は小声ながらに声をかけた。


「な……何かあったの?」
「あ……あのねっ、若菜がやったんじゃないよ! 若菜は何にもやってないもん!」
手をばたつかせながらやけに慌てて答える。それから土屋はまた続けて
「若菜はカミヤマを殺したりなんてしない! 若菜じゃないの、司ちゃんなんだよ!」と言った。
突然神谷真尋(女子4番)蓮川司(女子9番)の話になったので順番がちぐはぐし、諸星には理解できない。彼女は自分のほほ笑みを消して眉間にしわを寄せた。
確か、神谷さんは一番始めの放送で呼ばれて……もう、死んでいるはず。自分自身、黒いペンで塗りつぶした名簿をそっと思い出した。
土屋は泣きそうな表情で
「ホントに若菜じゃないの! 司ちゃんがね、制服真っ赤にしてね、ピストル持って……それであっという間に殺しちゃったんだよぉ!」
彼女はついに泣きだしてそのまま諸星に近づいてきた。


「七海ちゃぁん、若菜もうやだよぉ! 恐いよぅ、家に帰りたいの……」
諸星のすぐそばまでくるとへなへなと座り込み声を上げて泣く。
「ローズマリィー、葉月ぃ、翼くーん、ナオちゃぁーん」
いつもその左手にはめていた大好きな狐の人形(どうやら今は私物として没収されたようだ)のローズマリィー。そして彼女の親友であり学校の中で唯一の理解者、柳葉月(女子15番)。そして哀れにも男好きとしての愛の対象、市村翼(男子3番)牧野尚喜(男子13番)。土屋のなかに留めなく流れる思い出が氾濫した。
「……泣かないで、若菜さん」
まるで泣きじゃくる子供をあやすように、どこか焦りにも似た感情を抱きながら土屋の肩に手を置いた。しかし諸星の優しい言葉の裏側には、憎悪と羨望が入り交じった感情が混沌としている。今すぐにでも肩に掛けた手でその肩を握り潰してやりたかった。
――悲しいのはあなただけじゃない。拠り所があるだけマシじゃない。私の唯一の拠り所はあなた達が恐れていたあの遠藤雅美よ。分校にいる時点ですでに犬猿の仲だった服部綾香(女子10番)を殺すといっていた人よ――!


「恐くて、悲しいのはあなただけじゃない」
心で思っていることとはまったく違う綺麗事がでてくるので、諸星もそれに合わせて必死に笑顔を作った。
「わかってるよぅ〜で……でも……恐くて、今にも死んじゃいそうで……」
土屋はその大きな瞳にめいいっぱい涙を貯めて震えた声でつぶやいた。
涙。
諸星もプログラム開始当初から涙なんて流すまいと懸命に涙腺を殺してきたはずなのに、目の前にいる彼女が泣いてばかりいる様子を見てつられて涙腺が緩む。
表面では泣いていたが心の中では自分を罵っていた。影響されるなんて、泣いたって何もならない。もとはと言えば土屋は以前より泣けばどうにかなると、まわりから認められている最悪な性格をしている。それは交流がなくてもクラスメートなら(むしろ同学年なら)誰でも知っていることだ。

だから余計憎い。ここまで来て泣けばすべて済むと思っているのだ。
自分を含めたクラスメートのほとんどが彼女を軽蔑の目で見ていた。――そう思うのは自分だけじゃないよ、みんなそう思っていた。
口を開けば今にもありとあらゆる罵声の言葉がでてきそうで、自分で自分が恐ろしい。諸星は必死になってまた笑顔を作った。だがそのさわやかな笑顔を浮かべていても口からでることは抑制がきかなかった。


「甘えないでよ」
はたから見たらずいぶん奇妙に見えただろう。笑いながら口からはそんな言葉がでる。土屋もその言葉に驚き目を見開いている。
「だから嫌なの、泣いたり、弱音吐けば全部自分の思い通りになる。そう思ってるんでしょ」
今まで一歩引かれて接されてきた日常。皆の集団を後ろの方でうらやましげに見ている自分がそこにいた。何もできなくて、もどかしい日々。無駄に消費してきた毎日が次々と浮かんでくる。
「違うよ、若菜、そんなこと思って……」
土屋はすぐにぎゅっと諸星の腕を握る
「離して!」
諸星のほうはすぐに手を叩いて叫びあげる。お互いの弱々しい視線が合致してから数秒固まったまま時が流れた。

バッと後ろを振り向いて諸星は走りだす。彼女は運動は苦手だったからとにかく力のかぎり走った。
「待って七海ちゃん! 待ってよぉ、若菜を置いていかないでよぉ!!」
懸命に走って、走って走って。何も考えず諸星は土屋を背にしたままこの場から逃げ去っていった。

バァンッッ!!


短い爆発音のような音がした、と認識した瞬間すぐに諸星の左腹部がぐんと前に持っていかれるような感じがした。ぱぁっと勢い良く血が華のように飛びだしてきた。諸星は何が起きたかわからず、ただ自分の白い制服が真っ赤に染まっている場所をみた。
――血だ、血が……どうして?
声も出さず痛みも忘れて茫然としていると後ろからあの啜り泣くような声が聞こえてきた。
「七海ちゃぁん、待ってよぉ、若菜を置いていかないでよぉ〜」
痛みを堪えて諸星は膝を着いた体勢のまま後ろを振り返った。

土屋が顔を歪めて泣いたまま、こちらに向かって銃を握っている。彼女はその時初めて自分の身に何が起こったのかを理解した。つまり、悲しさ、苦しさ、恐怖がその体に一気にのしかかったあまり、土屋は持っていた銃の引き金を引いた、ということだ。そしてその火薬によって凶器となった鉛玉は見事に諸星の体に命中、今に至る。
諸星は前を見ると腹を押さえながらゆっくりと立ち上がった。足が一ミリでも動くたびに感電したような激痛の電流が流れる。それでも諸星は立ち上がり、ふらつく足で走りだした。
「若菜を独りぼっちにしないでよぅ〜」
後ろから哀願するような声で土屋は必死に呼び掛けるがその声は諸星の耳には届いていなかった。走っている彼女の耳には頭痛からくる耳鳴りと、風の音。

それからなぜか遠藤の声が聞こえる。


七海、助けて。俺を止めてくれ!
それは至って普通の幻聴であるけれど、諸星の耳にはそれが幼なじみの心の奥底にある本当の身を引き裂かれそうなほど悲痛な叫びに聞こえた。
雅美、雅美、私を助けて。私の存在は工藤君の影にいるの?あなたにとって私は――
『若菜を置いていかないでよぉー』
土屋の助けてという言葉が混乱した思考回路の中でたたずみ続けている。それを振り切るように諸星は小柄な身体を駆使して小回りを利かせ農道を走っていく。その後銃声は響かなかったが、走っている彼女の頭の中では、銃声がいまだに聞こえていた。



残り22人


Next / Back / Top



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送