会談*Coro


3月13日。普通に生活していれば15日の卒業式まであと2日でした。でも僕らは卒業式に出ることはできないと思います。まぁ、第一卒業式なんて寝るためにある――って皆言っていた位だから、それほど中身は重要じゃないとは思うけれど。
生きるにしろ死ぬにしろ、脱出するにしろ殺されるにしろ、どのみち卒業式にでることは俺たちには許されていない。だけど今起きた奇跡くらい、大切に噛み締めることぐらいは許されるかもしれない。
出会いは唐突だと誰かは言いました。それに俺も同意しようとおもう。
いっちーとひー君に遭遇しました。
これは運命だと思うしかないと思う。何せ俺が一番初め分校で思っていた『出会いたい3人』のうちの一人、市村翼と出会うことが出来たから。もちろんひー君も歓迎するよ。
始めはいっちゃんが物音に気付いて物陰に隠れろという指示を出してくれたけど、向こうから「誰だ!」って声をかけてきてからその声だけですぐわかった。いっちーとひー君は『俺たちは攻撃しないし、やる気もない!』って言ったから、お互いやる気のないことを確認して、こうして合流することが出来たということにつながる。
やっぱり俺たちはクラスメートだ。信じるだけの相手がここにいる嬉しさを感謝しよう。


――


郡司崇弘(男子6番)工藤依月(男子5番)の2人組と市村翼(男子3番)新宮響(男子9番)の2人組が偶然に出会い、再会の喜びを分かち合ったところですぐその場から一緒に離れた。お互い大声を出し合って誰何したこともあり、もし近くに誰かいたら心配だ、ということを考慮しての移動である。
「さっきさ、ちょっとビックリした。工藤がマジで俺たちのこと見てたから殺すのかって思ってさー」
移動の最中ぽろっと響の本音が転がる。だが実をいうと工藤にとっては既に『殺す』類の単語は禁句だ。なぜなら彼は無意識の範囲であったにしろ山本真琴(男子16番)をその手で撃ち殺しているのだから。郡司はいち早くそのことに気付き慌てて響の口を押えたが遅かった。恐る恐る郡司は工藤のほうを振り向く。

「あー? 馬鹿かお前らは。ほんっと基礎知能低い奴らだなー。んな訳ないじゃん?」
しかし工藤はくっ、くっと小さく笑いながら答えた。郡司は気付いてないのかな、と思いほっとして響の口に当てていた手を離す。翼も事情はよく分からないが郡司の行動を見て何かあったな、こりゃ。と思い口出しをするのを自粛した。しかし響のほうはまったくその気ナシといった方向で、また余計なことを言い出した。
「うっせ! どーせ工藤だって俺たちと一緒で順位下から数えたほう早いもんな!」
工藤の笑顔が一瞬にして曇った。表情は笑ったままなのだが眉間にシワが寄り過ぎてすごいことになりつつある。


「何時何分何秒地球が何回回ったときに俺がそんなこと言ったクソニイミヤァ!!勉強面で俺とお前を一緒にすんな!!」
「だからニイミヤじゃねえっつってんだろ馬鹿エトウ!! だいいち何十億年も前に1日に1回地球が回転したかもわかんねぇのに正確な回転数まで分かるもんか! チリとガスの爆発に飲まれちまえ!」
「いっちゃん! ひー君! お……落ち着いて!」
相変わらず仲がいいのか悪いのか分からない工藤と響。その仲裁に郡司が回った。翼はただその争いを見てけらけら笑っている。
「あーッ、腹いてぇー! お前らほんっと変んないなー」
まるで普段の学校生活。校庭が雨でぬれたときにサッカーができないからと言って響たちが乾いている屋上に行ったとき、屋上住居人の工藤と雑談を交わしたときのような、そんな日常と変らないやり取り。忘れかけていた日常がそこにひょっこりと顔を出した。
「見てるだけで楽しいよ」
郡司も翼に続いてにこやかに言う。
「まったく……俺もちょっとは冷静になんなきゃな……」
「そりゃ俺の台詞だ」
響と工藤はお互いにらみ合いながら皮肉を言う。もう一度郡司がその間に立ってその喧嘩を止めた。


「ほらほら、落ち着いて。それよりいっちゃん、俺たちの計画、いっちーやひー君に話してあげようよ」
「計画?」
すぐに翼が聞き返す。
「あぁ、あれな」
工藤は近くにあった木の切り株に腰を下ろしてからふぅとため息をついた。他の3人も工藤にそって地べたに腰を下ろす。翼にいたってはご丁寧に制服を汚さないためにも支給されたバッグを尻の下にひいて座った。
「何か変なこと考えてるのか?」
「別に変なことじゃねぇよ。むしろ最高だ」
それから工藤は先ほど考えたことをすべて響たちに話し始めた。まずは他のエリアと陸繋ぎになっている縦09ラインの金網とか言うものを偵察して、どうやったらその先を乗り越えるかということ。また、海のほうの浮きとやらを偵察してみようとは思うけれど、そんな何百メートルも泳げないから困っていること。また、うまくいけば農家や一般の家でガソリンや灯油、第一類危険物などおいてあるかもしれないという些細な希望などなど。

「上手くいったら夏葉を見返すことが出来る」
脱出、破壊、そして夏葉翔悟(担当教官)へ一矢報いること。この1年間、運動会や文化祭、修学旅行などの3大行事から、受験勉強、卒業式の取り組みと数々の思い出を生徒と同じく過ごしてきた元担任に、工藤は全部の恨みを練りこんでこの言葉を言った。
「どう? いっちーたちも一緒にやらない?」
郡司が尋ねた。しかし翼と響はお互いの顔をちらりと見合うと、下を向いて「いや、悪いけど今は出来ない」と断った。
「……なんかあんのか?」
優秀な人材が揃った今、この計画は半信半疑の望みだが望みがないよりはまだいいような気もする。けれど彼らの反応はいまいち煮え切らないものだった。
「俺たち、司を探してるんだ」
響の幼馴染、蓮川司(女子9番)の暴走を止めるという計画。こちらは当ても無くさまよって会えるかどうか分からない無謀な計画だが、それでも彼らの信念は強い。


「やめとけ」
しかしすぐに工藤によってさえぎられる。彼は真剣な面向きでじっと翼と響のことを見つめる。隣に居た郡司がその顔を覗き込んで「どっ……どうして?」と問いかけた。工藤はすぐには答えなかったが、間をおいて話し始めた。
「司は……ヤバいぞ、あいつ」
彼はその肩まで伸びた髪の毛をかきあげて、ため息をつきながらもう一度言う。
「分校出発するとき……見たんだよ俺。司が、笑ってるの」
記憶のテープがぐるぐると高速巻き戻しされ、分校での出発時刻へと戻る。彼女が夏葉担当教官によって名前を呼ばれたあと、すくっと抵抗無く立ち上がって、それから「私たちは殺し合いをします」という言葉を繰り返し2回ためらいもなく言った。その後、響自身が「司ぁ!」と呼んだが彼女は振り向くことも無くその場から立ち去ったあの時。

「あの行動見て俺、思ったね。あぁ、あいつはヤバイな、って。席となりだからさ、よく見えた」
工藤としてもよく屋上に来ていた司をいつも気に留めていた。というのも彼女が屋上に姿を現すようになったのは3年が始まってすこし経ってからだが、いつもひとりであの広い屋上の隅に座り、黙々と分厚い本を読んでいる。時々声をかけても無愛想に睨まれ一言も喋らずにそっぽを向く。来たと思ったら風のようにいなくなる神出鬼没の彼女を見ているだけで、工藤の好奇心がうずいた時期があった。
元々彼は女タラシとかいう分類にすれすれで入っているような人物だったため、すぐに司を気に入った。それが原因で後々遠藤雅美(女子2番)との関係にずれが生じて、先ほどプログラム中だというのにもかかわらずこのエリア28内で口論となったこともあった。
毎日昼休みに司は屋上に来るので、工藤は影ながらいつも彼女のことを観察していた。いつも同じ場所、いつも同じ姿勢で黙って本を読んでいる。表情ひとつ変えずにたたずむその姿は時々動く銅像のようにしか思えない。
しかしその目を見て工藤はようやく気付く。彼女もまた、悲しい子だと。


「……すごいな、工藤は。尊敬しちゃうよ……」
しばらく間を空けながら響はうつむいた。それから苦笑気味に笑う。
「何でお前、そんなに司のことわかんの?」
彼は彼女のことを何ひとつ知らず、わかってやれず、ただ『新宮響の知っている蓮川司』という過去の残像をともめていたというのに、工藤は響の知らないところまで知っている。幼馴染の名前が聞いて呆れるな、と響は思ったのだ。
工藤もかすかに苦笑すると
「そうだな、何でだろう。勘かな?」と珍しくあおりを入れないで答えた。そのあと思い立ったように話し始める。

「俺……親父の妾の子なんだ」
工藤を抜くほかの3人の視線が一気に集中した。それはもちろんそのはずだろう。一度もそんなことを聞いたことは無かったからだ。工藤の口から聞いたことも無ければ、噂にだって一度もなったことはない。
「あ、わりい。いきなり変なこと言って。でもまぁ、とりあえず聞いてくれ」
一度回りの人間をなだめてから、太い切り株に腰を下ろした。
「妾の子なんだけど、母親蒸発したから親父の本来の家庭に入れられてさ。義理の母親、義理の姉貴、義理の兄貴、義理の妹、一応血は半分つながっているけど、義理メンバーは全員俺のことを嫌った。親父は遅くまで会社勤めだから俺は家に帰りゃ周りは敵だらけ。だから俺は学校に遅くまで残って、かえってすぐ塾に行って、夜遅くに塾から帰って……とにかく家には寝るだけに帰った。……まぁ、授業サボったのはマジで面倒だし簡単だから、かな」
今までは他人にいう必要のなかったことだから心の中に秘めていた、ということなので、他の3人は意外性に虚を付かれて目を見開くことしか出来なかった。


「俺もこんなことが世間に知れていたらただの可哀想な人にしか分類されないと思う。俺もずっと嫌な運命背負った人間だと思っていた。……別にナルシストとかじゃないけどな。だけど司は、それ以上に悲しい子だって言うのが分かった。聞くとこによるとだけど、司の家は、とんでもない家風を持った家らしい」
「あぁ、それ、知ってる」
響が途中を割って答えた。何せ響はあの蓮川家の隣に住んでいたし(実際は正門から30メートルほど離れているが)、よく小さいころ一緒に遊んでいた彼にとってその話はなじみがある。響の母親と司の母親は大学時代の先輩後輩関係なのだが、家主の修造が家庭的に余りいい家柄じゃない新宮家を嫌ったので隣の家であろうとも接触はほとんど許されなかった。司に関してはまだ寛容的だったが司の母においては一切の新宮家との接触を遮断したくらいだ。しかも彼女は拒否権すら与えられていない。
「俺が見てもすごい家だったと思うな。司の兄貴達も結構ひどかったし」
「だろ? つまり俺は、俺以上の悲しい子を見つけちまったんだよ」
一呼吸おいてから工藤はもう一度話し始める。
「俺もそうだけど、そーいうやつっていうのは個人差あるけど何かひとつのことに妙に熱心になるんだ。俺は勉強。司の場合は……想像にしか過ぎないけど、殺人ぐらいやってのけそうだな。その『何か』のために……」
そこで一旦工藤の話が終わった。そばに居た郡司はヘタに口出しが出来ずずっともじもじしながら下をうつむいていた。


すると今度は翼が
「工藤の言うことは当たってるよ響。あいつは普通じゃないことは確かだし。だったらさっさと行ってやんなきゃじゃん」
と腕を頭の後ろで組みながら軽く言い放った。
「バカ、お前、もしそれが当たってるんだったら殺されるってことだぞ?!」
工藤はそんな軽々しい翼に身を乗り出して反論した。
「分かってら、んなこと」
翼は大真面目な顔をして工藤を見ながらそう答えた。悪意や疑いがひとかけらもないような、むしろ見ていて清々しいまでの自信に満ちた顔。それはいつもの翼だった。
「だってなー俺たち死ぬ気でやるんだもん。なー響ぃ? ひー君ってば司ちゃん愛だから、愛。愛ゆえに」
けらけらと笑いながら翼は平気で言う。こいつ、こんなキャラだったっけ?と全員に疑われながらも誰も反対は出来なかった。彼が余裕持っていうのなら、何か絶対成功出来そうな、そんな雰囲気がある。実際彼にはそれだけの実力がある。
だがその実力はプログラムという中での環境で通用する数値なのだろうか。今は現実とはかけ離れている場所にいるので、それはやってみなければわからない。
「うるせーよ翼! 余計な事言うなバカ!」響は頬を赤らめて大声を出す。

――死ぬ気で何か出来るってことだよな。響と翼の間にはそんな言葉が交わされた時間もあった。
翼にとって今というプログラム。優勝したいと思わなければ死にたいと思わない。ただ、一生懸命ただひたむきに司を止めようとする響に感銘を受け、それなら最後まで付き合ってやろうじゃないか、と思ったのだ。直接口には出さなかったが、翼は死ぬまで響に付いていこうと思っていた。
「分かりやすー」
郡司も釣られて笑い始める。工藤もかすかだけど口元を緩ませた。


危険をかえりみらず進んでいく勇者と、それをサポートする賢者達。
最終ボスを探しに出口の見つからない迷路へと迷い込む。
勇気さえあれば、暗い迷路にだって光はともるだろう。


――


いっちーたちはそれからしばらく休憩しながら談笑したあと、結局僕らの元を去っていきました。行き先はもちろん、蓮川さんを探しに。聞いた話によるとやっぱり蓮川さんは既にやってはいけないことをやってしまったようなので、銃声がしたほうに行けばいいと彼らは思っているようです。……言っちゃ悪いけど、後先考えない集団だよね、銃声がしたほうにいくだなんて。でも、それがいっちーとひー君らしいと俺は思いました。俗に言う猪突猛進タイプかな。
あ、あと、ひー君って絶対に蓮川さんのことが好きだと思う。元々ちょっと日焼け気味だけど、それでも耳まで真っ赤にしてたからね。相変わらずわかりやすい人だなあ。
……俺たちは俺たちでまた俺達なりに進んで行こうと思います。危険がすぐ後ろを影のようにくっついているということは誰でも同じで、平等だから。だからこそ俺たちは負けないように進まなきゃいけない気がしました。
死ぬかもしれないということなら、死ぬ気で何かできるということだ。俺たちも死ぬ気でこの計画を遂行していきたい。
次はもういっちーやひー君に会えないかもしれないけれど、最後に会えたことを感謝します。
午後3時36分 F-08針葉樹林の中にて。



残り20人


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