尋問*Calore


「久しぶり」
新宮響(男子9番)市村翼(男子3番)の憎悪やショックを含めた視線を、久しぶりの一言であっさりと跳ね返す蓮川司(女子9番)の威厳は、少なくとも出発してすぐのあの時、設楽聖二(男子8番)を殺害したときより一回りもふたまわりも凄味を増していた。はじめに会ったときは響の顔を見たと同時に顔色変えて逃げていったものだが、対して今は余裕ぶりすら見せ付けている。つまりそれなりの経験が、彼女をそれなりの風格にしてしまったのだ。
彼女の吐く言葉の辛辣な圧力に負けないように、響は司をずっと見つめた。その視線に気付いたのか、司もじっと響を見る。
それから彼らは互いに見つめあった。その間に永遠と思える時間が過ぎたが、実際にはほんの数秒だったろう。


翼が響を隠すように一歩前に出た。それを見て司はすべて知っていると言わんばかりにふっと微笑する。実際、司が持っている超高性能情報機のおかげで翼と響が一緒にいることや所持している武器、行動記録などすべて承知済みだった。それでも何の用事があってここにきたのか――司は今なぜここに立っている意味をいまいち理解できていなかった。
確かに彼らは先程殺害した飯塚理絵子(女子1番)と同じエリアにいた新たなるユダヤ人――抹殺すべき敵――だということは確かなのだが、司自身も疲れや眠気からあまり確証たる強い意志が見受けられない。
自分がコントロールできずにいる。ここへ向かってきたのも一種の身体が制御できない証拠だった。
しかしそのおかげであまり感情移入せずにあっさりと藤原優真(男子11番)を不意打ちで殺すこともできた。敵を減らすためには不意打ちも許される。そもそも生きるか死ぬかのプログラムでは戦いのルールなど存在しないはずがない。
「ずいぶんと信用できないナイトをはべらせてるのね」
響の前に出た翼を意識しながら皮肉混じりに司は言い放った。それにカチンときたのか、翼は露骨に表情を歪め彼の持っている銃(コルトキングコブラ)の銃口をまっすぐ司に向ける。しかし彼女は向けられた銃口に対してびくともせずに威厳をそのまま、藤原を死に至らしめたキャリコを両手で保持しながらまっすぐ翼をにらむ。それを制止するかのように今度は響が翼の前にくると、俺がやる、とただ一言だけ言って司のほうをむきなおし対峙した。


「俺は……俺はおまえを止めるためにずっと探してたんだ」
辛うじて出てきた言葉がそれだった。人ひとりを止めるためにこの広いエリア28をさまよい続け、友達を裏切り、死を目前にして命かながらたどりついた。それほどさまざまなことを犠牲にして辿り着いたのだから、成し遂げないわけにもいかない。彼は必死になった。
「何で優真殺したんだよ!」
理性がききたくない質問と叫ぶのに、本能がそれを許さない。彼女に人を殺す理由なんて質問したところで、一般人が理解できるような答えは到底返ってこないのに。
「何で? そんなの決まってるでしょ? 居たから、殺したまで」
ふふっと余裕綽綽な微笑を浮かべながら司は答えた。もちろん、響が彼女の淡々とした態度に衝撃を受けて絶句していたということも無視して。
『居たから、殺したまで』その言葉が響の頭をぐるぐると回っている。ただ、司の視界に入った生きている物体だから、ただそれだけの理由で命を奪われたと言うのか?響の心の中での質問はこれだけに留まらなかった。
確かに優真は狂ってた。でも、友達だから信じたらさっきよりずっと落ち着いてきた。もう少しでちゃんと説得できると思ったのに、いきなり奪われて……何もかも始まる前に全部奪われたんだ。どうして?藤原だって、いろいろな思いが交差していたはずだ。それを断ち切るかのように、簡単に殺した?


「司! おまえ、それで本当にいいのか? 人殺して、何が楽しいんだよ!」
同じ教室でともに学び、行事等では力を合わせ、同じ時を共有していたクラスメートをユダヤ人扱いする司を響は許せなかった。ましてや殺すなんてことを――とにかく、彼には司の行動一つ一つが理解不能だったのだ。
しかしこの言葉が響の口から出たその瞬間、司の無表情の仮面にほんの少しだけひびが入った。眉間にしわを寄せたがそれも束の間、まるで刹那の見間違えのようにもういまでは元に戻ってしまった。
「私に懺悔は必要ない。むしろ私が誇らしい」
それだけ言うと司はキャリコではなく設楽聖二から奪った拳銃(ワルサーP38)をとりだし、右手に構えた。


銃を向けると人はみな司のことを罵倒した。
化け物、化け物、おまえは化け物だ。
神と自称してきたのに、化け物と呼ばれた。
屈辱だった。


「やめろ蓮川!」
今この瞬間、司の指が引き金にかかろうとしたとき、響の後ろにいた翼が血相を変え相方の前に立った。彼は司が発砲すると考えたのだろう、前に立ちはだかったときに響の身体を横に押し倒した。先程、藤原を前にしたとき、『まだおまえを失うわけにはいかない』と言った気持ちが彼にはまだ働いているのだ。今度はさらに警戒するべき敵が眼下にいることによりさらに警戒心が増したが。
だが次に鳴り響いた音は銃声ではなく、クスリという嘲笑の笑い声だった。
「やっぱり頭の足りないナイトね」
言うが早いか、突然バァンッ!という銃声が聞こえた。続けて2回ほど、音がする。
まわりは暗やみなので司の手元がやけに明るく光ったのを彼は見逃さなかった。しかしそれは、彼女が発砲したという証拠でもあるのに、彼は音に驚いて立ちすくみ、判断が一拍遅れてしまった。動くか否か迷っていたその時、ほんの1メートルほどしか離れていないところに立っていた翼の身体が揺れた。
「っぐ……」

一瞬にして与えられた痛みに耐えられず、翼は足から崩れ落ちた。運悪く右のふくらはぎに被弾したらしく、歯を食い縛り目を固く閉じたままうなった。
「翼?!」
突如として倒れ、足からは血を流している親友の姿を見て響は取り乱し、急いで駆け寄ろうと思ったがその前に司の「動いたら殺す」という声が矢のごとく鼓膜に突き刺さった。
響は動きを止めると、司のほうを見ずにずっと撃たれた翼を凝視しつづけた。その表情には驚愕の意もこめられている。
「にげ……ろ」
かすかに翼が起き上がり、苦痛に顔を歪めながらもそうつぶやいた。しかし呆然とした響にはその声は届かず翼の必死の願いも消えた。あまりに衝撃的なことだったのか、響は翼に大丈夫かの一言すら言うことを失念し、ぽかんと口を開いたまま立ちすくんだ。


「私と響は平行線。永遠に交わることの無いふたつの線」
静寂に釘をさすかのように司の声がりんと響いた。
「一生かかっても意見が合致することはないと思う」
同じ道を歩いてきたつもりだったのに、いつのまにか背中を向けてあるいてきていた。それを再確認するかのように司ははっきりと平行線だ、と告げる。しかし彼女の心のなかは言葉できっちり分割できるほど簡潔にできていなかった。もっと複雑で、入り込んだ迷路のように。
「とめる……響なんかが私を止める……? ハハッ、笑っちゃうね」
彼女は不意に表情を崩し、だけど手に握られた銃は構えたまま、言葉のとおりに哂った。


「私にはもう誰が死のうが関係ない。ただ、誰が死んでも平然としていられる心と誰でも見境無く殺せる勇気があれば十分なの」
その言葉を聞いたあとふと、響の脳裏にある言葉が浮かんできた。
『あいつは、悲しい子だから』
それは工藤依月(男子5番)郡司崇弘(男子6番)と遭遇したときに、工藤がボソリとつぶやいた言葉だ。工藤も工藤で複雑な家庭環境を抱えていたが、その彼が自分以上に悲しいというのだから、相当哀れだと信じていい。元々司と響は家が隣だったために、蓮川家の家庭事情については響だってよく知っている。男尊女卑、そんな言葉がよく似合う家庭だった。
――ああ、そうだな工藤。お前の言うとおりだと思う。司は、悲しい子だ。だけどな、単に感情的に悲しいんじゃないんだぜ。……哀しいんだ。
そのことを考えながらもう一度司のほうを見る。そうすると一段と銃を構える彼女の姿が哀れに見えた。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。響は考えてみるが答えは見つからない。なぜ、司がユダヤ人といいクラスメートを殺してまわるのか、その理由が分からない。少なくともその理由は、一般人の常識では計り知れないところにあるのだろうということだけは分かる。
考え方で言えば響と司は月とすっぽん、雲泥の差というわけだから。


「なのにどうして? もう誰が死んだって悲しくなくなったっていうのに、何で引き金引けないの?」
彼女の持つ銃の銃口はまっすぐに響のほうをむいていた。彼との間はおよそ7メートル。さらに彼は今、思考回路が漠然としていて司の行動に瞬時に対応できるだけの能力はない。ましてや彼を守る市村翼はすでに文字通り足止めを食らっている。つまり、司にとって殺すなら今この瞬間が邪魔者を排除する絶好のチャンスなのだ。
だが彼女は引き金に指を引っ掛けたきり、引こうとはしない。
「私は、アドルフ・ヒトラー。死と、全能をつかさどる神……そう、私は、強いの。絶対、弱くなんて……ない」
暗闇の中、かすかに見える司の足元は、小刻みに震えていた。響はようやく覚醒すると、まともな思考を持って司を見ることができるようになった。

――揺れてる?
響でもわかるくらい、司は動揺していた。
「私は弱くない……私は、強い……誰も私を止めることが出来ないの、響だってそう」
ポン、とある仮定が脳裏に現れる。もしかしたら、もしかしたらの話だけれど――
「あいつ……止められたくないのか?」
響がボソリとつぶやく。それを聞いた翼は倒れた状態から渾身の力を込めて立ち上がり、響の肩に捕まって司を見た。
「どういうことだ?」
そう翼は響に問いかけるが、響の視線はただただ司のほうに向いていて離れない。


「ダメだ、アイツ、俺が……俺なら、止められる……かも」
一歩、踏み出した。それからまた一歩、一歩と近づいていく。
「おいっ!? 響?」
足に貫通した銃弾の痕がズキンと痛む。もう彼の右足の自由は利かなかった。義足をつけたような感覚のない右足を前に出して、感覚の残る左足で地面を蹴るが、それでも響の足の速さには追いつかない。かつて学年1位を誇っていた脚力だがだんだんと響と彼の距離が離れるにつれ、逆に響と司の距離が近づいていった。
「来ないで!!」
叫びながら司はまたくるりと反転して逃げ去っていく。しかし負けじと響もその背中を追いかけた。少なくとも響は学年の中でも中の上以上の身体能力を備えているため、司を追うことなどたやすいことだった。しかし今は、暗闇が司の逃走を手助けしている。


「待てよ、待て響ぃ!!」
雑林に独り取り残された翼の声もまた、空に消える。叫んだ後に痛みに耐えかねてうずくまった。追いかけられないその2つの背中が、夜闇に吸い込まれて消えていく。もう手を伸ばそうが、必死になって走ろうが、決して届くことのないその背中たちが、翼にとって愛憎のものであろうとは。
ふくらはぎからはまだまだ血が止まりそうな気配はしてこない。翼は奥歯をぎりぎり噛みながら、2人が消えていった闇を睨んだ。

その瞳が、ある種の炎に燃え盛っていようとは、当の本人すら気付くことは無かったようだ。




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