浅薄*Lacrimoso


――アタシは、逃げてきたわけやない。絶対に、絶対に。


アタシが育ったのは大阪市の市街地。道路は完備、車はビュンビュン。中学校の敷地もかなり狭くて、人ばっかりいるのに校庭は屋上にあるし、とにかく大都会のど真ん中にあるような学校やった。
中学時代。学校の制服は市内いくつもある学校でも結構可愛いほうに分類されていた。でもスカートの丈が長かったりすると切って短くしたりする。裁縫は案外得意。これを皆に言うと意外とか嘘だ、とかよく言われるんやけどね。丈を切ってまつり縫いで裾をきれいにする。アイロンを掛けて布団の下に敷いて一日寝ると、次の朝にはすっごくきれいに仕上がってる。これは意外に使えるんやで。
化粧品もそろえてみた。何せ駅が近いからデパートは揃ってるもん。歩いて10分程度でつくくらいやから、皆学校帰りによってはいろいろいい化粧品を探してみる。アタシのお気に入りはウォータープルーフの化粧品。これは夏でもいけるで。口紅はラメが入ってる感じのが一番イケとる。マニュキアは断然ピンク。よくリップでもマニュキアでも濃い赤とかつける人もおるけど、あれはアカン、何や唇だけがやけに強調されてケバいわ。もっと若さあふれる感じだそーな?


そんなこんなで、アタシの中学時代は化粧品漁って制服とかも可愛くしているうちに、何や知らんけどぎょうさん友達が出来てきた。売り場なんかで出くわすと声掛けてくれて、そこから服や化粧品についての話が始まる。井戸端会議宜しく1時間も2時間も話は盛り上がって、いつの間にか友達になっていたりすることなんて珍しくなかったなぁ。
そんな井戸端会議式友達増殖法で(そらモチロン、他校の子とも友達になれるんやで? すごいやろ)バリバリ友達を集めていた中学2年生の春、1人、すごい女の子と友達になれた。
その子はホンマ可愛くって、なんつーかアタシと比べたら住んでる世界が違う?って感じの子。でも兄貴が当時は中3で、学校占めてる番長みたいな存在だから、ずっと前から妹である彼女も畏怖されていた……らしい。うん、出身小学校が違うからアタシはよく分からんけどね。
そうそう、確かに噂では兄貴が怖くて、チーム入り確実みたいなことを言われて、そいでのそ兄貴を盾にしてるから妹はめっちゃくちゃ性格悪い奴やーってことが流れてた。まぁ、典型的な黙ってりゃーカワエエ子って感じなんやろね、と思いつつもアタシは彼女といろいろ話した。


彼女は金も持ってた。だから話すことはブランド品のことばっか。ほんとに中学2年生?ってくらい大人びてて(言っちゃ悪いが、俗に言えば老けてたんやけどね)、アタシも当時身長が160近くあって大きいほうやったけど、彼女も同じくらいあった。そいで足ほそーくて、でもガリガリじゃない程度で、ああ、もう。言葉が見つからんわ。うん、まぁとにかく女の理想的な体型と顔してたっつーわけやな。
アタシは彼女ほどお金がないからブランドのことはよく分からん。だからずーっと聞いてたら彼女も調子乗り出しちゃっていろいろ説明してくれた。自慢屋なところが鼻についてたんやけど、それさえ目ぇつぶればそれなりに楽しい子やった。だからアタシは彼女とクラスがちごうても、よく一緒に遊んだんやで。


でもな、女の子って、すっごく裏、あるやん。アタシは個人的そんな風に思ってへんかったけど、やーっぱり彼女にはそういうところあった。2人でどっか遊びに行けば男の話か女の悪口、それも決まって愚痴るようにアタシに言う。別に聞いていて不愉快やなかったんだけど、やっぱりそういう人はあんまり信じられんかった。何でかって?そりゃ、自分もこの人になんか言われてるん違う?って思っちゃうもんな。
少なくとも、アタシは彼女と一緒にいながら、どこか距離を置いていたのかも知れん。


その距離が更に広がり、間に溝すら出来た出来事があった。
中3の1学期も終わる、あっついあっつい夏のことやった。夏休みも間近、短縮授業ではよ学校が終わって、所属してたバスケ部にいこーかーって思ってたとき、同じクラスになった彼女に声をかけられた。
「なあ、アンタ。アタシのメモ帳パクったやろ? はよ返して」
当時、授業中に手紙を書くのがブームやったから、女の子は皆それぞれのメモ帳持ってた。柄とかにも自分の個性を出すためにこだわる人もいれば、やっぱり安さで求める人もおった。アタシは基本的に安さと量を求めるタイプやから、あんまし柄のことは気にせんかった。せやから彼女の持ってたド派手で一枚に柄ばっかりのメモ帳には、あんまし興味あらんかった。
「はぁ? 自分何ゆうてんの。ありえん事ぬかさんといて」
いつものように冗談か何かなんやろって思ってそんときはアタシ適当に流してたんや。でも彼女は急に怒りはじめて
「あほなことゆうてんのはアンタやろ? アンタ、アタシのメモ帳見て可愛いーとかほしーとかホザいとったやん!」
「誰もそないなことゆっとらんし!」
「絶対ゆっとったわ! ええ加減とぼけんのやめてや! アタシのパクったんやろ? 返して!」


これぞまさに水掛け論やった。アタシは「とってない」つーてもあっちは「取ったに決まってる」の一点張り。両者引かずににらみ合いの状況が続いた。アタシは元々こんな状況好きやないから、適当にごまかしてその場を去った。彼女は口が回るからどうも水掛け論の最終決戦に持ち込まれたらボキャブラリーの足りないアタシに勝ち目はなさそうやったし、それに元々アタシは人のもの盗むほど落ちぶれちゃいない。濡れ衣、冤罪や。
「アンタ、見とき。絶対後悔するで」
背を向けたアタシに投げかけた言葉が、それだった。
アタシはその場から逃げ端やない。ばかばかしくなってもうたから出てっただけや。あんたの言葉にもううんざり、だからもうどっか行ってしまいたかった。それの何が悪いの?逃げたんやないもん。


その次の日から始まったのが、集団でのイジメ。学年の支配者と仲間割れしてしもたんや、それなりの制裁くらい当たり前やと思ってた。都会人のプライド、どこまでも高いプライドは絶対に折れることあらへん。たとえ自分が悪いと思うても絶対にそれを口に出すことなんてないんや。あとはそれを正当化していくだけやし。彼女の場合、おそらくアタシが盗んでないって事に気付いたんやろ。だから必死になってアタシが取ったみたいなこと言いふらしては自分を正当化しようとした。

弱かったんや、結局。悲しかな、間違いに気付いても自分を正当化し続けなきゃいけなかった彼女も、戦わずに背を向けたアタシも。皆必死になって隠してたんや。ホントは大声上げて叫びたかったけど、若いアタシ達には何も出来なくて、無力の自分を嘆くばかり。アタシもまた、嘆いていたのかも知れん。
いじめは飽きもせず続いた。3日目には机が丸ごとなくなってた。5日目にはロッカーのもの全部取られてガムテープで封印されてた。中身がどこに行ったのかは、いまだに分からん。
一週間が過ぎた頃、アタシを見る目が最高潮に変わった。それはまるでサーカスを見ているような視線ばかり。
玉乗りが玉から落ちても誰も心配なんてせえへん。
何せ他人なんやから。


不思議とつらくはなかった。間違ってるのはアタシやない、あいつら何や。そう思えるだけ、自分が強いと思ってた。
隠してた。アタシは強いと言う言葉に、アタシは弱いと言う言葉を。くじけずに学校に通うことが、アタシがアタシであるためのプライド。誇り高く、気高く、誰よりも強くあらなきゃいけない。醜い女どもを前にして、アタシはそう思ってた。
そんな時、親父さんの転校の話が出た。まるでアタシの事情を悟ったかのようにタイミングのいい転校。せやけどアタシとしてはあまりいいものやなかった。まるで逃げたかのようや。いじめられて、逃げるための転校……そう思われるのが、一番屈辱やった。でも親父さんの転勤は会社の事情や。覆せることやあらへん。
不可抗力や、逃げるんやない。自宅で荷物の整理をしているときにアタシはずっと呪文のようにその言葉を心の中で反復し続けた。

アタシは、逃げるんやない。


――


例え自分が正しいと信じとったとしても半ば人間不信にまで陥りかけたアタシは、そのままここ、千葉県高原市立高原第五中学校まで転校してきた。大阪に比べて暑苦しいということもないし、むしろ海風が吹いて心地よく涼しいところ。中学2年生の夏、初めてここに来たときの印象はそれだった。
新しい家は分譲マンション。新しく建てられたみたいで設備がかなりいい。前は社宅に住んでいたから、新しく建てた家のにおいがするんはすごく新鮮な気分。
東京と大阪。距離にして500キロ。この距離は、もうアタシには敵がいないと言うことを証明していた。事実千葉に転校してくることは誰にも言っとらんし、親から情報が流れ出ることもないだろうとは思うんやけどね。ウチの母親も意外に母親同士の関係とは疎遠なところあったし。今回だけは母親に感謝。


新しいクラス、2−Bはアタシが元いたところと違って人も朗らかな人が多くて、実をいうとほんのちょっとだけ驚いた。一学年に3クラスという少ない人数の学校やったけど、まぁ例の彼女のようにキャピキャピしたギャルは少なかった。クラスの半分以上がキャピキャピギャルだったころと比べると、なんだかやっぱり田舎に来たんだなぁ、としみじみ思ってしまうところもあった。ま、それほど田舎って言うわけやないけどね。大阪と比べたら、って話や。

転校初日、クラスの人はものめずらしそうにアタシに話しかけてきた。アタシもここで猫かぶっててもどうしようもないって思って、さらっと地を出してみたらこれまた案外受け入れられて(嗚呼、大阪芸人魂万歳)、アタシの周りには人だかりが出来た。
2学期の初めの日はそれほどたいした授業もなく、半日でお帰り。仲良くなれた子は部活やって言ってたから、まだ部活にはいっとらんアタシは1人で帰ることにした。
まぁ、1人で帰れないほど弱い子やないしな、アタシは。そう考えて昇降口で新しく買った白地に青のカラーがついとる上履きを脱いで、中学校入った頃から使ってる星柄のスニーカーを取り出しておいたとき、突然声をかけられた。


「ねーねー、私はローズマリィーっていうのー。ヨロシクね!」
外のロータリーでは剣道部が外練習中だったらしく、竹刀を持って素振りをしている掛け声が聞こえてくる。アタシはその掛け声を薄っすらとBGMにしながらも、目の前に現れた女の子に視線を向けた。大きな瞳にストレートヘア、そして左手には狐の手にはめる形の人形を持っている。にっこりと笑ったその子は、驚いてるアタシに近づいてきた。ま、驚くのも、無理ないやろ?突然声掛けてきて私はローズマリィーとかいいだすんやで?普通の人間なら、まずその脳みそを疑いたくもなるわ。
「若菜は、土屋若菜っていうの! 友達になろうよ!」
土屋若菜と名乗ったその子は、ローズマリィーと言ったときとは声を変え(おそらく、これが地声やろ)、本名を紹介した。アタシはただ目の前に立つ子を変な子としか理解できへんかった。何せ人形と人間で一人二役しているようで、どこかおかしい。学校に1人はいるいわゆる精神薄弱者かと思ったんやけど、それもまた違うらしい。ほら、精神薄弱者って、そういう雰囲気出してるやろ?この子にはそれが見当たらんかった。


「あ……あ、ああ、まあ」
アタシはそれしか言うことが出来んかった。友達になろうといわれても、という一歩引いたところがある。せやけど彼女はなーんも気にせんようで、無邪気によろこんどった。変な子、不思議な子、それが彼女の第一印象。
「あ、あの、何組です……か?」
必死になって標準語を使ってみるけど、やっぱりどこか大阪弁混じりなところがある。
「え? 若菜、B組だよーぅ?」
B組?アタシはそこで疑問符を並べた。アタシが転入したのもB組やけど、こんな子いたっけねえと必死になって思考回路の記憶を探してみる。だけど、結局は失敗に終わった。
「葉月ちゃんと、一緒!」
初めてなのに葉月ちゃん、と呼ばれたアタシ――柳葉月――は不覚にも一瞬大阪のほうを思い出してしもうた。馴れ馴れしいのは大阪では決まりや、別にたいした事はない。せやけどクラスでは皆が「柳さん」と第一声を発するのに、この子だけはどこか違った。
「若菜と葉月ちゃんは、友達だよ!」
目を細めて笑う彼女を見て、あたしはなぜかこのままやっていけるような気がした。



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