接触*Degree


何年経ってもまとわりつく、幻影の数々を。


――

血……血だ!! 痛いよ、熱い!!
何だよこれェ、何でいきなりこんなになっちゃったの?
クリアしてないゲーム!! 何で蓮川さんが?
血、血!! 刀……? マキト……!!

ザシュッ……

――

なんなんだよもう!!
あたしらこんな事してる場合じゃなくない?
早く止めなきゃ、こんな事してたら時雨ちゃんがキレる――

バァンッ!!バァンッ!

――

どうして、なぜ。なんで、わけがわからない。
あのときあなたがみせたのは、ただのまぼろし?
やすっぽいプラスチックざいく?
あなたは、ばけもの?

グショッ……

――

何で私ばっかりこんな目に合わなきゃならないの?
嫌。綾香ちゃんの冗談になんて付き合ってられないの!!
もう散々、デブでノロマでもいい、少しでも――

バァンッ! バァンッ! バァンッ!

――

ねえ空、お願いだから泣かないで?
逃げて、俺はいいから……。
今までホントにゴメンな。でも楽しかったよ、ありがとう。

パンッパンッ

――

ハル、死体ごっこはもう終わりだよ。
化け物が許せなくてすねてるなら私から言っとくから……。
ずっと一緒だよ、ハル……

パンッパンッ

――

ダダダダッ……
なにが、あったの? わたし、どうしてしななきゃならないの?
ねえはすかわさん、わたし、生きたいよ

――

誰もが俺を見捨てた。タカも、町田も、野口も。
俺を一人にしないでくれよ……響、翼……
俺たち、殺しあう必要なんかないって、ホントか?響

ダダダダダダッ……

――

ダダダダダッ……
私、ちゃんと必要とされてた……? 私、ちゃんと生きててよかった?
雅美……もう……痛くないよ……

――

最悪だちくしょう!! ふざけんな!!
依月もてめえに取られて、そのうえ七海も取るって言うのかよ?
信じねえよ、もう何も信じねえ!! お前なん――

バァンッ!! バァンッ!!

――

クソッ、せっかく転校生が……違う、佑恵が頑張ってくれたのに!!
悪いな圭祐、ほんとゴメン。お前に会えてからすごく楽しい毎日だった。

ダダダダダッ

――

化け物が見える。滅びの歌が聞こえる。
叔母さん、ごめんなさい。佑恵は優勝できなかった。叔母さんに恩を返せなかった。
ごめんね、ごめんねケースケ、ダイスケ、ごめんね……

ダダダダダッ

――

ちきしょう!! 何でなんだよ、何で引き金が引けねぇんだよ!!
殺したい殺したい殺したいそれ以上に憎い!!
なぁ響、何でこの女なんだよ……?
この……化け物が!!

パァンッ!!パァンッ!!

――

……あーあ……やっぱコレひとつで優勝しようなんてのが無理だったのかなぁ〜年貢の納め時?
こんなもん遊び感覚でやってた俺も俺だけどね!
つーか一発で死なせよ、蓮川のバァカ……

パァンッ!!

――

司にとって俺は一番じゃなくても、俺にとって司は一番だからね……?

パン!!


               


はぁっ……はぁっ……
ベッドの中、夢から引き戻された。

……夢、か。

目を開ければ、そこは幸運なことにマンションの一室だった。


時は流れ、2001年10月17日午後2:24。
枕元の時計は既に午後であることを示しているが、司は荒げた息を数分かけてゆっくりと整えて、落ち着いた以降何度か寝返りを打った。東向きの窓からはビル街の所為で日差しが失われ、腫れているように重たい瞼の下にある生気のない目には薄暗くなった部屋が映る。毛布を手繰り寄せ、うなされた夢を回想する。

一体何年前の話だろうか、プログラムに選ばれたなどという事は。指を折って数えてみるが、なんてことない、2年半ほど前のことでしかない。なのにどうしてか遥か昔の遠い出来事に思える。過去を思い出してため息をつくなど、歳を取ったのだろうか。
夢の中での自分は、いつだってふわふわとした足取りで闇を掴んでいる。足場もなくもどかしい空間で苦しんでいるというのに、さらに声たちがいたぶるように代わる代わる鼓膜を震わせる。プログラムで自分自身が死に至らしめたユダヤ人たちの声――それらが求めているものはたったひとつだった。

毎度のことだと高を括っている割には全身汗でびっしょりになっていた。寝返りを打って不快感を取り払おうとするがなかなかうまくいかない。気温が低い割には不快感度が一方的に上昇していくばかりだ。
なに、別にこんなことは一度や二度ではない。数えてこそいないが、プログラムが終了してから約2年半、何度も同じ夢を見ては、同じようにうなされていた。精神的な問題なのだろうが、やっぱり中学3年生に大量殺人は無理だったことがこの現象で肯定されている。しかし司はそれを認めなかった。有能なるドイツ人、アドルフ・ヒトラーにとってユダヤ人はクズに過ぎないはずなのに、その亡霊に頭を悩ませているだなんてとんだお笑い草だ。司は自嘲気味に笑った。


プログラムが終わってからは宮崎に単身で強制転校とされた。本当は家族でこちらのほうに引っ越してくるのがプログラムにおける優勝者の規定のはずなのだが、どうも広い土地と家、それから根付いた事業を簡単に手放せないらしく、渋った末に家族は千葉の高原市に残ることになった。つまり、司の復讐は成り立たなくなった、というわけだ。なので担当教官の手回しにより入学した私立高校も通うことに意義を見出だせなくなり、高校1年が終わるのと同時に辞めた。通い続けていれば今は高校2年生。彼女も17になっていた。
今ではほとんど家に引きこもって本を読んでいる。本と言っても小難しいものではなく、西洋の残酷な処刑方法だとかそういったものだ。プログラム優勝の生活保証金とやらは司に働かなくても数年生きていけるほど十分な額だった。外に出ないから腹も空かず、したがって1日二食でも十分であった。引きこもり生活を続けていた次男の貴正の食生活がそのまま司に受け継がれている。嫌悪した。

司はゆっくりと起き上がり、質素なシルバーデスクの上に置いてある紙束を手にした。今はプログラムの亡霊たちにさいなまされている時間ではない。謝罪の一言すら口にせず、彼女は紙面を見つめた。だけどそうやって逃げているから何回も同じ夢を見てうなされているのかもしれない。
それでもやはり彼女は紙面に視線を落とした。振り返ることが出来ないほど、彼女の人生は加速しているのだから。


紙の正体は依頼していた興信所からの報告だった。プログラムが終わってからずっと蓮川家の動向を興信所に依頼して観察してもらっているのだ。彼らは全く気付いていないだろうが、司はその場にいなくとも蓮川家のプライバシーを掌握できていたのだ。多少費用はかさむが自分が出向くよりずっと効果的である。
その紙面とクリップで挟まれた写真に目を落とす。ショートカットでいわゆるデキる女に見える女性がその写真に写っていた。彼女の名前は蓮川夏樹(はすかわ・なつき)――2年前、1999年の夏に蓮川の長男・晴一と結婚した女性だ。
今回、司はこの女性について興信所に徹底的に調べさせた。というのも興信所が、この女性は平素な顔をして実は財産目的でこの家に入り込んだらしいという情報を掴んだのだ。間違いなく自分たちを殺そうとしている妹の司がプログラムに優勝し、絶望の深遠にいるところをほんの少し優しい言葉をかけて晴一にとって彼女の存在がなくてはならないものにさせる。そして妊娠を種に結婚まで持っていった。爽やかな表情の裏側には、金の欲望に満ちていたようだ。

司は夏樹を利用しようと考えていた。彼らの嫡子である泰(ゆたか)を人質にとることを考えたが、それでは晴一に伝わってしまう。だから一番適切な方法を取った。
金で買うのだ。
金に関しては掃いて捨てるほどある。なんといっても一生涯の保証金をもらったのだ。それらをつぎ込んで夏樹を回収するつもりだった。
計画はいたって簡単である。司の復讐の機会をうかがうため、その適切な日程を決めるために随時情報を金で買うのだ。媒介は普及している電子メールがいいだろう。条件は「蓮川家の遺産を全て懐に入れたくはないか?」。兄弟全員で割り振っても一人頭億単位は超えるので、食らいついてくることが目に浮かぶ。

司の復讐の下準備は長い年月をかけないと成り立たないものであり、なおかつチャンスがかなり限られていた。というのも家族が離散してしまったため、手間がかかるのだ。その上これは単なる復讐ではない。これは戦争なのだ。戦争には武器が必要になる。その武器も集めなければならなかった。

そう、これは戦争なのだ。母親の死の真相を知ったあの日から始まった、長い長い戦争。司の存在理由全てをそこにつぎ込んだ、一世一代の大戦争である。
彼女は一瞬、身震いをした。
――殺したい。殺したくてたまらない。
自分でも恐ろしいくらい冷たくて氷のような殺意が芽生えてきた。司は両肘を抑えて身震いを必死に止めようとするが、ならなかった。
まだそのときではないとわかっていても、彼女の殺人に摩り替えられた本能が貪欲に血を求めていた。殺したい、殺したい、早くこの手で、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。ああ、考えるだけで恍惚感が骨にまでしみていく。
全身に身の毛がよだつ思いが駆け抜けた。15人その手で殺した中学3年生のときから、つい先ほど見た夢のように時々現れては消えていく『殺人への情熱的な衝動』。今、彼女はとっさにそれに襲われた。
数分経つとそれは元に戻る。それが引き始めるのとほぼ同時に、復讐計画へのモチベーションが飛躍的に上がるのだ。


衝動的な殺人願望の糸を引きながら、司は着ていたスエットを脱いで普段着になった。夏樹を買収する日は晴一たちがいない昼間の時間帯で、なおかつ平日に限る。興信所からの報告を受け取ってからすぐに手配しようと考えていたのだ。思い立ったらすぐ行動、というわけだ。しかし司の家には電話がない。誰からもかかってこない電話を置いておくのはただ無駄に基本料金を納めるだけなので、電話会社との契約を切ったのだ。彼女は電話をかけるためにマンションから歩いて20秒程度のところにある公衆電話まで歩いた。

お母さん、もうすぐだよ?もうすぐ、お母さんの復讐が始まるからね。

公衆電話は風俗店のチラシがたくさん貼り付けられている。どこに視線をやってもそれらが目に入った。しかし司は表情ひとつ変えずテレホンカードをとりだし、おもむろに番号のボタンを押す。プッシュフォンの音が懐かしく耳に入ってきた。
呼び出し音が鳴る。3回鳴ったところで『もしもし?』という女性の声が聞こえてきた。今現在、蓮川家の家にいる女性はただ一人だ。確信と共に司は口を開く。

「もしもし? 蓮川さんのお宅ですか? 蓮川……夏樹さんですね?」
相手が『えっ』と懐疑的な声をもらすのを聞くと、司はにやりと笑って続けた。


「はじめまして。あなたの義妹 いもうとです。あなたに損はさせません。ですからもしよければ……商談でもしませんか?」



その表情からは、もはや冷笑がこぼれていた。


ころしたい。ころしたくて、たまらない。





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