両断*Kyrie


「あいにくオメーばっかに構ってる余裕がなくなっちまってな。俺も忙しい身でよぉ……」
遠藤雅美(女子2番)は、被弾して倒れている服部綾香(女子10番)を見下しながら、勝ち誇った表情で前髪をかき上げた。いつもなら髪の毛をかき上げるクセは服部が何か妙なことを思いついたときにやるクセだが、同じような癖を遠藤も持っていた。その反対側の右手にはまだ拳銃が握られ、銃口は服部のほうを向いている。
彼女は一番はじめに支給された武器、超高性能集音機を使って辺りをふらふらと動いていた。出来るだけ無駄な体力を消耗したくはないので、殺したい相手であった服部綾香以外の声を聞くととっさに身を隠したものだ。
そして今、ようやく集恩機が服部の金切り声を感知し、遠藤はこうして服部との出会いを果たした、というわけだ。

すると遠藤が服部に銃を向けている様子を見て、すぐそばに呆然として突っ立っている土屋若菜(女子7番)がまた泣き喚き始めた。
「いやあ! やめてよ雅美ちゃん! 綾香ちゃんがぁ……綾香ちゃんがぁ……」
そんな涙と鼻水でぐずついた土屋を見て、遠藤はピクリと眉を動かした。五大性格ブスといわれた中でA組所属の性格ブス二人が揃ってしまったことはかなりの偶然といえるだろう。そしてそんな性格ブスたちを相手にするのかと思うと、内心ため息をつきざるを得ない。特に遠藤にとって、何もかもを知らないのに口出ししてくる土屋の存在が邪魔だった。
「かわいそう……? バカ言うなよ、こんな性格ブスが地球に存在するだけで、シダ植物以外の全生物が死滅するぜ」
相変わらず遠藤もその男口調を変えずに普段どおり土屋の言葉をあしらう。クスリと嘲笑し、冗談交じりにいうだけの余裕があるのか、遠藤はもう一度服部を見下しながら言った。
「ほんっと前からオメーの存在がウザかったぜ。でももうおさらばだ」
銃の引き金に指を引っ掛ける。


「やめなさいよ下衆が! あんたみたいな虫けら以下の存在が私を殺して許されるとでも思ってるの?!」
痛むはずの腹を抑え出血を防ぎ、奥歯をぎりぎりと噛み締めて渾身の力を振り絞りながら服部は反抗した。そのあとすぐに抑えているもののすべてに限界が来たのか、ゴフッ、と血の塊を吐きだす。服部は負けなかった。見下すべきはずの遠藤に逆に見下されているこの屈辱には、恐怖や痛みすらもかなわない。すべてを失念して遠藤を罵ることだけに力を入れていた。
「だいた……いっ、卑怯なのよ! っ……不意打ちなん……て……」
ゴフッ、ゴフッ、と途中で息が切れながらもまだ続ける。出血多量で意識すら危なくなってもおかしくはない状況なのに、彼女の底力は終わりを見せなかった。
「アンタのやりそうなセコい手ね! そうでもしなきゃ……私をっ……殺すこと、出来な、かったの?!」
金切り声は健在のまま、服部は遠藤を罵った。しかし遠藤も涼しい顔をしてただ、服部を見下していた。ただ。

「アンタはぁっ……――」
バァンッ!!バァンッ!!
容赦ない銃弾がまっすぐに服部の身体へと吸い込まれていった。いとも冷静に引き金を引いた遠藤の顔にはもう表情の暖かさというものはない。ただ、冷たい微笑が乗っかっていた。これを誇り高い満足感というのだろうか。

「いやああああ!!!」
棒立ち状態になっていた土屋がぺたりと座り込んで服部にも負けないような金切り声を上げた。彼女の視界に映るのは、一瞬にして人ではなくなったものが銃弾の貫通した反動によって捻じ曲がった姿。暗闇にもかかわらずやけに映えた赤い血が、手から滑り落ちた懐中電灯に照らされて色鮮やかに浮かび上がる。
「あやっ、あや……綾香ちゃ……ん……がっ……」
まるでくるみ割り人形のように大きく口を開けた土屋は、その鮮やかに彩られた服部綾香の死体を指差したまま硬直した。


「当然の罰だよ、な」
遠藤はにやりと笑いつつももう一度引き金に手をかける。既に1人、彼女が今握っているザウエルP228は羽田拓海(男子12番)を殺したときに奪ったものだ。心の底から殺してやりたいと思っていた服部を手に掛けてようやく一段階落ち着けた。
誇り、安堵、優越、満足。今まで足りなかったものすべてが満たされた遠藤は恍惚の微笑みを浮かべてくるりと土屋のほうへと向きなおした。土屋は先ほどのショックからか、焦点の定まらない瞳でどこか一点を見続けている。元々精神年齢が幼いだけあって、精神的ショックは大きいのだろう。何かぶつぶつとつぶやき続けている。
「違うの、若菜じゃないよ、若菜じゃないもん。時雨ちゃん、殺したのは、若菜じゃないよ」
遠藤が近寄ってみると、土屋がそう呟いているのを聞き取ることが出来た。ぺたりと膝を折って座り込み、手を口元に当てるしぐさは、男に媚びるときに使う仕草とまったくかわらない。
「七海ちゃんも、時雨ちゃんも、若菜のこと、嫌い? 若菜、綾香ちゃんと雅美ちゃんと……」
まるで壊れたカラクリ人形のようにあふれ出た言葉を繰り消し呟いている土屋。だが彼女の言葉の中に、遠藤は幼馴染であり、彼女の第2の探すべき人物でもある諸星七海(女子14番)の名前を見出すことが出来た。
――七海が、土屋に会ったのか?!
その前に出てきた高木時雨(女子6番)の名前などほとんど気にしなかった。何せ彼女は死んでいるのだから。
しかし――温厚で、何一つ愚痴もこぼさずに、ただ黙って微笑んでいる諸星七海という幼馴染。クラスどころか学校でさえもアウトサイダーだった遠藤にとって、工藤依月(男子5番)以外唯一の拠り所だったと言っていい。
殺したいほど大嫌いだった服部を殺した今、次の目標は早くも諸星を探すことに摩り替わっていた。


だから、余計に土屋が呟いた諸星の名前が気になる。
「オイ土屋! お前七海に会ったのか?! 答えろ!」
すぐにしゃがみこみ土屋のなで肩をめいいっぱいの力を込めて握り締め、前後に揺らした。しかし土屋はどこを見るとも無くいまだに呟き続けている。
「若菜じゃないもん。若菜はね、全然悪くないもん。葉月、若菜ね、悪くなんかないんだよ」
一瞬土屋の唯一の友達といえる柳葉月(女子15番)の名前が出てくる。しかし遠藤は高木同様一切の興味も示さず、ただ諸星のことについて聞き出そうとした。
「どこで七海と会った?! 早く言え!」
あののほほんとした性格を長い年月掛けて骨の髄まで知っている遠藤だからこそ、諸星がそう一人で長く生きていくことが出来るだなんて考えらレナ伊ということをきちんと理解できている。とにかくも土屋から何か情報を聞き出せば、五里霧中から脱出できるのではないかと感じ取った。

「いやっ、七海ちゃん、若菜のこと嫌いなのっ……若菜はね、若菜は……若菜は……いやあああ!!」
肩にかけられている遠藤の腕を勢いよく振り払って、土屋は大声を叫び上げた。それは、ついに理性をとどめていた堤防が崩れ、ただの砂となっていく姿。一瞬、遠藤は土屋から突き飛ばされて後ろ向きに倒れ地面に寝転ぶ形になる。手が地面につく前に横っ腹から着地し、警戒心からずっと土屋からはずすことの無かった視線が少しだけ焦点をずらした。

――ヤバイっ!!
焦点がずれた際、視界の片隅に映った土屋の姿は、右手にお守りのように大切に持ち続けていた拳銃を両手で握り締めて構えているところだった。
――撃たれるっ!
何を根拠に土屋の手に中に拳銃がおさまっているのかということは定かではない。もしかしたら違うものかもしれないのにもかかわらず、遠藤はすぐに拳銃ではないかという考えを生み出した。それはやはりプログラムという環境があってこそ言えることなのかもしれない。


ボンッ!!
遠藤はこれまでか、と覚悟を決めて目を瞑った。しかし音がしてから不意に異変に気付く。
――銃声って、こんな音だったっか……?
1,2秒経ったあとにすぐに自分の身体が無事であることに気付く。あれだけの至近距離、銃を撃ったのなら当たってもいいだろうとは思うが、どこもかしこも痛みなど感じなかった。遠藤はぎゅっと瞑っていた目をゆっくりと開けると、暗闇の中やけに映える白いブレザーを着た土屋の姿を見止めた。
「あ……あ……」

ぼとり
まるで摩訶不思議な効果音が聞こえる。草むらに何かが落ちたようだった。


「つ……ちや……」
さすがの遠藤も目の前の情景に絶句する。それもそうだろう。座り込んで拳銃を構えていたはずの両腕が、ものの見事にひじから手に掛けてなくなっていたのだから。まるで噴水のようにその『切れ口』から血が噴き出す。それらに血を全部流したのだろうか。土屋の血色のよかった桃色の肌は、青くなっていくのがうかがえる。
「や……いやああ!! 若菜の手、若菜の手がああ!!」
聞いているだけでもイライラしてきそうな声が、更に大声を加えることで不愉快感度100%になりつつあった。しかしそれも、やはりなくなっている土屋のひじから半分の部分を見たという衝撃にかき消される。
「なん……で」
遠藤にしても『銃の暴発』という言葉を知っていれば、もっと早く『土屋が混乱のあまり銃を扱う手順を間違い、銃を誤って暴発させてしまった』という事実に気付いたのだろう。しかし銃の暴発など一般市民である遠藤に分かるはずがない。よって彼女はただありのままに目の前で起きたことを飲み込んでいるだけだった。それが消化しきれたかはわからないが。

「いやっ、いやぁ……若菜の……若菜……」
両腕のひじから下をなくしながら、それでも同じ言葉を何回も繰り返し言う土屋の哀れな姿。今はそれを哀れと正しく思えるほど遠藤には余裕はなかったが、しかし自分の身体は健全で、何が起こったかは解らないけれど相手が自滅した、という状況だけはいち早く認知できた。


バァンッ!!バァンッ!!
土屋と同じく地べたに腰を据えた体勢から、遠藤は拳銃を構え、すぐさま引き金を打った。爆発音がして耳が一瞬聞こえなくなるかとは思ったが、今それほど聞きたい重要なことは何もない。よって特に気にならなかった。
土屋の体がぐらりと左に傾き、どさっという鈍い音を立てて倒れた。数秒した後、被弾した胸部、頭部に近いところから流れ出た血が周りに水溜りを広げていく。
遠藤はこれが自分に出来る最善策だったのだ、と言い聞かせた。土屋は地獄を見たような険しい顔つきで、何か哀願するように遠藤のほうをじっと見詰めていた。言葉では「若菜は……」と同じ事しか言い続けなかったが、視線だけは明らかに殺してくれ、と訴え続けていたような気がする。彼女が苦しむ前に殺してあげるのが、遠藤にできた唯一のことならば、人を殺したという罪悪感にさいなまれずにもすむ。だから遠藤はそう考え続けることにした。人を殺したという罪の意識が、自分の身体を蝕まぬように。


「これで、よかったんだ……よな、うん」
目の前で起きた大惨劇。土屋の腕から取れたひじから手までの部分は、いまだしっかりと両手で拳銃を握っている。まるで子供に壊されたおままごとに用いる人形のかけらのような、ぱっと見偽物のようなパーツ。さすがにそんな趣味の悪いオブジェから銃を取り上げることはよろしくなかったので、遠藤は土屋の遺体を一瞥した後すぐに方向転換をしてその場を去った。

天敵である服部綾香を殺す目的を果たした今、次の目的は幼馴染の諸星七海を守りに行くことだった。何か情報を知っていたような口のきき方をしていた土屋から何も聞き出せなかったことはまことに惜しいが、それでなくとも遠藤には超高性能集音機という味方がついている。それを頼りにまたこのエリア28をさまようつもりだった。必要なら、人さえも殺して。
『これでよかったんだ』
愛し信じ続けてきた工藤依月に事実上裏切られて傷心した。
殺したいほど憎んでいた天敵を殺すため、武器を入手するだけに羽田拓海を殺した。
そのころしたいほど憎んでいた服部綾香を殺した。
そして痛みと恐怖に理性を押しつぶされた土屋若菜を殺した。
じゃぁ次は――
いったい何が来るって言うんだろうか。



女子10番 服部綾香 
女子7番 土屋若菜    死亡

残り14人



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