理由*Ferewell


焦げて真っ黒になった羽を背負って、天使は一生懸命空を飛んだんだ。だけどとんでいるうちに焦げた羽が崩れ落ちて、最後に天使は地に落ち死んだ。
真っ青な空を見上げて空をとぶ白いカモメを見て思った。ここまで俺の性格はひねくれちまったかな、と自嘲気味に吉沢春彦(男子17番)は軽く笑う。肩口に銃弾を受けて、血がだらだらと流れていながらもまだ生きていることは、彼自身が思うに奇跡に等しい。もとより彼は彼女である関根空(女子5番)を待つためにここにずっといるのだ。その目的が果たせるまでは絶対に死ぬことは出来ないと、彼は必死になって1回1回大切に呼吸した。

関根と吉沢は付き合っていた、という事実があるが、吉沢としては特に彼氏らしいことはしてあげられなかったと思うばかりだ。
中学3年の後半にもなればおおよそ学年の3分の1くらいの人には相方、もしくは好きな人くらいいる。そのうちの一組に吉沢と関根はいたが、出会いのシーンが突発的であるし、他の組のようにお互いが熱愛するようなタイプでもない。ましてや吉沢はすべての面においてのんびりとしたタイプ、関根は高飛車で性格の悪い服部綾香(女子11番)に振り回される、と来れば洒落た大人のように背伸びする時間などなかった。
そんな浅はかな恋愛だからこそ、喧嘩をしたり、別れ話が出たりということがなかった、という具合だ。お互いがお互いを求めているのは、一緒にいて安心できるから。それに彼らには海が好きだ、と言う共通の好みもあった。だから彼らがどこか出かけるときは必ず水族館へと行く。
恋愛で青春を謳歌しようとか、そういった意志は吉沢にはまったくなかった。そのため関根に悲しい思いをさせていなかったか、と今になって不安になってしまう。
デートなんて恥ずかしいことが数回しかしたことがなければ、さらにはキスの1回すらしたことない。関根は自分から何もかもを求めるような強情な奴ではなかったが、普通の中3カップルとしてもしかしたら関根は吉沢に何かを求めていたのかもしれない。
ともすれば彼女が伝えたとおりこの砂浜の場所へ来ない理由もつながる。吉沢はそれを恐れていた。自分が関根に嫌われているんじゃないか、だからここにこないのではないか、と。


しかし彼にはそんな砂浜にある砂の数を数えるような天文学的な可能性を、いちいち考えていられるほど身体は余裕がなかったし、何よりもそんな細かいことを考えること自体吉沢の性格にあわない。
――空が、綺麗だ。でも明日は雨が降りそう。
考えを振り捨てるように砂浜にゴロンとねっころがったまま青い空を見上げた。今度はカモメ達はここにはいない。どこか遠くのほうへと飛んで行ってしまった。白い雲が筋状になって広がっている。吉沢は父の言葉を思い出した。――高い空にハケではいたように見えるのは絹雲って言ってな、半日か一日ぐらいあとには雨になるんだ。
あぁ、12時間後かその後ぐらいには雨か。だけど父さん、俺もう12時間も生きてらんないかも。最後の雨は半月前に見た雨交じりの雪だけだ。
寂寥の感にさいなまれながらも吉沢は砂浜に寝転び波の音に聞き入る。それほど大きな波は立っていないが、やはり海岸線だ。波の行ったり来たりは変らない。


ぎゅっ、ぎゅっ、という鳴き砂が鳴くような音が聞こえた。吉沢は目をうっすらと開けると視線だけを音のした右側の方向へと持っていく。彼の右側の方向といえば方位で北に当たり、その向こうのほうには港が見え、住宅街の影も薄っすらと映っている。そんな背景を後ろに描きながら、1人の生徒が近づいてきた。その人は牧野尚喜(男子13番)のように取り乱すことも無く、かといって特に共同戦線を持ちかけるような雰囲気でもない。
ようやくその人の姿がはっきりと吉沢の目に映ったとき、もう既にその人との間は3メートルほどにまで近づいてきていた。
「ずいぶんと余裕なのね」
聞きなれない凛とした声。清らかな水に鈴でも投げ入れたようなその声は吉沢の耳に小さく届く。
「おかげさまでね」
小さく笑いながら吉沢は傷を負った患部に手を当てた。目の前に立っている蓮川司(女子9番)に視線を動かす。彼女は右手には小型ゲーム機のようなものを持ち、左手には大きめのごつい拳銃(それにしてはでかすぎる。ショットガンとも言いがたいけどな)を持っていた。指定の白いブレザーはどす黒く変化した血が降りかかっているし、スカートも既に灰色の原型はなくなっていた。
「……ずいぶんと素敵な服をお召しになって……」
冗談交じりに吉沢はつぶやいてみた。すると蓮川はすこし嬉しそうに笑って
「でしょ? 設楽聖二と、高木時雨の血が付いてるの」と言った。それは普段外出するときの服を褒められたかのような雰囲気だ。着ている服はまるで違うのにもかかわらず。


「設楽と……高木を……殺したのか」
脳裏にかろうじて焼きついている記憶のかけらを集めて、吉沢は必死に残り人数の書かれた名簿を思い出した。設楽聖二(男子8番)高木時雨(女子6番)と言えば一番はじめの放送で呼ばれている。そんな始めからこの人はクラスメートを殺したのか――と吉沢は疑った。どうして彼女が?普通の女の子なのに、と思ったが、吉沢が知っている蓮川の情報はきわめて少ない。
例えば彼女の存在。3クラスしかないこの学年なので、2年のときいきなりいなくなったということはすぐに噂になったし、そのあと3年の始めの方に帰ってきて性格が豹変したこともよく囁かれていた。いきなりいなくなったり、性格が変ったことの理由はよく分からない。この1年同じ教室にいながら、まったくと言っていいほど声をかけたこともかけられたこともないし、しいて彼女についての記憶言えば新宮響(男子9番)辺りがよく面倒を見ていたと言うことぐらいしか心当たりがない。彼女のことを良く知らないくせに、行動にケチをつける権利はないと思われた。それがたとえ人殺しであろうとも。
――そんな人殺しまで許してしまう生易しい自分の性格を、今だけ後悔した。


「神谷真尋と、日高かおるもね。あと――」
ふっと笑いの表情を崩して司はまた無表情に戻った。それから右手に持っていたものと左手に持っていたものを入れ替えてもう一度砂浜に寝転ぶ吉沢を見下す。午後の日差しが彼女を逆光に映した。
「吉沢春彦」
ごつい形の拳銃を吉沢のほうに向けた。――ここまでか。と吉沢は目をぎゅっと瞑ったが、しばらく経っても音はしない。そぉっと目を開いてみると、先ほどの銃を構えた姿勢のまま司は静止していた。彼は司を見上げてその悲しみに満ちた目を見る。自然の中で生きてきた男の感と言う物なのだろうか、不意にその視線から何かを感じ取った。一つ目は誇負。二つ目は哀求。

――あぁ、やっぱり蓮川だって好きでこんなことしてるわけじゃないんだろうなぁ……。

彼女が自分を殺そうとしている――というにもかかわらず彼は司から感じ取った2つの感情を掛け合わせて考えると、どうしても何かしら理由があって、こういった行動をしているのではないか、と考えることしか出来なかった。おそらくあの視線については本人は気付いていないのだろう。態度は優越を誇っていても、視線が弱々しく何かを求めていることを。


「……蓮川ってさぁ……悲しい目ぇ……してるよな」
今まで考えたことはすべて憶測でしかないけれど、今吉沢が言った言葉のあと異様に反応した司の姿を見て、十中八九間違いないと確信に近づいた。目を見開き、何か言おうとはしているが口を真一文字に結んだまま黙っている。
「別に……否定してるわけじゃないけど……なんかあったんだったら……言ってみ?」
そう吉沢が言うが早いか突然ぐっ、と力強く司のローファーのかかとが彼の傷口を容赦なく踏みつけた。
「死にぞこないに何か話して、私の気が楽になるとでも思ってるの?」
司は更に足に力を加える。ぐうっと吉沢はうなりながら傷口を踏む司の足を血が付いた手でつかんだ。

「離して! 汚れる!」
すぐに足を振り払ってその手をどかした。黒いハイソックスだったかので余り血の後が目立たなかったからよかったものの、今の司にはただ『ユダヤ人の穢れた血が付いた』としか考えることが出来なかった。もし彼女が白いハイソックスをはいていたら今頃逆上して彼女が右腕に抱えているキャリコM950を連射しかねない。
「所詮ユダヤ人ね。あなた達ユダヤ人は大三帝国に不用な人物なのよ! だから私は排除し続ける。いらないから殺す。それのどこが悪いの?」
堪忍袋の緒が切れそうなくらい司は我を忘れて叫んだ。砂浜一帯の地に罵声が響く。


「ユダヤ……人?」
吉沢は頭に疑問符を浮かびながら自分の持っている歴史の知識と照らし合わせていく。ユダヤ人といえば第二次世界大戦でドイツに迫害されてきた民族で、以前は特定の国を持たずりとあらゆる国で活躍する人たちと言うのを習った。成績で言えばクラスでも中の上辺りにいる吉沢でさえ、彼女が何を言って、その言葉がどんな意味をもたらしているのか分からなかった。ユダヤ人と大東亜人が、同じにされている?――ただ悩むしかなかった。何も知らないから、つじつまが合わない。

「私はアドルフ・ヒトラー。死と全能の神」
また司が叫んだ。それは吉沢にも言っているようで自分自身に言い聞かせているようにも見える。不意に吉沢と視線をはずし、キャリコを構えたまま2歩ほど下がった。
「私は有能なるアーリア民族。私以外は排除すべきユダヤ人」
何も言えず、言えるような状況ではない瞬間がしばらく続いた。吉沢はもう体力的にも精神的にもモノを言える状況ではなかった。司に肩口を踏まれたために痛みが更に増し、かなり参っていた。それを見て司は焦りの態度から余裕を持ってふっと微笑し
「まだ死んじゃダメ。お楽しみは……これからなんだから」
と言った。


その微笑みを下から見あげて、改めて吉沢は全身が身震いするのを感じた。これほどまでに身体が硬直するような微笑は見たことがない。よく、テレビなどではこういった場面を悪魔の微笑などと言って比喩する事も多いが、今回のものは悪魔以上の何かを感じた。
だが不思議と吉沢には恐怖は感じられなかった。牧野に撃たれた事もあってかもう先は長くないと悟っていたし、何より海辺で死ぬことは前々から所望していたことだ。人生において、やりたいことはほとんどやったし、将来やりたい夢が無かった彼にとってただ毎日を生きていくことも苦痛にしか感じられない。――元々浅い人生なんだ。空に会えない事以外は後悔がない――やはり名残惜しいのは彼女の関根空にあえないこと。一目でも彼女の笑顔を見ておきたかったと悔やむ。


すると次の瞬間、突然ソプラノの高い声が聞こえた。
「ハルーっ!!」
吉沢から見て司のいる右手側とは反対のほう、左手側からその声は聞こえた。今度は聞き覚えがある声だ。
「空っ!!」
求めたいたはずの関根空の姿がそこに現れる。吉沢は喜び半分、驚き半分で顔をほころばせた。
しかし、現実はすぐに血の色に染まる。

「……来た」
と司は小さくこぼした。そして肩にかけていた支給バッグを砂浜におき、その右腕に抱えているキャリコを正しい持ち方に直した。その仕草を見て吉沢はばらばらだったパズルのピースがすべて組み上がった感じがした。


――違う、蓮川の本当の目的は俺を殺すことじゃない。俺と空をいっぺんに殺すことだ!!!

なぜ彼女が2人の合流場所を知っていたのかは吉沢には分からない。そのネタはもちろん彼女が見つけた町田睦(女子12番)の支給武器、超高性能情報機を使って海岸に吉沢がいること、そしてその場所へ関根空と三浦勇実(男子13番)が向かっていたことが既に分かっていたからだ。そんなことも露知らず、憶測ながらも吉沢は性格にパズルをもう一度組み立ててみる。

――つまり、なぜかは分からないけれど蓮川は俺たちが砂浜で合流することを知っていて、あえて2人になったところで一気に殺そうとしていたんだ。何せここは広い砂浜だから物陰に隠れて不意打ちと言うことは出来ない。拳銃なら相当の腕が必要になってくる……はずだ。だから彼女はこうして俺たちの前に現れて、ユダヤ人――ドイツ人の敵である俺たちを殺そうとした。彼女はこのプログラムに相当ヤル気になっている……!!


「逃げろぉお!!!」
無意識のうちに吉沢は立ち上がりお得意の瞬発力を使ってスタートダッシュからの全力疾走をした。1、2秒するともうすぐに関根に手が届く。しかしそんな余裕という希望もたったひとつの鉛弾の前にひれ伏す。
バァンッ!!
銃声と共に、吉沢の身体が今度こそ倒れた。



残り22人


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